第三十七話 エルトウェリオン公爵家(2016.10.27修正)
5人の男女が応接間に入ってくるのが見えた。
シエルの他に一組の壮年の男女、もう一組は30代後半から40代前半だろうか。
ヤンが最初に動き、床に膝を突き頭を下げて挨拶をした。
「此度はお招きいただき誠にありがとう存じます。お初にお目にかかりますはチャンドランディア藩王国連邦マハルトラジャ藩王家ビンセンス四世が長子、ヤンソンス・ラージャ・マハトベク・プラサドシンハ・マハルトラジャと申します。尊き御身にご尊顔を賜り光栄に存じます」
流れるような動作で挨拶をするヤンはいつもよりも格好良く見える。
しかし何回聞いても名前が長いな…
「同じくお初にお目にかかり光栄にございます。ガンテミア双王国アンヘラ侯爵家バールダムの長子、ユールグント・ゲイン・カルロス・フォン・アンヘラと申します。此度はお招きいただき誠にありがとう存じます」
ユーリも習って同じように挨拶をする。
女性礼ではなく男性礼での挨拶のユーリは中々様になっていた。
こっちも名前が長いな。
「初めてお目にかかります。先代ノインシュヴァク伯爵カッサンドラが次女ストゥハルト准伯爵カイエターナの子、フェデリコ・エミリオス・ビクトル・アルフォンソ・サンティアス・ストゥハルトでございます」
ごめん、もう何言ってるのか解らないわ。
マジで何処の呪文唱えてるの?
「はじめまして、サンク・ティオン・アゼルスのゴンドリック・リアード・サンティアスと申します」
「ど、どうもはじまして!サンティアスのルピセウス・サンティアスです!」
あ~、そうそう。普通はこんなだよな。
なんかすっごい安心するわ。
「はじめまして、お招きありがとうございます。サンク・ティオン・アゼルスのセボリオン・サンティアスと申します」
皆さん長いお名前ですよね。
やっぱり名前は覚えやすさが一番ですよ。
「ようこそ。私は第454代エルトウェリオン公爵家当主、リュシオンソエル・シャルロ・ジャン・グレゴワール・フォン・ラ・エルドラド・デ・エルトウェリオンだ。」
イケメンだ、イケメンですわよ奥さん。
「妻のアルティシア・コゼット・マリオン・フォン・サンティアス・デ・エルトウェリオンよ。歓迎するわ」
こちらがシエルの両親のようだ。
公爵はシエルをそのまま大人にさせた顔に黄金の髪、エメラルドの瞳を持つ好青年で、公爵夫人は淡い金色の髪にコバルトブルーの瞳を持つホワーンとした印象の貴婦人だ。
どっちも美男美女だ。
これはシエルといい双子ちゃんといい、美形が生まれてくるわ。
「儂はクレマンアベル・ジャン・フェルディナン・アレクサンドール・フォン・ド・ラ・エルドラド・デ・エルトウェリオンだ。先代エルトウェリオン公爵で現在はエルドラド大公位を承っておる」
「妻のアーデルハイド・アンナ・フォン・サンティアス・デ・エルトウェリオンよ。よろしくね」
ああ、やっぱりこっちはおじいさんとおばあさんか。
エルドラド大公は厳つい顔立ちで白髪交じりの鈍い金髪にヘイゼルグリーンの瞳をしている。
大公夫人は青に近い銀髪でエメラルドの瞳を持つやさしそうな貴婦人だった。
「皆さん頭を上げてくれて大丈夫ですよ。あなた達は息子の友達ですからね。さあ、立ち話は何ですし座りましょ」
公爵夫人がそう言うと皆安心して顔を上げた。
「ありがとうございます」
「お言葉に甘えて」
「緊張した…」
皆が座り新しいお茶が運ばれてくると同時に大公が話し始める。
「所でおぬしの頭上に浮いておるピケットのようでピケットではない動物はなにかな?」
「あ!これは失礼しました。こいつは俺の使い魔の公星といいまして、端的に申しますと…変なピケットと言う名の謎の生物です」
「キュ!?モッキューーー!モッキュ!」
「うっせー。大体あってるだろうが。お前の存在が謎じゃなかったら何を謎と言えばいいんだ」
「ははは、噂には聞いていたが流石にセディの秘蔵っ子だ。言い回しが独特で面白いな」
「セディ?」
「セオドアールのことだ。儂とセディは学園の同級生でな、同じ部屋になったこともある。何回かおぬしのこと本人から聞いていたが期待通り面白いな」
「……副院長」
「2日前も直接会って話したんだが、おぬしのことを愚痴っておったぞ」
「愚痴りたいのはこっちのほうなんですが…っていうか2日前に直接会ってたんですか!?」
「うむ。移転陣でこちらに来て愚痴っておったな。全く顔を見せに帰ってこない、少しはイジらせろと言っておったな」
「あのおっさん…」
「ははは!おっさんか。これはいい!傑作だ!!あいつのことをそんな風に言うやつは今までグレンだけだったからな。そういえばあいつもおぬしのことを愚痴っていたぞ、生意気な小僧だとな」
「グレン?だれですかそれ」
「グレナダ・ゴルジュ・ド・ラ・サンティアス・ラングニールのことだ。儂の帝軍時代の部下でもある」
「ラングニール先生…なんか知らないところで俺の情報が飛び交ってるような気がするんですが、気のせいですよね?」
「気のせいではないな。セディにしろグレンにしろ皆話を広めまくっておるからな。ついでに面白かったから儂も他の知り合いに広めておく、安心しておけ」
「NOOOOOOOOOOOO!!!」
安心できねーよ!!不安感でいっぱいじゃねーか!!!
絶対っ絶対にある事無い事プラタリーサ先生と将来大きくなった娘さんに言いふらしてやる!
絶対にだ!!
椅子から崩れ落ちorzの姿で心に誓っている間、他のメンバーは違う話をしていた。
「シエルのお友達は面白い子が多いわね」
「セボリーは特別面白いですよ」
「そうだわ、フェデリコ君」
「はい、なんでしょうか大公夫人」
「アンナでいいわ。カイエターナはお元気かしら?」
「はいアンナ様、元気に引き篭もってます」
「あらあら、相変わらずねぇ。お父様も相変わらずなの?」
「はい、父上も母の世話と家事で大忙しです」
「元気なのに引き篭もってるって……そういえばフェディのご両親の職業って聞いたこと無かったわね。何をしている方達なの?」
「ぼくのお母様は帝立ベルハランポリス大図書館で特別司書をしているよ。主に石や植物に関する研究をしているんだ、うん。お父様は所謂専業主夫で、お母様は家にいるときゴミを散らかしっぱなしになるからお父様はいつもお母様の世話で大変なんだ。人が言うに仕事の出来るヒモって言ってたよ、うん」
「さすがは聖帝国ですね、夫婦の生き方もこんなに自由になれるなんて。我が国も見習って欲しいです」
「そういえばアンナ様はぼくの両親のことをご存知なんですね」
「実はカイエターナにフェリクス君、フェデリコ君のお父様を紹介したの私なのよ」
「え!?そうなんですか?びっくりです、うん」
「そうなのよ。年頃になってもお洒落もしないで引き篭もってたから、同じサンティアスの学生でカイエターナの後輩だったフェリクス君とデートを仕組んだんだけどね。まさか本当にくっつくとは思って無かったわ」
「シエルのばあちゃんも結構凄い性格してるな」
「こら、ルピシー失礼でしょ!」
「いいのいいの。公式の場以外で肩肘張ってたら疲れるもの。ほらその証拠にうちの息子を見て御覧なさい」
復活しつつあった俺も大公夫人の話を聞いていて、公爵のほうを見ると…
「なんで!なんでジョエルとノエルがこないんだ!パパは悲しいぞ!!」
「まぁまぁ、父上。学生なんですから当たり前ですよ。ダブったら悲惨ですし」
「そんなもの気にすることない!!お前も含めてどんどん帰って来い!!」
俺と同じ体勢でコブシを床に叩き付けつつ涙する公爵を見て、俺達はドン引きしてしまった。
「あの、大丈夫ですか?…公爵家」
「大丈夫よ、公式の場ではシャキってするから。これでも正式に聖下から家督を継ぐことを認められた人ですから。まぁ私はこのギャップに惚れたんだけどね。キャ!」
そういって手で顔を覆いながら恥ずかしがる公爵夫人に、俺はこの国の未来を本気で心配した。
「旦那様方、そろそろお客様を客室にご案内させていただいてもよろしかったでしょうか」
その後1時間ほど話していると、アードフさんが話を割ってきた。
「ん?ああ、そうだな。昼食もまだだし、昼食まで部屋でゆっくり寛いで貰え。では私達は祭りの準備があるのでこれで失礼するよ。ゆっくりしていきたまえ」
「そうね、皆自分の家だと思って寛いで頂戴」
「では、そろそろ行こうかの。セボリーや、またセディのことや商会の話をしておくれ」
「皆様ごきげんよう」
アードフさんの上手い気遣いによって時間に気が付いた2組は、祭りの差配をするために出て行った。
「シエルの家族は面白くて良い人だな。初めは緊張したが人柄のおかげなのか大分楽になったよ」
「そうね、良い家族ね。あたしも将来家族が出来たらあんな風になりたいわ」
「シエルの爺ちゃんが今度稽古つけてくれるっていってた!楽しみだ!」
「聖帝国の世襲貴族の方に会うのは初めてだったが、良い人達でよかったよ」
「そうですね。私も緊張しましたが皆様素晴らしい方達です。シエルさんと弟妹さんが良い人なのも納得できました」
「まさかお父様とお母様の出会いを聞かされるとは思わなかったけどね、うん」
残されたシエルに話しかけるとシエルも笑ってこう答えた。
「ありがとね、自慢の家族だもの。改めて、皆ようこそエルトウェリオン家へ」
こいつと友達になれて本当に良かったと改めて思う日であった。