第三十六話 エルドラド
移転陣にのってシエルの故郷エルドラドに到着したらしい俺達は、高品質のホワイトマーブルで作られたかのように真っ白い大部屋の中だった。
昔テレビで見たことのあるローマ建築のような丸い柱が何本も並び、柱や壁には見事な装飾が施されているのが見受けられる。
「ここってシエルの家か?」
「違うよ。うち直通の専用移転陣は家にあるけど、流石にそれはおいそれとは使わせられないからね」
「なるほどな。ではここはどこなんだ?」
「エルドラド中央駅の移転陣のある部屋だよ。学園から直通の陣は大抵主要都市の中央駅と繋がってるからね」
「ほへぇ。ここからシエルの家までどのくらいなの?」
「別邸だったら徒歩で1時間も掛からないくらいだね。今回過ごすことになるのは別邸だから歩きで行こうか」
特別室を出て廊下を歩き、更にその廊下を少し歩いたところにある扉を開くと、たくさんの人が行きかっているのが見えた。
中にはシエルの顔を知っている人もいたらしく、シエルが通ると会釈をする人も多く見受けられる。
駅はとても立派な建物で内装も凝っており、下品にならない程度の装飾と絵が描かれており目の保養に最適だ。
「学園都市の駅も綺麗だが、この駅もまた素晴らしいな」
「ありがとね。この駅舎作られたの6千年くらい前なんだ。中期エルトウェリオン芸術の傑作のひとつで、駅舎全体が美術品って言われてるくらいなんだよね」
「6千年って…強度はどうなってるんだ…」
「かなりしっかり作られているらしいよ20年近く前に専門家が測定したら、余裕であと5千年は大丈夫だって言われたらしいしね」
「魔法で保護されているの?うん」
「そうだよ、通常は10年に1度ほどで良いんだけど、うちでは1年に一回は掛け直してるんだって。この駅舎の建築材自体に精霊石が多く含まれているんだ。だから劣化しづらいって聞いたよ」
「だからか。さっきから精霊の声が聞こえるし、公星も精霊と話をしてるっぽい」
「そういえばセボリーって精霊の声と姿見れるんだったよね」
「まぁコンディションの良い時だけな」
「シエル坊ちゃん」
他愛も無い事を歩きながら話していると、突然シエルの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「っ!アードフ!久しぶりだね!迎えに来てくれたのかい、ありがとね」
シエルは声に覚えがあるのか、振り返り声の主を見ると顔をほころばして走りよっていった。
「約1年半ぶりでございます。前にシエル坊ちゃんが帰ってきたときは、私が丁度旦那様からの頼まれごとで屋敷を空けていましたからね。それでは車を用意しておりますのでご学友様達もどうぞこちらへ」
そう言われ案内されて駅の構内を出ると、駅前のロータリーのような場所の目立つ所に中型で10人乗りほどの精霊石で動く車があった。
目立たないように家紋などを装飾していないシンプルなものであったが、よくよく見れば作りは良い。
早速乗り込むと中は豪華でクッションも座り心地が良かった。
ちゃんと運転手も付いており、セレブな気持ちになれましたよ。
「あー、皆紹介するよ。うちの家令補佐のアードフだよ」
「ご紹介に与りました、エルトウェリオン公爵家家令第二補佐のアードフと申します。皆様良くお出で下さいました。」
「「「「「「「宜しくお願いします」」」」」」」
アードフさんは年齢30歳半ばほど身長180センチ弱の均衡の取れたからつきで、ブラウンの肌に薄い茶髪で青灰の瞳をしたお兄さんである。
聞けばシエルが生まれる前のかれこれ20年ほど前からシエルの家に勤めているそうな。
20年かぁ、と思っていると袖を引っ張られる感覚を覚え見てみると、ルピシーが何か言いたそうにしていた。
「何だよルピシー」
「なぁ…加齢第二発作ってなんだ?」
「…家令第二補佐な」
なんだよその病名!
思わず脱力しちまったじゃねーか!!
「アードフさん。コイツ頭がちょっと残念なんですけど、そんなコイツにもわかるように家令補佐とはどういった役職なのか説明お願いできますか?」
「そうですね、まず使用人のまとめ役が家令なのはご存知かと思いますが」
「すんません。わかりません…」
「ルピシー…」
「ではまず家令からご説明いたしましょうか。」
「そうしたほうが良さそうだね」
「はい、では…」
アードフさんが言うには、家令とは主人に代わって土地財産と屋敷に関する全ての管理を任せられている使用人のトップで、使用人全ての雇用と解雇と人事を決定できる権限を持つ使用人の事なのだという。
アードフさんはその家令の補佐の補佐らしい。
皆家令と執事をごっちゃにしているかもしれないが、執事とは所謂主人専属の雑用係兼給仕係りであり、食器や酒などの口に入るものの管理を任され、また男の従者や雑用係を統括する権限を持つ使用人だ。
ついでに言うと執事の女版は家政婦長または女執事と呼ばれており女の使用人と高級菓子や嗜好食品、または保存食の管理を任されている。
例えるならば家令が副社長兼人事兼弁護士兼会計士なのに対して、執事は部長兼秘書兼衛生管理士だ。
もっと分かりやすく言うのなら家令が雇われママで執事がチーママである。
この例えがわからなかったらお父さんに聞いてみよう。
お父さんとお母さんと喧嘩になっても俺はしらんがな。
「世の中には色んな職業があるんだなぁ」
家令と執事の説明を聞き終えると雑談タイムになり、各々好きなことを話し始めた。
「アードフ。君が僕達を迎えに来たということは、今回別邸の管理はアードフが任されているのかい?」
「はい、左様でございます。旦那様より坊ちゃん達のことも任せていただいております」
「そうなんだ、じゃあよろしくね。父上達は今領地の見回りの時間かい?」
「旦那様達はただいま別邸で皆様のことをお待ちですよ。ジョエル坊ちゃんとノエルお嬢さんがこれないことに沈んでおられますが、概ね元気ですね。」
「初等部はあまり融通が利かないからね。父上本人も分かってはいるのに仕方ないね」
今回双子ちゃんは欠席である。
シエルが双子ちゃんとヴァン君もどうだいと一緒に誘ってみたのだが、授業のカリキュラムの問題で来れそうにないとの返事だった。
まぁ、多分中等部になればヴァン君も双子ちゃんに誘われてくることになるからな。
車で10分ほど走ると高さ4メートル程でずっと横に伸びる塀が見えてきた。
何かの施設化と思った瞬間、車が高い塀の門扉前に止まり、もしかしてここか?と思っていると自動で門扉が動き出して車が入っていった。
「え?ここが別邸なの?本邸じゃなくて?」
「別邸だよ。本邸はあそこ」
「ん?どれ?うん」
「あれあれ」
「「「「「「……………………」」」」」」
「あれはどう見ても城だろ!!」
そうだルピシーもっと言ってやれ。
指差された山のほうを見るとずっと向こうに煌びやかで大きな建物が小さく見えた。
あれって屋敷じゃなくてお城って言うんじゃないの?
「どう見ても城なんだけど」
「お城みたいだよね。別名黄金宮って言われてるんだよね~」
「だよね~っじゃねぇよ!」
「流石は聖帝国の世襲貴族の邸宅だな」
「でもヤンは王族だから家もこんなものだよね?」
「まぁ、そうだな。しかし我が国の城とは全く作りや外観が違うから圧倒されているんだ」
「生まれた時からあそこに住んでたから麻痺してるのかも。でも学園の寮に全く不便は感じなかったけどね」
「私もガンテミアの中では上位貴族の出ですけど学園の寮は快適です。でも、聖帝国の世襲貴族のお宅は想像以上に凄いですね…」
「王宮って言われても何も疑問も持たないくらいの佇まいじゃねーか」
「そうかなぁ?」
「本邸は本当に王宮ですよ」
「え?」
アードフさんが自慢げに口を開き話に入ってきた。
「聖帝国建国前まで、この地域周辺がエルトウェリオン王国の首都で、この本邸がエルトウェリオン王国の王宮でございました。ですからこの地は古の都エルドラドと呼ばれているのですよ。今でも領地を統括する中心部ですけどね」
「もしかして、家令って家を国単位で表すと宰相のようなものなんですか?」
「はい、左様でございます。恐れ多くも帝佐閣下も家令であらせられます」
「あー、だから帝佐さんって宰相さんと同じく子爵の称号貰ってるんだな、やっと解ったわ」
「まぁ、帝佐閣下は家令と執事の仕事全部こなしてるらしいけどね」
「過労死しそうなんですが…」
庭から別邸の屋敷に着くまで来るまで速度はゆっくりだが軽く5分は掛かった。
別邸の建物自体の広さは軽く1000坪は超えているだろうか。
そこに庭の面積を足すと恐ろしい事になりそうだ。
マジでドンだけ広いんだよ。
別邸でこれだと本邸はヤバイことになってるな、手入れが大変そうなんですけど。
アードフさんが先に車から降りていき、待っていた侍従を伴って玄関の扉を開いてくれる。
扉の奥は思っていたよりも温かみがあり、趣味の良い家具や装飾品が散りばめられていて、落ち着けるような雰囲気の空間であった。
「じゃー僕は父上達に挨拶してくるからちょっと待っててね」
「では皆様準備が整いましたら旦那様をお呼びいたしますので、暫くおくつろぎください。」
シエルが一人で屋敷の奥へと入って行き、俺達はアードフさんに応接間へ通され、暫く出されたお茶と茶菓子を楽しんでいると、『コンコン』とノックの音が聞こえてきた。
「よろしいですか?どうぞ」
アードフさんが俺達に確認を取り了承を伝えると扉が開き、5人の男女が入ってくる。
「はじめまして、エルトウェリオン家へようこそ。歓迎するよ」
これが俺達とフェスモデウス聖帝国を支える世襲貴族24家当主の一人との初対面となった。