第三十五話 身分と許可証(2016.10.19修正)
「で、どこの移転陣に行ったらいいんだ?」
「エルドラド行きだよ」
「直通で行けるのか?」
「学園にある移転陣は聖帝国内の主要都市ならどこでも繋がってるよ。学園職員達が出張する時とかに便利だし、素材を購入したいけどそこに行かないと買えないよってものもあるからね」
「なるほどねぇ。移転許可証持ってて良かったわぁ」
「嫌味か!絶対俺に対する嫌味だな!!チキショー!!!」
ルピシーが騒ぎ出したのには訳がある。
随分と前に話したが、この移転許可書とは成績優秀者や特別な理由で動けない者が貰えるフリーパスであり、俺は勿論初等部からのメンバーではルピシーを除いて皆持っている。
なんでルピシーが持っていないかは皆様お分かりだと思うが、ルピシーの成績は常に低空飛行だからだ。
どうして墜落しないのか疑問に思うほどの低空飛行なので、誰がどんな角度でどういう風に見ようとも絶対に成績優秀者とは言えるものではない。
この移転許可証を貰った時きはかなり嬉しかったことを覚えている。
俺達は初等部3年への進級時に学園事務所に呼び出され、説明を聞かされた後この移転許可証を貰うことが出来たが、呼ばれなかったルピシーは普通に食べ歩きをしていた。
この移転許可証を渡される生徒には明確なボーダーがあるらしく各学年の成績優秀者上位50人、尚且つ生活態度が良いものに渡される。
つまり成績が優秀でも素行が悪い者は貰うことが出来ないのだ。
しかし、貰っては見たものの持て余しているのが現状だった。
移転陣があるといっても授業があるので遠出はしないし、欲しいものは学園都市内で全てそろう。
しかも移転許可証を渡されたのは例の小遣い稼ぎの件で税務署から突っ込みを入れられて、すったもんだの末に商会を設立する時と重なり忙しくてそれどころではなく、商会の事が落ち着いてきた時も護符などの魔道具を研究するために授業の行き帰り以外引きこもり生活に突入していたのも使われなかった一因と言える。
そんな訳で俺は移転許可証を貰ったものの全く使っていない状態に近かったのだ。
中等部に入学するために聖育院に帰るときでさえ、他の兄弟達と一緒に魔車に乗って帰ってきたしな。
ぶっちゃけ初めて有効活用した長距離の移動って、ラングニール先生のお宅にお邪魔した時だわ。
「いやいや、その移転許可証は学園都市内でしか使えないよ」
「「「「え?マジで?」」」」
「マジマジ、だって裏を見てみなよ。学園都市内限定移動制限解除を許可するって記されてるよ」
「あら、本当だわ!」
「そうだな、書かれているな」
「全然見てなかったよ、うん」
「全く気にも留めてなかったし」
シエルに言われてカード状になっている許可証の裏面を見てみると、確かにそう記されていた。
でも考えてみればそれはそうだ。
学生が移転陣を使ってどこでも行くことを許可していたら問題が続出するに決まっている。
学園内ではまだ内々で処理できるが、外となると話は違ってくる。
移転の許可を与えた学園側も非難される事になるのは目に見えているしな。
じゃあ高い金払って行くしかないかと思い始めた時、シエルが懐から何かを取り出した。
「父上がエルドラド行き限定の許可証をくれたんだよね。僕はこの学園に入学する時から持ってたけど、父上が誘ったのはこっちのほうだから当然だって言って送ってきたのさ」
「おーー!流石シエルの父ちゃん太っ腹!!」
「ルピシーが一番喜んでるわね」
「まぁ、その土地の領主だから当然フリーパスに出来る権限はあるわな」
「え!?シエルさんのお父さんって世襲貴族なんですか!?」
「言ってなかったっけか?」
「そういえば言ってなかったね。改めて言うけど僕はアルカンシエル・ランスロー・ジャン・クラインドール・エルドラド・デ・エルトウェリオン。フェスモデウス聖帝国エルトウェリオン公爵の長男だよ」
「えーーーー!!!」
「ついでに言うならフェディもお母さんが準伯爵で24家の血が強いし、ヤンもチャンドランディア藩王国の王子だぞ」
「改めて宜しくな」
「よろしくね、うん」
「私って凄いところに入っちゃったんですね…」
「でも聖帝国では原則的に独り立ちしないと貴族の称号を貰えないからさ、実質的な貴族や王族ってヤンだけなんだけどね」
「シエルは下手なことしない限り貴族になれるけど、ぼくは普通にしてたらなれないしね、うん」
「ぶっちゃけこの学園に通ってる留学生って皆そんなものだと思ってたけどな、皆大抵は王族や貴族だし」
「そうねぇ、平民の留学生でも大商人とかの子供とかしかいないしね」
「そういえばユーリの名前にも貴族の称号が入ってたな」
「はい、私も一応ガンテミア双王国の貴族ですよ。しがない侯爵家の出です」
「グランデの称号持ちだけどね」
グランデ?なんだそれ?
シエルが急に真面目な顔でグランデなる言葉を口にし始める。
「王に挨拶する時に冠を脱いだり膝をつく事を免除される称号のことだよ。つまり頭を下げなくても良いって事だね」
「そんな称号あるのねぇ」
「爵位に付随するものだから、どんなに高い爵位でもグランデが付いていないと頭を下げなくてはならないんだよね。複数の爵位持ちの貴族が、グランデの付いていない高位爵位を名乗らないで、グランデの付いてる低位爵位を名乗ることもあるらしいから。聖帝国でも昔はあったらしいんだけど、今は誰も持ってないよ」
「なんで持ってないんだ?」
「さっきも言ったように爵位に付随するからね。つまり一代貴族の中でも聖帝聖下に気に入られた者だけが名乗れる称号だったんだよ。グランデの称号の権威は24家当主よりも偉大とされていた程なんだ」
「でも私の実家のことなんでそんなに知ってるんですか…」
「まぁ、僕の立場上仲間に引き入れるなら身辺調査しないと怖いしね」
「って事は皆の身辺調査してたのか?」
「僕はやってないけど父上がやってたらしいよ。まぁやったと言ってもヤンとユーリだけだけど。サンティアスの養い子は身元がはっきりしてるし、フェディに至っては親戚だからね。ユーリの家のことは父上からの手紙で知ったんだよ」
「と、言うことは私達も含めてユーリも合格したのだな」
「みたいだね。僕はぶっちゃけどうでも良いんだけどね。家を継ぐ気もないし。でももし友好を装って利用するなら利用される前に切り捨てるつもりだったしね」
シエルは苦笑しながら俺達にエルドラド行きの移転許可証を配った。
「たしかに私の家はグランデの称号を持っています。ガンテミアの王達と王族に頭を下げなくても挨拶できる家です。流石に他国の王や聖帝国の爵位持ちの方には無理ですけど」
「えっ!?うちの国の貴族って一代貴族でもそんなに偉いのか!?」
ルピシーも驚いていたようだが、俺もかなり驚いている。
王に頭を下げなくても良い身分の者達が、聖帝国の貴族には頭を下げなければならないって一体どういう事だよ。
「ああ、偉いな。私の国のチャンドランディア藩王国連邦の藩王達でさえ、聖帝国の一代爵位を持っている方には敬意を払わなければならない。准男爵の方でさえ同じ目線で挨拶するし、准子爵以上の方だと頭を下げる藩王すらいる。これが世襲貴族になると皆揃って自分達から膝を付くし頭も下げる」
「マジかよ…」
「それだけ聖帝国の力が強いってことですよ。私も今シエルさんの出自を知って、心臓が飛び出そうになりましたもの」
「お前らこんなだけど実は凄い奴等だったんだな…」
「凄いのは家で僕は全然凄くないけどね」
「同じく。ぼくだって一応お母様が24家の出だけどぼく自身は唯の平民だし、うん」
「良し。皆に移転許可証がいきわたったね。お話はそのくらいにしてそろそろ行こうか」
他国の王にさえ頭を下げられる大貴族……
今の話を聞いてシエルのお父さんに会うのメッチャ怖いんですけど…
「待ってそっちじゃないよ」
シエルに許可証を渡されていつも行っている移転陣のホームに行こうとした時、シエルにまた止められた。
いったい何ぞや。
「学園外に移転する移転陣は学園事務所の奥だよ」
「へ?奥?」
「やっぱり誰にでも利用されないためか?」
「それもあるけど職員達が利用するのに便利だかららしいよ」
「なるほどな」
学園事務所へ向かい職員に声をかけると、書類を申請したためスムーズにエルドラドへ通じる移転陣へ案内された。
移転陣を見てみると思っていたよりも小さい。
だが文字や模様が普通の移転陣よりも構築式がずっと多いし、書かれている文字や模様も圧倒的に密度が高い。
シエルの魔法構築の授業で、魔法陣の内容を理解することが少し出来るようになったから分かったことだが、かなり高度な構築式を使っている。
「よし、じゃー行くよ。皆準備は良い?」
「「「「「「おーーーう!」」」」」」
「移転、エルドラドへ」
目の前が光に包まれると一瞬にして綺麗な建物の中へついた。
「皆、ようこそフェスモデウス聖帝国エルトウェリオン公爵領地首都、古の都エルドラドへ」
シエルの声と一緒に精霊達の囁く様な声を聞いたような気がした。