第三十四話 息抜き
「そうだ。シエルとセボリーに意見を聞きたいんだけど、うん」
今、商会の事務所には俺とフェディとシエルの3人しかいない。
ヤンは勉強のためと学園都市の中にある工芸美術館へ出かけ、ゴンドリアはユーリをロディアスさんに紹介するために彼の工房へ出かけ、ルピシーは食べ歩きに出かけていた。
ついでにゴンドリアとユーリは用事が終わったら、前にルピシーがお勧めしていたスイーツ食べ放題のお店へ出かけるつもりらしい。
そんなわけで今3人でお茶会と言う名の男子会を開いている。
前々から思ってたが俺の周りって男子率多いな…
うちのメンバーって、見た目や中身はともかく皆体は男だし。
誰か俺に癒しをください。
贅沢は言わないから出来ればかわいい子でお願いします…
「この前試作して散々な結果だった魔法紙なんだけどね、うん」
「ああ。で、どうしたんだ?」
「改良してみたら高圧の魔力を内包してて、燃やすと魔力が放出される紙が出来たんだ、うん」
「それは凄いな。魔道具の製作が捗るかもしれないな」
「うん、そう。僕だったら呪文詠唱を破棄する一回きりしか発動できない魔道具を作るけど、うん」
「なるほど!じゃ、早速レポートを出して特許を」
「あー、盛り上がってるところ悪いんだけど…」
「ん?どうしたんだ?」
俺とフェディが相談していた時にシエルが割って入ってきた。
「実はね、それ昔からあるんだよね」
「「え!?」」
「前は言わなかったけどさ、魔石と精霊石をある一定の分量で配合すると魔法紙ならぬ魔封紙が出来上がるんだよね。フェディが偶然作ったこれはその劣化版というか出来損ないみたいなものなんだよ。これって実はさ、聖帝国の公文書で使われる紙で、特許なんてもう何千年も前に切れているものだよ」
「あちゃー」
「特許を取るならさ。聖帝国の特許をまとめてる特許管轄局に行ってどういった特許があるのか見てきたほうが良いかもしれないね」
「え?そんな所があるのか?」
「そういえばあったねそんな所、昔お母様に連れて行かれたのにすっかり忘れてた、うん」
「おい、忘れるなよ」
「まぁまぁ、普通の人はあまり行かない場所だしね。公文書の他にも色々な使い方してるんだけど、勿論魔道具としても使うけど嗜好品としても使う人がいるんだよね」
「嗜好品?」
「そう、嗜好品。僕の知り合いが魔封紙で作った手作りの紙煙草吸ってるんだよねぇ。この何年か会ってないけど今も吸い続けてるんだろうなぁ。あの人『煙草は男の浪漫だ!タバコがなくなったら俺は死にはしないが発狂してやる!』とか言ってたし」
「その話聞いてると、その知り合い精神年齢低そうだな…」
「頭は良いんだけどねぇ…もう30過ぎだし」
「うわぁ…なにその聞くだけで漂う残念感」
「へー、つまり紙を燃やして吸った魔力の宿る煙で魔力を補充してるって事か、うん」
「そういうことだね。昔は分からなかったけど、今思い返してみると分かったよ」
あれから俺達の迷宮の攻略は停滞している。
敵は倒せないほどではないが無理をすればすぐにへばってしまうし、連戦なんてしようものなら倒れてしまう事は確実だ。
幸いモンスターを倒したすぐ後に敵に襲われることは無かったが、このままではいつそうなるかもしれない。
そうならないために5階層の入り口付近で鍛錬をしているのだが、一向に強くなった実感は持てず皆もやもやしていた。
そんな中シエルがある提案をしてくる。
「実はね、僕さ今父上から一度実家に帰ってこいって言われてるんだよね」
「え!?何で?じゃー学園はどうするんだ?中退か!?」
「いやいや、違うよ。うちの領地でお祭りがあるんだよ」
「あー、もしかしてあれ?あのブワァとかファサァとかするやつ、うん」
「そうそう、あれだよ」
「ああ、あれか。って全然何のことか分からん!ちゃんと説明しろや!」
「あーごめんごめん。えっとね、端的に言えばお祭りだよ」
「だからもっと内容が分かるような説明をしろや!!」
「うちの領地って年に3回大きなお祭りがあるんだけどね、今回開かれているのが花祭りって言うお祭りでさ…」
なんでもシエルが言うには、シエルの実家のエルドラドで盛大なお祭り騒ぎがあるから気晴らしついでに一緒に来ないか?と言うことらしい。
なんでも年3回の祭りのうち2回は長期休暇が重なるので実家に戻った時には参加していたが、この花祭りは学園に入ってから一度も参加していないらしく、シエルのお父さんが俺達も一緒にどうだと誘ってくれたのだと言う。
授業はどうするんだと思ったが、中等部は初等部よりも融通が利いて1週間ほどの休みなら何とでもなる。
最初はそれで良いのか中等部と思ったが、思い返してみると中等部の授業は初等部の授業よりも選択制が多く、授業を受ける間隔も全てとは言えないが自分達で決めることが出来る。
つまり、頑張って集中的に授業のコマを入れれば、頑張っただけフリーな時間が持てると言う事だ。
俺達は初等部の時からその空き時間を使って研究や商売をしていたりしていたのだが、今回はその長期版だ。
そういえば同じ聖帝国籍の生徒で1週間近く姿を見てなかったと思ったら、実家に帰って遊んでいたとか言う奴もいたわ。
今思い返してみたら何この今更感…
「じゃー俺は行く。実は俺アルゲア教領とこの学園都市しか知らないんだわ。行った事のある一番遠いところも前にお邪魔したラングニール先生のお宅だし」
俺の行動範囲の狭さを舐めるな!!
転生したときから旅行どころか遠出なんて一回もしてねーよ。
ラングニール先生のお宅に行った時だってかなりドキが胸胸だったんだぞ!!
…そう思うとマジで凹んできたんだが、泣かない!だって男の子だもん。
ラングニール先生のお宅は学園都市の南の端に近い場所で、移転陣では一瞬だが徒歩だと子供の足で大体2日ほど掛かる。
子供の足で2日?と思った人もいると思うが、学園都市の広さを舐めてはいけない。
ぶっちゃけ前世の東京23区よりも広いし、アップダウンもかなりあって、子供の体だと途中で多く休憩をとってやっとたどり着ける距離なのだ。
まぁそんなわけで、試験後お祝いの品を渡すために住所を聞きお邪魔する約束を取り付け、後日本当にお邪魔したのだがとても緑溢れる長閑な所でした。
なんでも子育てする若夫婦には人気のある区域らしく、昔は廃れていたが再開発の波が押し寄せて少しずつ発展していっているらしい。
後々聞いてみると、30年ほど前は野原と森林だったらしく、最近やっと開発の手が入ったようだ。
昔の日本のニュータウン計画ですね、とか言いそうになったが必死で堪えましたよ。
「ぼくもお邪魔するよ、うん」
こうして俺とフェディの参加は決定した。
夜に他のメンバーが帰ってくると、早速シエルがエルドラドへ行かないかと皆に話を振った。
皆恐ろしいほど食いついてきたが、ヤンとユーリは少し浮かない顔をしている。
「留学生は基本的に学園の外から出てはいけないんだ」
「そうなんですよ。そう言う決まりなんですよね。誓約書にもそう明記してありましたし」
「え!?マジか!」
「どうしましょうか…」
慎重の関係で上目遣いではなく下目遣いで見下ろしながら涙ぐむユーリ。
ユーリ、ごめん。
涙目の女装マッチョ見ても何も心に響くものが湧いてこない。
逆に食道から違う者が逆流しそうになってくる。
そんな事を思っていると、シエルが救済案を出してきた。
「あ、それなら心配いらないよ。そう来ると思って学園の事務局に書類出してきたから」
「え?どうゆうこと?一緒に行けるってわけなの?」
「うん、実はこれ特例があってさ。聖帝国籍の学生の親が責任を持ちますって署名すれば大抵は何も問題無い問題なんだよ。例外はあるけど」
「所謂連帯責任みたいなものか」
「ちょっと違うけど、まぁ概ね正解だね」
「で、その例外とはなんだ?」
「成績不良者や素行不良者だね」
「「ルピシー…」」
俺とゴンドリアの言葉が重なった。
「え!?じゃー俺だけ行けないのか!?って!俺は留学生じゃねーし、素行不良者でもねーぞ!!」
「成績不良は認めるんだね、うん」
「それはあれだけ低空飛行続けていれば誰だって認めざるをえないわよ。本人が認識してたのがびっくりだけど」
「ルピシーさんの成績ってそんなにひどいんですか?」
「「「「「すっごくひどい」」」」」
ルピシーとユーリ以外の声が重なった。
「分かったから話、進めろよ!!!」
さ~て今週のルピシーいじりも終了したところで来週の…ゃなくて今後のお話は…
「とりあえず休暇申請は出しておこう。ヤンとユーリは僕が書類出しておいたから問題は無いと思うけど」
「休暇申請?そんなのあったか?」
「あるよ、冠婚葬祭とかでどうしても必要になったときだけだけどね」
「それって遊びに行くのにも出す必要があるの?ぶっちゃけ必要なくない?」
「いや、もしもの時のために大まかな場所を知らせておく必要があるんだよね。連絡取れないとまずいからさ」
まるで一流のプロスポーツ選手みたいだな。
世界大会の時のために抜き打ちでドーピング検査をするために、どこにいるか大体の一年のスケジュールを知らせておかなきゃいけないらしいし。
「じゃー決定だね。予定としては大目に見て10日ほど取ろうか。その間商会の事務所を閉めるからちゃんと張り紙を張っておこうね」
「ええ、そうしましょう」
ここで俺が前世の思い出の熱い言葉を放り込んだ。
「皆エルドラドに行きたいかーーーー!!!」
「「「「「「おーーーーう!!!」」」」」」
「シエルの実家に行きたいかぁーーー!!!」
「「「「「「おーーーーう!!!」」」」」」
「とことん遊びたいのかぁあーーーー!!!」
「「「「「「おーーーーう!!!」」」」」」
「じゃぁ皆行くぞぉぉおーーー!!!!」
「「「「「「おーーーーう!!!」」」」」」
「いざ、エルトウェリオン公爵領へ!!!レッツパーリー!!!」
「「「「「「レッツパーリー!!!」」」」」」
「レッツパーリーってなんだ?」
「知らん。どうせセボリーのテンションから出た言葉だろ」
「思わずやっちゃったけど楽しかったわ」
「ノリって大事だよね、うん」
「まぁそこがセボリーのいいところだと思うよ」
「とにかく楽しみです」
翌日、学園事務所に休みを申請し準備を整え許可を取り終え、シエルの故郷エルトウェリオン領の領都エルドラドへと続く移転陣に皆で足を踏み入れた。