第三十二話 馬鹿2人
「はぁーーー…」
「どうしたんだシエル」
「うん、ちょっと行き詰っててね」
「ああ。例の魔道具の事、うん」
「そう。セボリーの精霊聖典と一緒に作り始めたのは良かったんだけど、どうしても上手くいかないんだよね」
「同じ本型の魔道具だから作り方は大体同じではないのか?」
「それがねぇ…」
俺とシエルとフェディとヤンの4人で部屋にいる時、シエルが遠い目をしながら溜息をついていたので話を聞いてみると、どうやら自分の武器製作に行き詰っていたらしく随分と悩んでいる様子であった。
シエルの武器は俺の『魔道具:精霊聖典』と同じ本型で、俺の精霊経典よりも遠距離系魔法色が強くなるように作られる予定であったため、魔法構築式や組み立てが上手くいかない状態らしく試行錯誤している最中のようだ。
「セボリーの精霊聖典と兄弟武器だからと思って同じ素材を使ってみたんだけど駄目だったし、構築式を変えてみても駄目。今はお手上げ状態だよ」
「俺の精霊聖典もまだまだ未完成だしな…」
「そもそも材料を手に入れるのにも限度があるからな。この国に来て金銭感覚が麻痺していたが、それすら馬鹿らしくなるほどの大金を積まないと手に入れられないものが必要だからな」
「良い材料を買うにはそれなりのお金がついて回るからね。ましてや僕達は下層に潜ってる冒険者たちとも面識が無いから融通してもらうのも難しいし」
「一応魔石と精霊石の粉を配合した紙を作ってみたけどまだ全然駄目。かなりの微調整しないと使い物にならない、うん」
「あ~、これ駄目だね。すごい反発しあってるよ」
「前途多難だね」
シエルの珍しい弱気と愚痴に付き合ってから、午前の必修授業を受けるために俺達は教室へと向かった。
勿論ユーリも入れた7人で行動しているので目立っている。
いや、元から目立っていたが色々目立っている。
「おーい、セボリーおっひさぁ…」
そんな中俺は誰かに声をかけられて振り向いた。
「…なんだ、ジジか。相変わらず軽くて楽しそう……ではないな。どうしたんだ?」
「う~ん、ちょっとねぇ…」
こいつの名前はフェルディアーノ・ジジと言って俺の初等部3~4年時の寮の部屋が同室だった奴である。
留学生で性格は楽天家なのに芯はしっかりしていて良い奴なんだが、今日は何か様子がおかしい。
「どうしたんだ?」
「いや報告と言うか、ある奴等のことに関してお願いしに来たというか…」
「ん?要領を得ないな。はっきり言えよ」
「あ~…実はね」
その時廊下で大きな声が響き渡った。
「ありえませんわ!!なんであたくしがこんな事しなくちゃいけませんの!?」
「全くだ!大体俺様が折角通ってやっているのに何で態々こんな事しなきゃならないんだ!」
「そうですわ!そこのあなた!これをやっておきなさい。あたくしに指名されるなんて光栄なことなのよ!」
「俺様のもやっておけ!」
声の方向を見てみると、金髪ドリル髪の女と茶髪ツンツン髪の男が気の弱そうな女子にノートを投げつけていた。
一瞬金髪ドリルって実際にいるんだと感心してしまったが、奴等の言動に思わず顔を顰める。
「うわ。何あれ」
「言葉遣いが面白いわね、まるで没落ドS姫と俺様系ドM王子みたいだわ」
「なにそれ?そんな単語どこから仕入れてきたの?うん」
「セボリー印のセーラー服関連で知り合った人に教えてもらったのよ。本人はオラオラ系ドM犬だって言ってたけど」
「いや、そんな話聞きたくないんだが…」
「というか朝っぱらから何話とんじゃ!しかも公衆の面前で!」
「それもそうだけど、僕達未成年だからそういった話してると学園側から注意を受けるよ」
「世の中には色んな性癖の持ち主がいるんですね。私もデザインの相談時にその方に『君なら天辺を目指せる』と言われたんですが、なんの天辺かは怖くて聞けませんでした」
「俺はそんな奴とは絶対関わりあいたくないな!」
「でもその方学園都市じゃ有名な飲食店のオーナーさんらしいですよ」
「その店を教えてくれ!絶対に行かない!!」
「ああ、そういった宣伝の仕方もあるんだね。自らの身を持って広告塔になるとは…」
「いや、俺も会ったがあれは宣伝とかそんな話ではなく完璧に趣味だったぞ…」
そのオラオラ系ドM犬のお方は俺も会った事があるんだが、俺が精神的キテしまったと言う記憶しかない。
アレは確か10日ほど前だったか、ユーリの制服を発表してから少し立った時に商会の事務所にその人が来たのだ。
いきなり来て『あの素晴らしい服のデザイナーに合わせてくれ!!』と言われた時には布団を被って冬眠したい気分全開だったが、会って話してみると『布団被って冬眠なんてしてる場合じゃねー!!真っ先に逃げなくては!!総員退避!!!』に変わったよ。
例の制服についての素晴らしさや愛をマシンガンのように話す姿はマジで異様だった。
アレは逝ってたね。目が血走ってたし。
見た目や服装は多分普通だったと思うんだ。
いや、あまりにも中身のインパクトが強すぎて外見の記憶が曖昧なんだよ。
小一時間そのマシンガントークに付き合っていたんだが、詳細は全く覚えていないし覚えていたくも無かった。
そろそろ限界だと思った時にゴンドリアが商会事務所に来たため、変態に相手には変態しかいないと思いゴンドリアにバトンタッチした後放置していたのだが、どうやら変な化学反応が起きたらしくそのオラオラ系ドM犬の人とゴンドリアの交流は今も続いているようだ。
「ちょっとごめん行って来る…」
脱線しまくりの話の途中ジジが例の2人組みのほうへ向かっていった。
「お前達何をしているんだ!留学生として来ているのならこの国のルールに従え!」
「何をえらそうに!!あたくしを誰だと思っているの!?かのトリノ王国ラロッソ男爵家が長女ドリエッタ・チェレ・デ・ラロッソよ!」
「そうだぞ!!お前は何様だ!?俺様はトリノ王国ルーカ伯爵家が長男マルコ・マキシマム・マリノ・デ・ルーカ様だぞ!!」
「知るか。この学園では生徒は皆平等だ。王族だろうが貴族だろうが平民だろうがな」
おお!?ジジがなんかいつもと違うぞ!?
なんかメッチャ凛々しいと言うかお堅い感じ?
って言うか外国の貴族の称号って色々あるんだな。
聖帝国じゃ『デ』の称号は2つの家にしか許されていないのにな。
「それに私もトリノ王国からの留学生として言っておくが、お前らのような者達がいるから我が国が低く見られるんだ!一体お前達の親は留学する時に何を教えて送り出してきたのやら」
「なんだって!?貴様どこの家の者だ!お父様に言いつけてやる!!」
「そうよ!無礼な!あなた如きがあたくし達と親を罵るなんて万死に値するわ!!!」
「トリノ王国パラディゾ大公爵家が長男、フェルディアーノ・ジョルジュ・イル・ディアマンテ・デ・パラディゾだ。聖帝国の留学生としてきているから身分は関係ないがな。お前達が身分を持ち出すのならばこちらもそれに従うまでだ。大体この学園内では他国の貴族でさえ平民扱いになるのを教えられていないのか」
「「なっ!?」」
あ、例の2人組みが劇画調になった固まったぞ。
なんで2人共白目を作って顔の前で小指をピンと立ててるんだよ。
「そこの君もこいつらの事は気にしなくて良いからね。済まないが同じ国の出身者としてきっちり言っておくから今回は許してくれないだろうか?」
ジジの出身国は知っていたがフルネームと家名は知らなかったわ。
ジジって名前が愛称ってことも今日今始めて知ったし。
最初自己紹介した時に『ジジって呼んでねぇ』って言われてからジジとしか呼んでこなかったからスッゲー違和感があるんだけど。
それにしてもフルネーム名前ナゲェな。
あとディアマンテってどっかで聞いたことあるんだが、どこだったっけ?
しかし、ジジがこんな真面目くさった口調で話すのを初めて聞いたからさらも驚きなんですけど。
いつもはシエルの口調をもっと軽くした感じで「おっはよぉ!」とか「ごっめ~ん」など変なイントネーションと言うかアクセントが入るのだが、今日はすごくキリッっとしている。
例の2人組みが驚きに言葉を詰まらせ、ジジが気の弱そうな女子生徒に謝罪をすると、そろそろ授業が始まるので俺達も他の生徒も教室へと向かっていく。
その日はもうジジに会うことは無かったがその翌日、ジジが態々俺達の工房にまできて事情を説明してくれた。
態度を見れば分かっていたが、例の2人は中学からの留学生で親に甘やかされまくり、自分達も母国と同じように学園で過ごし、気の弱そうな女の子に自分達の授業で出された課題をやってくるように命令していたらしいのだ。
留学生として来ているのだから従者やメイドなどの使用人を侍らすことは出来ないし、学園の宿題も自分達でやらなければないので、他の生徒に押し付けて体良く召使のように扱おうとしたのだと言う。
中等部からの留学生にはそういった感じの者が多いらしく、学園の教師達も頭を悩ませていると以前に聞いたことがある。
「それは馬鹿だな。私も親からは学園での態度についてきつく前注意されていたが」
「私も親から言われましたよ。国の名誉を傷つけるようなことはするなと。まぁ今はこの格好ですけど」
「そ~だよねぇ。でもその格好は聖帝国内では許容されてるから良いんじゃないの?俺も言われてたんだけどねぇ~。あいつらほんっとうに馬鹿だ。実は……」
神妙な顔を作り更に話をするジジによると、あの後2人を学園の事務所に強制連行させて事情説明をした後、学園事務所にお願いして魔道具でジジのお父さんに2人の親をどやしつけてもらうために事情を説明する手紙を認めたらしい。
そして手紙を送った後に発覚したのが、なんと2人は親に渡された1年分のお小遣いと生活費をわずか数日で使い果たしたのだと言う。
前にも説明したがフェスモデウス聖帝国と周辺国では通貨の価値が全く異なり、他国人が聖帝国内で普通に生活するだけでも目玉が飛び出るほどの出費がかさんでしまう。
それをあの2人は自国にいる時と同じ感覚で過ごしていたものだから既に螻蛄状態のようだ。
それは馬鹿だわ…
「うわ!それは馬鹿だな!!」
「ルピシーにまで馬鹿認定されるなんて…ちょっと同情心が芽生えてきたわ」
「ゴンドリア、それはかわいそうだよ。ルピシーは好きで馬鹿になってるわけではないんだから」
「そうだよ、ルピシーは天然物の馬鹿なんだから、うん」
「お前ら俺を何だと思ってるんだよ!!」
「「「「「「馬鹿」」」」」」
「お前ら嫌いだーーー!!」
ユーリ以外の全員にハモられてルピシーは泣きながらおやつを貪り食っている。
しかしユーリ、まだまだ修行が足りないな、ココは一緒に言わないと。
「2人の親には俺の親からきっつく絞めてもらうように頼んだんだけどねぇ~。多分これからあいつら2人は迷宮に潜ることになるから、もしもの時は助けてくれないかな?改心しないようだったら見捨てても良いからさ。一応あんなのでも郷里の同胞なんだよ…まぁ初っ端からお試しじゃない迷宮に潜ったらもう終わりだと思うしかないけどねぇ~」
「ということは親からの仕送りをストップされる可能性が高いわけか」
「うん。そ~なる可能性が高いねぇ。俺からも頼んでおいたし」
「留学生が手っ取り早く稼ぐなら迷宮しかないからな。そう思うと本当に私はラッキーだった」
まぁ、流石に馬鹿でもいきなり普通の迷宮に潜る事はしないだろう。
マジで命取りだから。
例の馬鹿2人の話が終わり皆でお茶をしていた時、昨日気になったことを言ってみた。
「そういえばジジの名前に入ってるディアマンテってどっかで聞いたことあるんだけど」
「セボリーあんた忘れたの?副院長の名前じゃないの」
「あっ!そうだった!!」
そうだ副院長の名前は『セオドアール・ディアマンテ・フォン・トリノ・ド・ラ・サンティアス』だったわ。
余りにも長すぎて覚えられる気もしなかったけど記憶の片隅には残っていたらしい。
「あ~、もしかしてセオドアール様のことぉ?本人は認めてはいないけどあの方は元々トリノ王国の王族だからねぇ。俺とも親戚筋なんだよねぇ」
「マジか…」
「うん、マジマジ~。あのねぇ~、トリノ王国の王族や一部の大貴族っていわれてる人たちの名前には宝石の名前と言うか称号使われるんだ~。王族と特に王族の血が強い家や者は金剛石つまりディアマンテって名乗れるんだよね」
「と言うことはジジも王族の血が入ってるのか」
「そうだねぇ~。俺の父上が王弟なんだよねぇ。だから俺も王族の血は強いよぉ。セオドアール様は俺の曽曽祖父、つまり先々代トリノ王国元首の子らし~んだ。曽曽祖父が聖帝国に留学してた時に出来た子供らしいんだけど、色々思惑があってサンティアスに預けたらしいんだよね~。どうやらセオドアール様が成人後利用するために名乗りを上げたらしいんだけど、袖にも扱われなかったみたい。セオドアール様ご本人からすれば当然の事で普通の結果だよね~」
「そうだろうね。聖帝国では他国の身分なんていらないって人多いしね。実際役に立たないし」
別に知りたくも無い副院長の出生の秘密を思わず知ってしまったわ…
しかし、俺の周りなんでこんなに王子様多いの?
そのうちルピシーとゴンドリアも王子様とか言われたら俺は即効で山に篭りますわ。
マジで木彫りの精霊像製作してやんよ…火を噴け俺の彫刻刀を持つ右手!
いや、でもあいつらが王子様だった場合は色々面白そうだな、ルピシーは馬鹿殿って呼べるしな。
その後、例の馬鹿2人が試しの迷宮ではなく通常の迷宮に潜り酷い姿で逃げ帰るのを目撃された後、試しの迷宮でモンスターに追いかけられている姿を俺達が目撃したことを記述しておく。