第三十話 ユーリ
まず説明しよう。
この度俺達の商会『パブリックスター商会』に加入した中等部の留学生ユールグントは、12歳と言う年齢にも関わらず2メートル近い体躯を持ち、黒に近い茶色の肌に漆黒の髪そして漆黒の瞳を持つ男の娘であった。
彼女は外見はマッスルな男の子だが、中身は花も恥らう思春期の女の子と言うわけだ。
説明終わり。
加入決定後、俺達はユールグントを連れて夕飯を食べに夜の街へ繰り出していった。
そして今俺達は網を囲んで皆で肉や野菜を焼いている。
「そういえばユールグントはどこの科なんだ?」
「待って、ユールグントじゃ男の名前でかわいそうよ。そうだわ!ユーリと呼びましょ!!」
「嬉しいです!私ずっとこの名前が嫌だったんです!だってどう聞いても男の名前なんですよ!これから私の名前はユーリです!皆ユーリと呼んでくださいね」
「「「「「「よろしく(ね)」」」」」」
「私は武科なんですが、本当は芸科に入りたかったんです。」
「それじゃあ明日その事を事務所に寮の事と一緒に言えばいいのよ。多分融通してくれるわ。この学園は学びたいと思う者は助けてくれるもの」
「ありがとうございます。私自身はゴンドリアさんがいるから別にこのまま男子寮でもいいと思ってたんですが、流石に無理ですね」
「水臭いわね!ゴンドリアって呼んでよ」
「いえ、さん付けは癖のようなものなので気にしないでください」
「そうだね。トランスジェンダーだと分かったら移るのが慣例だよ。多分ユーリもそのほうが楽だと思う。最初は皆戸惑うかもしれないけど確か何人か君と同じ境遇の子が女子寮にいるし、男子寮にもいたと思うよ。学年が違うから良く覚えてないけどね」
「同じ芸科になったら一緒にカリキュラム組みましょうね!」
「はい!お願いします」
「肉がうまいな!店員さんどんどん持ってきてくれ!!」
空気が読めないの子のルピシーは放っておいて、なんかこの子凄い良い子なんですけど…
外見にだまされるのは俺のいつもの事だが、すっごい純粋と言うか…
いや、純粋さで言ったらルピシーもある意味純粋だ。
こいつは完全濃縮還元100%で出来ている純粋な馬鹿だし。
しかしユーリはなんと言うか良い意味で純粋で、今までの俺達のグループにはいなかったタイプだ。
うちのメンバーは何だかんだ言ってルピシー以外は皆腹黒だからな。
一人くらいこう言った子がいても良いだろう。
所で今まで話さなかったが、俺達は中等部に入ってから科が分かれている。
俺とヤンは魔科に入り、ゴンドリアは芸科、ルピシーは武科、シエルは聖科、そしてフェディは普科だ。
どの科でも寮の部屋割りには影響なく、学園側がランダムに決めている。
なので他の科の生徒との交流も自然と生まれてくる。
中等部に入った俺はシエルとフェディがあの科に行くと思わずとても驚いた。
何故なら2人はてっきり魔科に進むのだと思っていたが、どうやら俺の思い違いだったらしい。
聞いてみるとシエルは魔法構築などは趣味でも出来るが自分の才能を伸ばすために聖科に入ったらしい。
それと、もし家を継ぐか継がないかの時の事も考えたようだ。
聖職者は顔が広い、つまり横にも縦にも繋がりが強いので色々情報収集に役立つらしい。
そういえばサンティアスの情報網もそれの一端だよな…
フェディも研究ならどこでも出来るし高等部に進む事は決定済みで、それだったら今まで興味のあるものしかやってこなかったのでこの3年間は寄り道をしようと考えての結果らしい。
高等部では薬学の専攻もあるらしくそれまで社会勉強だと思っているのだと言う。
商会で調合室を作り、そこでゴンドリアと研究をしたり、俺達と解析などをしている時に決めたのだそうだ。
ヤンは学園に来て、学年を進めるたびに自分の方向性が変わってきたのが驚きだったらしい。
ヤンは最初普科に進むつもりで留学してきたといっていた。
しかし自分に才能があるとは知らず、そこで俺が指摘して試してみたら魔法が使えたものだからあら吃驚。
あの時はいつもクールなヤンが大喜びしていた記憶があるが、相当嬉しかったようだ。
魔法が使えるとなると選択肢が増えてくる。
本人は武科と魔科と芸科で迷ったようだが、結局魔科にしたらしい。
何故か聞いてみるとチャンドランディアには殆どと言って良いほど魔法を使える者がいない為、もし魔法が使える人材が現れた時にヤン自身が教育できる環境を作りたかったらしい。
本人は卒業したら母国に戻り父王の補佐に回るつもりなので結局何処の科でも良かったのだと言うが、俺から見るに本心でそう思ってはいないように思えた。
最初普科に進もうとしていたのがヤンのお父さんの意向だったからだ。
ヤンも最初は何の疑問も持たず普科に進学するつもりだったようだが、端から見ると揺れ動いていたのが見て取れていた。
自分が興味をそそられる勉強をしてみたい。
その欲求は隠そうとしても滲み出ていたのだ。
そしてヤンは自分の欲求を選んだ。
これはヤン自身が稼いで学費や生活費を自分で賄っている為、ヤンのお父さんはヤンの好きにして良いと手紙を貰った事が大きいらしい。
手紙を貰う前に随分思いい悩んでいたから、解決して良かったとヤンのいないところで皆と胸を下ろしていた。
ああ、ゴンドリアやルピシーは昔からこの科に入ると決めていたので全く迷わなかったらしい。
特にルピシーは武科でないと卒業できないと自分でも言っていたので当然の結果だろう。
俺は俺で魔法が使えるようになってから魔科に入ろうと決めていたので迷わなかった。
一瞬芸科も良いかなと思ったことはあったが物作りは趣味の範囲で、しかも俺が作る物は大抵が魔道具になってきているので、魔科を選択した方が得策だと考えた結果だ。
「でも本当に驚きました。この国は本当に凄いですね。私は今まで白と黒しかない世界で生きていて、聖帝国に来ることが出来ればもしかしたら灰色の世界があるかもしれないと思っていたんです。でも来てみたら灰色どころか無限大の色の世界が広がっていました。こんな嬉しいことはありません。しかも皆本当の私を知っても全く反応が変わらないんです。こんなの母国では絶対に考えられないことです」
「そう言えばどこの国から来たんだ?」
「ガンテミア双王国です」
「アディスソロモン辺境伯家領よりも南にある国だね。確か野生動物の宝庫だったよね」
「はい。国土はそれほど大きくは無いのですが森や草原がたくさんあって動物がたくさん生息しているんです。発展しているのは本当に首都の一部かその周辺だけですよ」
「もし卒業した後はどうするんだ?外国籍の人は学園を卒業したら冒険者かそれに準じた職種じゃないと滞在することは難しいぞ。私は国に帰るつもりだが」
「そのために商会にはいったんでしょ。セボリーはいつまでやるか分からないとか考えてるんでしょうけどね。シエルとヤンは卒業したら実家に帰るから抜けるし、もし続ける気があるのなら今のうちにメンバー増やしておいたほうがいいと思うわよ」
「お見通しか…そうだな、本当に未定だからな」
「私はもう母国へ帰るつもりはありません。家督も弟に譲ると伝えるつもりです。私は夢に生きたいです。どんなに下らないと笑われてもかまいません。でも自分の力を試してみたい、本来の私をさらけ出して素の自分で生きていたい。ただそれだけです。そのために一生懸命働くのでどうか稼がせてくださいね」
俺にだってこれからやりたいことがたくさんある。
守護符を解析してそれなりのものを作りたいし、いっぱい稼いで将来は楽をしたい。
そのためにも今のうちから基盤を作っておく必要があるな…
そう思うとユーリの加入は悪くない選択だった。
まぁ、ゴンドリアが連れてきた段階で入れることは決まっていたというか決められていたがな。
「ルピシー、あんた肉ばっかり食べてないで野菜も食べなさいよ」
「野菜なんて野暮なものは食わねーよ、俺は肉食に目覚めたんだ!」
「そうか、じゃー今度副院長に言っておくわ。あの人原則好き嫌い許さないからな、俺も昔あの臭い魚の干物が食えなくて残してたら良い笑顔で食えるまで同じもの毎食出され続けたわ。お前も夢の草食生活になれるぞ」
臭い魚の干物。
クサヤかと思った方がいると思うが、違うんだな。
クサヤは前世でも味は好きだったから問題は無かった。
だけど、俺が言った臭い魚の干物は味も不味いし、臭さの種類も違うんだ…
焼いてある干物なのに独特の生臭さと青臭さと腐臭が混じりあった匂いがするんだよ。
話によると珍味中の珍味らしく、魚を仕入れてくる人が先生達の晩酌用にと少量買うつもりが、発注ミスがあったらしく異常な数が送られてきたので俺達にも出されたようだ。
アレはマジで無理でした。
今は根性で食うが、出来ればあんなもの好き好んで食いたくない。
「野菜も食います…」
「所でセボリー、君の育ててた肉コーセーが食べてるよ」
シエルから言われ公星のほうを見てみると風魔術で俺の育てた肉を浮かせて食っていた。
「おい!公星!お前なに人の肉食ってんだ!この肉はそんじょそこらの肉ではなく俺の徹底した管理のもとで最適な焼き加減を見極めて焼いていた肉なんだぞ!返しやがれコノヤロォ!!」
「モッキューー♪」
「あ!こら!!空中に逃げるな!!おい!降りて来い!!」
「店員さん。すまんがこのサイダー1つくれ」
「あ、ぼくも欲しい、うん」
「では2つ頼む」
「聖帝国の食べ物って美味しいですね。ますます国に帰りたくなくなりました」
「肉と野菜だけじゃ飽きてくるから海鮮系も頼むね、他に何か頼む人いない?」
「あたしデザートはアイスクリーム食べることに決めてるの。だけどこの生肉の叩きも食べてみたいから頼んで頂戴」
「わかったよ」
「おい!降りて来いやぁぁぁああ!」
「モッキュキュ~♪」
「あ、この聖帝国風お好み焼き追加で頼んで、うん」
「スープも飲みたいな、この迷宮産バイソンの骨スープも頼む」
「あ!そうだ!!この前ロベルトと一緒に行った店のレポートが本になるらしい。3日前に同好会で発表して即出版が決まったんだってよ!俺の名前がアドバイザーとして載るらしいから出版されたらくれるってよ。まぁ、俺は本は読まないけどな!!!」
「肉を返せーーーー!!!」
その3ヵ月後、無事にロベルトの本『学園都市一代美食男~食べ歩き界の貴公子が食べ尽くす絶品店~』が出版されることになる。
勿論本のタイトルを見て、俺達は腹筋が崩壊するのではないかと思うほど大爆笑することになる。
だがしかし、その本がサンティアス学園なんでも同好会出版の出版数記録を大幅に塗り替え、空前絶後の大ベストセラーとなることは、この時誰もが皆予想だにしていなかった。