第二十九話 スカウト
商会の事務所へ到着し扉を開いた瞬間、物凄い怒号のような泣き声が聞こえ、何だこれはと4人でフリースペースへ向かうと、ゴンドリアとフェディの他に見慣れない人物が一人泣き叫んでいるのが分かった。
俺はドン引きしつつフェディに事情を聞くと、フェディ自身も良く分からないとの事で、どうやら泣き叫んでいる人はゴンドリアが連れて来たらしい。
そのまま眺めているわけにもいかず、俺はゴンドリアに話しかけた。
「それで一体全体どうしてこの状況になったんだ?」
「それがねぇ」
ゴンドリアが事情を説明しようとした瞬間、がん泣きしている人物が顔をあげてこちらへ迫ってきた。
デケェ…俺達の中で一番大きいヤンでさえまだ170センチ弱なのに、明らかにラングニール先生ほどではないが2メートル近くある…
「お願いします!俺を…いや!私をパブリックスター商会へ入れてください!!」
「はぁ?」
唐突だがパブリックスター商会とは俺達の商会の名前だ。
この名前は海よりも深く、そして路肩の水溜りよりも浅い由来がある。
前世の世界の人なら分かったと思うが、パブリックスター→公星→公星つまりハムスター商会だ。
ぶっちゃけ商会を設立するときは皆ほぼ全力で惰性だった。
税を少なくするためには商会を立ち上げるしかないと知り、「じゃー立ち上げてやんよ。でもその後どうすんの?」的なノリだったのだ。
名前はどうすると思い悩んだのはシエルと俺が商会設立のために署名する時だ、あの時は本当であせっておりテンパっていた。本気と書いてマジである。
商会の商売のジャンルを書き込むときも迷ったが、一番の悩みどころは名前であった。
ぶっちゃけ名前なんて考えてなかったのだ。
どうするかどうするかと悩み必死で考えて、結局署名するときに即興の0・3秒で吐き出したのがこのパブリックスター商会の名前だったのである。
その名前も皆どうでも良かったらしく設立してから早数年、誰にも文句も何も言われたことがなかったので放置プレイにしていたのだが、みなまで聞くとひどい名前だなオイ。
「いや、マジでこうなった経緯から説明して欲しいんだけど…とりあえず君も落ち着いて、ついでに会頭はそこの爽やか顔イケメンのアルカンシエル君だから言うんだったらそっちにお願いします」
「僕は名前だけの会頭だよ。実質の会頭はそこのセボリオン君さ。決定権も彼の方が強いよ」
「キラーパスが返されたね、うん」
「見事なカウンターだったな」
「そうね、まず経緯から話すわ。実はね…」
「なぁ、腹減ったから皆が聞いてる間そこにあるおやつ食っててもいいか?」
「公星とあそこで食ってろ。話の邪魔すんなよ」
ルピシーを適当に放置しつつゴンドリアの話だと、どうやら彼は寮の同室の子らしい。
その時、あれ?ゴンドリアって今一人部屋じゃなかったかと思ったが、その疑問はすぐに払しょくされた。
どうやらこのギャン泣きしている人物は中等部からの留学生で、本当は入学式の前日に学園都市に到着しているはずだったが、悪天候による土砂崩れや川の増水氾濫により橋が流されるなどして到着するのがかなり遅れたのだと言う。
学園側も悪天候などをちゃんと把握していたので全くお咎めも問題も無かったらしいが、同室の子や同級生と馴染めなくなるかもと学園長に心配されていたらしい。
俺から言わせれば、神経質になりやすい他国からの留学生にゴンドリアと同室にすること自体が間違っていると思うが、ここは俺の命のために何も言わないでおく。
本人も遅れて学園に到着し、自分のせいではないが申し訳ない気持ちでゴンドリアが待つ部屋の扉を開いて見ると、男子寮の部屋なのに女の子の格好をした変態がいたことに仰天してパニックに状態になったらしい。
ゴンドリアがパニックになる彼を宥め、自分の性別と趣味を打ち明けた途端急に号泣し始めたらしく、埒が明かないので皆が来るであろうこの商会の事務所に連れて来たのだと言う。
うん。経緯がわかるようで全然わからない。
「どうやらこの子、中身は女の子らしいのよ」
「へ?」
「だから女の子よ。体は男で中身は女」
「つまりこの子はトランスジェンダーってわけかな?」
「ええそうよ、流石シエルね。あたしは唯の女装家だからあれだけど、明日あたりにでも学園の事務所に報告するわ。トランスジェンダーと認定されたらすぐにでも女子寮に移れるから」
「いや、それは分かったけど何でうちの商会に入りたがってるの?」
「えーっとねぇ…」
なんでも彼…じゃなくて彼女の国はかなり性に閉鎖的らしく、同性愛や女装または男装などは禁止されているし、もし知られてしまえば死刑になるらしい。
彼女は貴族の家の跡取り長男として生まれたが、物心ついた時から自分の性別に違和感を感じており、両親にも彼女が男らしく育って欲しいと教育されてきたのだと言う。
彼女自身も親の期待を受けて男らしくしなければと生きてきたが、自分の中の違和感には勝てずに随分と思い悩み苦しみ葛藤してきたらしい。
そんななか他国へ留学し、むさ苦しいはずの男子寮の部屋を開けたら見た目だけは綺麗な少女が出てきたものだからダブルパンチでパニックになり、ゴンドリアが趣味を打ち明けた途端に自分の中の今までの苦労が走馬灯のように流れ、トリプルパンチで涙が止まらなくなってしまったのだと言う。
そしてゴンドリアに連れられて商会の事務所に来て、フェスモデウス聖帝国の性に自由な文化と個人の趣味には基本的に口は出さない懐の深い気風に衝撃を受けていた時に俺達が帰ってきたと言うわけらしい。
「お願いします!私を仲間に入れてください!!」
「ねぇ、セボリー。彼女を入れてあげられないかしら」
「いや、だからさ。何でうちに入りたいの?ぶっちゃけ留学期間中なら学園都市内だったら自由に生きられるじゃん」
「それはね、これよ!」
とゴンドリアが見せて来たのは、絵画のデッサンと服のデザイン画とジュエリーのデザイン画だった。
良く見てみると物凄く上手い。
しかも素人目の俺から見てもデザインが洗練されている。
「これは素晴らしいな。私は作るのは得意だがデザインになるとどうもしっくり来ない。だからデザインの才能のある奴の作品を見ると羨ましく思うな」
「この絵画のデッサン凄く素敵だね。風景画でこの場所に行った事もない場所なのに郷愁に浸れるよ」
「ね、しかもこれ全部フリーハンドの一発描きよ。凄いでしょ!こんな才能のある子放っておくほうが駄目よ!!どうかしてるわ!!!」
どうやら彼女は昔から芸術的なことが好きでずっと憧れていたのだが、何せ如何せん母国の思想が「芸術など軟弱者がやるものだ!コレクターとして集めるのは良いが貴族がやるにはふさわしくない!」とのことで隠れて細々と描いていたらしい。
だがゴンドリアとフェディに聖帝国の気風を説明されて一気に描きたい欲が爆発し、号泣しながら描きまくり、そのデッサンをゴンドリアが見て、服のデザインはどうだ、アクセサリーはどうだ、と描かせたのが俺に見せたデザイン画なのだそうだ。
「セボリー前に言ったわよね」
「え!?俺何かいったか…?」
「覚えてないの?ほら、制服を皆で作ったときがあったじゃないの。そこであたしがセボリーにデザインを書かせようとしてあんた言ったじゃないの」
「え?ちょっと待って…」
その時、俺の頭の中はまるで一昔前のビデオテープのように巻き戻しが始まり、制服の製作場面に再生ボタンを押さえた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『みんなどんな制服にしたいの?そうだセボリー、デザイン描いてよ』
『何で俺が描かなきゃいけないんだよ!!お前が描けや!!』
『あんた、あたしがデッサン苦手なの知ってるでしょうが。頭に想像した形は作れるけど描けないのよ。あたしだけの制服だったら問題ないけど、皆好みの服にしたいんだから見なきゃ分からないでしょうが。』
『確かにお前の絵は壊滅的だけど、何で俺がお前の専属絵師みたいになってるんだよ!!』
『そうゆう運命だからよ!』
『お前交友関係俺らの中ではルピシーに次いで2番目に多いんだから、デッサン描ける奴いるだろうが!!スカウトしてこいやぁあーーーー!!!』
巻き戻し。
再生。
『お前交友関係俺らの中ではルピシーに次いで2番目に多いんだから、デッサン描ける奴いるだろうが!!スカウトしてこいやぁあーーーー!!!』
巻き戻し。
再生。
『デッサン描ける奴いるだろうが!!スカウトしてこいやぁあーーーー!!!』
巻き戻し。
再生。
『スカウトしてこいやぁあーーーー!!!』
巻き戻し。
再生。
『スカウトしてこいやぁあーーーー!!!』
巻き戻し。
再生。
『スカウトしてこいやぁ』
停止。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「………oh」
「どうやら思い出したようね。じゃ、そういう事でうちの商会に入れてもいいわね」
「ハイ…オスキニドウゾ…」
「はい。加入決定!」
「アクセサリーデザインの相談を宜しく頼む」
「ねぇ、今度この学園都市の風景画描いてよ、良かったら買い取るから」
「よろしくね、うん」
「服のデザインデッサンもお願いね。これから一緒にがんばりましょうね」
orz状態で俺は床に手と膝をつき項垂れながら自分が勢いで言った言葉を後悔した。
「なぁ、もうおやつ無いのか?決まったらしいからお祝いにどっかに食いに行こうぜ」
「モッキュー」
話が一段落すると、まるで計ったようなタイミングでおやつのストックが切れ、ルピシーが公星と一緒に混じってきた。
「そうね、そうしましょ。何処が良いかしら」
「そういえばお腹も空いたしね」
「そうだ、まず名前を教えてくれ」
「なんて呼んでいいか分からないもんね、うん」
「はい!私はユールグント・ゲイン・カルロス・フォン・アンヘラです!」
太公望さん、あなたは凄い言葉を作って残してくれました…覆水盆に返らず。
やらかした事は過去に戻ってやり直せないって意味だよ!!!
こうして俺達の商会に新たな仲間が加わった。