第二十六話 迷宮内にて
迷宮とは独自の生態系を有し、階層のどこかしらにモンスターが闊歩してランダムで宝箱が発生する場所であり、独自の生態系ゆえ地上世界では取れない果物や肉、鉱石や宝石などの貴重な素材が産出される場所でもある。
迷宮は世界で2箇所だけしか発見されてはおらず、全てこの学園都市に存在している。
2つのうちの1つ、試しの迷宮の正式名称は『鍛錬の迷宮』と言い、5km×5kmの正方形の形をしており地下100階層まで続いている。
その名の通り鍛えたい者や駆け出しの迷宮冒険、また学生が鍛錬のために潜る迷宮だ。
迷宮の中は薄暗く、中へ入ると外気よりも気温が低くヒンヤリとした空気を感じた。
周りを見渡してみれば多数の冒険者の姿が見受けられる。
良く見れば噂に聞いたクリスタルを中心にして挑戦者が談話している。
どうやらここはエントランスの他に休憩室や談話室のの役目も果たす場所のようだ。
「薄暗いな…」
「でも思っていたより明るいよ」
「ああ、しかし思っていたよりも空気が淀んでいないぞ。まだ1階層だからかもしれないが奥のほうからも嫌な空気が流れてこないしな」
確かに近く浮かんだと空気が淀み心地よい感じはしない。
だがこの空間はそんな事は全く感じないほどの快適さだ。
「そんじゃ早速行こうぜ!」
「まず様子見したほうがいいと思うぞ」
「油断大敵って言うしね」
「お!セボリー達じゃないか。試験に合格して早速潜りに来たのか?」
聞いたことのある声が聞こえて振り返れば、ティグレオ兄さんと兄さんのパーティメンバーらしき人達の姿が見えた。
ティグレオ兄さんのパーティは10人で殆どが同級生や学園の卒業生達らしく、後の数人は雰囲気から言って駆け出しの迷宮冒険者といったところだろうか。
「お久しぶりですティグレオ兄さん」
「おう!久しぶりだな。もう潜るのか?」
「そのつもりだったんですけど、今は様子見中です」
「様子見とか良いからさっさと行こうぜ!」
「…おまえなぁ」
「ふふふ、大丈夫よ。まだ1階層だもの。よほどの事が無い限り危険は無いわ」
俺達の会話を聞いて兄さんのパーティメンバーの女性が笑って説明してくれる。
その服装はこれからどこぞのリゾートの浜辺でも歩くんですか?と言わんばかりの薄着で、色んな意味で危険極まりない服装だが目の保養をさせてもらおう。
聞くにどうやらこの試しの迷宮の1階層目は殆どモンスターが出ない所謂サービス階で、自然に発生する宝箱なども全くと言って良いほど出ることは無く、出ても二束三文になれば良い様なものしか手に入らないらしい。
そのため早く2階層にたどり着きたい挑戦者のために善意で2階層までの道標を壁に矢印として書いてくれているのだと言う。
「ほら。この矢印にそっていけば2階層にいけるわ」
それにもし出ても弱いモンスターしか出てこないので、怪我はしても命に問題は全くないと説明してくれた。
猛毒を持っているモンスターも1階層では皆無らしい。
2階層のモンスターも駆け出しでも普通に倒せるようなレベルらしく命が危ないと感じるようなモンスターは5階層から増えてくるようだ。
ねえちゃん。良い尻と胸だけじゃなくて良い情報持ってるやないけ。
「情報ありがとうございます」
「いえいえ、あなた達って色々有名だからね。もしもの時があれば宜しくね」
「もしもの時とは?」
「護符の値引きとかかな?後は行き遅れたら宜しく~」
「お姉さんは綺麗だから選り好みしなければすぐに売れますよ」
「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。それなのにこの男達ときたら…」
お姉さんは他のパーティメンバーの方を向いてそう呟くと、後2人いた女性メンバーも溜息を吐きつつ頷いた。
ここで突っ込むと地雷を踏むと俺のセンサーが警告音が鳴らしていたので聞いてないふりだ。
「じゃ、一人煩いのがいるので行きますね、ティグレオ兄さんもありがとう」
「お、おう。がんばれよ!」
「ここで敢えて言おう………お前がな!」
『ブハッ!』
ティグレオ兄さんのメンバーが笑いを堪えきれなくなったのか噴出す音が聞こえた。
ごめん。
どうしてもガマンできなかったんだ。
ティグレオ兄さん、あなたこのまま行けば朴念仁ですよ。
「セボリーてめぇ後で覚えとけよ!」
ティグレオ兄さんと別れて壁の矢印を頼りに2階層へ進む道すがら、俺は新しい武器を手に皆と歩いていく。
「そういえばやっと完成したんだね」
「長かったな構想1年完成4年半も掛かって漸くか」
そうなのだ!聞いてくれ!!
やっと俺の武器が出来上がったんだ!!
迷宮に潜ろうと決めたのなら武器がいる。
身体強化を使い素手で戦っている人たちもたまにはいるが、迷宮では前衛後衛魔法職問わず武器を持つ人が多く、皆各々武器屋で買ったり迷宮のドロップ品を使ったり、はてまた自分で作り出し装備しているのが一般的だ。
なので迷宮に潜る前にどんな武器が良いのか考えた結果、俺は自分自身で武器を作ろうと決心し、5年以上の月日をかけて完成させた。
どんな武器なのかというと─
「全然モンスターが出てこねぇ!!!」
おおぅ。ルピシーの大声で話が中断されてしまった。
「うっさいわ。お前本当に注意事項聞いてたのか?大声で話したりするとモンスターに発見されやすくなって囲まれるから気をつけろって習ったじゃねーか」
「そんなの右から左へ流れるだけだ!」
「自分で言うなよ」
「ああ、叫びながら突っ込みたい…いや、突っ込む以前にこいつと一緒に潜ることが間違いだったわ」
「まぁ、それは仕方ないよ。だって馬鹿だもん」
「だな。しかし一応壁と前衛としての戦力にはなるからな」
「俺の価値はそれだけかよ」
「後は美味しい店知ってるくらいじゃないか?」
「それもこの髪型で出禁だがな」
「一体この髪型は何時直るんだよ!!そうしないと食いにいけねーんだぞ!!」
だからうっせーよ。
パンチパーマがそう簡単に取れるはずねーだろうが。
嫌なら丸刈りにしろ。
「いっそのこと俺の部屋にも出禁にしてほしいわ。暇なとき来るんだよこいつ」
「俺帰ったらフェディに育毛剤作ってっていうわ!」
「さっきも他のパーティの人達ルピシーを見て笑ってたもんね」
もうルピシーの髪型は置いておくとして、俺は腰元ついている新しい武器をひと撫でした。
俺の腰ベルトから下げられているものは、百科事典並の大きさと厚さの『本』だ。
本は本でも俺達グループの知恵と努力を結集してもらい出来た武器がこの『魔道具:精霊聖典』だ。
この精霊聖典は追々話すが色んな魔法を使役することが出来、俺のスキルとも相性の良くなる用に作られている。
精霊聖典を作るにあたり本当に苦労を重ねた。
俺のスキルはこの中等部に上がる約5年間で増えて強化または進化をし、他のメンバーも皆自分の出来る幅が広がって俺に協力してくれた。
フェディとゴンドリアには素材や原料の選定・研究を、シエルとヤンには魔法構築と加工成型などを頼み完成に至るまで5年以上を要する破目になった。
当然ながら俺も全ての工程を手伝いながら研究開発しましたよ。
どのような形が一番効率がいいかや、どの素材が現段階で一番適しているか、どうすれば長所を伸ばして短所を削ることが出来るかなど試行錯誤の連続だった。
魔法構築式とは魔術や魔法を扱うものにとってとても大事なものだ。
本来なら魔術や魔法は、呪文を詠唱し自分の魔力を対価に精霊に手伝ってもらい世界に干渉する術だ。
しかし魔術や魔法の理を理解していれば詠唱しなくとも魔法が発動する場合もある。
ここで魔術や魔法に関して簡単な説明をしよう。
魔術とは魔法を扱うためのプロセスの一つだ。
魔術には様々な初歩的かつ単純な公式があり、理解を誤ればもし魔法を使えるようになるとしても上手く使いこなすことは出来ないし、発動せず下手をすれば暴発する可能性だってある。
簡単に例えるならば算数の基礎が出来ていないと数学を解く事が出来ないし、理解することも出来ないと言っているのと同じだ。
さて、そこで魔法構築式が出てくる。
前世でも頭の良い奴の一部は、問題を見ただけで式や途中計算を書かずにそのまま暗算で答えを出す奴がいたと思う。
つまり、公式を理解さえしていれば無詠唱でも発動することが理論上出来るのだ。
さらに魔法構築式は前世で言うコンピューターのプログラミング言語にも通じる。
俺達の護符が良い例だ。
ほぼ半永久的に付与効果が持続するようにシエルが効率の良い公式を研究で見つけ書き起こし、魔力の無い者用は空気中の魔力から、魔力のある者は自分の魔力を使い半永久的に効果を得られるようにプログラミングしてある。
そのプログラミングは効果が優秀なもの程とてつもなく複雑難解で、また素材や製法なども選ばなければならない。
それなりの効果をつけなければ全く使い物にならないし、かと言ってすごい効果をつけると素材自体や製法もガラリと変わってくる。
つまり、俺の精霊聖典は物凄く複雑な公定と労力、また素材が使われているというわけだ。
精霊聖典の能力の中には公星に使えるような魔法効果も入ってるのでかなり有用性があるはずだ。
公星も何回かは使ったことがあるが嫌がる反応は起こさなかったしな。
さて、本番で効果を試すのは楽しみだ。
予行練習では何回かは試したが、本格的に試すのは初めてやる。
待ってろよ迷宮のモンスター!お前らの体や魔石を金に換えて俺の糧にしてやる!
こうして俺達の迷宮挑戦は幕を上げるのであった。