第二十五話 試しの迷宮の前に
「よし!資格証のカードも貰ったし早速いこうぜ!!」
朝一番で迷宮管理事務所へと向かい資格証を受け取りにいき、迷宮管理事務所を出た瞬間にルピシーが発した言葉がコレである。
「おい、授業はどうするんだよ。お前唯でさえ単位落とす可能性が高いのに、迷宮に潜って単位取らないとか何考えてんだ。馬鹿なの?迷宮に潜ってて単位取れませんでしたは通じねーって言われただろうが」
「へ?迷宮に潜れば単位もらえるんじゃないのか?」
「「「「「んなわけあるかい」」」」」
その言葉にルピシーはやっぱり馬鹿だと再確認しましたよ。
お前認定試験受ける前に学校の先生に『迷宮に潜るのも大切かもしれませんが、学生の本分を忘れないように。迷宮に潜って単位が取れないようなら即資格証を取り上げて迷宮に潜れなくしますよ』って話聞いてなかったのかよ。
コレむっちゃ大事な事だろうが!!
俺達聖帝国籍の未成年はこの資格証を提示しないと迷宮に潜れないんだからな!!
重要な事なんだから1万回暗唱しろ!!!
結局俺達はルピシーの言い分を無視して午前中は授業を受け、午後に迷宮に潜るというプランを決めた。
午後の授業の内容なら後でカリキュラムを組み直せば直ぐに単位が取れると判断したからだ。
それでも食い下がる気配の無いルピシーが「そんなことしてたら深い場所まで潜れないじゃないか」とほざいていたので迷宮について説明してやった。
マジでコイツ何も調べてなかったのかよ…
しかし後にルピシーはこの迷宮冒険者資格証を持っていて心底良かったと感謝することになる。
それは中等部を卒業する時にかかわってくるのだが、その話はまたいつかしようと思う。
学園都市には移転陣が張り巡らされていると前に説明したが、聖帝国の主要都市、更には迷宮の中にも張り巡らされている。
これは一般人が使えるものとそうでないものがあるが、通常のものなら概ね有料で使用する事が出来る。
この移転陣は元々迷宮の移転陣を研究解析して作られたものだ。
迷宮の移転陣は条件付きだが何のリスクもなく様々な階層に移転できる。
迷宮の入り口を入り、下に降りる階段を見つけると階段のすぐ近くにクリスタルのようなものがあるのだが、それに触れればその階層に冒険者が登録される形でセーブされ、今まで行った階層に行くにはクリスタルを触りながら行きたい階を思い浮かべれば瞬時に移動が行われる。
実を言うとこの移転陣の構築式はまだ完全に解析されておらず、聖帝国に張り巡らされている移転陣は迷宮の移転陣の劣化版で、様々な機能を省きリスクを軽減させた代物のようだ。
試しの迷宮は100階層まであり、100階までクリア踏破するとある一定野の確率で隠し階層にいけるらしい。
実はこの隠し部屋はこの数百年出ていないとの噂で、本当にあるのかさえ現在では眉唾物の話となっているようだ。
ついでに副賞で100階踏破記念のメダルと学園都市内で使えるお食事1ヶ月無料券が迷宮管理事務所から貰えるらしい。
お食事無料券の事を知ってテンションが上がり煩いルピシーを窘めながら歩いていると、可愛い声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声に振り返ると見知った顔が走りよってくる。
「あ、兄上達だ!」
「本当だ兄様ー!!」
「お兄様!」
上からヤンの弟のヴァンサンス君、シエルの弟のクロカンジョエル君と妹のアリアンノエルちゃんだ。
「ジョエル!ノエル!ヴァン君おはよう。朝食はもう食べたのか?」
「おはようございます。いいえ、まだです」
「これから食べに行くところです」
「ええ、お兄様たちが見えたものですから」
「そうか、では一緒に食べに行こうか?」
シエルが誘うと3人は嬉しそうな顔をした後少し困惑顔だ。
「え?でも兄上。初等部と中等部では学食の場所がちがいますよ?」
「大丈夫だヴァン。兄や姉がいる者は普通に入っているからな。お前達も来い」
「「「やったぁ」」」
「シエルは分かってたけどヤンもやっぱり弟には甘甘だよね、うん」
そう言うフェディもこの子達には結構甘い。
多分フェディは一人っ子だから弟や妹のような存在が出来て少し嬉しいのだろう。
え?後輩と交流は無いのかって?
俺以上に引き篭もっているフェディに後輩との交流があると思うか?
「良いじゃないの、可愛いんだから。朝から馬鹿の世話しなきゃならなかったから心が荒んでたのよ!丁度良い心の癒しだわ」
ゴンドリアの言い分に120%同意するわ。
マジでこの3人には癒される。
「おい!誰が馬鹿だ!!」
お前だよお前。
「そうだな、私も疲れていた」
「だな」
「そうだね、うん」
「おい!否定しろよ!!」
事実を言ったのに否定とは可笑しい事を仰る。
「「「「なんで?」」」」
「なんでじゃねーよ!納得いかねー!!」
納得しなくてもお前が馬鹿なのは変わりない。
悔しかったらテストで平均点以上取ってみろ。
皆で一緒に中等部学食の席に座り食事を食べていると、ヴァン君がヤンにある事を報告をしてくる。
「そうだ、兄上。父上から手紙が届いて妹が生まれたらしいです。それとコレは兄上の分の手紙です」
「スマンな。ほお。で、それで産みの母は誰だ?」
「サネラ義母さんだそうですよ」
妹さんの誕生は目出度いが、聞き捨てならない言葉を聞いたんですけど。
「ちょっと待て、お前ら何人母ちゃんいるんだ」
「何人だったか、ヴァン覚えているか?」
「えーと、僕が聖帝国に来る前に妃を1人迎えたのが最後なので14人ですね」
「そんなものか」
「そんなものかじゃねーよ!何そのハーレム!!けしからん!うらやまけしからん!!!」
14人も侍らせているなんて、流石は王様や。
俺もそれくらい侍らせたいぞ!
「これでも少ないほうだぞ。多いと百人単位でいるからな」
「そうですね。うちの領の隣の藩王は后1人に側室の妃が86人、愛人は数えられない程いますからね」
「そこまで行くともう訳ワカメ…」
「わかめ?」
「いや、こっちの話です…」
その人数になると逆に辛そうなんですけど。
体的にも精神的にも。
「噂に聞く後宮というやつだね、奥の園とも言われてたかな?」
「ああ、そうだ。聖帝国以外の周辺国は大体が一夫多妻だからな。私自身もこんなに発展している国が一夫一妻制なのが未だに疑問だ」
「聖帝国からしてみたらそちらのほうが考えられない話だね、うん」
「っていうかその計算で言うとお前ら何人兄弟だよ」
「18いや、新しく妹が出来たから19人か」
「お前昔実家の負担が何とかうんとかかんとか言ってたけど、そんなに家族養えるのなら関係ないじゃん」
「いや、それがあるんだ」
ヤンは苦笑し、神妙な顔で語りだした。
その話しの内容を聞くとヤンの関係あると言うことが理解できた。
一文で纏めると、サンティアス学園の初等部と中等部をヤン一人が普通の時間を掛けて卒業出来る年数の学費と生活費だけで、ヤンの弟妹の全てを近隣諸国の学校へ通わせ卒業させることが楽に出来るらしいのだ。
サンティアス学園の入学金と授業料はサンティアスの養い子は基本的に無料で、聖帝国籍の人は取るにはとるが微々たる物らしいが、留学生の家にとってはそうではないらしい。
まず最初に学園は留学生に学費の免除などをしない。
前世で言う奨学金や授業料免除のシステムは留学生にはないのだ。
ここで味噌なのが留学生だけに作っていないと言う事で、聖帝国籍の人にはちゃんとある。
この時点で我が子を留学させようとする親や家にとってかなりのハードルとなっているのだが、更に留学させるために学園に寄付をしなければならない。
この寄付とは謂わば身代金のようなもので、もしその留学生が問題を起こした時にそのお金を賠償金や被害者のケアなどに使うための掛け捨てで、留学生には一切利益の出ない保険のようなものが存在する。
その寄付が結構馬鹿にならない金額のようだ。
そしてコレが一番の問題なのだろうが物価の違いだ。
聖帝国は他国に比べて物価が違う。と言うかお金の価値が全く違うのだ。
例えば隣国だけど学園からかなり遠いトリノ王国の中級貴族家が1ヶ月に使う生活費が、聖帝国では一般の子供が1ヶ月に貰えるお小遣いと同じか少し多いくらいの金額らしい。
なので学園に留学できる子の家は自国でかなり裕福でないと出来ないと言う訳だ。
ヤンの弟はヴァン君や側室腹の弟も含めて12人いるが、どうやらヤンとヴァン君は同腹の兄弟で正室の子供のようで、正室の生んだ男子は側室の産んだ男子よりも継承権が高く、順調に行けば正室腹の長男のヤンが跡目を継ぐ。
そのため教育に力を入れるために、態々行くだけでも2ヶ月以上掛かるサンティアス学園に留学させたのだと言う。
ヤンの故郷の貴族や王族の親は、普通跡取りの長男や予備の次男三男だけには学校へ通わすか、家庭教師か女家庭教師つけるだけらしく、次男三男以下の男子には一応最低限の教育は受けさせるがそこまでせず、女性は教育を受けさせないのも普通のようだ。
しかしヤンのお父さんは、サンティアス学園ではなくとも子供全員に学校へ通わせ教育を受けさせたいと言う立派な思想を持っていたらしく、他の弟達や妹達を学校に通わすために奔走していたと言うのだ。
自国で裕福な部類に入るヤンの家でも流石に全員サンティアス学園に入れることは適わず、ヤンのお父さんは跡取り息子だけでもと思いヤンを留学させた。
だが大事な跡取り息子を送り出してから約一年後、思ってもいない便りが息子から届き、父親の悩みは解消されることになる。
ヤンが俺に巻き込まれた形で護符の話が舞い込み、趣味をかねて作ったアクセサリーと共に販売していたら、自分の学費や生活費を賄えるだけの資産が溜まっていたこと気が付き、そこでヤンは父親に商売を始めてかなり儲かっているので自分の学費や生活費は自分で賄う、なのでもう一人学園に通わせるだけの余裕が出来たのだから弟の誰か一人を通わせたらどうかと言う提案の手紙を送ったようなのだ。
「兄上には感謝です。父上に自分の学費や生活費を僕に使ってくれと手紙に認めてくれたんです。父上も手紙を読んで納得して僕を送り出してくれました」
「弟思いだわ。泣けるお話ねぇ。あらやだわ涙腺が…」
「お前ら王族なのにどこかの苦学生みたいな話だな…」
「それだけこの国と他の国の格差が大きいって話だよね、うん」
「やっぱり文化って国によって違うものなんですね」
ノエルちゃんが関心顔で言う。先程の後宮の話では顔を顰めていたがな。
「チャンドランディアというか、マハルトラジャ藩王国領は他の藩王国領より女性の地位が高くて、女性にも教育をと学校へ通わそうとする親が多いんですよ。だから女性の社会進出も他の藩王国領より進んでいるんです。女性が働く事によって我が領の発展は他領よりずっと先を進んでいます」
「女性の教育に力を入れるようになったのは先代藩王のおじい様からだけどな」
マハルトラジャ藩王国領とはヤンのお父さんが王を勤める国で、チャンドランディア藩王国連邦の中ではかなり地位も高く領土も大きい藩王国のようだ。
ヤンとヴァン君のフルネームは『ヤンソンス・ラージャ・マハトベク・プラサドシンハ・マハルトラジャ』『ヴァンサンス・ハーン・カザフベク・メノンシンハ・マハルトラジャ』と言い、チャンドランディア藩王国連邦では名前や苗字にラージャやラジャまたラジが着くものは王族と判断して良いらしい。
多分一生使わないと思う知識だが…
「流石にこれ以上学園に留学させたら家が潰れる可能性があるけどな。ははは」
「そうですね。ははは」
この兄弟は笑っているが全然笑い事ではないような気がする。
「そうだ。兄様!今日は迷宮に潜られるのですか?」
ジョエル君がそう言うと、ノエルちゃんやヴァン君も目をキラキラさせて俺達のほうを見た。
「そうだ潜るぜ!でも授業があるから午後から潜る事になったけどな!別に授業とかいいのにな…」
「「「「「良い訳あるかい」」」」」
「そうですよ。単位が取れなかったら留年しちゃいます」
「そうですね。まずやることをやってから潜ったほうがいいと思いますよ」
「そうだよね。単位は大事ですからね。勉強しなかったら何のために学園に通っているのか疑問に思いますし」
「…………………」
ルピシーが撃沈している。子供って純粋だからその分残酷なんだよな……
朝食後3人と別れて授業を受け、試しの迷宮に挑む準備を始めた。
追伸:ルピシーは午前の授業中睡眠学習を実践していました。しね。
「うし!楽しみだなぁ!やっぱり勉強は駄目だ!頭がボーっとする!!授業が終わったら頭の中が晴れてきたぞ!!」
「お前の場合授業中ずーーーっと寝てるから頭がボーっとするんだろうが。頭の中がお花畑なのもいい加減にしろよ」
「え?元から頭の中に草がボーボーと生えててボーっとしてるの間違いじゃないの?」
「いや、違うな。元から頭の中が空っぽでカラカラしているんだ」
「ヒデェ!!!」
内容の無い事を話しをしながら俺達は目的の場所へと歩いた。
「資格証があれば提示をお願いします」
試しの迷宮の前に事務所のような施設があり、迷宮に潜る前にそこで受付を済ます形になっている。
俺達は言われたとおり資格証を係員さんに手渡した。
「はい。セボリオン様、ルピセウス様、ヤンソンス様、アルカンシエル様ですね。皆さんは初挑戦でよろしかったですか?」
「「「「はい!」」」」
「では説明をしますね。迷宮のモンスターを倒したら討伐証明の部位と魔石を取ってきてください。それをこちらで鑑定して換金いたします。あなた達はカードを持っているので銀行振り込みでもかまいませんが、現金が必要ならそれを換金時に仰ってくださいね。迷宮の中はヒカリゴケという光るコケで照らされていますので、そこまで暗くはありませんが明かりを持っていったほうが無難です。それと…」
その後前述した迷宮のシステムや宝箱、はてまた潜る際の冒険者同士のマナーなどの話続けてを聞いた。
「はい、終了です。ではこちらにご署名お願いします。帰ってきたら横にある空白にまたご署名してください。学生の場合は学園に長期で潜る事を申請していないと、1日以上戻ってこなかった場合学園側に連絡が入りますからね」
「はい、わかりました」
「ではお気をつけて」
本日、俺達は試しとはいえ迷宮に潜る。
「よし!行こうぜ!!」
「楽しみだな」
「だね」
「さぁ行こうか」
ギィィイイイイイイ
重い扉の開く音が聞こえる。
扉を開けて一歩を踏み出した瞬間、ルピシーの姿が見えない。
何かの罠かと思った矢先、足元を見るとルピシーは捨てたバーヌ(バナナ)の皮に足を滑らせコケていた。
皆の笑い声が木霊して俺の緊張感が解けたのが分かった。
ありがとなルピシー
…に付いているかどうか定かではない笑いの精霊さん。