第二百十五話 ダルゴ広場で4
うわぁ…あれは痛い。
下手したら死ぬぞ、あれ。
俺たちのメンバーの中でユーリに次いで2番目に温厚なシエルがあんなに怒るなんて、流石のシエルも堪忍袋の緒が切れたようだ。
「ヒィッ!?」
気を失ったオスムントを一瞥した後、シエルは急に後ずさった。
何故かというと、アクナシオニス生たちが五体投地していたからである。
「ちょっ!?シモーヌ!?起き上がって!?」
シモーヌも五体投地してるんですけど!!?なんで!?
ゴンドリアが頑張って引き起こそうとしてるけど、まるで瞬間接着剤でもつけられたかのようにビクともしてないよ!?
まさかアクナシオンで教育を受けてたから反射的にやってしまったのか!?
「公子様に置かれましては大変お見苦しい所をお見せして大変申し訳ございませんでした。馴れ馴れしく接してしまいましたわたくしを罰してくださいませ」
「シモーヌ!?」
やべーよ。やべーって、このシモーヌの行動。
他のアクナシオニス生もメッチャ震えながら五体投地してるんですけど…マジでカオス…
「罰しないから!まったく気にしてないから!と言うか早く立って!今のそれのほうが見苦しっいや、心苦しいから!ねぇお願いだから!」
「恐れ多い…恐れ多いことでございます」
シエルがシモーヌのそばに駆け寄ってゴンドリアと一緒に体を起き上がらせようとしているが、本当に地面に張り付いているかのようにビクともしていない。
シモーヌはまともだと思っていたのに!!
あれか!?これが俗にいう洗脳教育の弊害か!!?
おお、なんて罪づくりなことをしているんだアクナシオニス…
というかこのままじゃ先に進まないから俺がどうにかするか…
「目標設定完了風よ」
「え?きゃっ!?」
俺がそう唱えた瞬間、シモーヌの体がふわりと2メートル程浮き上がり、水平だった体を垂直に直したのちゆっくりと地面へとおろしてやった。
ねぇ俺凄くない?
ロイズさんに魔法の使い方教えてもらってここまでコントロール出来るようになったんだぜ?
元々俺って風魔法そんなに得意じゃなかったからさ、練習して自分自身を短時間超低空で浮かすのは少しは出来てたんだけど、人や物を浮かすのって滅茶苦茶大変なんだよ。
なんでかと言うと目標と範囲指定を設定して、繊細な魔力操作も必要になってくるからな。
勿論魔導陣だったら前からも出来たんだけど、如何せんあれのほうが威力が高くて操作も難しいからある意味出来なかったんだよね。
下手すると空中1メートル上げるつもりが上空100メートル以上上げちゃった、テヘ…みたいな失敗しまくってたからな…
あ、勿論実験台は岩石とか公星だったから後で色々大変だったよ?
上空から落ちて着地の衝撃でバラバラに砕け散った石の破片を食らわないために鬼ダッシュしたり、いくらだだっ広い岩石地帯で実験やってても、散らかった石の後処理全然やってなくてロイズさんに怒られたりとか、怒り狂った公星の頭突きや風攻撃魔法から逃げたりとか本当に色々大変だったなぁ…
「はぁ…良かった。シモーヌ。僕への受け答えは普通で良いからね。ちょっ!?だから五体投地しようとしないで!!?ねぇ!!?」
恐ろしいわぁ。もし俺があんなことされたら即逃げるな、多分。
それからまた五体投地しようとするシモーヌを、ゴンドリアとユーリが頑張って支えながら何とか話を進める体制が整った。
「誇り高きサンティアスの養い子の一族の方々よ。あなた方と同じ血が流れ、古より聖下の庇護により永らえてきた24家がひとつエルトウェリオンの一族の者として、我らが土地の領民の無礼な言動を心から謝罪いたします。当然の事ながらこの者たちは学園都市の法律によって裁かれることをお約束いたします」
シエルは深く頭を下げた。
何故シエルがここまでして謝罪するのかと疑問に思うかもしれないが、サンティアスの養い子の一族を敵に回せばいくら24家でも只では済まないからである。
サンティアスの養い子の総本山はサンク・ティオン・アゼルス学園都市の総本山のアルゲア教団領だが、養い子やその子孫たちは聖帝国内ほぼ全てに根を張っている。
聖帝国で一番古いとされている町のアクナシオンですらサンティアスのコミュニティがあるのだ。
24家に古くから仕える直臣の一族もサンティアスの養い子の一族の末裔が多く、24家の人々でさえサンティアスの一族の血を継いでいる。
現にシエルの祖母のアンナ様がサンティアスの養い子出身だし、フェディのお父さんもそうである。
サンティアスの養い子は非常に一族愛が強く、上下左右縦横斜めと絡み合うように伝手や情報網が出来ており、政府機関の大臣や役人または大商人などの力がある政財界の重鎮たちもサンティアスの養い子出身が多くいるため、ことが大きくなるのは火を見るよりも明らかな事なのだ。
だからいくらシエルが直接的に悪くなくても、エルトウェリオン領の領民がやったことに対して誠心誠意謝罪をしたのである。
「気高き古の王家エルトウェリオン家の公子よ。あなた様の謝罪をお受けいたします」
「サンティアスの広く温かき優しさに心からの感謝を捧げます」
仰々しいかもしれないけど、これ絶対にやっておかないといけないことなんだよね…
何故かというと、ここにいる人間から色んな人に話が回るから、あの時あの人はなんの謝罪せずに行ってしまったとか言われないために『ちゃんと謝罪をしましたよ』の証明を作るためにやっている、いわばもうこれ以上話を大きくしませんよ、これであなたの責任は問いませんよと言うポーズなのだ。
「さて…本当に馬鹿なことをしでかしてくれたものだね」
「ヒィッ…」
うわっ!こわ!!
名前を忘れたがアクナシオン家の弟の顔色がヤバイ色になっている。
青を通り越し青紫の顔色をしていた。
他のアクナシオニスの生徒も五体投地を継続中なので顔色は分からないが、尋常じゃない程体を震わせ言葉にならない声を発している。
あとシモーヌ、お願いだから五体投地しようとしないで…ゴンドリアとユーリがメッチャ頑張ってるよ…シエルって怒る時は大体笑顔で怒ることが多いんだけど今はは完全に顔から表情抜け落ちてる。
端正な顔立ちも相まって彫刻の様なんだけど、声からも表情からもそして雰囲気からも怒気が伝わってきて滅茶苦茶怖い。
どれ程怖いかと言うと、先程まで完全にキレてたルピシーがシエルの声と顔見た瞬間に冷や汗かいてるくらい怖い。
武器構えてた兄さん姉さんたちも先ほどの温厚そうなシエルとの落差に引いてるからね。
「今さっきも言ったけど、君たちはこの学園都市の法律によって裁かれる。サンティアスの養い子を罵った者、その者を止めなかった咎めなかった者、例外なくすべてだ。例え君がアクナシオン家の当主に泣きつこうが、これはもう既に決まっていること。そしてそのことについてエルトウェリオン家は抗議も嘆願も何もしない。大人しく罪を受け入れろ」
「ご慈悲を…」
「慈悲ならもう既に与えている」
「え?」
「まだ君たちは死んでいない。サンティアスの総本山で声高々にサンティアスを侮辱したんだ。普通ならその時点で君たちはもう息をしていない。だけど君たちはまだ生きている。それが何故かわかるかい?ここにいる殆どのサンティアスの養い子たちは僕がエルトウェリオン家の人間だと知っていたからだ。いくらサンティアスの一族だろうと、エルトウェリオン家に関係のあるアクナシオニスの人間をおいそれと排除することは憚られる。だから彼らは僕がどう動くか、または動かないかを見てくれていたんだ。君たちには分からなかったかもしれないが、あの一瞬僕は彼らに目線を合わせ殺すのを待ってくれるようにお願いした…それが僕が君たちにしてやれた最大限の慈悲だ」
確かに学園都市独自の法律で裁くことが出来るとしても、そのまますぐに殺すのは色々ヤバい。
いくら侮辱したからと言ってその場で無礼打ちなどしたら、その人自身が犯罪者になってしまうからな。
あとごめん…目線の事だけど俺全然気づいていなかったわ…