第二百十四話 ダルゴ広場で3
ねぇ、何この嫌な沈黙。
もう20秒くらい硬直状態なんですけど?
え?もしかして俺名前間違えた?
「フェディ。俺フルネームちゃんと言えたよな?間違ってないよね?」
「うん?言えたんじゃない?知らないけど、うん」
「何この超投げやり感」
ここで周りの声が少しずつ聞こえてきた。
「なぁ…あの変人小僧がデュセルバードって本当か?」
おい待て、そこのおっちゃん。
小僧はまだいい。だけどその変人ってなんぞ。
「いや、俺も知らなかった。でも確か少し前にデュセルバード侯爵様が学園都市を走り回っていたのは見たぞ」
「そういえばあの時デュセルバード侯爵様が変呪文を唱えながら走っていたような…」
「ああ確かに!そういえばベリアルトゥエルセボなんとかとか言ってたか?」
おい爺…ルピシーから聞いただけだったからもしかしたら間違えかなぁっとか思ってたけど、本当にそんな迷惑行為してたんかい!!
本当にやめろよ!恥ずかしくて外に出れねーじゃねーか!!!
「でもあの変人坊やが?」
「しかし24家の家名や称号への騙りは極刑だぞ。いくら変人だからってそのくらいは弁えているだろう」
「そうよね。いくら変人だからってそのくらい分かるわよね。それにサンティアスの養い子だもの」
そこの姉ちゃん。だから変人いうな。
「ねぇ。デュセルバード家って跡継ぎいたの?」
「確か15年ほど前にお世継ぎがお生まれになったと聞いたことはあったが…」
「でも何故聖育院で育てられていたの?」
「前デュセルバード侯爵様が退位されたのも何か関係が?」
あ、ヤバイ!そうだった!!まだちゃんと公表してなかった!!
確か高等部入学と共にお触れを出すって言ってたような…
あるぇ…と言うことは俺フライングやらかした?
ま、いっか。どうせすぐわかる事だったし。
「24家の方が今サンティアス学園都市にいるなんて聞いてないぞ…」
ウランスク先生とやらの声が震えている。
いやいやいや。
24家の人間はサンティアス学園で学ぶことが慣例ではないけど殆ど入学してるぞ?
たまたま俺たちの世代で、24家の名前を名乗ることが許されている直系がエルトウェリオン家の3人と俺の4人だけってだけで、多い時には50人程度いた時代もあったらしいからな。
会ったことないけど学園都市で准伯爵の方が働いてるって聞いたこともあるし、それにフェディみたいに准伯爵の家の子供も合わせればもっと数が多いから、学園都市だとそんなに珍しい事ではないと思うんだが…もしかしてそれを知らないとか?
ああ、そうか。エルカイザーもアクナシオニスも自分の所が一番だと思っているようだし、確か爵位を継
承しなかった24家の子供たちって帝都で働いている人が結構いるからそれで驚いているのかな?
でも准伯爵の子供の代からはもう貴族とは名乗ることは出来ないし、血は薄れてても縁続きの人は結構いるから、もしかしたら遭遇率は帝都のほうが多いかもしれないけどな。
でも大体24家の人たちってみだりに自分の素性余り表に出さないようにしてると思うんだよね。
だってバレると色々大変じゃん?
まぁアクナシオン家みたいに自分の家は凄いんだとか吹聴してる家もあるかもしれんが…もしかしたら各領地にアクナシオン家みたいなやらかし勘違い家とかいるのかなぁ?
うわっ!めんどくさ!!
「ムスラント!!」
あ~~ん?今度はいったい誰だよ?
この流れだと──
「…あ、兄上ぇ!!助けてくださいぃ!!」
──やっぱりかい!!!
アクナシオン家のボンボンが涙声で助けを求めている。
「貴様ら何をしている!!?私たちがエルトウェリオン公爵領のアクナシオン家と知っての狼藉か!!?」
「あの子昔から変だって言われてたのもデュセルバード家だから?」
「いや、それは関係ないだろう。あれは本人の気質だ」
「貴様ら無礼だぞ!!!」
「そうね。24家の方たちに対してに失礼な発言だったわ」
いや。あんたたち俺に対して十分に失礼だからね?
俺怒っちゃうよ?いいの?終いには泣くぞ?
「それにあの変人坊主がデュセルバードでもサンティアスの一族には変わりない」
「そうね」
「私を無視するなーーー!!!」
あとアクナシオン家の兄ちゃんを無視しないであげて。めっちゃ肩ワナついてるよ?
しかも地団太も踏んでるし哀れだから少しは相手してあげて?
あとお前ら俺に謝罪しろ。
「私はアクナシオン家の長男で惣領息子のオスムント・エルニス・ジョン・ポール・フォン・アクナシオンだぞ!!!」
その時一瞬空気がピリついた。
勿論アクナシオン家の名前を出されたからではない。
その理由は…
「あなた様は准男爵以上の爵位をお持ちか?」
「何を言っている!私はアクナシオンだ!!アクナシオン家は昔から末代まで貴族だぞ!!」
場の空気が完全に凍り付く。
あ、馬鹿だこいつ。
末代まで貴族なのは24家本家だけだ。
それにいくら24家の直系の子供であろうとも爵位を承らない限り貴族の称号は名乗ることは許されない。
つまり24家の世襲貴族でもエルトウェリオン家とホーエンハイム家しか名乗ることの許されない『デ』の前置称号と、準男爵以上を表す『フォン』の前置称号、騎士爵位の『ド』の前置称号、そして聖職者の助祭以上を表す『ラ』の前置称号は聖下や国、またはアルゲア教団から下賜された本人しか使うことを許されない称号なのだ。
勿論称号を詐称すれば完全なる犯罪となり、一発でアウトなのだが…こいつはそれを理解していないようだ。
「捕縛せよ」
背後からシエルの声がした瞬間、オスムントとやらが地面とお友達になった。
オスムントの近くにいた人たち3人があっという間に奴を拘束したのだ。
基本的に学園都市は子供が遊べる公園などを除いた広場や道路は石畳やレンガやモザイクタイル造りが多く、舗装されていない土地は学園都市でもかなり端のほうに行かないと無い。
拘束されそのまま押し付けられているのだから受け身も取れていないだろう。
だからオスムントが地面とお友達になった瞬間、かなり痛そうな音が広場に響いた。
「ゥヴェ!!」
「兄上!!」
「貴様ら何をする!!!はなせ!!極刑に処してくれる!!!」
シエルは足音を立てず奴の元へ歩いていくと無表情で奴を見下した。
「馬鹿なことをしてくれたのものだね」
「なんだ貴様は!!?私を見下ろすとはっ」
「称号の詐称は大罪だと親に教えてもらわなかったのかな?それとも君の親も白痴なのかな?」
「ぶ、無礼な!!アクナシオン家を侮辱したな!!?貴様など父上に言いつけて死刑にしてやる!!」
「どうぞ。やれるものならやってみるがいい」
「貴様!生まれたことを後悔させてやるぞ!!このことはエルトウェリオン公爵家にも報告を出してやる!!」
「エルトウェリオン家に報告はもう間に合っているよ」
「何を言っている!?貴様の家族もすべて極刑だ!!!」
「僕の名前はアルカンシエル・ランスロー・ジャン・クラインドール・エルドラド・デ・エルトウェリオン」
「貴様な………はぁ?えっ?なっ?えっ?」
「どうも初めまして」
「えっえっえっエルト──」
「そしてさようなら。この大馬鹿者」
シエルの蹴りがオスムントの頭を強く揺らした。