第二百十三話 ダルゴ広場で2
「ウンマーーーーーーア!!!」
辺り一面に超音波の様な高音の奇声が響き渡り、思えず耳を塞いでしまう。
超音波発生場所を見てみれば40代半ば程度の化粧の濃い女性が立っている。
「あたくしの生徒達に何していますのーー!!?」
生徒ってどっちの生徒だと思った瞬間に、ミクラフスキが先生と呟いたのでエルカイザー側の教師のようだ。
「今すぐその子たちをお放しなさーい!!こんなことして許されると思っていますのー!!?」
ドレスの裾を持ち上げ走ってくるが、元々足が遅いのかなかなか辿り着けないようだ。
「今すぐ武装を解除しないと酷い事になりますわよー!!」
漸く辿り着き指をビシィっと指すが生徒達を囲っている人たちは微動だにせず、その代わりに冷たい目を向けた。
「あなたがエルカイザーの引率者か?」
「あたくしの格好を見てわかりませんのー!」
「全くわからん」
「ウンマー!!!なんて浅学ですのー!この燦然と輝く腕章が目に入りませんことー!!?」
言われて見てみれば左腕に何かよくわからない紋章が描かれている腕章が見えるが、皆何の紋章なのか全くわからない様子である。
かくいう俺も何の紋章なのか分からないが、多分エルカイザーに関係する紋章なのだろう。
「これはエルカイザーの教員に与えられる由緒正しい腕章なんですのよー!!
「そうか」
「ウンマーーーア!!!」
あのおばはん、はっきり言って超うるさいんですけど。
顔の化粧も相まって存在がうるさいんですけど。
ああ!ゴンドリアの顔がメッチャ苦虫潰したような表情になってる。
あいつ酷い化粧してるやつ見るとアドバイスしたくなるらしいんだが、救いようが無いような奴だとまるで汚物でも見るような顔するからな。
っていうか俺から見てもあの化粧は酷いの一言なんですけど…なんで目の上が真紫なの?それに目張りが赤ってやばくね?
いや、それ以前になんであんな水死体みたいな色の白粉塗りたくってるの?しかもかなり厚く塗り重ねてるからヨレてるじゃん!!
頬紅も酷いんですけど…何あの黒っぽい紫の上に明るい紫重ね塗りしたようなグラデーション。
しかも塗る場所微妙にずれてるし!!アイシャドウと一体化してねーかあれ?
口紅もなんでプール帰りみたいな色の紫指してるの?本当に酷いよ?馬鹿なの?死ぬの?
え?もしかして帝都ではああいう化粧が流行ってるの?マジで?
デー〇ン閣下じゃねーんだぞ!!やめとけや!!!
「そんなことはどうでもいい。あなたの生徒達がサンティアスの養い子一族を侮辱した」
「ウンマーア!!なんですってー!!?それは本当の事ですの?ミクラフスキちゃん!!」
「ポ、ポロスとズベタンが…」
「ウンマーー!!この子たちは留学生ですのよー!?」
「だから何だというのだ?」
「見逃しては見てくださらないかしらー!」
「……はぁ?あんた自分が何を言っているのか分かって言っているのか?」
本当に何を言っているんだか…留学生だからと言って、いや他国の者だからこそ聖下の養い子たるサンティアスの一族を侮辱することがどれだけ危険な事なのか、あんたら教師が教え込まなければいけないことなのに、その上見逃せと?
周りの人たちも怒りを通り越して明らかに呆れている。
「あ、あなたこそわかっていらっしゃるの!?あたくしはノインシュヴァク伯爵家のカイエターナ准伯爵様と面識がございますのよー!昔同じ職場の同僚だったあたくしが言えばあなたたちなんて」
「勝手に人の家の名前だすのやめてほしいな、うん」
「え?」
あーあ。さっきから超えちゃいけない線を越えてたのに、こんどは虎の尾を踏んじゃったな。
「どうもカイエターナの子のフェデリコ・エミリオスです。うん」
「なっなっ!」
「お母さまと同じ職場だったということは帝立図書館の司書か学芸員だったのかな?うん。でもお母さまが他人と親しくしてた、というか出来るなんてお母さまの性格上到底絶対に信用できないからね。うん」
自分の母親に対してかなり酷い事を言っているフェディだけど、カイエターナ准伯爵の話を聞いているこちらとしては普通にうなずける内容である。
だって人嫌いではなく人に興味がない研究が大好きな引きこもり体質のうえ、自分の息子の子育てすらほぼ全くと言っていい程関わってこないような人間らしいので、フェディの言葉に俺達メンバーは普通にうなずいていた。
あ、でも言っておくが一応息子であるフェディに対して全くの無関心ではなく、ちゃんと愛情もあるようなので別にネグレクトされていたとかではないらしい。
フェディが夏休みや新年休みなどで帝都の実家から帰った時には、お互いの研究成果を見せ合ったりするようで、普通の親子とは少しずれているとは思うが会話もあるそうだ。
「う…うんまぁ…」
うわぁ!拘束されていないアクナシオニス生たちが膝をついてるんだけど!!?
ああ!そうだった!!フェディのおじいさんってエルトウェリオン家のエルドラド大公の実弟で、前ノインシュヴァク伯爵でジャングラート大公の配偶者だから、エルトウェリオン家の血も濃く受け継いでるんだわ!!
だからアクナシオニス生たちがああなってるのか…
あ、おばはんが崩れ落ちた。ついでにあの酷い化粧もさっきよりも崩れている。
これで警備兵におばはんと両校の生徒を引き渡して一件落着かなと思っていた時、また違う声が聞こえてきた。
「お前たち何をやっているのだ!!?」
今度は誰よ?と思い声のほうを見たら30代くらいの男性が立っていた。
左腕にはあのおばはんと同じく腕章をしていることからエルカイザーの教員のようだ。
「モメナ先生どうしたんですか!?」
「ウランスク先生…あたくし…なんてことを…准伯爵家の方を怒らせてしまって…」
「そ、それは…だ、大丈夫です。俺は侯爵家の方と繋がりがあるのでその方にお話を通しておきます」
え?あの人侯爵家の人と面識あるの?どこの家の人なんだろう?
「俺の父親の妹の夫の兄の嫁の伯母の隣の家がデュセルバード家の分家の方なのです」
お約束かよ!!!思わずコケちまったじゃねーか!!!
父親の妹の旦那の兄嫁の伯母の隣の家って滅茶苦茶他人じゃねーか!!!
伯母の旦那の兄嫁って時点でもうかなり遠いけどその兄嫁の伯母ってもう顔も見たことねーだろ!!!
しかもその叔母の家の隣の家ってもう他人オブ他人だろうが!!!
と言うかこの前ロイズさんに渡されたデュセルバード家の家系図で分家筋確認したけど、確か発言権の強い分家って3つくらいしかなかったはずだぞ?
昔から続く分家が2つと、おじい様の父ちゃんの双子の兄の家が興した家が今一番強い分家頭って書いてあったからその中のひとつなのか?
「その伯母がランドエント家の現ご当主のお孫様とお惣菜の交換をするほど仲がよろしいらしいので」
だからそれ他人!!!それただのご近所づきあいってだけの関係だろ!!
しかもランドエント家って本家のデュセルバード家からはなれてもう4000年くらい経ってる家だぞ!!
発言権も何もない分家の分家の分家みたいな家だった記憶があるんですけど!!?
ちゃんと家系図に乗ってるんだからな!!!ていうか逆に乗ってるのがすげーわ!!!
てっきりひいおじい様の兄ちゃんの家のアクアバード家の人とかかと思ったわ!!
「あのぉ…すみません」
なんか俺も出て行かなくちゃいけない空気になっちまったじゃねーか!!!
「なんだ貴様は!!?」
「え~っと…なんだっけ?」
「はぁ!?貴様こんなときに何をふざけているんだ!!?」
仕方ないだろうが!!俺の名前滅茶苦茶長くて覚えづらいんだぞ!!?
思い出すのにも一苦労なんだからな!!!そこはちゃんと空気読んでくれよ!!!
「あ、そうだそうだ。ベリアルトゥエル・セボリオン・クリストフ・ヴェルナー・グレゴリオール・ラ・サンティアス・レライエント・デュセルバードと申します」
「「「「…へ?」」」」
アクナシオニスとエルカイザー側の人間が一瞬にして凍り付いた。