第二百十話 友達
「……置いてけぼりに、された?」
「ええ」
「それってもしかして…ハブられてるってこと?」
「そうですね。もっと簡単に言えばいじめを受けている、でしょか」
肯定したシモーヌの声には悲壮感がなく、別に何とでもないと言いたげな表情である。
「…えぇ!?」
「大丈夫ですって。先ほども言いましたけどいつもの事なんで」
さらりと爆弾発言をしてくれたシモーヌに一同困惑の表情を浮かべている。
それはそうだろう。だってこんなに明け透けに自分はいじめられてると告白をし、更にはそれを別に慣れてるので大丈夫と言っているのだから。
「いやいやいやいや!アカーン!あかん案件だろそれ!」
「ちょっとシエル…アクナシオニスってそんなにいじめが横行してるわけ?」
「ん~~…ちょっと分からないなぁ」
「だってシエルだろ?アクナシオニスの事も何か知ってるんじゃないのか?」
「確かに僕はエルトウェリオン領出身だけど、僕が生まれたのはエルドラドで、アクナシオンは行ったこともないからね。それに僕ら兄弟は生まれる前からサンティアス学園に通うって決められてたし」
確かにエルドラドとアクナシオンの距離は、前世の地球で言うと東京から兵庫の端くらいまでの距離がある。
なので6歳から学園都市育ちのシエルが行ったことがないのも理解できる。
「エルトウェリオン公爵領出身だったんですね。でも確かにエルドラド出身の人はサンティアス学園か、他の領の学校へ行く人が多いと聞いたことがあります。え~っと…」
「ああ。名乗り遅れたけど僕はアルカンシエル。シエルって呼んでほしいな」
「よろしくお願いします。でも珍しいですね。エルトウェリオン公爵家の公子様と同年代で同じお名前なんて」
「はは、よく言われるよ」
いや、シモーヌ。君の前にいるこの美少年、マジで公子様だから。本物だから。
この後皆それぞれ自己紹介を終え、また先程の話へと戻っていく。
「で、話は戻るんだけど…」
「そうよ!シモーヌがいじめられてるって話よ!」
「いじめられてると言っても可愛い物ですけどね。主導してる人がそれなりにお育ちが良いので暴力的なことはされたことはないですし、物を隠されたり壊されたりもありませんね。ただ無視されたり、嫌味を言われたり、コソコソ噂話をされたり、侮蔑されたりといった程度の事です」
いや、それ結構精神的に来る奴なんですけど。
「十分酷いじゃないの!!ちょっとそいつらここに連れてきなさい!あたしが教育してやるわ!!」
「おいやめろ。お前が教育したら色々悪化する!」
「で、だ。シモーヌはそれを言い返したり上へ報告したりはしてないのか?」
脱線しそうになったところをヤンが無理やり直してきた。
「たまに言い返しはしますよ。でもあちらさんの頭がお花畑なのか全然通じてませんけど」
「え?もしかしてアルゲア語が拙い留学生とか?」
「いえ、聖帝国人ですよ。それにアクナシオン生まれです。まぁだから先生方に言っても私の言い分が通らないんですが」
「え?どういうこと?じゃあシモーヌが留学生ってこと?」
「私も聖帝国人です。生まれはマタイオポリスですけど」
「じゃあ同じエルトウェリオン公爵領ないの!」
「アクナシオン生まれの人はアクナシオニスに入れることを誇りに思ってるんです。それも妄信的に。それにアクナシオニスは伝統と言うか、校風にそぐわない人間を嫌悪する傾向が強いので、異分子がいると排除したがるんですよ。あたしがハブられてるのはそれが原因ですね」
「異分子?」
「ええ。大半のアクナシオニス生はアクナシオニスは凄い、アクナシオニスは正しい、アクナシオニスは素晴らしい、アクナシオニスは最高であるをモットーに生活しているので、それを否定すると今の私みたいにハブかれるんです。あ、これは経営陣や教師達も当て嵌ります。学校全体がアクナシオニス至上主義なので」
うわぁ…それってある意味カルト的洗脳じゃん。
話を聞いてるこちら側皆ドン引きしてるんですけど。
っていうかシエルがさっきから眉を顰めながら「お父様に報告しなきゃ」って小さな声で呟いてるんだけど。
報告しなさい、直ぐにしなさい。
「経営陣もって、じゃあ理事とかも?」
「ええ。と言うか主導してる人物の親がその理事長なんですよね」
「「「「「「うわっ最悪っ」」」」」」
アカーーーーーーン!!!ホールインワン級にやばい奴!!
「と言うことはアクナシオン家の人間?」
「はい。アクナシオン家本家の次男です」
「「「「「「うわっ最っ高に最低」」」」」」
出たぁ!!バーディ、イーグル超えてアルバトロス級にアウトォ!!ホールインワンより高い難易度いただきましたぁ!!
「なので他の人達も何も言えないんですよ。アクナシオニスだとアクナシオン家は王家と同じですから」
「え?待って?じゃあエルトウェリオン家は?」
「崇拝の対象ですね。精霊と同じような存在です」
シエルが横で頭抱えて声にならない叫びをあげてるんだが…
「数年前にエルトウェリオン公爵様がアクナシオンの街にお出でになられた際は、町住民全体が地面に張り付いたような感じでした」
「…え?」
「そ…それはいったいどういうこと?」
「公爵様へ尊敬と敬服の意を表してお祈りするために地面に体ごと「あ、わかった。ありがとう」」
シエルがヤンに体支えられてるほどダメージ食らってるから、話を途中で切ってやったわ!
シエルがこれまた小さい声で「だからお父様アクナシオンに余り行きたがらないんだ」とか「アクナシオンに行くのに覚悟はしておけ」って言ってたんだ、とか呟いてるんですけどぉ!
もうやめて!シエルのライフはとっくにゼロよ!!
そりゃあ公爵様も町に入るなり全員が五体投地してくるような土地に行きたくないに決まってるわ。
俺だったら一生行かない。
と言うかさ、今ふと予測できたことがあるんだが…
シエルたちが生まれる前からサンティアス学園に通うこと決められてたのって、このアクナシオン全体のエルトウェリオン家崇拝のせいじゃねーの?
歴代エルトウェリオン公爵たちがそれを嫌がって町に近寄りたくないもんだからほぼ町全体が野放し状態、エルトウェリオン家の存在は顔を見せないことによってどんどんとミステリアスで尊い対象に位置付けをされ、アクナシオンの町は地方有力者が実権を握り、その子息息女たちが通うアクナシオニスもガラパゴス化し、エルトウェリオン家が町に来た時はより一層崇拝されるけど、とうの公爵様たちはそれが苦手で余計必要最低限の関わりしか持とうとせず、それにより更にアクナシオンと言う町全体が異常地帯になっていく、というデススパイラルが起こってるんだと思う。
…うん。想像しただけで末恐ろしい事件が起きております。
「アクナシオンって怖い所なんだね、うん…」
「フェディ。誤解しないでほしいんだけど、そんなことになってるのはエルトウェリオン領の中でもあそこだけだと思うから……多分」
最後の間がそこはかとなく恐怖を感じるが、恐らくはそうなんだろう。
フェディは母方の祖父がシエルの祖父であるエルドラド大公の実弟で、エルトウェリオン家とはかなり濃い血縁となっているため無関係ではいられなかったのであろう。
自身に起こりえるであろう『もしかして』を想像して顔色が青白くなり、少し震えていた。
「と、とにかくシモーヌはその状況に不満じゃないのか?」
「先程から言ってますけど慣れですね。なんかもうそれが当たり前みたいに思ってますから」
「それ多分感覚が麻痺してるだけだから、絶対に」
「そうなんでしょうね。でも卒業まであと少しですし、卒業したらエルドラドで働こうと思ってたので、もう関わることはないと思うんですよね。なのでもうちょっと我慢してたら波風もたたずにおさらばですよ。あちらも私の存在自体忘れると思いますよ」
「まぁ…ねぇ…でも最後ぐらいビシィ!って言ってやりたくない?」
「無理ですね。基本的に下に見てる人間の言葉を理解できないように脳細胞を構築している様な方なので」
「「「「「「うわぁっウザッ」」」」」」
「お~~い!お前らまだそこで話してたのかよ!?話が長いと昼飯の時間無くなっちまうぞ!」
そういえばさっきから姿が見えないなと思ったら相変わらずのルピシーである。
「あんた!いったいどこ行ってたのよ!?最初シモーヌ案内してたのあんたなんだから、最後まで責任取って面倒見てなさいよ!!」
「難しそうな話してるほうがいけねーんだよ!それよりほら!コレ!買ってきたぞ!!」
ルピシーはそういって串に刺さった肉を人数分顔の前に出した。
その瞬間「ギュルルルルゥグリュルルゥゥ」と盛大に腹の虫が鳴る音が聞こえてくる。
音のした方角を見ればそこには謎の生物が浮いていた。
「お前かよ!!!」
「モキュキュー!!!」
「お前の分ねーから!!!あれ?1・2・3・4……ってあるじゃねーか!!」
「どうせコーセーも欲しがると思って買ってきたぜ!!」
「モッキュキュキューー♡」
変なところで気配りできる癖に、何故それを違うところで発揮できないのか…
「ほれ!食え食え!ほら!シモーヌも!」
「あ、ありがとうございます。お金」
「いらねーよ!俺の奢りだ!学園都市で一緒に飯食えば、それでお前はもう俺たちの友達だ!なぁ!そうだろお前ら!?」
「…そうね。そうよ!シモーヌはあたしたちの友達よ!」
「ええ!友達です!」
「そうだな。友達だ」
「友達、うん」
「そうだね、友達だね」
「ああ、友達だ」
「モキュ!」
…本当にこいつは計算もなくこういうことをしてくれる。
だけど、それこそルピシーだ。
「…改めてようこそ学園都市へ。シモーヌ…君は俺達の友達だ」