第二百八話 集合
目を開けるとそこは何の変哲もない野原であった。
見上げた空の色はまるで台風が去った後のように濃く澄み渡り、広大な青で染め上げられている。
やけに空気が濃く感じ深呼吸をすれば、肺いっぱいに新鮮な空気が満たされると同時に、何かはわからないが何かが足りない気がした。
辺りを見渡すも動物や虫など動く生物の姿は見受けることできず、ただただ風に揺らく青々と茂った草花の緑と大地の茶色、空の青、そして雄大な雲の白がとても印象的に映るだけの光景。
「…いったいここはどこですか?」
そう呟いた俺の言葉も聞く者も無く、風と一緒に彼方へと流れ消えていった。
人々が朝の仕事を終え昼食をとる時間が近づく中、俺は他のメンバーとの待ち合わせ場所へと歩いている最中であった。
「ふふふ~ん♪ふんふふ~ん♪」
アホみたいな量の課題の山をロイズさんに渡し終え、新しく出された課題が予想外にも大分少なかったため、鼻歌交じりにご機嫌で待ち合わせ場所へと向かっていた。
今回の課題はいつもの三割くらいしかなく、しかもデュセルバード領の歴史などに関する本が渡されただけだったのだ。
理由を聞いてみれば侯爵から頼まれたということもあったが、今まで俺がやってきた課題の内容は高等部卒業レベルの物であり、言語学だけで言えば高等部の教育レベルなどとっくに超えていたらしい。
……うん。何となく気づいていたんだ。
だってさ、古代アルゲア語や古代精霊アルゲア語とか普通の人喋れないもん。
中等部の言語学の先生にロイズさんから昔の言語を習ってるって伝えたら、えらい食いつきようで『自分にも紹介してくれ』と頼まれたこともあるし、その先生俺より古代精霊アルゲア語喋れなかったからな。
ぶっちゃけ気づいてたけど、無意識で気づかないふりをしていたんだと思う。
そりゃぁね。俺だって「どんだけ詰め込み学習させるんだ」とか「もうちょっとスローペースでええんでないかい?」とか常日頃から思ってたよ?
でも現実問題言えないよね?だってロイズさんに逆らったら怖いんだもん。
課題が終わったらご褒美でご美味しい料理たらふく食べさせてもらえてたけどさ、飴と鞭の飴が少なすぎると思って抗議したことあるんだよ。
でもな、見事なほど張り付けられたような笑顔で「え?何が不満なの?」って言いながら、ココナッツの様な硬い外皮の果物を手で握りつぶして、そのジュースを俺の前に置く姿を見てから何も言えなくなったね。
そんな感じで不平不満を言わなかった(言えなかった)健気な俺も、今日ロイズさんから言われた言葉で思わずにっこりだ。
どんなことを言われたかと言うとこうだ。
「大体は出来るようになったし基礎もできてきたから、言語学については合格をあげるよ。今後は自分で学習して発展させなね。たまに課題は出すけど後どうするかはセボリーの自由だから。それから迷宮探索も高等部入学したら制限解除していいよ。ただし普通の魔法をメインで使うように心がけるように。魔導陣に頼りすぎると色々弊害があるから気を付けな……それから今までよく頑張った。えらいえらい。これからも精進しなね」
ロイズさんは基本優しいし融通も効く人なんだが、あまり人を褒めるということをしない人だ。
『お疲れさま』や『おめでとう』などは言ってくれるが、『よくやった』や『えらい』などの言葉を言ってもらったことは今まで殆どなかった。
以前『俺は褒めてくれないと伸びないタイプなんで褒めてください』と言った時、ロイズさんが『なんで出来て当たり前のことに褒めなきゃいけないの?』と不思議そうな顔をして言われたことがあり、その言葉を聞いて俺は反論することが出来なくなってしまった。
何故なら、ロイズさんなりに俺に期待を寄せてくれていると分かってしまったからだ。
付き合いの浅い人間ならその言葉を聞いて、『自分が出来るからって何だその言い様は』や『これだから天才は』や『他人の気持ちも知らないで』などと言うかもしれない。
だがロイズさんとそれなり以上の付き合いをしていればわかる。
ロイズさんは無駄なことをほぼしない人だ。
性格は悪いが、やらせても出来ない人間に課題を出すほど意地の悪い人ではないし、それを態々あげつらって糾弾するような人でもない。
悠々自適な生活で暇そうに見えるが、能力のある人なので各方面から依頼があり、厳選はしているらしいがかなりの量の仕事を抱えていることもこの数年の付き合いで分かっている。
それなのに、いくら同じ転生者とはいえ俺に課題や資料を手間をかけて見繕って出してくれ、尚且つ魔法や体術の実技やその他の相談にも乗ってくれているとなれば、それなりに期待されていることは馬鹿でも気づくだろう。
だから俺もその期待にこたえなければならずヒイコラ言いながら頑張っていたのだ。
なので先程ロイズさんからのお褒めの言葉を貰い、努力が認められたことが嬉しくて機嫌で歩いていたのだ。
「今日の昼飯は何かな?集まってから決めるって聞いたけど、今日はがっつり食いたい気分だな」
そんな呑気なことを呟いていると、少し遠くに見慣れない制服を着た集団が見えてきた。
「ん?なんだあの服?サンティアスの制服ではないな」
サンティアス学園の制服は一言で言えばフリーダムな制服である。
学園指定の布を使えば色形などすべて自由で、サンティアスの校章が付いていれば校則違反にはならない。
学園指定の布にはランクがあり安い物は普通の布と変わらないが、高い最高ランクの物は殺菌消臭は勿論、自動洗浄機能や着る者の成長に合わせてサイズ調整まで自動でしてくれるのだ。
流石に裸に近い服装や校章を変えたりすれば指導が来るが、それ以外ならば別に何も言われず普通に学校生活が送れる。
俺たちのようにそれなりの金を持っていれば数着持っている人間だって少なくはない。
劇団か何かの集団かと思い近づけば彼らの顔にはまだ幼さが残っており、恐らく学生の集団かそれに近い集団と見受けられる。
更に近づくと、彼らが着ている服がどこかで見たことがあるような気がしてきた。
「あるぇ?なんかどっかで見たことあるような無いような」
ん~そういえば毎年この時期に限って本当に稀にだが見たことがあったような気がするぞ。
あれって何の服だっけか?
サンティアスの制服のようなデザインではなく、まるで日本の防衛大学の制服をもっと豪華にした様な格好をしている。
簡単に言ってしまえば皆同じ白い軍服の様なデザインの制服を着ているのだ。
着るものが重なることが少ない学園都市において、完全に異彩を放っている。
「駄目だ思い出せん。それよりも皆と合流しないと」
ただでさえこの頃不可抗力とはいえ皆から心配されるようなことをしているのだ。
一番早く到着はせずとも出来るだけ早く待ち合わせ場所へ行かねば。
そんなことを考えていると、集団の先頭辺りから「解散」と言う声が聞こえてくる。
そしてその言葉が合図だったようで、集団は散り散りになっていった。
それから5分ほど歩くと、集合場所にシエルが立っている姿が見えた。
「よーう。待った?」
「いや、全然。僕もさっき到着したところ。少し早いかなと思ったけどセボリーも十分早いね」
時計を見てみると約束の時間より30分ほど早い。
「時間前行動を心がけてるからな。ああそうだ。今さっきなんだけど見たことのあるような無いような服を着た集団がいたんだが、あれ何か知ってる?どうにも思い出せないんだよ」
「またえらく抽象的だね」
「いや、なんかここまで出かかってるんだけど、なかなか出てこなくてなんか気持ち悪くてさ」
「まぁ気持ちはわかるけどね。あ、ヤンが来たよ」
「ん?あ、本当だ。おーいヤン。こっちこっち」
「シエルとセボリーか。他の皆はまだか?」
「まだ来てないね」
「あとはフェディとゴンドリアとユーリ、それからルピシーだな」
「さっきまでフェディと一緒だったんだが今は別行動だ。何やら買い物があるらしい。なるべく早く終わらせてくると言っていた」
「ふ~ん」
「多分ユーリはゴンドリアと一緒に来ると思うから大丈夫だとして、あとはルピシーだね」
それから15分程3人で話しているとゴンドリアとユーリが来て、更にその10分後フェディが姿を現した。
「お待たせ、うん」
「フェディ買い物があるって聞いたけど、何を買ってきたのかしら?」
「うん?これ」
フェディは自分のマジックポーチから手のひら大で楕円形のケースを取り出し、中身を見せる為にふたを開けた。
「眼鏡?」
「うん、そう。この頃また視力が落ちてきたらしくて注文していたんだ、うん」
「また随分と面白い形だな」
フェディが今付けているのは楕円型の眼鏡だが、新調した眼鏡は半月型であった。
「掛けてみてよ」
「良いじゃないか」
「あら素敵」
「とっても似合ってますよ」
「大人びて見えるね」
「似合うけど、なんかインテリ風通り越して最早壮年の教授みたいに見えるんだが」
「子供っぽく見えるよりは良い、うん」
俺たちの中では一番背が低くそして童顔のフェディは、今でも初等部の学生に間違われる時がある。
本人はそれが不本意らしく、今回の眼鏡は出来るだけ大人びて見えるデザインを選んだらしい。
そんなことを話しているうちに約束の時間になった。
「やっぱりあいつ遅れてくるな」
「…そうだね」
「ねぇ、もう行かない?あいつのことだからそのうちあっちから合流してくるわよ」
「確かに、うん」
「でもそれはちょっとかわいそうです」
「ユーリ。ルピシーに情けをかけると痛い目に合うのは経験済みだろう」
「どうせこれから昼飯食いに行くんだからすぐ来「モッキュ」お前じゃねぇ!」
先程から放流?放牧?してた公星がいつの間にか俺の背後から現れた。
こいつ今の時間はここから少し離れた屋台街でおこぼれ貰ってるはずなのになんで今ここにいるんだよ。
「モキュッキュ!」
「あ~ん?昼飯と言う言葉につられてやってきたぁ!?お前無駄に空間移転の技使ってんじゃねーよ!!精霊化したからって調子乗んなよ!?」
「モッキュゥ!」
「えっへん。じゃねー!!」
「はいはい迷惑だから騒ぐのやめようね。騒ぐんだったら他人の振りするからどっか行ってね」
「え?何それ?ひ、ひどい…」
「酷いのはセボリーの演技だと思う、うん。あと本気で騒ぐのやめて本当に迷惑、うん」
「すんませんでした。ほらお前も謝れ」
「モッキュ」
「「「「「まぁ慣れっこだけど」」」」」
「本当にヒデェ!」
それから5分経ってもルピシーが来なかったため、俺たちは予定通り中心街のほうへと歩き出すのであった。
あいむすてぃるあらいぶ。
お久しぶりです。生きてます。