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幕間 カリー狂想曲4

男は絶望した。


(そんな…カリー作りを学ぶことが出来ないだなんて…いったいこれから俺はどうやって生きて行ったら良いんだ…)


周囲の人間から言わせてみればどうしたこともない理由だが、男にとっては正に道標を消されたかのような気持であった。

無意識のうちに流れた涙は床を濡らししていくが、それを見たエキゾチックな顔立ちの少年の親族は他の店員に掃除用具を持ってくるようにと指示を出す。

しかし男にはその言葉さえ聞こえてはいなかった。


(ああ!!俺はどうすれば…)


その時であった。


「お疲れ様~。今日は何食べようかな」

「いつも通りキーマカリーにゆで卵だろ?」

「いつもってわけじゃねーから!3回に1回くらいの頻度だから!!」

「ん?どうしたんだヴァンサンス」


肩に大きなピケットを乗せた少年(この時はピケット不在)とエキゾチックな顔立ち少年が店内に入ってきたのだ。


「あ、兄上。お疲れ様です。セボリーさんもいらっしゃいませ」

「何この人?なんでこんなところでorzで号泣してるの?怖いんですけど」

「おーあーるぜっと?」

「ヴァンサンス。とりあえずその人を立たせろ。それから床の清掃を」

「清掃はもう指示を出しました」

「そうか。それとこの人は客か?」

「はい、一応お客様です」

「一応?」

「ええ。カリーを先程までお召し上がりなられていて、お食事が終わってこの店で働きたいとのご希望だったのですが、お断りしたらこの状況と言う訳です」

「成程な」

「ふ~~ん。あ、今日はヘルシーに野菜カリーにしようかな」


そんな話をしているうちに指示を出された店員がモップを持って戻ってきた。


「あ、オーナーにセボリオンさん。お疲れ様です」

「ああ。お疲れ様」

「おつかれー。いや、やっぱりここはがっつりマトンカリーにしようか」


先程から自分の世界に入り込んで何も聞こえていなかった男の耳に、ある言葉が引っ掛かった。


「…オーナー?」


涙と鼻水を垂れ流した、お世辞にも奇麗とは言えない顔を勢い良く上げると、瞼をこれでもかと開き少し焦点の合わない瞳でエキゾチックな顔立ちの少年のほうを仰ぎ見る。


「や、や、雇ってください!!おねがいじまず!!!俺をやどっでぐだざい!!!どうじでぼごごではだらぎだいんでじゅ!!!(どうしてもここで働きたいんです)」

「良し!決めた!キーマカリーにとろけるチーズとゆで卵をトッピングしてライスで食べよう!」

「セボリー…」

「セボリーさん…」

「え?何?もしかしてもう材料がないとか?」

「…いえ、材料はまだありますよ」

「じゃあキーマカリーの4辛にとろけるチーズにゆで卵で。サラダは普通のサラダで良いから。あとチャイお願い」

「いや、だからそうではなく…」

「セボリー。腹が減ってるのはわかった。なら席に座って待っておけ」

「うぃーっす!」


セボリオンと呼ばれた少年は水を得たと言わんばかりの速さで席へと向かっていった。


「ああ掃除ありがとう。ところで君、今のセボリーの注文を聞いていたか?」

「はいオーナー」

「では済まないが、セボリーに先程の注文のカリーを出してくれ」

「かしこまりました」


掃除をしていた店員はすぐにバックヤードに戻り厨房へオーダーを届けに行った。


「兄上。今日のセボリーさんどうしたんですか?いつもと違うようですが」

「ああ。どうもロイゼルハイドさんから迷宮探索禁止令が出されたらしくてな。その分勉学と基礎体力技術向上に時間を割かれて色々と鬱憤が溜まっているらしい。それにダンスの練習も嫌々やらされているしな」

「ロイゼルハイドさん?」

「この建物の持ち主の知り合いで、ウィルブライン卿の親友でもある。騎士で聖職者であり高名な迷宮探索者でもあるんだが、本業は飲食店のオーナーシェフらしい。セボリーはウィルブライン卿の紹介で弟子になったんだ」

「ええ!?セボリーさん凄いですね!」


ウィルブラインの正式な名前はアライアス公爵ウィルブラインであり、ウィルブライン卿と言う敬称は無礼に当たり、本来ならばアライアス公爵様や公爵閣下、アライアス閣下またはアライアス卿ウィルブライン様と呼ばなければならない。

しかしこの店のオーナーのヤンソンスはウィルブラインと交流があり、公な場所以外なら先程の敬称で呼ぶことを許されている。更に言うならプライベートで『ウィルさん』と呼ぶことさえ許可されていた。

ついでに言うとロイゼルハイドは世襲貴族や法衣爵貴族ではないが、男爵位と同位である騎士爵爵位の第二騎士で、聖職者としては司祭枢機卿の位を有しているため、本来こちらもサンティアス閣下やサンティアス卿またはサンティアス司祭枢機卿と呼ばなければならない。

しかし本人がそれを呼ばれることを望んでいないのと、サンティアスという苗字は聖帝国内で腐るほどいるため判別が難しく、サンティアスと言う苗字の前にセカンドファミリーネームを付けるか、名前で呼ぶことが一般化されている。

そしてヤンソンスはロイゼルハイドにも公私問わず『ロイズさん』と呼ぶことを許されているため、普段ロイゼルハイドの話題を他の人に聞かせる時は先程の呼称を多用していた。


「それがだな…師事しているロイゼルハイドさんが天才肌の秀才らしくてな…」

「……もしかして自分が出来ることが他の人に出来ない筈がない的な?」

「いや、ちゃんと人に合わせて課題を出している……が、セボリーもああ見えて中々優秀だからな、出来る限界まで追い詰められている状況だ。流石にセボリーに課されたあの課題の山を見せられては同情心しか沸かん。テーブルに乗せられた課題の山だけでも、椅子に座っているセボリーが見えなくなるくらいだからな」

「うわぁ…」

「まぁなんだ…今はこの話は置いておいてだな」

「ああ。そうでした」


脱線した話を無理やり戻し、ヤンソンスとヴァンサンスは未だ涙を流しながら乞い願う男へ視線を戻した。


「どぶじでぼカリーじゅぐりぼばなびだいんでずっ!!!(どうしてもカリー作りを学びたいんです)」

「ん~~~…熱意はわかるんだが……どうするか」

「ぼねがびじばず!!!(お願いします)」

「おい足にひっつくな!」


男は雇ってくれるまで離さないと言わんがばかりにヤンソンスの足に腕を絡ませた。


「グボォ!!」

「…くっ!剥がれん!」

「こ、こら!兄上から離れろ!!」


長身のヤンソンスだが、14歳の身で三十路の男に抱き付かれるのは厳しい物があり男色の気もない為、無理やり男を引き離しにかかる。

しかし男も負けてはならんと渾身の力で抱き着いて離れず、ヴァンサンスも兄から男を引き剥がそうと参戦したため、男三人がくっつきあって汗を流すという地獄絵図が完成した。


「ええい!離さんか!!!」

「ヤダヤダヤダァア!!!」

「こら!離れなさい!!!」


この攻防は5分ほど続き、店のいる人たちもそうだが外にいる人たちも彼らの行く末をヤジを飛ばしつつ見守った。

しかしここである変化が起きる。


「お待たせいたしました。キーマカリー4辛にとろけるチーズとゆで卵です。サラダは葉物野菜のサラダをお持ちしました。あとチャイでございます。ご注文はこれでよろしかったでしょうか?」

「待ってましたーー!完璧だ!ありがとう!!では…いただきます!!!」

「失礼します。こちらの空いているお皿ですが、下げてしまってもよろしいでしょうか?」

「えっ!?ああ!どうぞ!!」


先程の店員がセボリオンに注文の品を届けに来たのだ。

店員は地獄絵図を敢えて見る事はせずセボリオンにカリーを届けるという大役を果たし、そして他の客が食べ終わったカリーの皿を持ってバックヤードへ帰っていった。


「誰か助けてくれ!!!」

「ウォオオオオオ!!!」

「いい加減離れろ!!!」


少しの変化が出たがまだ地獄絵図が続くのかと一同思った瞬間─




              バンッ!!!



              


突然何処からか大きな音が聞こえ一瞬店内が静かになり、皆音の出たほうを見る。


「ウルセーーーーー!!!これじゃカリーが楽しめねーだろーが!!!ごぉわく(むかつく)わ!!!俺はカリーを静かに食いたいんや!!!おどれら!!!ちょけてっと(いい加減にしないと)いてまう(ボコる)ぞ!!!」


そこには据わった眼で彼等を睨むカリー狂(セボリオン)の姿があった。

まだちょっと続く。

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