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幕間 カリー狂想曲3

2杯目のカリーを食べ終わると、男は自身の体の変化に気づく。


(汗が?…それに臓腑はらのなかが温かい?それに足の指まで!!)


男は生まれつき極度の冷え性で悩んでいた。

夏であっても手足の末端が冷え切っていたほどの冷え性で、特に迷宮冒険者になる前は酷く、それまでの人生で汗だくになったことをを数えられる程度しか汗をかいたことがなかったのだ。

それがどうだろう。

今現在男の額には大粒の汗が噴き出しており、今にも零れ落ちそうなほどだ。

先程まで靴の中で冷え切っていた足の指先ですら、毛細血管一本一本に血液が供給されていることが分かるほどの温もりを感じていた。


(なんてことだ…なんでもっと早く俺はこれに出会えなかったんだ!!)


男は驚きと喜びそしてやり場のない怒りが混ざり合い、今にも席を立ち上がって走り出したい気分に襲われる。

しかし男はそれをしなかった。何故なら─


(そうだ!まだだ!俺はまだこれを食ってない!!)


─男の目の前にはまだ口をつけていないキーマカリーがあったからである。


(ああ!!昔の人が新たな土地に最初の一歩を踏み出した時の気持ちはこういう感じだったのだな!!ああ聖霊よ!私は行くぞ!!次なる冒険へ!!!)


男は先程発見した土地マハルトラジャカリーから新大陸キーマカリーへと旅立つためスプーンを持つと、豪快にスプーン新大陸キーマカリーへ進めた。


そして男に新たな衝撃が訪れる。


(っな!なんだこれは!!?先ほどのカリーとは全く違う!!全然の別物だ!いや!料理としては似ている!同じようなスパイスを使っているのは何となくわかる!だが…全く味も香りも違う!これは似ていて異なる料理だ!!)


新たなる衝撃はすさまじい物であった。

だが、その衝撃を受けつつ男は手に持つスプーンを止めることは出来なかった。

まるで全自動の様な滑らかな動作で、ライスと一緒にキーマカリーをスプーンですくい、口の中へと入れていく。

その動作はまるで何かを祀り、礼拝する動作にも見受けられた。


(奇跡だ…この料理は魔法ではなく奇跡なんだ…)


気付けば皿の中は空っぽになっていた。


(もっと食いたい!ああ!!でも腹がもうはちきれそうだ!!)


男は元々小食であった。

普段の食事も他の迷宮冒険者よりも少なく、幼い時など出された食事を食べきることが出来たことなど数えられる程程度しかなく、これほどの量を食べたのは数年ぶりだった。

しかしそれでも男はカリーを食べたかった。


(…よし!)


その結果、男は決意する。


(この店に毎日通おう!!)


男はその決意をたがうことなく1月間、40日もの間カリーサロン・マハルトラジャに通い続けた。

朝食も昼食も、更に夕食までカリー漬けの生活を送り続け、知り合いの迷宮冒険者にもカリーの素晴らしさを布教していった。

迷宮に潜って食べに行けない時にはカリーを数食テイクアウトし、無理をして買った収納鞄マジックポーチにいれて食べていた。

そして2か月目に入った頃、迷宮攻略中の休憩時に仲の良い迷宮冒険者からある言葉を言われると、男にはその発言がまるで天啓のようにハッとさせられることとなる。


「お前本当にこのカリーってのが好きだな」

「当たり前だろ。こんなうまい料理他にはないぞ」

「俺も美味いとは思うぜ?だがな、毎食これはねーよ」

「俺は毎食でも飽きん」

「そんなにここの料理好きなら、いっそのことこの店の店員にでもなっちまえよ」

「っ!!!」

「ど、どうした?」

「それだ!!その手があった!!!俺は冒険者をやめる!!」

「……え?」

「冒険者をやめてカリー作りを学ぶ!!!」

「お、おい…」

「クソ!!なんで今まで気づかなかったんだ!!?」

「ま、待て!」

「これは俺の運命なんだ!!俺はこのために生まれてきたんだ!!!」

「は、早まるな!!きっと一時の迷いだと後悔することになるぞ!?」

「後悔などしない!!何故ならこれが俺の生きる道だからだ!!!」


後にその場にいた迷宮冒険者に話を聞くと、皆揃ってこう答えたという。


「カリーに狂ってやがる」







迷宮冒険者を引退すると宣言した男は、その日の迷宮攻略を終えた後、いつものようにカリーサロンへと直行した。

それは最早、聖地巡礼や参拝に近い感覚てあった。

男はいつもの通りカリーを食べ終わると店員にこう切り出した。


「あのすみません」

「はい。なんでしょう」

「この店って新しい店員を募集していませんか?」

「え?」

「俺はこの店でどうしても働きたいんです。そしてカリーを作りたいんです!!」

「…し、少々お待ちください」


男の勢いに引き気味な店員は、店の奥に入っていった。


実をいうと男には勝算があった。

何故なら初日に見た少年少女店員の姿はあの日からほぼ見る事はなく、たまに見かけるのはエキゾチックな顔をした少年とその親族らしい少年、そして大きなピケットを連れた少年だけで、他の店員は皆違う顔ぶれに代わっており、現在はホールに出てる人数が3~4人とこの店の規模からして少ないように感じたからであった。

更に現在いる顔ぶれも成年者はいるがその殆どが未成年者と思われ、足掛けでバイトをしていると想定していたのだ。


5分ほどして先ほどの店員がエキゾチックな顔をした少年の親族らしき少年を連れてきた。

その少年は明らかに先ほど呼び止めた店員よりも年少であり、何故この子を呼んできたのかと男は疑問に思った。


「お待たせいたしました。失礼しますがお客様がこの店で働きたいとおっしゃられた方でしょうか?」

「はい!!そうです!!この店で働きたいんです!!」

「ああ、確か毎日ご来店してくださっているお客様ですよね?」

「はい!ほぼ毎日来ています!!」

「あの、お客様。申し訳ございませんが、現在当店では店員を募集しておりません」

「……え?」

「なのでお客様のご要望にはお答えできません。大変申し訳ございません」

「な、何故!!?」

「まず十分店員数がおりますし、外部からの募集は受け付けていないんです」

「外部?」

「はい。この店の店員はほぼ全員サンティアスからの紹介で働いております」

「そ、そんな…」

「この店でサンティアスと関係ないのは私とオーナー、あとカリーを作るために特別に呼び寄せた料理人だけなんです」


男は正真正銘の聖帝国出身者である。

なのでサンティアスと言う言葉の特別さを十分に理解していた。


サンク・ティオン・アゼルス略してサンティアスとは、聖帝国が建国される前よりも歴史があり、聖帝国を支える木の根の一部だと言っても過言ではない程重要な存在である。

子供たちの才能を見出すサンク・ティオン・アゼルス聖育院、その子たちの才能を磨き世に送り出す学園都市、そのふたつの母体とも言えるアルゲア教団。

更にそのアルゲア教の頂点にはこの聖帝国の主である聖帝聖下が控えている。

その聖帝聖下自身が庇護し、己の養い子として育てている子供たちが成長し、巣立った後に国の重要な役職に就いたり政財界や芸術界に籍を置き、聖職者や著名文化人はたまた強い迷宮冒険者となって国を支えていた。

そしてサンティアスの繋がりは巣立ってからも強く、ありとあらゆる事柄において大きく強いアドバンテージとして優位に働いているのである。

平たく言えば、サンティアスを敵に回せば聖帝国自体を敵に回す、と言っても過言ではない程の力を持っているのだ。



男はこの店がサンティアスと関わりの深い店だとは思ってもいなかった。

何故ならこのカリーと言う料理が外国の料理だと聞かされていたからで、少年から今の話を聞くまで縁故採用だとは夢にも思ってはいなかったのである。


男は死に体の様な声で少年に問いかけた。


「…で…では…き、君は何故?」

「僕の兄がこの店のオーナーでして。僕は店長ではないんですが経営を任されているんです。更に言うと、この店の親会社がパブリックスター商会というサンティアスと関わり深い商会なので、その関係ですね。兄がパブリックスター商会の発起人の一人なんです」

「…そ、そんな…」


男は言葉通り泣き崩れた。


(そんな!俺の決意は!!?俺の計画は!!?……パブリックスター商会?どこかで聞いた覚えがある…ああ!思い出した!!護符アミュレットを作っている商会だ!!あと服とか薬とか装飾品を扱っていたような……どうすれば!!どうすればいいんだ!!)


「俺が何をしたというんだ!!俺は俺なりに一生懸命生きてきたんだ!!ああカリー!!おおカリー!!カリーの聖霊よ!!我を救いたまえ!!この哀れな男に救いの手を!!!」


突然の男の慟哭に店にいる人間一同ドン引きであった。

流石に他の客の迷惑になると思ったのであろう、少年が男の方に手を伸ばす。

その瞬間、本当に存在るのか分からないカリーの聖霊が男をチラ見しようとしていた。

ご感想と誤字脱字報告いつもありがとうございます。

毎回励みになってハゲそうになるほど嬉しいです。

これからも稚拙な文章と話ですが、ご愛読のほどよろしくお願いいたします。

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