幕間 華と石
「おっわらなーい♪おわらない~♪宿題ぜんぜんおわらな~い♪」
「ただいま!!」
朝っぱらから謎のテンションで、ロイズさんから出された宿題を攻略していると、ゴンドリアが外出先から戻ってきたのようだ。
「おかえり」
「ただいま。セボリー、今皆いる?」
「ルピシー以外はいるぞ」
「そう。じゃあ呼んできてくれない?」
「なんで?」
「渡したいものがあるのよ。あれが出来上がったの!」
「あれ?あれってなんぞ?まぁいいや、呼んでくる」
どうせ逃れることは出来ないが、一瞬でも宿題地獄から逃げる口実が出来たと嬉々として席を立ち、各部屋を回りオープンスペースでゴンドリアが集合をかけていることを伝え、再びゴンドリアの元へ戻ってきた。
「ルピシーは後で渡すとして、皆例の物が出来上がったわよ」
例の物とは何だと質問しようとしたが、質問する前にゴンドリアがマジックポーチから物を取り出した。
ゴンドリアが取り出したものは、透明なガラスのケースに何かが入っているように見える。
なんだと思い良く見てみれば、それはついこの前まで俺たちの胸に刺さっていたムーンローズであった。
「やっぱりお代は高かったけど業者さんに頼んで正解だったわ。奇麗にプリザーブドフラワーになってる」
素晴らしく奇麗にに処理された7輪のムーンローズが机の上に置かれている。
「すごいな。これが全部同じ種類の花ってのが信じられないな」
「本当よね。人によってそれぞれ全く違って、個性のある花が出来るのが素晴らしいわ」
ゴンドリアはうっとりした目でテーブルの上に載っているムーンローズを凝視している。
「ゴンドリアが呼んでるって言ってたけどいったいどうしたの?あ!それデビュエタンの時のムーンローズだね。依頼してたのが出来上がったんだ。」
俺が呼びに行った時、自室で読書をしていたシエルが最初にやってきた。
「そうなのよ!素晴らしい出来だと思わない?」
「そうだね。あ、おかえりなさい」
「ただいま」
それから10秒もせずヤンとユーリが来て、最後にフェディが姿を現した。
「しかし見事だな。これが生花ではないのが不思議に思えてくる」
「そうですね。本当に素敵です」
「ぼくとしては成分を研究して見たかったんだけどね、うん」
「駄目に決まってるでしょ!これは一生の思い出の品なのよ!」
「ははは。ゴンドリア落ち着きなって。それにしてもやっぱりセボリーのが一番派手だよね。色んな意味で」
シエルの言葉に皆が俺のムーンローズに視線を向ける。
俺のムーンローズは少し大ぶりで角度によって薄い七色に見える白薔薇、花弁からは光の粒が出ており20センチほど上へ昇った後消えていく。
プリザーブドフラワーの状態になっても光が出るとは、いったいこの光の粒は何なんだろうか。
「確かに派手だね、うん」
「派手だな」
「派手ですね」
「お前らな…お前らのだって十分派手だろうが。特にシエルの花も光の粒が出てるし!」
シエルの花は中ぶりの百合のような形で、少し青みがかった花弁をしており、俺と同じく光の粒を放っているが5センチほど上へ昇ると消えていく。
その金色の粒の色はシエルの実家の黄金宮を思い起こさせた。
「この粒の出る仕組み知りたいからサンプル取らせて、うん」
「だから駄目に決まってるでしょうが!!皆のはもちろんフェディのも絶対にダメだからね!わかった!?」
「え~~~」
「え~、じゃない!!!」
フェディの花も小ぶりだが見事なもので、白い花弁にレモン色の複弁が付いており、見ようによっては池に浮かぶ睡蓮の様だ。
デビュエタンから帰った後、研究のために花を即バラそうとしていたらしいが、ゴンドリアとユーリに取り押さえられ没収されていたらしい。
「でも色で言ったらヤンのもなかなか派手だよね」
「ああ。そうだな。しかし私的には気に入っているぞ」
「形も奇麗です」
ヤンの花は大ぶりの椿に似ており、色は目の覚めるようなオレンジ色だが中心部分に向かって赤が強くなっている。
オレンジや赤系が好きなヤンには好みに合った花だったようだ。
「ユーリの花の色も可愛いじゃないか。それに花自体が豪華な感じがする」
「大きさ的には一番大きいからな」
「ユーリ。今度あなたのこの花をモチーフにユーリの髪飾り作りましょ。絶対に似合うわよ」
「それに似合う服も作らなきゃですね」
「ええ!」
ユーリの花はとにかく大きく、薄紅色をした牡丹の花に似ており、花弁の先っぽに向かうにつれてビビットピンクになっていく。
とにかく大きな花なのでユーリの体に合わせた大きさになったのだろうか?
「しかし薔薇の名前を冠するにふさわしいのはゴンドリアの花だろうな」
「確かにね」
「本当にゴンドリアさんのためだけの花って感じですね」
「色から性格のエグさが滲み出てるよな」
「あぁん??なんか言ったか?」
「イエ。ボクチンナニモイッテマセン」
ゴンドリアの花は正しく薔薇という形をしており、大輪の深紅色をしたベルベットローズだ。
鮮血で染め上げたかのような毒々しい赤色だが下品な感じは全くせず、女王の貫録の様が溢れ出す様な花だ。
「ルピシーのはあれだな。とにかく俺は明るく元気です的な花だよな」
「あら、良いじゃない。あたしは好きよ」
「太陽みたいで奇麗ですよ」
「確かに太陽のように明るいからね」
「太陽みたいに暑苦しいの間違えじゃない?うん」
「おい。それは太陽に失礼だ」
そして最後、ルピシーの花はガーベラや勲章菊の様な形をしており色は濃い黄色、見ようによっては小ぶりのヒマワリに見える。
しかしフェディ。太陽みたいに暑苦しいって、お前殆ど外に出ないで引きこもってるから太陽の光が嫌いなだけだろうが…
まぁ。同じく引きこもってる俺が言えた口じゃないんだけどな。
「全部奇麗だね」
「ああ、だが改めて並べてみると本当に同じ種類の花なのか疑わしくなるほど違うな」
「成分を調べたい…うん」
「フェディ諦めろ。ゴンドリックさんがご降臨するぞ」
「ゴンドリアさん。皆さんの花のレプリカを作って花束にしてこの場所に飾りませんか?あと私だけじゃなく皆さんの花をデザインしたアクセサリーも作りましょう。私とゴンドリアさんがコサージュかブローチ、他の皆さんにはカフスかタイピンなんてどうでしょう?」
「そうね良いわね!それならこれから使う機会もあるでしょうし。やりましょう!!ヤン、手伝ってくれる?」
「ああ良いぞ」
「せっかくだから魔道具にしちゃおうか?」
「そうね。それじゃあシエル。魔法構築の設計をお願いできるかしら」
「喜んで」
「素材とかの調合ならぼくも協力させてもらうよ、うん」
ああそうか…中等部卒業まであと半月。
それから俺達が高等部に入学する前にヤンは聖帝国を出て母国に帰ってしまう。
シエルも実家に帰るらしいが、会おうと思えば移転陣を使ってすぐ会える。
だけどヤンの母国のチャンドランディア藩王国連邦は、気軽に行ける距離ではないし他国。
だからこれが俺たち最後の共同作業になるんだ…
「セボリー。あんたは強制参加だから。あんたしか使えないあの非常識な威力の魔法を、陣の焼き入れで使いなさい」
「俺だけ強制かい!!まぁ良いよ、やるよ」
「たっだいまーー!!!」
あ、なんか帰ってきた。
まぁ予想通りあいつだけど。
「おう。おかえりルピシー」
「あーー!!それあれじゃん!!あれ!ほら!花!!!」
「誰がどう見ても花に決まってるだろうが!」
危うくズッコケそうになったが、馴れって偉大だよね。
「あの後どっかいったから失くしたと思ってたんだよなぁ」
「あんた…デビュエタンが終わってあたしたちと合流して、セボリーを聖育院に連れて帰ろうとした時に邪魔だからって捨てようとしてたのを、あたしがあんたをどついて花を回収したの忘れたの?」
「ああ!!そういえばそんなこともあったようななかったような?まぁいっか」
「「「「「「…ハァ」」」」」」
「で?なんでその花がここに揃ってるんだ?普通ならもう枯れてんだろ?」
「枯れないように加工してもらったのよ。それでこの花をモチーフに皆で魔道具作ろうって話をしてたところよ」
「へぇそうか~」
「そのあからさまに興味ございませんって態度すんな」
「なぁ腹減った。何か食い物ねぇ?」
「いや!聞けよ!!!」
駄目だ。いつもの事だけど真面目に対応してたらこっちがグロッキー状態に陥る。
「お腹が空いたってどこかで食べ歩いてたんじゃないの?うん?」
「いや。今日は迷宮に潜ってたんだよ。それでなんかまた変な部屋見つけちゃってさ」
そうそう。こいつは昔から野生の勘か何かわからないが、未踏の隠し部屋を発見することがかなり多く、迷宮事務所の職員さんに呆れられる程見つけていたりする。
「ちゃんと事務所に報告はしたんだろうな?」
「おう。したぞ。だってしないとお前らうるさいじゃん。それにこづかいも出るしな」
そうこいつ、隠し部屋を見つけるのはいいのだが、事務所に報告をせずそのまま帰ってくるので厄介なのだ。
迷宮内の隠し部屋を発見した場合、必ずしも強制ではないが報告が義務つけられているし、情報提供料でそれなりの謝礼が出る。
その謝礼は駆け出しの冒険者なら余裕で1か月は生活できるほどの額なので、普通の冒険者なら事務所に報告へ向かう。
だが本の印税と商会の取り分を稼いでいる金のありがたみが分からないこの馬鹿にとって、その謝礼金は子供のおこづかい程度の金額に感じるらしく、更に生来の面倒くさがりが重なって報告をすっぽかすことが多発していたため、俺達がちゃんと報告するようにともう数十回ほど絞めていたりする。
「はいはい。エライエライ。オリコウサンでちゅねー」
「あーー!その褒め方なんかむかつく!!」
「で、その隠し部屋になにがあったんだ?」
「おう!宝箱があってな。なんか色のついた石が出てきて、いらねーし捨てようかと思ったんだが」
「「「「「「捨てるな!!!」」」」」」
「そういうと思ったから持って帰ってきた。そのまま事務所に売ってもよかったんだが、まずセボリーに鑑定してもらおうかと思って」
「……」
「なにこぶし作って上向いてんだよ?」
「俺達良くここまでお前を調教…躾けて矯正させたなと思ってちょっと感動してた」
「躾はともかく調教ってなんだよ!!!」
俺達がどれだけ口を酸っぱくすーーーーーーーっぱく言ってきたのも無駄じゃなかったんだな。
あ。感動してるの俺だけかと思ったら、ルピシー以外の全員が感動してる。
「人は成長する物なんだな」
「もう人なのかも怪しかったけどね」
「どれだけ苦労したことか」
「感動、うん」
「やだ、最近涙もろくていけないわ」
「今日新しくおろしたハンカチが水浸しになってしまいました」
「お前ら俺のこと馬鹿にしてるだろ!!!」
「「「「「「それ以外の何がある」」」」」」
あーやだやだ。ヤンとの別れまで取っておこうとした涙が少し出ちゃったじゃねーか。
「じゃあその宝石早速見せてみ?」
「おう!」
元気いっぱいに答えた後、ルピシーはマジックポーチから石が入った袋を手渡してくる。
中身を確認するとかなり大きな宝石の原石のようなものが十数個入っており、一つ一つ識別で鑑定していくととんでもない値打ち品だった。
ぶっちゃけ鑑定している最中から血の気が失せていくのを感じるくらいだ。
「…おい。お前コレ迷宮の何階でとってきた?」
「ん~?確か地下88階だったっけか?本当は成人したから試しの迷宮じゃなくて正式な迷宮に潜りたかったんだが、まだ卒業してないからダメって言われたんだよなぁ」
「………これかなりの品物だぞ。ぶっちゃけこれ数個でもこのビル買い取れる額になるんじゃねーか?」
「「「「「え?」」」」」
「へぇ~…………え!!?マジで!!?」
「しかも魔法耐性も強い……これ高純度の魔石だ」
「「「「「え!!?」」」」」
「……え?普通魔石って出ても爪のかけらみたいな大きさだよな」
「ああ」
そうなのだ精霊石よりも価値があり迷宮でしかドロップされないと言われている魔石だ。
出ても本当に小さく見落としてしまいそうな石なのだがドロップ率はかなり低く、爪のかけらの大きさでも買取価格が20万Z(約20万円)以上の価値がある。
それが数えてみれば16個あり、しかもゴルフボール大の大きさのものが多い。
ぶっちゃけ1個1億Z以上の価値がついてもおかしくない。いや、オークションに出せば確実にその倍以上だ。
「じゃあ売って皆で使おうぜ!!」
「いや、これお前が見つけた物だからお前が使え」
「もちろん俺も使うけどお前たちも使えよ!これを素材に何か作るのもいいし、そうじゃなければ売ればいいじゃん!今まで殆ど関わっていない商会の売り上げの一部を俺にもくれてたんだから山分けだ!これで平等だぜ!!」
グッドサインを指で作りながら満面の笑みで言い放ったルピシーを、皆が唖然とした表情で凝視している。
それはそうだろう。うまくやれば数十億Zにもなる価値の物を、気前よく山分けする奴を見たことないのだ。
しかしこいつ、平然とこのようなイケメンなセリフをこのタイミングで言うとは…
「…そう。じゃあ遠慮なくそうするわ」
「ゴンドリア!?」
「ほら、この魔石の色なんて丁度ルピシーのムーンローズの色じゃない」
ゴンドリアは指で明るく濃い黄色をした魔石を摘み上げる。
「これはヤン。これはシエル。あらこれはユーリね」
他にも俺たちのムーンローズの色に似ている魔石を、ゴンドリアはピックアップしていく。
「さっき言ってた魔道具の材料にピッタリじゃない?」
「あ、本当だね」
「確かに、うん」
「そうだな」
「きっと素敵なアクセサリーが出来ますね」
「ねぇ、そう思わないセボリー」
「……ああ。そうだな。そうしよう」
「なんだ?なんか作るのか?」
この後皆でルピシーが拾った魔石の使い方について具体的な話をした。
その結果、魔道具のアクセサリーに使った残りを売りさばき、売ったお金でビルを買い取るか新しく土地を見つけてビルを建て、残ったお金を平等に山分けし、更に残ったお金を商会の財源としてプールするという話となった。
最初はみんなでルピシーの取り分を多くするという話をしたのだが、当のルピシーが断固拒否して譲らなかったためこの案に落ち着いたのだ。
こいつも変なところで頑固だからな。
ん?あれ?もしかして俺この取り分だけで若隠居できなくない?
ぶっちゃけ贅沢しないで慎ましやかな生活送れば生きていける換算なんですけど?
マジか!!よし!隠居だ隠居!!
「セボリーが良からぬこと考えているような気がするんだけど、僕の気のせいかな?」
「え?なんのこと?ボクチンよくわからない」
「いや。この表情は思わぬあぶく銭が入って、これで働かなくていいとか思ってる表情だな」
「な!?何を言ってらっしゃるヤン君!?」
「山分けはするけど商会の金庫に皆で保管しておこうね。いざと言う時に使えればいいだけだし。経理担当はゴンドリアだからゴンドリアが皆のお金管理するって感じでいいでしょ?」
「え!!?」
「「「「賛成」」」」」
「セボリー!まだまだ若いんだから稼ぐわよ!!!」
「やだ!俺は隠居するの!!若隠居!この金で!!」
「セボリー!!そんなこと言うとお前にはやらねーぞ!!」
「そ!そんなぁ!!」
その後、無事にオークション形式で残った魔石が売り出されることになり、中等部卒業後に見たこともないような大金が振り込まれてくることになったのだが、本当に俺が見ないまま山分けされ商会の金庫にしまわれることになるのであった。
メリークリスマス