第二百六話 爺、帰る
3人で仲良く説教を受けさせられた後、今後の事や約束事について話し合った。
公式の場ではベリアルトゥエルと名乗り、それ以外の時はセボリオンで通す。
高等部に進学時にかかる学費などを、俺ではなくデュセルバード侯爵が出す。
高等部在学中は1年に一度は必ずデュセルバード領へ帰る。
デュセルバード領の事を出来るだけ勉強する。
など他にも色々あるのだが、これさえ守っていれば今まで通りの生活をしてもいいと確約を取り付けた。
「ベリアル。これを」
「…これは?」
「レライエントにあるデュセルバードの居城に直接移転できる通行証じゃ。これを持っていればいつでも帰ってこれよう」
「ありがとうございます」
ぶっちゃけこのままレライエントへ拉致されそうな予感がしたので、俺は今日から色々やることがあるから忙しいと予防線を張った結果、高等部入学前に一度レライエントへ行くことを約束させられたがな。
「レライエントは良い所じゃぞ。水の都と言われておるほど水が豊富で奇麗での。帰ってきたら舟遊びでもしようぞ」
「はい。楽しみにしています」
「では名残惜しいがベリアル、達者でな」
「はい」
侯爵は俺の頭を撫でた後、再度抱きしめた。
「早く帰らんか。糞爺」
「なんじゃと!!本当に闇に葬ってやろうか!この生臭坊主が!!」
「お二人ともいい加減になさいませ」
「「…」」
またか、と思った瞬間にジークムントさんが爺たちを諫めた。
爺たちは何とも言えない顔で、お互いの顔を見合ってから同じタイミングで顔を勢いよく逸らす。
子供か!!!あんたら精神年齢いくつだよ!!!
「では若様。某たちは侯爵様を連れて帰りますゆえ、どうかご健勝で」
「はい。ジークムントさんもありがとうございました」
「若様。どうぞ某の事は呼び捨てで。其れが叶わなければジークで結構でござる」
「ではジークさんと呼ばせていただきます」
「若様がデュセルバード領におかえりになられた暁には家臣一同、揃ってお出迎え致しますゆえ」
「…仰々しいのは遠慮したいんですが。あと若様というのも勘弁してください」
「無理でしょうな」
「え?なんで?」
「これより侯爵様は帰領した後、若様、ベリアルトゥエル様がお戻りになられたと領地中にお伝えになられるでしょう。そうなられた暁にはデュセルバード領全てで、ベリアルトゥエル様を歓迎する式典やお祭りが開かれることが予想されますゆえ」
「……」
ごめん。もうその話の時点で絶対に行きたくないんだけど…
「では御免!」
「これ!ジーク!服を引っ張るでない!!良いかベリアル!忘れるのではないぞ!!必ずレライエントへ戻ってこい!!!」
そういいながら侯爵はジークさんを筆頭に家臣団に連れられて、アルティア司教座大聖堂から出て行った。
「疲れた。なんかこの数日嵐みたいだったわ……」
「おつかれさん」
俺の言葉にラングニール先生がねぎらいの言葉をかけてきた。
「あ!こら!!そこの変態ショタコンゴリラ!!!なに深夜勝手に人の部屋に不法侵入してるんですか!!犯罪ですよ犯罪!!」
「誰が変態だ!!!つーかショタコンゴリラってなんだよ!?それにお前な。もしあの時お前を連れて行かなかったら、お前今頃学園都市にいねーからな」
「へ?」
「仕事と用事があってここに来てたんだよ。で、仕事終わったから帰ろうと思ったら、あのおっさんからセボリーを連れてこいって言われたんだよ。最初何言ってんだと思ったがあまりにも切羽詰まってた様子だったし、死に体な状態で治療受けてるわで聞き返しちまったよ」
ラングニール先生はそういっておっさんを親指で指さした。
おっさんはぶっきらぼうな顔を作りそっぽを向いている。
「聞いたらデュセルバード侯爵がセボリーをレライエントへ拉致しようとしているって聞いて、大急ぎでお前の寮に走っていったんだよ。で、管理人さんに軽く事情を説明して鍵を貸してもらったってわけだ」
「……」
事情が事情だけにあまり文句を言えなくなってしまったではないか。
確かにあの侯爵の状態じゃ、俺は説明もなしで普通に拉致られていただろう。
でも少しくらいは説明してほしかったんだけど…
「それは感謝しますよ。でも最初来訪の理由を聞いたとき、あなたなんて言いましたか?あれだよ。じゃ分からねーよ!!」
「だから悪かったって!!」
「それに結局俺あんたに暴行されて拉致されたやん!!!」
「あれはお前が悪いんだろうが!!!変なこと叫びやがって!!」
「誰だって寝静まった夜中に屈強な男が一人寝ている部屋に入ってきたらああなるわ!!!掘られると思うわ!!!犯されて汚されると思うわ!!!」
「しねーよ!!!」
「絶対プラタリーサ先生に言ってやるから!!ついでに娘さんにも言ってやるから!!!」
「嫁と娘は関係ねーだろうが!!」
「ある!!俺の恐怖をおすそ分けしてやらぁ!!」
「…お前そんなことしたらどうなるか分かってんだろうな…二度と口きけないようにしてやるからな」
「すんませんでした。調子に扱きました」
低いラングニール先生の声がさらにワントーン下がったのを聞いて、俺は即土下座をした。
「まぁ今度詫びと言っちゃなんだが、なんか奢ってやるよ」
「え?本当!?じゃあ奇麗なおねーさん達がいるお店が良いです!!」
「駄目に決まってんだろ!!!それこそ嫁に殺されるわ!!!」
「ケチ!!!ああ!もう!!アルゲア教の聖職者たちはどうなってんだ!!そんなのに、こんなのに、あんなのしかいないのか!!!」
そんなのと指さされたラングニール先生の額に青筋が見え、こんなのと指さされたおっさんの頬がピクッと引き攣った。
そしてあんなのと言われた張本人はというと─
「おかえり界座。あ、手紙かい?ありがとね。誰からだろ?デュセルバード侯爵から?なんだろセボリーの事についてかな?え~っと、ベリアルトゥエルの教育内容に貴族としてのマナーと、デュセルバード領の地理や歴史などを追加を願う。資料や費用が必要ならば教えてくれ?……ああ、なるほど。この頃ちゃんとした勉強もしてなかったし、高等部に行くらしいから侯爵の願い通りにしようか。地理や歴史は暗記だから一万年分だったら一か月で詰め込ませよ」
─と鬼畜なことを考えていた。
「何!?この良からぬ胸騒ぎ!!それに急に身震いが!!!」
「そんな格好で過ごしているからだろうが。風邪をひくぞ」
「好きでこんな格好してんじゃねーよ!!!それにそう思ってるんなら着替えくらいくれよ!!」
このおっさんいつか絶対絞めてやる!!!
「あ!そうだった。おっさんに聞きたいことがあったんだった」
「なんだ?」
「俺まだ高等部進学時の科を選択してなかったんだけど、あれってどうなってんの?他の人に聞いても分からないっていうし、退院してから色々あって忙しかったから学園側にも問い合わせしてないんだよ」
「ああ、あれか」
「あ、やっぱり何か知ってるわけ?」
「心配するな。私が決めておいてやった」
「………はぁ?」
あのさ。なんであんたが勝手に決めてやがるんだよ。
「きっとお前が選ぶだろうと思った科を選んで書類を提出しておいた」
「ああ。それはご苦労様でした……一応参考までに聞いておくけど…どの科?」
「聖科だ」
「………」
「これからも励めよ」
「………」
「立派な聖職者の道はまだまだ遠いからな」
「………」
その後アルティア司教座大聖堂の一般人が祈りを捧げる場所にも、俺の怒号が響き渡ったらしい。
そして俺は結局、おっさんにボコボコに返り討ちされ、ボロボロのパジャマのままで帰宅の途へ着くのであった。