第二百四話 デュセルバードの呪い
あれから俺たちは少しの間だったが話をつづけた。
両親の事、デュセルバード領の事、侯爵の事、そして俺自身の事などについてだ。
母親の幼い時の話や父親との結婚の経緯、デュセルバード領の気候風土や特産物、侯爵自身の思い出も加わり聞いていてとても楽しかった。
侯爵も我が誇りのデュセルバードと自慢するかのように話し。
俺が今までどのように育ってきたか、学園での生活、商会の仕事、どんな人に出会ってきたかなどと他愛のない話だったのかもしれないが、侯爵はその間もずっと俺の手を離そうとはせず、時には笑い時には残念そうに、時には悲しみ時には怒りながら俺の話を聞いてくれた。
「ベリアル。其方は儂の宝じゃ。高等部に進学するらしいが、長期休暇の時はレライエントへ来なさい。そして卒業したらレライエントへ帰ってこい。儂が何処に出しても恥ずかしくない立派な世襲貴族にしてやる。儂はそれまでの繋ぎの領主として生きようぞ。デュセルバードは領地も爵位も含めてすべて其方の物じゃ」
「……」
「どうしたんじゃ?ベリアルや」
「あの…侯爵様…」
「先程から言おうと思っておったんじゃが、ベリアル。儂をおじい様と呼んではくれぬのか?」
「…あのおじい様…」
「なんじゃ?」
「俺はデュセルバード家を継ぐつもりは…」
侯爵様。おじい様には悪いが俺はデュセルバード侯爵にはなりたくない。
俺の夢は商会で働かなくてもいい金を稼いで若隠居することだ。
確かに世襲貴族になれば生活に困ることのない金を手にすることは出来る。
だが、それじゃあ自由がないのだ。
世襲貴族とは強大な権力や財力を持っているが、その反面多忙を極める生活を送らなければならない。
それに領主ともなれば、数えきれないほどの人たちの生活を背負うことになるのだ。
俺にはそんな生活荷が重すぎる。
「………」
おじい様の目を見ても何の感情も読めない。
怒っているのか悲しんでいるのか、全く感じ取れなかったのだ。
だが次の瞬間、侯爵はまるで何かをこらえる様に口を引き結んだあと、口を開いた。
「ベリアル。儂はな、其方に家を継いでほしいと思っておるが、無理に継がせようとは思っておるわけではない」
おじい様のその言葉に俺はほっとした。
もしかしたらウィルさんを強制的に侯爵へ推薦したベルファゴル大公のように、強硬手段に出るのではないかと頭をよぎったからだ。
「確かに今のところ其方以外目ぼしい候補者がおらぬのは事実だが」
え?俺の他にデュセルバードの血族っていないの?
そんなことないよね?だって24家は皆殆ど血族のようなものじゃないか。
それに俺の母親にも兄弟や親戚だっている筈だ。
それなのに候補者が俺に絞られているのはおかしくないか?
「それでも強要はせん。其方らがいなくなってから、事情を知らない分家筋や傍系筋の者たちが儂のもとへ売り込みに来てはおるが、皆ほんにどうしようもなく、ろくでもなく、しょうもない奴らじゃった。もういっその事、儂の代で聖下に領地と爵位をお返ししてデュセルバード家を断絶させようかとさえ愚考しておった」
おじい様がそこまで言うんだから、相当酷いのばっかりだったんだろう。
だけどなんで24家の跡取りたちってこうも野心がないんだろうか?
アライアス姉兄弟も皆家を継ぎたくないと公言していたし、シエルも同じことを公言している。
前に聞いた話でも他の24家もそのような状況のようで、欲無き者が勝つのか負けるのか、欲しくもないものを押し付けられているのか、良くわからない状態になっているように感じた。
「だがの。だがベリアル。世襲貴族の血の重さは捨てようとしても捨てられるものではないのだ。我らの身に宿る血は、代々呪いのように我らを縛り苦しめてきおる…其方は苗木剪定の儀に必ず列せられることになるだろう。何故なら資格があるからじゃ」
「…資格。ですか?」
「ああ、いや。運命や必然とも言うな。孫バカで言うておるのではなく、儂には分かる。其方は必ず世襲貴族としてでなくとも大成するであろう。そして聖帝国にさらなる繁栄を齎すことになるだろう」
「ど、どうして言い切れるんですか…?」
「我らがデュセルバード家はエルトウェリオン家、ホーエンハイム家、アゼルシェード家に続く4番目に古い歴史を持つ家だ。5番目のエルストライエ家6番目のアライアス家と続き、格式の高さでは公爵家のアライアス家よりも高く、更に前の2つの家にも劣らぬ家なのだ」
デュセルバード家ってそんな古い家だったのか。
まぁ24家はすべて1万年ほどの歴史を持っているので、普通の間隔からしたら100年単位じゃそんなに変わらないようにも感じるがな。
「だがしかし。デュセルバード家には逃れようとも逃れられぬ、とても強い呪いがかかっておると言われておる」
「呪い…ですか?」
「ああ。デュセルバード家の直系はほぼ必ずと言っていいほど1人しか生まれないのだ。いや、生まれても生き残るのが極わずかで、大半が1歳を数える前に死んでいく。例外的に十数代に一人程度、家を分けられるまで育つこともあるが、デュセルバードを継ぐ者は凡そ生まれ育った時点でほぼ確定しておるのだ。」
「…え?」
「これは直系だけの話でな。傍系になるとこの呪いからは逃れることが出来るようじゃ。現に儂の父は双子でな。父上の兄、つまり伯父が分家として分かれたのだが、伯父には10人を超える子供がおった。だが、父上にはどんなに後添えを娶ろうと妾を取ろうとも儂一人しか育たんかった。異母弟妹は生まれたが皆すぐ原因不明の病で亡くなっていった」
確かにそれは本当に呪いなのではないか?
偶然にしては怖すぎるし、それがずっと今まで続いているという時点で恐怖を感じる。
ご先祖様は皆その呪縛から逃れようとしていたのかもしれないが、結果として全く逃れられてはいないので、まさしく『呪』と呼ばれる代物であろう。
「ベリアル。儂は其方が生まれてからすぐに『やはりまたか』と思った」
「え?何故?」
「其方は生まれてから数か月で原因不明の病に侵されおったのだ」
「…まさか!」
「古い家臣たちも事情を知る分家筋達も同じことを思っとったのだろう。皆すぐに喪服の用意をしておった。実を言えば儂も半ば諦めておった。バルシネとエイルを慰め『授かりものじゃて時の運だ』とさえ言おうとしておった。だが其方は生き残った。その代わりに儂のもとを離れてしまったが、こうして立派になって戻ってきてくれた。ベリアル。其方はまさしく儂の宝じゃ」
気が遠のくような気がした。
俺もその原因不明の病に罹っていた、だと?
だが俺は生きてるぞ?
…もしかしたら俺は、いや。ベリアルトゥエルは一度死んだのかもしれない…
そして死んだベリアルトゥエルの体に俺が入り込んだのではないのか?
なら俺はデュセルバード侯爵に愛される資格がないのではないか?
大事な一粒種の孫の体を乗っ取った俺を…
「─アル。ベリアル。其方がどのようにして生き延びたのかはわからんし、詮索もしない。だがこれだけは覚えておいておくれ。儂はお前を愛しておる。お主は誰でもない、命よりも大事な孫で、儂の大切な家族じゃ」
「っ!!!」
全て見透かされているような気がした。
侯爵に俺が何者なのかを。
だがそれでも、俺はただただ嬉しかったんだ。
愛していると言われたことに。
家族だと言ってもらえたことに。
俺の言葉にならない感動は、涙となって頬を伝い流れていった。
まるで枯れることのない泉のように。