第二百二話 深夜の襲来一
いきなりの出来事に感動も吹き飛び、俺は椅子から立ち上がって臨戦態勢をとった。
しかしおっさんは椅子から立ち上がることはせず、ただ扉のほうを眺めている。
あれ?扉から誰かが出てくると思ったんだけど、だれもいなくない?
「─なせ!放さんか!!」
でもなんか声だけは聞こえるんだけど、なにこれ?
「そのまま拘束を解くな!!」
「こら!!放さんか!!!」
「とにかく落ち着いてください!先ほどお帰りになられたのになんでまた!!?」
「儂は孫に会いたいだけなんじゃ!!!奴の魔の手にかかる前に連れて帰るんじゃ!!!」
あ…なんか誰かわかった気がする。
「……なぁ。あれって」
俺の問いにおっさんはコクリと頷いた。
「とりあえず隠れるところか逃げだすための隠し通路とかないの?」
「あるにはあるがやめておいたほうが良いと思うぞ。後でもっと拗れて面倒くさいことになるからな」
「…やっぱり?」
「ああ」
俺は肩を落として溜息を吐いた後、無残なことになっている扉があった場所へ歩いて行った。
「あのぉ?」
「…危険なので中に入っていてください」
扉の外にいたのは見たことのある男性だった。
「お久しぶりですピエトロ先生」
「ええ、でも挨拶はまた後で。今は危ないですのでとにかく中へ」
そう促されている最中も外で怒鳴り声が聞こえる。
「ベリアルが!あれからすぐにベリアルトゥエルの寮部屋に向かったがお主等が邪魔をして時間を食ったせいでもぬけの殻だったのだ!!!」
ちょ!?待って!!?
今俺の寮の部屋に行ったって言ったよね!!?
しかも俺が不在ってなんでわかったの!!?
もしかして部屋に入ったの!!?
ラングニール先生の時も思ったけど、学園の寮のセキュリティどうなってんだ!!!
改善を要求する!!!
「ベッドの中もタンスの中も引き出しの中も!!!どこにもおらんかった!!!両隣の部屋にいるのではないかと思って探したがやはりおらんかったのだ!!!」
マテェェェエエエエ!!!
おい!!何してくれちゃってんの!!?
まだ俺の部屋の中探し回るのは全然良くないけど良しとしよう。
だけどなに隣の部屋に突撃かましてくれてんだぁあああ!!!
せっかくこの頃苦情も文句も言われなくなってきたところなんだぞ!!?
卒業間際だから良いか、的なことにはなんねーんだよ!!!
卒業直前に寮を追い出されたくないんだけど!!?
今日これからやることが早速決まっちまったじゃねーか!!!
店が開く時間まで待って、菓子折りもって謝罪行脚だコノヤロー!!!
「寮の管理人から聞いたんじゃ!!!儂のベリアルを攫いおって!!!ベリアルトゥエルがここに運ばれたという情報は掴んでおるのだぞ!!!早く離さんか!!!儂はベリアルを連れて帰るんじゃ!!!」
いや、もうあんた一人で帰って!!?
こっちはそれどころじゃないの!!!謝罪行脚なの!!!
誰かさんの尻ぬぐいしなきゃいけないの!!!
というか寮管さーーーーん!!!
なに生徒の情報喋ってるの!!?ダメでしょ!!!
え?俺売られたの?駄目だよねこれ!!?個人情報だよね!!?
さっきも言ったけどセキュリティガッバガバやん!!!
「早くあの糞爺を成敗して儂のベリアルを救い出すんじゃ!!!」
俺ヒロインじゃねーから!!!
それと今の言動からして俺からしたらあんたも十分糞爺だから!!!
「セボリオン。私が行くからそこで待っていろ」
「え?」
おい!!あんたが出て行ったらまた糞爺たちのデスマッチになるだろうが!!!
あれ?というか口調がいつものに戻ってる?
「ヴェルナス」
「あ!!!おい!!糞爺!!!早く儂のベリアルを返さんか!!!」
「お前のほうが年上だろうが」
「ふん!たかだか20の違いであろう!!!」
「とにかく落ち着け」
「これが落ち着いてなどいられるか!!!今度こそ殺してやらなければわからんのか!!!」
「今度はこちらも反撃するぞ?」
「やってみるがいい!!!結果は変わらんぞ!!!それに満身創痍のお前に!!!……なんでそんなにピンピンしておる?死ぬ一歩手前まで痛めつけてやったのに!?」
オイイィィィィイ!!!おっさん!!!
やっぱりあんた死にかけてたのかよ!!!
何が命に別状はないだよ!!
おかしいと思ったんだよ!!
普通の回復魔法かけた後だとしても良く動いてたな!!?
「優秀な治療師がいたのでな」
「何度でもボコボコにしてやるわ!!!」
「大体先ほども言っただろう。ちゃんと場を作るから暫く待てと」
「フン!!口ではなんとでもいえるわ!!!」
「セボリオンも今回の件に関して混乱をしている。暫く考える時間をやってくれ」
「ベリアルトゥエルだ!!!お前の付けた名前など聞きたくもないわ!!!」
「もう真名として認められたがな」
「勝手に真名で名付けおって!!!しかも誠実なる宝玉でだと!!?儂等24家でも知らなかったことを何故お前が知って実行しておるのだ!!!」
「この一連の件に関しては聖下が関わっておられる」
「っ!!なんだと!!?あの時聖下は何もおっしゃってはくださらんかった!!大公から侯爵に降爵を命じられた時でさえ何の説明もなく、『デュセルバードが退位した。其方を再びデュセルバードとする』としか言われてはおらん!!!それ以外何の、何も説明も頂けなかったのだぞ!!!お前に儂の気持ちがわかるか!!?娘夫婦と孫がいなくなり生きているかさえ昨日の時点では分からなかったのだぞ!!?公務中にベリアルの真名登録完了の知らせを聞いて暫く気が遠のいたわ!!!」
「もういっその事そのままずっと遠のいて居れば良かったのにな」
「遠のいてなどいられるか!!!急いで聖育院院長に問い合わせてみればお主名前を聞かされて、話を聞きに行こうとしたら家来たちに必死で止められて、終いには部屋に軟禁されたわ!!!」
「ずっと軟禁されておれば良かったのだ。いや監禁されていろ」
「フン!!先ほど儂があ奴らに捕まってここから連れ出された後、レライエントに連れ戻されて監禁されておったわ!!!あ奴ら勝手に次々と公務の予定をいれおって!!これではいつまで経ってもベリアルに会えんと思い隙を見つけて抜け出してきてやったわ!!!」
抜け出してきたのかよ!!!
家臣さん達もうちょっと頑張って見張ってろよ!!!
というかさっき帰ったって言ってたけど、物理的に連れ戻されたってのが正解っぽいんですけど。
デュセルバード侯爵の苦難はわかったけど、もうちょっと穏便に事を進めて欲しいんですが…
それにさ、こんな人前で俺のことについて堂々と話さないでほしいんだけど。
情報垂れ流しじゃねーか。個人情報保護法って言葉や法律はこの国にはないの?
「お屋形様!!!いたぞ!!!ここだ!!!」
あ。なんかまた登場人物が増えたっぽい。
「ゲェッ!ジークムント!!!お主なんでここに!!?」
「なんでここに、ではございません!!!騒がしかった部屋が急に静かになれば誰だって気付きまする!!!お屋形様、某先ほども言いましたよね!?今動くのはベリアルトゥエル様にとって最善ではございませんと!!オルブライト司教枢機卿との話し合いについては賛成の所存で送り出しましたが、まさか一方的に暴行しているなど誰が想像できますか!!?アルティア司教座大聖堂から伝令の詳細が送られてきて某、気が遠のき申した!!!それなのに一度頭を冷やしていただくために部屋へ押し込めたというのにお屋形様がいないと気付いて探そうとした矢先、再びアルティア司教座大聖堂からの伝令です!!!家臣一同穴に入りたくなるほど恥ずかしくなり申した!!!いい加減になされよ!!!」
「だが!!!」
「だが、ではござりませぬ!!!」
「ベリアルが儂を待っておるのだ!!!」
いや、待ってねーよ。
ジークムントさんとやら、お願いだから早くその爺連れて帰ってくれ。
「皆の者!!お屋形様を拘束せよ!!!」
「おいこらやめんか!!!儂はお前らの主だぞ!!?」
「主を諫めるのも家臣の役目ゆえ、御免!!!」
「嫌じゃ!嫌じゃ!!嫌じゃ!!!儂はベリアルに会うために来たんじゃ!!!良く生きて戻ったと、お帰りと言って抱きしめるんじゃ!!!連れ帰ってデュセルバード領を一緒に見て回るんじゃ!!!撫でまわして可愛がっておじい様と呼んでもらうのじゃ!!!一緒に遊ぶんじゃ!!!公務なんてやっている暇などないんじゃ!!!」
……いや、働けよ。
それに旅行はまだいいとして、じいちゃんと一緒に遊ぶような年じゃねーから。
あと撫でまわさなくていいから。
というか未だに声だけでデュセルバード侯爵の姿を見てないんだけど、侯爵を見ているであろうおっさんの顔がメッチャ呆れてるんですけど。
ぶっちゃけ俺も呆れてるもん。
あ、振り返った。
「セボリオン」
おっさんは俺の顔を見つめた後、何か諦めたかのような顔をして俺の名前を呼んだ。