第二百話 深夜の懺悔三
「…お前と血縁があるということは教えないはずだったのだがな…まさか夢見の能力があろうとは…お前が夢見だということを知っているのはまだいるのか?」
おっさんは何か苦悩するかのように呟いた。
「ロイズさんくらいじゃないのかな?そんなに珍しいの?ロイズさんからは聞いてたけど、昔は結構いたんでしょ?」
「…現在夢見の能力者はお前ひとりしかおらん」
「…へ?」
「ロイゼルハイドも夢見の能力は持っているが、本当に見る事が出来るのが稀で内容の正確さもあまり当てにならないらしくてな。夢見と名乗れぬほどの能力らしい」
「え?本当に?」
「ああ」
夢見のことはロイズさんから教わって、エルトウェリオン王国時代の特別な役職だとは聞いてたけど、そんな数が少なかったのかよ。
昔から教団が保護してたって聞いたから、もっといると思ってた。
「それにロイゼルハイドはどちらかというと星見の力が強いからな。ついでに言えば現在星見の能力者はロイゼルハイドひとりしかおらん。他もいることはいるが、星見と呼べるだけの力を持ってはいないので星見とは呼べん。アルフ兄さんなどがそれだ」
「アルフ兄さん?」
「帝佐閣下のことだ」
帝佐さんも一応は星見の能力持ってたのかよ。
ロイズさん次期帝佐に狙われてるらしいし、もしかしたら帝佐に選出される人って夢見か星見の能力者なんじゃね?
あれ?その理論だと俺も危ないんだけど。
「セボリオン。絶対にその能力のことを公言するでないぞ。良いか」
「やっぱり言うとやばいの?」
「祀り上げられたければ言うが良いがな」
「祀り上げる?」
「ああ。夢見と星見は特別な存在だ。現在過去未来を見ることが出来る。即ち利用価値があるということだ。この二つの能力に関してロイゼルハイドからなんと聞いた?」
「星見と夢見はエルトウェリオン時代の特別な役職で、王に意見できるほどの絶大な発言力を持っていたって…その二つの役職は精霊の愛し子から選ばれていて、エルトウェリオン王国は星見と夢見の能力者を手に入れるために教団を囲い込んだとは聞いた。あと星見は占いに近くて、夢見は運が左右するって」
「大まかな事しか聞かされてはおらんようだな。絶大な発言力を持っているということは絶大な権力も持っていたということだ。彼らが気に入らなければ王国の上位貴族家を軒並み取り潰させ、彼らが望めば近隣国を一つ滅ぼして領地とさせた。また彼らが望まなくともご機嫌伺いのためにとんでもない額の貴金属や宝石、美術品や奴隷などが献上品として送られていたという話も残っている」
すごいな。
でもそれだけのものを貰ったということは、それだけ見返りもデカくなるはず…
「だがそんな彼らは自由がなかったと言われておる」
「自由がなかった?」
「ああ。彼らは豪華な宮殿から出ることを禁止され、また予言や預言を外すことも許されてはいなかった。もし外そうものなら即処刑だ。多くの夢見と星見は精神の安定を損なって若く死んでいったと言われておる。どんなに長く生きた夢見と星見でも30を数えることは出来なかったようだ」
「……」
「現在はこの役職は廃止されておる。だがその存在を知っている者たちもまた存在する。人間とは欲深き存在だ。必ずお前たちを利用しようと考える者もおるであろう。ただ利用されるだけならばまだ良い。拉致監禁され能力をすり潰させられるか、教祖のように崇め祀り上げられる。それでもし能力が使い物にならないと知られれば殺されるだろうな。もし当て続けたとしても己の自由な生活はできないであろう」
嫌だわ。そんな生活。
「わかった。絶対に言わない」
「ああ、それが良い。なので教団も夢見と星見の事は隠しておるし、公式非公式問わず認定は行ってはいない」
それは無理だろうな。
精霊の愛し子のこともあまり表には出さない教団が、更に危険な立場になりうるかもしれない立場の人間を作ろうとはしないはずだ。
「…話を戻すぞ。お前の両親について私が知っていることはこれがすべてだ。あとはお前も知っての通り、お前は聖育院で他の子供と同じように育てられた」
「いや、絶対同じじゃなかったとは思うがな」
「ん?何故だ?」
「だって俺はあんたのお気に入りって言われてたんだぞ?ぶっちゃけ今でも言われ続けてるんだから絶対わざとか無意識に贔屓してただろ」
「………確かに、な。我ながら無意識だったのかもしれん。だがそうなったのはお前が5歳の時からだと思うがな」
「何かあったのか?」
5歳と言えば俺が物心ついてきた時期だ。
それより前の記憶がないから何とも言えないが、それまではみんなと同じに育ってきたのかな?
「お前が急に変になったから…いや普通になったから、か」
「はぁ?なんだそれ?俺はいつも普通だったぞ?」
「いや…普通ではなかった……お前は聖育院に預けられてから5歳になるまで一切喋ろうとはしなかった…」
「え!?」
「赤ん坊の時期は何かしてもらいたい時には声を発して泣いてはいたが、無駄泣きや大人の言葉の真似なども一切しようとしなかったし、ハイハイもせず動き回ることもしなかった。それなのに立ち上がりは同年代の子供よりも速かったと記憶しておる。成長しても無口無表情で声も発さず、他の子供たちに遊びに誘われても反応せず、自ら動くということもしなかった。耳が聞こえていないのではと思われていたが、音には反応していたのでそれはないという話にはなったが、まるで魂の入っていない動く人形のようで、職員や他の子供たちからも避けられていた…」
「……」
なにそれ…聞いてるだけで背筋が凍るくらいホラーな子供時代なんだけど…
「なのに突然だ。突然普通の子供と同じように生活し始めたのだ、お前は……その時の嬉しさと言ったら言葉に表せない程であった…」
「おっさん…」
おっさんの顔は下を向き両手で覆われており見えず、声は震えていた。
「どうすれば良いのか思っておった………このままで生きられるのか、育ってもどうなってしまうのか……息子夫婦に詫びなければならない、いっそのこと一緒に死んでしまおうかとさえ考えていた……あの時…あの時私の顔を見て名前を呼んでくれた時…どれ程衝撃を受けたことか……どれ程歓喜したことか…他の子供たちと一緒に過す姿を見てどれだけ感動していたことか…ここまで成長してくれてどれだけ感謝したことか…」
気まずい…
物凄く気まずい…
俺の記憶に残っていない子供時代のこともすごく衝撃なんだが、おっさんのこの姿にどう反応していいのかわからなかったのだ。
声をかけたほうがいいのか、それともそのままにしておいたほうが良いのかも分からない。
ただただ時間だけが流れていった。
「名前」
「…?」
俺の唐突な言葉におっさんは皺くちゃになった顔で俺を見つめた。
「セボリオン。俺の名前。これは誰が決めたんだ?」
「……私だ…私が名付けた。私が最も影響を受けた人物からいただいた名前だ…あの人がいなければ今の私はいなかった……私が…俺がまだ小さかった頃、あの人の言葉で救われた…あの人のおかげで俺は俺になれた。俺が最も尊敬し、最も感謝してやまない人のような人間になれと願って名付けた…」
「それは誰なんだ?」
「……わからん…俺があの人と過ごしたのは10日もなかったが、本当に謎な人だった。ある日突然何も言わず煙のように消えちまった。結局感謝も文句も言えなかったよ…」
文句?何に対しての文句だ?
「本当はエイルにつけるつもりだったんだがな…クリスティ、嫁さんとの賭けに負けて結局付けられなかった名前だ」
おっさんは自嘲気味に笑った。
「俺の一番大切な名前をお前に贈ったんだ。セボリオン」