第百九十七話 夜の恐怖
寮の一人部屋。
それは書いてのごとく自分だけの部屋である。
この一人部屋が貰える確率はとてつもなく低く、学年ごとに片手の指で数えられる程の確率だ。
一人部屋を与えられる者は管理人さんが決めており、その条件は開示されてはおらず選考理由は解明されてはいない。
成績優秀者、素行があまりよろしくない者、性的特殊者、精神的な不調を訴える者、普通の学生など千差万別であり、全く持って一貫性がない。
すべては謎なのだ。
さて、実は俺にあてがわれている寮の部屋は一人部屋だったりする。
一応ゴンドリアも一人部屋なんだが、あれは色んな事故や普段の行いが重なった結果の賜物(?)であり、ゴンドリアは決して望んで一人部屋を手に入れたわけではない。
あいつは今でも相部屋のほうが良いと言っているほどだ。
さて、ではなんで俺が一人部屋を占領しているかというとだ。
その理由はみんなわからないでしょ?
俺だって最初聞いたとき意味が分からなかった。
ではちょっと回想してみよう。
あれは俺が中等部二年生の中頃のことである。
商会事務所から寮へと戻った俺は、寮の管理人さん略して寮管さんに呼び止められた。
「おかえりなさいセボリオン君。ちょっといいかな?」
「はい、ただいまです。なんでしょうか?」
「あのね。君の相部屋の子たちから苦じ、ちょっとした意見が出ていてね」
「意見ですか?」
「そうなんだ。それでね。君、一人部屋に移動しないかい?」
「え!?またどうして!?」
「えっとね。その子たちから相談を受けたんだけどね。眠れないんだって」
「え?眠れない!?それは大変だ!フェディに頼んで良く効く睡眠導入剤を作ってもらわないと!」
「うん。それはいい考えだと思うよ?だけどもうちょっと聞いてくれるかい?」
「はい」
「いろいろ騒がしくて集中もできないし眠れないんらしいんだ」
「そんなに騒がしいですか?寮の部屋って防音の魔法が掛けられてますよね?俺今まで寮の部屋にいてあまり騒音なんて聞いたことありませんよ?」
「そうだよね。普通はそうなんだ。防音と消音の魔法が掛けられいるから音なんてほぼ漏れないんだよ」
「ですよね」
「…だけどね、一定以上の音の場合その効果が薄れてしまうんだ」
「へぇ~。そうだったんですか。魔法も万能じゃないってことですね」
「……それでね。その騒音の元を隔離してくれって相部屋の子たちと両隣の子たち、更にはその向かい合ってる部屋の子たちから相談を受けたんだ」
「そんな酷い騒音を出す人がこの寮にいたんですか?全然気づかなかった」
「………まぁ、ぶっちゃけその大本というか諸悪の根源が君なんだけどね?」
「………へ?」
「実は何年も前から…君が初等部の頃から断続的に苦情があってなんとか穏便に収めてたんだけど、先日ついにその子たちから泣きが入ってね。こちらとしても強制的に動かさなくちゃいけない程の案件になってるんだ」
「…え?俺何も聞いてませんけど?」
「その子たちは何回も注意を促したって言ってたし、僕やもう一人の管理人も何度も君に注意という警告をしてたよね?」
「え?…全く記憶にないんですが…」
「僕もそうだったけどかなりやんわり言ってたからね。最後のほうはほぼ直だったけど。セボリオン君。君の部屋の近くの子たちから君に対して苦情が多数来ています」
「…本当に?」
「本当だよ。だから退寮するか部屋替えをするかどちらかを選んでください」
「……そういえば、ちょっとうるさいんだけど、とかは言われた覚えが…」
「それで君はどう返してたの?」
「たしか…夜に公星が騒いでごめんねとか言ってた覚えがあります…」
「でも数えるほどしか言われていないんですけど」
「その数えるほど言われてること自体が普通なら大問題なんだけどね」
「……」
「まぁ、その数えるほどしか言われていないのも、君とその子たちの生活の間隔が合わなかったって理由もあると思うよ?君は働いてたり迷宮に潜ってたりするからかなり特殊な生活してるしね。夜遅くに帰宅とかよくあったでしょ?でもあまり顔を合わさない人に何度も言われてる時点で気づこうね」
「………はい…これはからは気を付けます…ご迷惑おかけいたしました」
「じゃあ部屋の件は一人部屋で大丈夫ってことでいいよね?」
「…はい。お願いします。度々お手数をおかけして申し訳ございませんでした」
ってなことがあったんだよねぇ。
こうして俺は夢の一人部屋を手に入れたわけだ。
うん。本当にごめんなさい。
勿論一人部屋に移る前に、ご迷惑をおかけした人に菓子折りを持って謝罪に行きましたよ。
俺の顔を見た瞬間物凄く引いてたけど、ちゃんと謝罪を受け取ってくれた。
そりゃぁ俺もね、部屋で公星と取っ組み合いの喧嘩とか怒鳴り合いとかしてたから、近所迷惑かなとかは度々思ってたんだよ。
でもさ、魔法が掛けられているから少々騒いでも大丈夫です、って入寮する時に説明受けたもんだからちょっとくらい騒いでも安心だと思ってたんだよね~。
すべての間違いはそこから始まったんだから、責任は学園側ってことでいいよね?
まぁ後になってその愚痴を言ったら、商会のメンバーたちから大バッシング受けたけど。
しかも丁度いいから一緒の部屋にする?とゴンドリアに言われたが、丁重に頑なにかたく断固として遠慮させていただいた。
まぁそんなわけで俺は寮の部屋でぐっすり爆睡していたんだが、ノックの音に目が覚めた。
今から思えば騒音の苦情の原因はこの扉だったのではないかと思えてきた。
壁や床、天井は魔法を施してあるが、この扉は普通にノックの音とか通してるからな。
「誰ですか?今開けますから待って、ちょ!!?」
俺が返事を返しベッドから起き上がろうとした瞬間、扉の鍵が解錠され驚いたが、即立って臨戦態勢をとる。
「!!」
息を殺していつでも攻撃ができるようにしていたのだが、扉が開いた瞬間見知った顔が見えた。
「………」
「………あのぉ?」
お互い黙って見つめ合うこと数秒、俺のほうが根負けしてしまう。
「なんでこんな時間にこんな方法で部屋に入ってきたんでしょうか?聞いてもいいですか?ラングニール先生」
そうそこにいたのはゴリラ、じゃなかったラングニール先生であった。
「よう。久しぶりだな」
「お久しぶりです。あの質問に答えてもらえませんかね?」
「あ~。まぁあれだ」
「あれ?っハ!!!も、もしかして!!?夜這いぃい!!?」
俺の言葉にラングニール先生が豪快にズッコケた。
「ヘンターーーーーイ!!!変態がいます!!ここにいます!!!妻子持ちのごっつい男がか弱い男の子を性的に襲おうとしてまーーす!!!誰か!!誰か助けてくれぇぇぇえ!!!」
「違うわ!!!」
「寄るな!来るな!!近づくな!!!特大の攻撃魔法撃つぞ!!?本気だぞぉお!!!」
「だから違うって言ってんだろうが!!!」
「嫌だぁぁぁあああ!!こんなところであんなのに聖なる蕾を散らせたくないぃぃぃいい!!!せめて!!!せめておっぱいの大きな妙齢で奇麗なお姉さんにしてグゲェヴォ!!!」
ラングニール先生は目にもとまらぬ速さで俺の前へ移動し、俺の腹にボディブローをかました。
「人の話はちゃんと最後まで聞きやがれ!!!俺にそんな趣味はねーよ!!それにそんなことしたら嫁に殺されるわ!!!あと俺にも選択権ってもんがあるんだ!!お前みたいな奴はこっちからお断りに決まってるだろうが!!!」
「う…ウオェ……と、と言うことはもし俺以外の男の子だったら襲ってると…」
「だから違うって言ってんだろうがぁぁあああ!!!」
「プベラ!!!」
顔面に衝撃を受け、俺は意識を失った。