第百九十四話 学則は敵
カリーが食いたいカリーが食いたい!
空きっ腹を抱え移転陣で学園都市へ戻ってきた俺は、無性にヤンのカリーが食べたくなり、カリーサロン・マハルトラジャへとひとりで直行をかました。
え?公星はだって?
俺がかなり怒っていたので、今は餌をもらえないって理解したのだろう。
移転陣で学園都市についた瞬間に、ふらっとどこかに飛んで行ったぞ。
まぁ、大丈夫だよ。この頃放し飼いが基本になってきてるから。
田舎の猫と同じだ。
さ~て。どうしようかねぇ。
そうだ!今日は豪華にラッシーと2種類のカリーにライスとナンとチャパティを頼んで食後にチャイを飲もう。
食べすぎかもしれないけど魔力回復薬だけじゃ持続的に魔力は回復しないし、ちゃんとしたもの食わないと体力も回復しないからな。
あ~腹減った。
え?マジックポーチに食べ物いれてないのかって?
入ってるぞ。でもなお菓子とか調理前の食材ばっかりなんだよ。
いくら腹が空いていてもお菓子で腹を膨らせるのは嫌だったんだ。
今まで迷宮も日帰りだったから長期の兵糧は想定していなかったんだ。
これからはこれを教訓に調理後の料理を淹れておこう。
ああ!そうだ!どうせカリー屋に行くんだから寸胴ごと頼もうかな?
それをマジックポーチに入れておけばいつでも食えるじゃん!!
「いらっしゃいませ!」
「ゆで卵トッピングのキーマカリー4辛とサグカリー5辛を一皿ずつ。サフランバターライスにチーズナンひとつ、あとチャパティ2枚ください。飲み物はラッシーで」
「かしこまりましたー!」
フッ…流れるような注文に全俺が惚れ惚れするぜ。
最早玄人の域に達しているだろう。
「あ!セボリーさん!いらっしゃいませ!」
ソワソワしながらカリーを待っていると、厨房の奥からヴァンくんが顔をのぞかせた。
「兄上からセボリーさんがまた倒れたって聞いたんで心配したんですよ?」
「あーごめんごめん。でももう大丈夫だから。それよりも早くカリー頂戴。腹が減りすぎて辛いのよ」
「わかりました。でも無理はしないでくださいね」
「うぃさっさー」
「じゃあ急いで作らせます」
俺の訳の分からない返事にも動じることなく普通に対応できるヴァン君って有能だわ。
順調にイケメンに育ってきてるし、中等部にも進学するらしいから将来楽しみだ。
周りの席を見渡すと朝にもかかわらずかなりの席が埋まっている。
というか朝じゃないと行列ができてすぐ入れないくらい人気店になってるからなぁ。
俺がフラっと立ち寄っても入れるようにリザーブ席とかのようなVIPルーム作ってほしいと提案したんだが、非効率だからとヤンに却下されたんだよなぁ。
マハルトラジャ藩王国から連れてきた料理人以外でも、学園都市で雇った料理人も大分調理に慣れてきたようだから、これから2号店とか作っていきたいな。
まぁ、カリー屋の経営方針はヤンが主導で、経営権もヤンが持ってるから提案だけはしておこう。
売れる店舗を増やせば利益も増えて俺に入ってくるマージンも増えるしな。
「お待たせいたしました。ゆで卵トッピングのキーマカリー4辛とサグカリー5辛、サフランバターライスとチーズナン、チャパティ2枚とラッシーです。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「大丈夫です。ありがとう」
「ごゆっくりどうぞー」
「いただきます!」
まずはサグカリーだ。クゥー!!染みる!空きっ腹にスパイスが染み入るぜ!
ほうれん草っぽい野菜をすり潰して作ったカリーは美味しいですなぁ。
どれ。チーズナンにつけてみよう。ウメェ!!!
アツアツのナンからとろけたチーズが出てきて、それを少し辛目のカリーにつけて食べるともう最高だ!
さてお次はキーマカリーをいただきましょうかね。
邪道と言われるかもしれないが、俺はキーマカリーを頼む時には必ずゆで卵をトッピングするのだ。
最初は普通に食べて、半ばまで食べたらゆで卵をつぶして混ぜながら食べる!これが俺のベスト!!
サフランバターライスの上にキーマを載せて、スプーンで豪快に頬張ればまさに天国って寸法よ。
やっぱり美味い!ん?あれ?味付けが少し変わったか?いや、これは肉が変わったと見た!
前は鶏ひき肉だったけど、これは豚挽き肉を使っているな!!?
前のも美味しかったけど、俺は今のほうが好みかもしれん!
チャパティを手でちぎりキーマを挟んで食べればそこはもう楽園そのものだ。
誰かビール持ってこい!!
ん?ビール?ああ!そうだ!!もう俺成人したんだった!!酒が飲めるぞ!!!
「すいませーん!麦酒1杯くださーい!!」
「かしこまりましたぁ!」
うふふ。やったぁ。ビールが飲めるぞぉ。
前世では嗜む程度にしか飲まなかったけど、いざ飲めないとなると無性に飲みたくなってくるんだよなぁ。
この世界に来てから、未成年だからという理由で酒を断られ続けた苦難の日々も今日で終わりを迎えるのだ!!
ウキウキしながらビールを待っていると、またヴァン君が再び厨房から姿を現した。
「セボリーさん。お酒は駄目ですよ」
「え?何言ってんの?俺もう成人したよ?立派な大人だよ?お酒飲めるよ?浴びさせてよ」
「セボリーさんのほうこそ何言ってるんですか。駄目に決まってるでしょう。セボリーさんは確かに成人しました」
「そうだよ!成人したんだから良いじゃん!麦酒飲ませてよ!!麦酒が俺を待ってるんだよ!?喉越しを楽しめって言ってるんだよ!?キンキンに冷やしたの頂戴よ!!」
「セボリーさん。あなたの今の身分はなんでしょうか?」
「身分?」
「はい、そうです」
ヴァン君本当に何言ってんの?
あれ?俺の身分ってなんだ?
先程俺が侯爵家の縁続きだと判明したけど俺自身は貴族じゃないし、聖職者としての位は助祭だけど聖職者がお酒を飲んではいけないなんて決まりもない。
あれぇ?じゃあなんでお酒出してくれないの?
おかしいでしょ!早くビールをくれ!!!
「セボリーさん。あなたはまだ列記とした中等部に所属する学生でしょう」
「へ?」
「中等部を卒業すれば飲酒は許されますが、セボリーさんはまだ在学中ですよね」
「………あ」
マジだ。俺まだ学生だ。
そうだった!学園の規則で、たとえ成人していても聖帝国籍の中等部以下の在学生は飲酒喫煙買春を禁止されているんだった!!!
じゃあ飲めないじゃん!!どうすんだよ!!!
「ノオオオオオゥオーーーーーーゥ!!!」
「セボリーさん。他のお客様にご迷惑ですので騒がないでください」
誰だよ!!?こんな学則作ったの!!!
今すぐ改正しろ!即!今すぐだ!酒・即・飲!!!
「おお…主よ!我を見捨てたもうたのか!!?」
椅子から滑り降りるように膝をつき、顔と両手を天へと伸ばしながら渇望の祈りを捧げた。
他のお客さんが引いてるのがわかるが、そんなの気にしていられない。
「一体俺が何をしたというのですか!!?」
「だから学生なのに飲酒しようとしてはいけません」
なんでだよ!!!俺はビールという飲み物を飲みたいだけなんだよ!!
キンキンでシュワッシュワのほろ苦い飲み物が飲みたいだけなんだ!!
ノンアルコールでもいいんだ!シルキーな喉越しを俺に与えてくれよ!!
「…お願いします…お願いします…頼みますからお願いします…」
「駄目です。セボリーさん、これ以上は営業妨害になりますからね」
ねぇお願いヴァン君。ちょこっと…ちょこっとだけでいいの。
俺にビールを飲ませておくれ!!
「ビール飲みたいよぉおおお!!」
「いい加減にしないといくらセボリーさんでも追い出しますよ」
「うう…ヒグっ…ゴメ゛べナ゛ザイ゛」
「食後はいつものチャイでいいですね」
「…ぁぃ…オネガイジマズ」
もう信じない!!この世界に神様なんているものか!!!
もしいるんだったら今すぐ俺にビールを飲ませてくれ!!
そうしたら足でも何でも舐めるから!!
「あ~~ラッシーうめぇ」
俺は周りのお客さんに謝罪した後、椅子に座り直し、ラッシーを飲んで心を落ち着かせた。
「いつも思いますけど、セボリーさんの変わり身の早さの一部分だけは見習わなければいけないなと思いますよ」
え?俺褒められてる?
もっと褒めてくれたまえ。
「でも迷惑ですから公共の場で変な行動しないでくださいね。本当に迷惑ですから」
あれ?次はディスられてるんだけどぉ?
「僕は大分慣れてきましたけど、普通の人は引きますから」
おい。それは俺が普通じゃないって言ってるようなもんだろうが!心外だ!!
「まぁこの前兄上に、慣れ始めたら終わりだからお前はこちらの領域に来るなって言われましたけど、僕もジョエルとノエルもかなりセボリーさんの行動に大分慣れてしまいましたので、僕たちはもう終了ということなんでしょうね」
ヤン!お前なんてことを言うんだ!!
それは終わりじゃない!素敵な領域の始まりというんだ!!
つーかヴァン君。暫く会わないうちに物凄く冷静な毒舌になってきてない?お兄さん悲しいぞ。
あ?でもちゃんと俺にも懐いてくれてるっぽいからこれがクーデレって奴か?
いや、でも男にクーデレされても…
完食後チャイを飲み、当初の予定通りにマジックポーチに入っていた大きめの寸胴鍋数個いっぱいに、数種類のカリーをいれてもらった。
量が量だけにかなりのお値段になったが、いつでもどこでも食べたいという欲求に負け全部購入した。
ヴァン君に挨拶を済ませ店を出ると、きれいな空が広がっていた。
腹もくちくなって腹ごなしに歩くかと商会事務所へと向かったのだが、これから恐ろしい惨劇が起こるということなど夢にも思わず、ルンルン気分でスキップをしていたこの時の俺を殴り飛ばしてやりたいと、後にセボリオンは語るのであった。