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Public Star~目指せ若隠居への道~  作者: 黛紫水
第六章 萌える芽の章
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第百九十二話 誰

俺が目を覚ました場所は見覚えのない場所だった。

今の時刻はどうやら夜らしく真っ暗とは言えないほどの暗さだが、カーテン越しから照らされた幽かな明かりが部屋の光景を教えてくれている。


「どこだここ?」


見覚えはないのだが、やけに懐かしい感じがする。

いや、感じというかどちらかと言えば匂いだ。

土地や建物によって匂いが違うが、俺は今いる場所の匂いを嗅いだことがある。

ベッドから立ち上がり、少しふらつきながらも窓辺へ向かいカーテンを開けてみると、月のおかげか外は思ったよりも明るく外を映し出している。

窓の外の景色を見てやはりと確信を持つ。

覚えがあるはずだ、今俺がいる場所は聖育院じっかだ。


「マジか………ということはデビュエタンはもう終わったんだな」


恐らく診察した結果俺の容体はそんなに悪くなかったので、元々行く予定であった聖育院じっかに運ばれてそのままこの部屋で寝かされていたのだろう。

今の俺の姿は寝間着の状態なので、正礼服を脱がされて寝間着を着させてもらったのだろう。

うん。もうお婿に行けない。


「つーか頭いてぇ…しかも妙に口の中が苦くてケミカルな匂いがするんだけど…なにこれ?…ハァ…」


コメカミを指で押さえつつ再び窓の外に視線を向け、夜空に浮かんでいる見事な満月に意識をそらせる。


ああ。なんて奇麗な月だろう。

大きいのと小さいのが並んでて、それぞれ色が違うって幻想的だ。


光の屈折が違うようで地球で見られる月の色とは異なるが、大きい月は青白く光り、小さい月は橙色に近い黄色の光を放っている。

まるで衛星のように大きな月の横にある小さい月だが、光の強さは小さい月のほうが強く輝いており、二つ合わせた光の加減で地上に降りてくる光は少し緑がかって見えた。


窓から差し込む薄緑の光に照らされながら、俺は倒れる前の記憶を思い起こしていた。


ベリアルトゥエル レライエント デュセルバード


真名だと?真名ってなんだよ。俺はセボリオン・サンティアスだろ?

この名前は本当の名前じゃないのか?

じゃあこの名前は誰の名前なんだよ…

ベリアルトゥエルって誰なんだ…

それにしてもあのバカみたいに長い名前の羅列…あれって俺のなのか?

確か識別を使って自分の名前を調べた時には黒塗りだらけだったが、あんなに長くはなかったぞ…

あんなの絶対に覚えられる筈ねーだろ。

阿呆だろ、あんな基地外じみた名前付けた奴。


「…世掘公輔か?セボリオンか?それともベリアルトゥエル?それか別の違った人間か?それとも人間ですら……いったい俺は誰なんだよ、なぁ………ハハッ…頭が狂いそうだ」


窓枠に両手をつき視線を下におろし、思考の闇へと落ちていく。


俺は地球で死んでこの世界に転生したんだよな?

はたして本当に転生だったのだろうか?

俺は憑依…いやこの体を乗っ取ったんじゃないのか?

じゃあこの体の本当の持ち主の意識はどこにいる。

俺がこの世界で意識を覚醒したのは大体5歳の時だ。

人にもよるが5歳前の記憶を持ってるって奴もいるだろう。

だが俺はその記憶が全くないのだ。

もしかしたら俺はこの体の持ち主を殺すような形で乗っ取ったのか?

何かの事情があって聖育院に預けられたベリアルトゥエルの体を俺が…


「俺はどうしたらいいんだ…」


俺の呟きは誰にも聞かれずに虚空へと溶けていく。


定まらない視線が無意識的に夜空の満月にのびた。

そしてある違和感に気づく。

先程までなかったものがあるのだ。


「あれ?…月が3つに増えた?」


そんな訳はないと思い目を凝らしてよく見てみると、その月はどんどん大きくなっていく。

いや、こちらへ近づいているようにも見えた。


「…なんだあれ」


ぼんやりしていた頭が覚醒していく。

そして耳によくわからない音が聞こえてきた。


…ゥゥゥゥ


「え?空から変な音がする。もしかしてこれって隕石?…マジか!ヤベェぞおい!!こっちに向かってきてるっぽいんだけど!!!」


…ゥゥゥーーーー……ゥゥウウウウウーーーーーーーゥ


「何!?名にこの音!!?サイレンみたいなんだけど!!」


ュゥゥゥゥゥゥウウウウウウーーーーーーーー


「どんどん近づいてきてるぅ!!?」


ッキュウウウウウウーーーーーーーーーーーーー


「逃げなきゃ!!!」


モッキュゥゥゥウウウウウウーーーーーーーーー!!!

バリィィイイン!!ドゴォ!!!


「ハグウォヴェ!!!」


振り返り逃げようとした瞬間、窓ガラスが砕け飛び俺の体に衝撃が伝わった。


「ウェっ!ゥオロロ!!」


その衝撃は強く俺の腹に響き、内臓にダメージを受けようで口から戻してしまう。

だが幸いなことに胃の中が空っぽだったらしく、出てきたのは胃液のみであった。


「ぅう…イテェ…ぎもぢわるい゛」


あとめっちゃ重い。

巨大な鉄の塊が俺の腹に乗っているような重さだ。


「モキュ」

「………ん?」

「モッキュ」


聞き覚えのある音が聞こえ、音の発生位置の腹あたりに視線を向けると、そこには額に紫の宝玉オーブをつけた馬鹿デカいハムスターの姿が見えた。


「お前かよ!!!」

「モッキュゥ!!」


そうだよ。と言わんばかりに元気な鳴き声に俺は力が抜けてしまう。


「あ~~~。もう!せっかく人がシリアスに考え事してたのに!!お前何やってんだよ!!」

「モキュキュゥ!」

「ていうかお前なんてことしてくれたんだよ!!この惨状どうしろっていうんだ!!見てみろ!窓が前衛的なことになってるじぇねーか!!誰が直すと思ってんだよ!!!」

「モキュ」

「何『お前に決まってるだろう』って感じで指さしてるんだよ!!腹もイテェし頭痛は…治ったか」

「何事ですか!?」


そこにこの騒ぎを聞いて駆け付けたらしい院長先生が寝間着姿でドアを開けて乗り込んできた。

どうやら部屋の惨状を見て呆気にとられているらしく、10秒ほど沈黙が続いた。


「セボリオン。これはいったいどういうことでしょうか?」

「えーっと。目が覚めていろいろ考え事してたら、この謎の生物が窓をぶち破って俺にシューティングストマックアタックbyメテオを仕掛けてきたと言いますか…」

「………」

「えーっとぉ、それでぇ。公星に説教をかましている最中に院長先生が参戦ってかんじぃ?」

「……今後のことでお話ししなければならないことがあったのですが、どうやらその前にいろいろとしなければならないことが増えましたね…」

「あのぉ…」

「とりあえず今日はもう遅いのでこの話は終わります。今の爆音で起きた子たちがいるかもしれないので私はそちらを見てきます。あなたは寝る前にこの部屋の惨状をどうにかしなさい」

「え?」

「いいですね」

「あのぉ?」

「い い で す ね」

「………はい…承りました…」

「では良い夢を」

「ご、ごきげんよう」


院長先生は無表情で静かにドアを閉じた。


「おい…」

「モッキュー」

「てめぇ!!何が頑張れだよ!!お前が!!」


ガチャ


「っ!!!」

「夜なのでお静かに」

「……はい。申し訳ございませんでした」


また静かに扉を閉め歩いて行った院長先生を見送った後、俺はその場に座り込んだ。


「怖かった…」

「モキュゥ…」

「とにかくお前は罰として当分おやつ抜きな」

「モキュ!!?モキュキュ!!」

「さぁ、直すか…よいしょ………マジか」


魔法を使い窓を枠を修復しガラスも再生させようとしたのだが、魔力が足りないらしくいつもの時間より何倍もかかり、修復を終えたのは空が白み始めて朝日が顔をのぞかせてきた頃であった。


「俺は俺でしかないか…」


朝日を浴びながら囁いた言葉は、人を働かせておきながらあの後すぐに寝に入った公星にも聞かれることもなく、静かに消えていった。

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