第百八十九話 華円の上で1
すげぇ。
今壇上で踊っている4組のペアの踊りを見いるのだが掛け値なしにそう思えた。
恐らくその場の雰囲気もあるのかもしれないが、明らかに今まで見てきたダンスのレベルとは一線を画している。
ダンスの難易度もそうだが、ホールドの仕方やステップの正確さリズムの取り方どれをとっても素晴らしく、時には激しく情熱的に、時には静かに官能的に、時には優雅に滑らかに、瞬きするごとにまったく違った様子を見せている。
壇上のフロアを目一杯使い縦横無尽に駆け抜け、まるで計ったかのように同じタイミングで4組のペアが壇上の中心へと集まり同時にすり抜けていく光景は最早一種のパフォーマンスだ。
それなりの広さがある壇上だが、アレだけ縦横無尽に踊り紙一重ですれ違っているのに全く接触事故を起こす気配もない。
正に神業のような技術だ。
「すごいな…」
「そうだね…」
思わず零れてしまった言葉にシエルが同意してくれた。
「僕も踊りに自信はあるけど、あそこまでの達人技は出来ないよ」
シエルの踊りは何回も見たことがある。
コイツの踊りも凄いのだが、壇上の4組とは凄いのベクトルが違うダンスだ。
シエルの踊りは言うなれば恐ろしく上手いのだがお堅く上品で型通り、綺麗に踊るしパートナーのリードも完璧にこなすのだが面白みに欠ける教材の様なダンス。
それに対して壇上の4組の踊りは優雅で華やかなのだが自由もあり、ハラハラもさせてくれるエンターテイメントの様な踊り。
正にパフォーマンスの様なダンスなのだ。
一様にどちらのほうが素晴らしいかと言い辛いのだが、圧倒的に見て楽しいのは壇上の4組の踊りだった。
「ルピシーも凄いがリュパネア女史も凄いな」
「あの動きについていけてるどころか所々アレンジも効かせてる、うん」
そう。ヤンやフェディが言う様にルピシーも凄いのだが、リュピーの踊りも凄い。
他の3組の女性達の踊りも素晴らしいのだが、圧倒的に目立っているのはリュピーだった。
華があると言ってしまえばその一言なのだが、目で追ってしまうような魅力があるダンスを踊っている。
知り合いが踊っているのでそう見えてしまうのかもしれないと思ったのだが、周りの観客を見てみるとルピシーとリュピーのペアを目で追っている人達が多いのに気付く。
基本は忠実に守りながらも大小違った自分のアレンジを盛り込み、表情は勿論体全身で『これが私だ!』といわんばかりに踊っている。
「でもそのアレンジに普通に合わせながらリードしているルピシーも化け物だな」
「凄すぎよ…普通なら絶対にダンス自体が崩壊するのにあそこまで綺麗に見せられるって…」
ゴンドリアが半分心ここに在らずの状態で会話に混じってきた。
確かにあそこまで自由に踊っているように見えるリュピーを、普通にリードしながら踊れているルピシーの存在は本当に恐ろしく感じる。
正にロデオの暴れ牛を抑えながら巧みに静めてみせるカウボーイや、暴れ牛をいなすマタドールの様だ。
「おい。今片腕でリフトしたぞ。しかもリフトされたほうも片腕で逆立ちのように自分の体重支えてるんだが…
「ん…?今の目の錯覚?二人揃って連続バク転しながら空中でホールド組んでたんだけど、うん」
「いや、俺も見た。あ!放り投げた!うわ!何であんなに遠心力が働いてるのに軽やかに着地できるんだよ…」
「『明けの明星』にこんな振り付けあったか?」
「ないよ、うん」
「あれ?コレってダンスだよね?大道芸じゃないよね?」
「あそこまで行くとアレンジとかそう言う問題じゃねーな」
「でもちゃんと基本の型やステップは押さえてるわ」
「もう何が基本なのかも良くわからなくなってきた…だけどすげぇな。他のペアも本気を出してきたよ。明らかにさっきと動きが違うし」
ルピシーとリュピーのダンスに触発されたのか、他の3組のペアもまるで自分達の実力を見せ付けるように段々と踊りが過熱していく。
そんな中、先程から一言も発していないユーリのほうを見てみると、コルセットの中から取り出したスケッチブックに凄い勢いで写生をしていた。
ああ。駄目だこれは。暫くこのままだぞ。
そのまま5分ほどダンスを見ていると、曲調が変わった。
どうやら次の曲の『祝福の杯』が始まるようだ。
先程とは違いゆっくりと、いうなれば億劫そうな出だしから始まる曲調なので、最初の一歩を踏み出すタイミングがとても難しい筈なのだが、この4組はそれを全く苦ともせずに踊りだす。
ゆっくりと円を描くようなステップで4組が四方に散らばりながら離れていったと思うと、また今度も円を描くようなステップで中心に集まり、まるで乾杯をするかのような動作を繰り返す。
一見動作が単調のように見えるが、中心から離れると同時に違うステップを踏み、同じステップは二度と繰り返さないというダンスなので恐ろしく難易度が高い。
しかもステップの順序も決まっており、集団芸術の面でみると一組でもステップの順序を間違えると全く美しく見えないダンスなのだ。
「奇麗ねぇ」
「ああ」
「あ、リズムが早くなってきたね」
そう。このダンスの最も恐ろしいのがどんどんとテンポアップしていくことで、最初はスローテンポなのに途中からウィンナーワルツのようなテンポになり、最後にはラテンのジャイブやアルゼンチンタンゴ以上の速さになっていく。
それでいてステップを変えながら中央に集まりそして離れるということを繰り返す。
このダンス踊っているほうもそうだが、見ているほうもかなりハラハラしながら見るダンスらしく、フィニッシュに近づくにつれ踊る速さも尋常ではないくらいに早いので、間違って接触事故を起こしたら両方とも無傷では済まされないほどのダメージを食らうことになる。
だから通常なら見ているほうも気が気ではないほど冷や冷やするそうなのだが、この4組、全く危なげなく踊っているのでただただすごいとしか言いようがない。
「ねぇ。気のせいかな?通常の『祝福の盃』よりも速くない?」
「気のせいじゃないわよ。どう見たって普通の1・5倍速以上よ」
「ああ。しかもかなり難易度の高いアレンジも加えているな…」
「うわぁ…すごいリフトだね、うん」
「リフトされてる女子がまるで空中を歩いてるように見えるんだけど」
「しかもそのまま中央に集まって乾杯の型作ってるし」
「こいつらみんな化け物だな」
うん。マジで化け物だわ。
このダンス初めて見た俺でもそれがわかるくらいヤバイ。
「なんか遊園地の回るコーヒーカップを早送りして見てるみたいだ…」
「回るコーヒーカップ?なにそれ?」
「…ああ。何でもない気にしないでくれ」
俺がそういうと皆慣れたものでそれ以上の追及はなかった。
「ん?ああ、そろそろだな」
ヤンがそういうと、先ほどから異常な速さの曲がより一層速くなり、演奏するほうも辛いだろうが聞いているほうも辛いと感じるほどの速さになっていく。
クライマックスを終えフィニッシュを迎えるとき、『ヴィーン』という幾丁もの弦楽器の音だけが10秒ほど続き、4組は中央に折り重なるような形で集まりフィニッシュを決めた。