第百八十八話 四聖人
おい!こら!説明しろ!!何でお前がそこにいるんだ!!
急にいなくなったと思ったら何華麗に登場してくれてんの!!?
「なんなの?本当になんなの?なんなのねぇ?なんなの?なんなのったらなんなの?ねぇ?ねぇ!」
「セボリー大丈夫?頭が」
「さっきのゴンドリアよりも語量が少なくなってるぞ」
「何あれ?なんなのあれ?あいつ何?」
「あれはルピシーとリュパネアだよ」
「知っとるわ!!だから何であいつ等があそこにいるのかって聞いてるんだよ!!」
「ダンスの先生に推薦されたんじゃないのかな?」
「推薦?何を?なんで?ねぇ、シエル教えて?」
「何でも僕に聞かれても困るんだけど」
「だってシエルだもん。知ってるでしょ?困った時のシエルモンでしょ?」
「シエルモンって何!?まぁ良いや、いつものセボリーに戻ったし。ダンス成績優秀者の演舞推薦だよ。ほらルピシーはダンスの講義の時に完璧に踊って見せたじゃないか。それに助手として講義を手伝ってくれないか?それが駄目なら自分が経営しているダンス教室で講師にならないかって講師の先生に言われてたでしょ?だから推薦されたんだよ。これって模範演舞でしょ?」
「模範演舞?何それ?」
「素晴らしいダンスの踊り手が採点とか関係なく踊って見せることよ。本当に素晴らしいダンスだとお金も取れるくらいの踊り手がいるんだから」
「あ、ゴンドリアさん復活したんですね。良かった」
「おかげさまで」
つまり何か?これはエキシヴィジョンってやつなのか?
確かにあいつはそれまでダンスなんて踊ったことないのに、持ち前の運動神経の良さと訳の分らない変な記憶能力と模倣能力で初っ端の授業から完璧にダンスを踊ってたって聞いたけど、俺一回もあいつの踊り見たこと無いんだけど?
本当に上手いの?
というかなんでリュピーも一緒に舞台の上に上がってるの?
俺リュピーと踊ってもらったときあったけど、全然上手いって感じなかったよ?
ああそうか。あれは俺があまりにも下手すぎてリュピーが踊るのをやめたからか。
「なぁ。皆はあいつがここで踊るって聞いてたか?」
「聞いてないわね」
「聞いてないね」
「聞いてないな」
「聞いてない、うん」
「聞いてません」
「だよな」
あいつこう言ったことは最初に言っておけよ!!
マジで心臓が止まるかと思ったわ!!!
「ルピシーの事だから当日と言うか、さっきまで依頼されてたこと自体忘れてたんじゃないの?」
「ありえるね、うん」
「さっき突然どんどんと前に進んでたのもこの件を思い出して急いでたんじゃないのかな?」
「ああ、確かにそれっぽいな」
そんな事を話しているうちにルピシーとリュピーを含めた四組のペアが華円についたようだ。
「コレよりこちらの四組のペアによる模範演舞を行わせていただきます。踊る曲は晴れの日に相応しく『栄光の曙より~明けの明星~』さらに『祝福の杯』そして『百花繚乱の宴』です。どうぞ踊りの名手達による華麗な舞踊をお楽しみ下さい」
どれも知らない曲ばかりなんだけど。有名な曲なの?
「また難曲を選んできたな」
「そうですね。相当な踊り手じゃないと踊れない曲です」
「この曲を踊れたらどこの舞踏会に出ても花形で踊れるものね」
「僕でもこの曲は難しいよ」
「ぼくも踊れる自信ない、うん」
「え?皆どんな曲だか知ってるの?」
「はぁ?あんた何言ってんの?超有名よ。この学園都市の礎を築いたの4人の聖人が街の人達と外敵から街を守りきった時の話と、その後の祝勝会の様子を後世の人が戯曲にして上演したの。そしてその劇の中に流れる曲が瞬く間に人気になってダンス曲に編曲されて王侯貴族達の間で流行ったのが始まりよ。そして何時しか庶民にも親しまれるようになったんだけど、なんせ振り付けが上級者向き過ぎなの。スローテンポとアップテンポの波が激しくて、小節によってステップの仕方やホールドの型が違うし、フロアを踊りながら縦横無尽に走り抜けたり軽業のようなリフトとか下手したら怪我するかもしれないパートもあって、技術・力・柔軟力・体力・気力・集中力全てを兼ね備えた踊り手じゃないと踊れないような難曲なのよ。しかも唯踊るだけじゃなくて自分達の個性を出した踊りをしなければいけないという超ド級の難度の曲なの。この3曲が踊れたら一流どころか超一流よ」
「へぇ」
おいゴンドリア。お前さっきの女子みたいになってるぞ。
というか4人の聖人?三聖人じゃかったか?
「あれ?聖人って3人じゃなかったか?」
「あんた。サンクカオスケイドのこと忘れてない?ダルゴ・ティオン・オルブライトの前にサンクカオスケイドが先に列聖されてるから合わせて四聖人って言うのよ。本来なら他の三人も名前の前に聖をつけなきゃいけないんだけど、彼らは生きている時に列聖を辞退してるのよ。『自分達は何もしていない。ただ一粒の奇跡を偶然掴んだだけだ。本当に偉大な事を成し遂げたのはカオスケイドであり、彼がいなければ自分達はこの土地で野ざらしの骨になっていた』と言って彼らは死ぬまで列聖を拒否してきたの。でも一番長く生きたティオンが死んでから5年後、エルトウェリオン王国がアルゲア教に相談もせず勝手に彼らを列聖したの。それを聞いた当時の市民達は怒り狂ったらしいわ。偉大なる人達の意志を曲げるなんてとね。だから3人の意思を受け継いだ街の人達は決して彼らの名前の前に聖をつけなかったのよ」
ふーん。あれ?でもサンク・ティオン・アゼルスって付いてるじゃん。故人の意思無視してるぞ。
「あんたの事だからどうせサンク・ティオン・アゼルスには聖が付いてるって思ってるんでしょうね」
「思ってた。つーか俺の頭を読むな」
「読んでないわよ。あんたの頭の中身が単純構造だから分るだけ」
「うっせ!」
「話を続けるわよ。サンク・ティオン・アゼルスのサンクは聖って意味じゃないのよ」
「へ?そうなの?」
「そう。あんた古代精霊アルゲア語勉強してたわよね?」
「ああ」
「じゃあ古代精霊アルゲア語でサンクってどういう意味か考えてみなさいな」
「ん?サンクの?」
はぁ?サンクの意味?
ぶっちゃけさアルゲア語もそうだけど、文章の前後のニュアンスで同じ発音の単語でも意味が違ってくる場合が多いんだよね。
しかも単語かと思ったら熟語でしたって言葉もあるし、前から言ってるけどかなりの欠陥言語なんだよアルゲア語って。
でさ、そのアルゲア語よりも数段難解で馬鹿みたいに文法と法則が多い古代精霊アルゲア語で、サンクの意味を考えろっていわれてもパッと思い浮かばねーよ。
あ、でも3つくらい浮かんだわ。
一つ目は精霊の落し物。正確に発音すれば『スァ・ンキ』複数形で『スァ・ンク』。
二つ目は砦。正確な発音は『サ・ァナ・ク』複数形で『ス・ァン・ク』。
三つ目は古書。正確な発音は『サ・ヌァク』複数形で『サ・ンゥク』。
他にもチラホラ出てるが直ぐに思い浮かんだのはコレだけだわ。
答えを出しかねている俺を見てゴンドリアが口を開く。
「私は言語学は得意じゃないから発音も違うかも知れないけど『サー・ァンク』『サー・ナァク』の複数形で意味は─」
「─意味は愛しい子供…愛すべき子供達」
サーは『敬愛』『敬服』『心酔』の意味。動詞ならば『愛している』『狂おしい程~する』の意味。
ナァクは『子供』『息子』『子孫』、女性名詞ならナァカ、複数名でァンクまたはァンカ。
「そう、つまりサンク・ティオン・アゼルスとは『ティオン・アゼルスの愛しい子供達』または『親愛なるティオン・アゼルスの子供達』と言う意味よ」
ゴンドリアがそう言い終えると、会場に厳かな音楽が流れ始めた。