第百八十七話 ペア
「いや、好きに呼んで良いって言われたからそう呼んでるだけなんだけど?」
「例えそうでもあんた弟子でしょ!!教えを請うてるのにそれは駄目よ!!一緒に謝ってあげるからロイゼルハイド卿へ謝りに行きましょう!!あ!待って!やっぱり駄目!神様にそう易々と会うなんて恐れ多いわ!ごめんね!やっぱり一人で謝りに行ってちょうだい!!でも私がロイゼルハイド卿の事をお慕いしているってことは伝えてね!絶対よ!!ちゃんと名前も言ってね!!リリーシャ・アルマ・カーネバラスって!!キャ!ロイゼルハイド卿に一歩近づいちゃった!今日は何て素敵な日なんでしょ!!まさかこんな所であのお方と近い接点がうろついてるなんて嫌々出てきた甲斐があったわ!!」
「あのぉ…」
「大体なんでこんな大切な時期にデビュエタンなんてやるのよ!植物が芽吹く時期なのよ!!去年植えた苗木の成長も観察しないとだし挿し木の準備もしないと…こうしちゃいられないわ!!いつまでもこんな所で油なんて売っていられない!早く帰って観察したムーンローズの論文もまとめなきゃ次に進めないわ!!待っててください!!いつか会えるかもしれない私の神よ!!!」」
「あ!!」
一人でヒートアップしているリリーシャはそのまま移転陣のもとへ走っていき何処かへ消えていった。
「……なんだったのあれ?一人で話し進めて勝手に完結してどっか行ったんだけど、大丈夫か頭」
「植物の事さえ絡まなければまぁまぁ良い子なんだけど。今回のは正直僕も少し引いた、うん」
「フェディ。付き合う人間は選んだほうが良いぞ」
「それセボリーが言っても全然説得力ない、うん」
「何やってるんだ?」
「おお!ヤン聞いてくれよ。今変なのから声を掛けられたんだが」
「先程の女子か?」
「そう!え~っと名前なんだっけ?…いいや思い出せないから。あ、フェディ名前言わなくていいからな」
「君さっき名前聞いてなかった?」
「シエルよ。お前見てたなら助けてくれよ」
「知らないよ。だって僕が見てたのあの子が立ち去る10秒ほど前だよ」
「なぁに?セボリーったら女の子を誘って断られてたの?」
「ちゃうわ!!逆ナンされて何故か放置されたんだっつーの!!」
「へぇ、そうなんだ」
「おいこらぁ!!何だその『興味ないでーす』的な反応!!俺は深く傷ついた!!」
「あ、ユーリ。こっちよこっち」
おい!!泣くぞ!!泣いちゃうぞ!!!
横で「ギャクナンって何?そんな言葉知ってる?」「またセボリー語だろ。聞き流せ」って聞きあってるシエルとヤンも無視すんじゃねーよ!!
つーかセボリー語って何だよ!!そんな言語初めて聞いたわぃ!!
フェディも自分のムーンローズ観察してこっちガン無視してんじゃねー!!!
「紳士的で素敵な人でした。ダンスも上手かったですし」
「あら、良かったわね。ユーリ今度はあたしと一緒に踊らない?」
「良いですね。喜んで」
「あれ?セボリーさんは踊らなかったんですか?」
「グハァ!!!」
まさか会心の一撃がユーリの口から出ようとは…
悪気がないことは分ってるから余計に痛恨のダメージを受けちまった。
「ほ、ほらぁ。俺さっき踊ったばっかりだからぁ!ちょっと疲れて休んでたんだ!!」
「そうなんですか。病み上がりなんですから無理しないでくださいね」
「…うん、ありがとう。なんかごめん」
グホォ!!!痛い!痛いよ!!
マジで心配してくれているその瞳が逆に痛い!!良心の呵責に耐えられない!!
やめて!俺のライフはもう残り少ないの!お願い!やめて!
誰か俺を医務室へ、いや。懺悔部屋に連れて行ってくれ!!!
「で、どうする?ざっと見たけどここにルピシーいなさそうだけど。移動する?」
「そうだね。移動しよっか」
あ。俺の事は完全無視して話を進めるんですね。コンチクショー。
もういい!新しい部屋に移動してガンガン攻めまくって女の子沢山ヒッカケちゃるわ!!!
いざ俺の栄光への道!!待ってろよ青春のスポットライト!!
その瞬間、俺の視界は暗闇に染まった。
正確に言うのなら、会場の光が消えたのだ。
「え?停電?」
いきなり照明がなくなったので回りもザワザワと騒がしい。
うぉ!いきなり腕を掴まれた!!誰だ!?
「やだ…ヤダ…怖い…」
「っ!!ん?その声はゴンドリアか?おい!落ち着け!とりあえず落ち着いて行動しろ」
そうだったこいつ暗所恐怖症だったわ。
一瞬男の声が真横で聞こえてきたから吃驚したけど、これは声色を使ってないときのゴンドリアの声だ。
「くらい、こわい…セボリー、こわい…くらい」
「大丈夫だから!おい落ち着け!」
つーかなんでこんな暗闇の中でピンポイントで俺の事わかるんだよ。
そう思いふと下を見ると俺の胸元のムーンローズが見事に輝いていた。
これかぁぁぁあああ!!!
お前虫や変人のほかに変態まで引き寄せるのかよ!!この馬鹿花!!いい加減にしろよ!!!
「兎に角光魔法で灯りをつけなきゃ。おいゴンドリアちょっと放せ。照明魔法が使えない」
「やだ!こわい!くらい!」
「お前さっきからそればっか!!学習したての原始人か!!語量を増やせ!!ああ!もう駄目だ!シエル!照明魔法だしてくれ!」
その瞬間─
「紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせいたしました」
─暗闇が少し明るくなり、人の顔を判別できるほどの照明が焚かれた。
「これより今年度のダンスの優秀者に選ばれましたペア達にダンスを踊っていただきます。あちらの扉より入場いたしますので盛大な拍手をお願いいたします!」
その声と同時に花道の先にある扉がスポットライトによって照らされ、扉が開くと花道と華円にだけ強い光が照らし出された。
そして開かれた扉からは一組のペアが姿を見せ、アナウンスと共に音楽が流れ始めた。
「それではご紹介いたします。まずご紹介しますは藍色のウェーブ髪に同じ色の瞳が素敵な女の子、普科所属で趣味は喫茶店巡りと歌劇鑑賞のミンミさんと、黒髪に灰色の瞳が特徴の好青年、武科所属で長槍によって鍛え抜かれた肉体はダンスでも発揮され素晴らしいリフトを見せるバーノン君のペア!!」
紹介されたペアは会場全体に挨拶を交わした後、頭上で手を繋ぎながら花道を歩いていく。
周りの人間はやっと状況についていけたようで、拍手がパラパラと沸き起こってくる。
でも俺はまだその状況についていけてはおらず、ポカンと口を開けてその光景を見ていた。
「続きまして二組目のペアをご紹介させていただきます。ハシバミ色の髪に青い瞳、少し釣りあがった目とはっきりした口調で罵ってもらいたい男は数知れず、魔科所属だが魔法よりも鞭で叩いてもらいたい女王様系女子エリザベスさんと、黄色の髪に茶色い瞳、端整な顔は今日も異性同性選ばず虜にする、芸科所属で弦楽器の名手リュート君のペア!」
うん。ちょっと冷静になってきた。
横を見るとゴンドリアも余裕を取り戻してきたっぽい。
まだ俺の腕を掴んでいるが、紹介されたペアのほうを見ている。
と言うかこの紹介文ダンス関係なくない?
一組目のバーノン君だっけ?彼はリフトが上手いらしいからアレだけど、二組目の女の子の紹介文なんだよあれ。
女王様系って説明いるか?鞭で叩いてもらいたい?
誰が己の性癖暴露しろいうたん?
「さぁ三組目に登場しますは赤い髪を見事に編みこみ緑の瞳、まるで野に咲く花のように可憐で綺麗な歌声を持ち芸科所属声楽において主席クラスの実力者ケイティさんと、緑色の髪に黄色い瞳の紳士、今年成人の筈なのにその貫禄はまるで教授の様、左頬に縦に走る一本傷と顎鬚が特徴の武科所属クレハルード君のペア!」
いやだからダンス関係ないよね?特に男子。
クレハルード君の顔見てみたけど確かにお前年齢詐称してるだろって顔はしてるよ?
40代半ばやろって感じだけど今それ関係なくね?
ていうか、もうはっきりとふけ顔って言ったれや!!
「では次で最後のペアでございます。最後に登場しますは四組目。金色の髪に青い瞳、聖科所属のはずなのに格闘の実力は武科にいっても上位との折り紙つき、歌う聖歌も玄人裸足の聖武闘歌姫リュパネアさんと、こげ茶の髪に灰色の瞳、日夜学園の飲食店を巡り歩き出した本は売れに売れ、迷宮冒険者としても将来有望な食べ歩きの貴公子ことルピセウス君のペア!」
へぇ…ん?……え?
あれ?俺の耳おかしくなった?聞いた名前が二つ出てきたよ?
しかも目もおかしいかもしれない。なんか知り合いが二人でペア組んで歩いてるんですけど?
気のせいだよね?幻聴だよね?幻覚だよね?
目を擦ってみよう。うん、駄目だ。やっぱり知り合いが見える。
もう一回。もう落ち着いて見てみよう。それ!
あるぇ?やっぱりおかしい。
あ。なんか見覚えのある馬鹿がこっちに向かってサムズアップしてやがるんだけど?
相変わらず馬鹿面晒してるな。
アルェ?でもなんで舞台上にいるわけ?そっくりさんかな?
あ。リュピーに似ている女の子も手を振ってる。
「あれってルピシーだよね?」
「リュピーもいるわね」
え?やっぱり?
うん。そうなんだ。
じゃあ、せーの。
「なんでぇぇぇえええええーーーーーー!!?」
俺の絶叫が会場に木霊した。