第百八十四話 デビュエタンでのダンス二
お。ダンスの曲が佳境に向かってるな。そろそろ終盤だ。
ゆっくりと踊りながら優雅に、ダンス会場の中心に釣り下がっている巨大なシャンデリアの真下付近へと女の子をリードしながら移動していく。
巨大なシャンデリアの下にある床には約10メートル程の円が描かれており、その円の中には流水紋や草花のほかに数え切れないほどの白鳥が描かれた華円という特別な場所がある。
その場所はダンスを踊るものなら知っている特別な場所で、前世で言うお立ち台のような場所だ。
華円の絵柄は特に決まってはおらず、強いて言うならそのホールを象徴する題材や建物や会の設立に関わった者達の象徴するモチーフや紋を散りばめている事が多い。
ダンスフロアには必ずそういった特別な場所があり、その場所で得意なポーズを決めたりフィニッシュを決める事を大変名誉な事と考えられている。
俺は特にそんな思い入れはないのだが、一応ファーストダンスと言う事もあって行っておくか的なノリで華円へと近づいていった。
だがしかし流石に皆考える事は同じらしく、殆どのペアが僅か10メートルしかない華円へと集まってきている。
しかも皆踊りながらなのでぶつからないように避けて集まるのは至難の技だ。
俺もぶつからないようにリードしながら寄って来るペアを避けつつ中心部分へと向かっていく。
よし。上手く避けながら踊れている。
ペアの動きを予想しどれだけ静かに優雅に美しく避けて踊れるか予測しろ。
前方から2ペア後方から5ペアが俺達の周りに寄ってきている。
あ。前方の1ペアの動きが少し遅いからあそこに隙間が出来そうだ。
今だ!よし!いけた!!
さっきよりも良い位置で中心にいける位置だ。
お!また違うペアが来る。
ペアの動きを予想しどれだけ優雅に軽やかに美しく避けて踊れるか。
こう言ったときに体術や戦闘の技術がとても役に立っているように思える。
相手の行動を予測しながら動くというのは慣れていなければ絶対一朝一夕では身に付かない芸当だ。
だが俺は昔から迷宮探索者としてのキャリアがあるし、体術に関してはフェディやロイズさんから扱かれているので体裁きは苦も無く取れている。
ペアを組んでいるのでハンデがあるが、それもそれで訓練のようで少し楽しかった。
あと少しだ。もう少しで華円の中に入れる。
頭上で軽く手を繋ぎ女の子が回るようにターンするポーズがある。
そのポーズを女の子がとりやすいように周囲を注意する。
お。あそこのスペースが開きそうだ。
「今から5秒後にターンを」
俺が小さく囁くと女の子は少し驚いた顔をした後頷いてくれた。
「今だ」
俺の合図と共に女の子は大きくターンを決めた。
周りのペアも同じようにターンを決めていく。
その瞬間を頭上から見たら白い花が一斉に開花したような光景が見れたことだろう。
女の子がターンを決めた瞬間、俺達は華円の中へと足を踏み入れた。
「すごい。こんなに上手に踊れたのは初めてです!本当に踊りが上手いですね」
「いやいや。君の実力さ。俺は君の力を出すのに少し手伝いをしただけだよ」
話しながらもどんどんと華円の中心部分へと寄っていく。
次はリフトだ。
今度はちゃんと決めるぞ!
「持ち上げるよ」
「はい」
決まった!!さっきは失敗したリフトも今度はちゃんと成功したぞ。
それに大分中心に近くなってきた。あと少しでフィニッシュだ。
やっぱり女の子と踊るのは楽しいな。
今まではあのゴンドリアとかユーリとか、何故かシエルとかしか踊ってなかったからな。
うん、見事に全員男じゃん。
あれ?俺もしかしてちゃんと女子と踊ったの今回が初めてじゃね?
一回リュピーと踊ったことあったけど、あの時はあまりにも俺が踊れなさ過ぎてリュピーから出直して来いって言われたからな。
お!曲が最高潮に盛り上がってきた!
よしフィニッシュだ!!
決まったぁああ!!
『(名前の変更及び真名登録が仮承認されました。偽名ハンス・シュミット改め仮名セボリオン・ラ・サンティアスの命名時真名が復活し更に名が追加されました。これより本承認を行います。今しばらくお待ちください。尚、再度改名するためにはレイナーズを用いて誠実なる宝玉の使用が必要です)』
「へ?」
華々しくフィニッシュを決めた瞬間、俺の頭の中に先程の言葉が流れてきた。
偽名?ハンス・シュミット?誰それ?それになにその山田太郎ですみたいな名前。
と言うかコレ俺のことだよね?え?仮名?いや、確かにサンティアスの養い子の名前は隠されて入るけど、俺の場合識別でも……いや、識別では名前の大部分が黒塗りになっていた。
と言う事はあの黒塗りが解禁されたのか?
俺はそう思い自分に識別を使ってみた。
しかしこの場所ので魔法使用は禁止されていたらしく妨害されて発動することが出来なかった。
駄目だ結局何も分らない。
誠実なる宝玉ってアレだよな?
俺の名前を聖職者名簿に登録した精霊道具だよな?
レイナーズってなに?
わからない事だらけなんだけど!!
「ムーンローズが…」
フィニッシュのホールドのまま思考の海に入り深く潜ろうかとした時、女の子の声が聞こえてきた。
ムーンローズがと言う言葉が聞こえ俺のムーンローズを見てみると、花全体が淡い光に覆われていた。
淡い光は光の屈折によって七色に見えるシャボン玉のような虹色の光を放ち、花弁からは小さな光の粒が次々と溢れ出て、光の粒は20センチほど浮き上がると自然に消えていくことを繰り返している。
何この超派手な花…
その時、周りから驚いたといわんばかりの歓声が次々と上がっていった。
何かと思えば、俺の周りにいる他の人の胸に指されたムーンローズが次々と開花していく様子が見て取れる。
皆同じような白い花だが光を放ってはいない。
女の子の胸元に刺さった花も見てみるが、他の人と同じ白い色で光などはなってはいなかった。
何で俺だけ光ってんだよ(怒)やっぱりこれ虐めだろ!!何で俺だけこんな派手な花渡しやがったんだ!周りがドン引きだろうが!!中学夏休み明けデビューや新天地大学デビューじゃねーんだぞ!!派手に決め友達作ろうかと思ったら逆に友達無くすわ!!俺は静かに暮らして早く隠居したいだけなの!!ウルムヴルとか良くわからん扉とか名前の登録とか色々よくわからんイベント用意しやがって!!
ほぼ一息のうちに頭の中に罵り言葉が羅列されていく。
マジで激おこぷんぷん丸状態だ。
「あの?」
「え?ああ!ごめん」
先程からフィニッシュの体制を決めたまま思考の海に潜っていたらしく、女の子もフィニッシュの体勢でそのままだ。
俺は慌ててフィニッシュのホールドを解いて女の子に謝った。
「その花凄いですね」
「あははは…そ、そうだね…」
俺は左肩に掛かっているマントを下ろし花が見えないように隠したのだが、光が白いマントの中から溢れ出てきている。
周りを見れば他のペアも俺の胸元に視線が集まっていた。
止めろ、俺を見るな。
「これからどうするの?まだ踊るかい?」
俺は自分自身の動揺を隠すように女の子に話しかける。
ただ如何せん、やはり隠しきれていないようでかなり早口だ。
「え。え~っと…そうだ。流石に初めてで疲れたので少し休んでますね。あそこの友達もいるので話しながら他の方のダンスを見てます」
「そ、そうかい。踊ってくれてありがとね」
「いえ!こちらこそありがとうございました。嬉しかったです」
女の子はそう言ってお辞儀をして手を振りながら友達の下へと去っていった。
ついでに歩いていく後も振り返りながら俺の胸元に視線をチラチラと寄越している。
俺も笑いながら手を振っておく。
視線が痛いよ。
ああ、これか。前世で巨乳の女の子が言っていた異性や同性からの視線が必ず胸元に行くから嫌だといっていたやつ。
今なら凄く気持ちが分るぞ。ごめんよおっぱいばっかり見て。堪忍や。
俺は出来るだけ目立たぬように仲間のもとへと急いで歩いていく。
色々手遅れのような気がするが退散だ。戦略的撤退じゃ!!
今すぐこの場から逃げ出したい。いや、デビュエタンを切り上げて帰りたい。
仲間の顔を見てみると奴等の顔には驚きの色は無く、こいつまたやってるよとでも言いたげな表情をしていて殴りたくなったのは内緒である。