第百八十二話 デビュエタンでのダンス
聞こえてくる音楽に目に映る男女達のダンス。
後ろを振り返れば先程の扉とは違う扉が見える。
「きゃ!」
「あ、ごめん」
後ろを振り返りながら呆然と立ち尽くしていた俺にダンスを踊っていた一組のペアがぶつかってきた。
咄嗟に振り返り謝れば、倒れそうになった女の子をパートナーの男が支えているのが見える。
「あなたなんで一人でこんな所に立ってるの?ダンスの相手ならあそこで見つけてきなさいよ」
指を指されたほうを見ると、そこにはパートナー待ちをしている集団が壁際に見える。
「あ…うん…ごめんなさい」
「君。気をつけてね。さぁ続きを踊ろう」
男は俺に向かってそう言うと女の子をリードしてダンスの輪に混じって消えていった。
いまいち現在の状況についていけていない俺であったがこれ以上の接触事故は流石にいやだったので、そろりそろりと壁際を伝いながら指差されたほうへと歩いていった。
「何この状況」
慎重に壁伝いに歩きつつ周りを見てみると最初に集まった会場よりは少し狭い会場だが、踊っている人の数はそれなりに多い。
周りの人の様子を見てみれば、あどけなさを残した雰囲気の男女の白い正礼服の胸元にはムーンローズが刺さっており、恐らくデビュエタンの最中だろうと言う事はわかった。
改めて自分を見てみれば周りと同じように白い正礼服に胸元にはムーンローズが刺さっている。
しかも開花したムーンローズだ。
そして腰には精霊経典もしっかり装備されていた。
「とりあえずは戻ってこれたって事だよな?ハァ…」
溜息をついた時会場に流れていた音楽が止まり、周りから拍手と歓声が起こった。
どうやらダンス曲が終わったらしい。
男女が挨拶を交わし又ペアを組むか新しいペアを探しながら波を作るように移動している。
俺はそれを見て壁伝いではなく堂々と会場を突っ切るように早歩きで歩き出した。
「アレは移転陣か?」
人の歩く波の先には陣が張られており、大勢の男女が移転陣に乗って何処かへ移動していくのが見えた。
俺も波に乗って移転人まで移動するかと思った瞬間、聞きなれた声が聞こえてくる。
「セボリー!」
名前を呼ばれ振り返れば、そこにはルピシー以外の仲間達が勢ぞろいしていた。
「皆どこに行ってたんだよ」
「それはこっちのセリフよ!探したんだから!」
波から外れて皆へ駆け寄った俺にゴンドリアが怒鳴り散らしてきた。
「いや、なんか良くわからない状況になってさ。気が付いたらここにいたんだ」
「ごめん。何言ってるのか良く分らない、うん」
「でも良かったよ。セボリーが見つかって。あとはルピシーなんだけど」
「ルピシーさんならひとりでどんどんと先に行ってるような気がしますけどね」
「さっきの扉に入ってからもう1時間近く経ってるんだぞ」
「マジか。っていうか今どんな状況なの?誰か説明してくれ。まずここは何処だよ」
「ここは旧アゼルシェード城の中にある舞踏会場の一つ白鳥の間だよ。旧アゼルシェード城の中の特別な会場らしくてね、移転陣で会場を移動しながら踊っていくらしいんだ。ほらあそこに移転陣が見えるでしょ?」
移転陣を見た後天井を見上げれば成る程、天井絵画のモチーフが白鳥だ。
しかもよく見てみればシャンデリアのクリスタルも白鳥があしらわれていて、煌く千羽鶴が沢山群れを成している。
「他にも白鷺の間、白鷲の間、白獅子の間、白夜の間、白百合の間とかまだ数個あるらしいんだけど─」
シエルの話だと俺達が先程のみすぼらしい扉を潜ってから50分強ほど経っているらしく、俺以外のメンバーは皆普通に会場に入れたらしい。
そして簡単な説明を受けた後ダンスが始まり、シエル達は最初俺とルピシーを探していたのだが、流石に20分ほどしても見つからなかったので既に一回踊り終え会場を移動しようとしていたのだと言う。
俺はシエルの説明を聞き終えた後、先程俺の身に起きた事を喋ろうとした瞬間、口から空気が出るだけど何も伝える事が出来なくなったしまった。
どうやら伝えてはいけないことだったらしく、喋れない魔法を強制的にかけられているようだ。
シエル達はそんな俺を見て何か察したようで『兎に角無事で安心した。おかえり』と言ってくれた。
俺はその言葉に少しの感動を覚え、『ただいま』と口に出し、今度はちゃんと声が出たので安堵と共に涙声になってしまった。
しかし改めて思うと、こんな状況になっても普通に納得しているメンバー達に少しの恐ろしささえ感じる。
普通疑問に思うだろう。状況慣れと言うか場馴れしすぎだろお前ら!
「まぁまぁ。折角だからセボリーも踊ってきなよ」
「え?誰と?」
「ほら。あそこで声掛け待ちの子達がいるでしょ」
「パートナーを探しに行ってこい」
「え?お前らもしかして自分から声掛けて踊ったの?なにそれマジリア充…」
「マジリアジュー?」
こいつ等…いつの間に大人の階段踏み出したんだよ。
いや、俺も前世では肉体的にも大人の階段登ってたけど、なんか小さい頃から知ってる奴等が大人になっていく姿を見るのは眩しいを通り越してむず痒いというか、なんというか…
「え?普通に女の子の方から誘われたけど?」
「マジでリア充だった件!やはりイケメンは得だ。ずるい…ギルティ!」
「私は声を掛けたら踊ってくれましたけど?優しい方でよかったです」
おぅふ。ユーリに声を掛けられて普通に踊ってくれた勇者さんがいたんですか。
貴方は今から英雄と名乗っても誰も怒りはしないで。
「セボリー。どうせならあたしと踊る?」
「あ、結構です。遠慮します。断固拒否します」
俺はゴンドリアの誘いを軽やかに回避して女の子達が集まっている一角に突撃をかましに行く。
そして運良く1回目のナンpゲフンゲフン!声掛けで見事パートナーをゲットする事に成功した。
初めて見る子だが茶色い髪の毛に緑色の大きな瞳をした可愛い女の子だ。
ここにいると言う事は学園の学生か、サンティアスの街に住んでいる子だろう。
俺が心の中でガッツポーズをすると、会場に新たに曲が流れ始めた。
本格的に曲に入る前に踊る位置を決めておかなくちゃと思い、俺は微笑みながら女の子に手を差し出すと、女の子ははにかみながら俺の手にそっと手を添え返してくれる。
そして俺のエスコートをでダンスの開始位置まで移動した。
「あの、もしかしてジョセフィ…あの大きなピケットの飼い主さんですか?」
「(ジョセフィ?)ああ。そうだよ。あいつは今日留守番なんだ」
「そ、そうなんですか…」
なんだこの明らかなメッチャガッカリです感。
「あ、あの。誘ってくれて有難うございます。踊ろうと思ってたんですけど…なんだが踏ん切りと言うか一歩踏み出せ無くて…」
「ああ。こちらこそ有難う。勇気を出した甲斐があったよ。君みたいに可愛い子と踊れるなんて俺は幸せ者だ」
なんかごめん。
自分で言っておいてなんだけど、サブイボがたつくらい気持ち悪いセリフ口に出しちゃったんだけど。
しかも普段見せないような白い歯をワザと見せるような笑い方をしたもんだから、頬の筋肉がちょっとピクついてるんです。
俺の口元を読んで笑い顔を見たメンバー達が腕を抱いて摩りながら顔を顰めてるんだけど…あ、爆笑し始めやがった!!
言った本人が苦しんでるのに更に追い討ちを掛けるとは!
おい!お前ら後で覚えて置けよ!安心して寝付けないような恐ろしい光景見せてやるぜ!!
「ではお嬢さん。私と踊ってくださいますか?」
「ええ、是非」
俺は女の子とスタンダードホールドを組んで曲に乗って足を踏み出した。