第百七十七話 注意事項
再び動き出した列の流れに従いながら俺達は足を動かしていく。
またかなりの距離を歩くのだろうかと思っていると、どうやら前から声が聞こえてくる。
それは先程から俺達や周囲でされているような雑談のような声ではなく、拡声器を使って周りに説明をしているような、そんな音声だ。
残念ながらまだ距離があるので俺の耳には幽かにしか聞き取れていないが、どうやらゴールは近そうに感じた。
それから前の列が一定時間止まり、その後再び歩き出すと言う行為を数回繰り返していくうちに拡声器ごしの声が大きくなっていき音の内容が少しずつだが聞き取れるようになってきた。
「そろそろか?」
「そうだね。でも列の進み方がさっきとちょっと違うね」
「ああ」
そう。それは俺も気になっていた。
最初の頃の列の進み方とは違う進み方をしているのだ。
先程の列の進み方は唯誘導され延々と歩かされている感じで、言うなれば旅行先で観光ガイドさんの後ろにくっついて目的地まで歩いているような感じだったのだが、今回の列の進みはまるで遊園地のアトラクションを待っているの列の進み方に似ている。
ある一定時間歩いたと思ったら列が止まり、そして暫くすると再び動き出し、そしてまた止まり、再度動き出す。まるで一定人数に説明を聞かせた後、乗り物に載せて送り出していくような、そんな感覚に近い。
『では皆さんこちらの扉へ。会場に向かいます。この線より後ろに居る人達は再度説明を行いますので、前の人達が扉を潜り終えたら前に進んで下さい』
と言う声をはっきり聞き取れたのはそれから直ぐの事で、暫くするとまた列は進んで行き、『ここまでです。コレより後ろの人達は線の後ろに下がって下さい』と言う声が聞こえた後また列の進みは止まった。
先程とは明らかに通路の雰囲気が違う。
今までは一応数人の人が並んで歩けるほどの広さだったのが、丁度俺達の10メートルほど前から通路と言うよりホールやエントランスのような造りになっており開けていた。
まだ前に人がいて奥や全体を見渡すことは出来ないが、前世の学校の教室3つ分ほどの広さはあると伺える。
『コレより会場へ入場いたします。ですがその前に注意事項を数点お伝えしておきます。まずみだりに騒がないこと。暴れない事。罵詈雑言や暴言をはかないこと。今言ったことは成人する紳士淑女なら当たり前のことですが、毎年どうしてもお祭り気分でそう言った方達が出てしまいます。そう言った方達には警告も無く踊る権利を剥奪させて頂きます。さらに抵抗した場合は文字通り会場から強制排除いたします。それでも抵抗されるのなら聖帝国国籍の方ですと投獄、そして最も重い罰で国籍を剥奪、また他国の国籍をお持ちの留学生ですと国外追放になりますのでお気をつけください。デビュエタンはお祭りではございません。れっきとした式典、そして儀式です。その事をきちんと理解して下さい。当たり前と思っている権利や資格でもそれは直ぐに剥奪されてしまうかもしれないと言う事を胸に刻んで下さい。宜しいですね?』
デビュエタンはお祭りではない…か。
確かに受付の時から祭りのようなテンションで騒いでる奴等が結構いたな。
ぶっちゃけ俺はこれから踊らなければいけないってやる気爆下げイベントが待っていたからテンションは低かったが、コレが仮に踊らなくても良いって言われていたのならもしかしたら騒いでいたかもしれない。
しかし国籍の剥奪までされるのかこれはかなり重い罰だぞ。
何せ聖帝国生まれの犯罪奴隷だって聖帝国籍を所持しているのに、それすら持つ事を許されないのだ。
それは聖帝国出身の人間なら死刑宣告に近いだろう。
だって聖帝国国籍と言うだけで凄まじい恩恵があるのだから。
教育費の減額に始まり医療費無料、社会保障などの特典、これは聖帝国の国籍を持っていない人にしたら喉から手が出るほどほしい物だろう。
更に全国民は幼い頃から高等教育を受けており知識やスキルがあるため、もし他国で働く事になったときは凄まじいアドバンテージが発生する。
聖帝国国籍と言うだけで信頼性が全く違う。
聖帝国国籍を持っている限り聖帝国が味方についてくれる。
他国で犯罪に巻き込まれたとき、困った時は国が全力でサポートしてくれるのだ。
それが無くなる。
例えるなら信頼と言う名の最強の鎧と盾と矛そして財布を没収され、下着一丁で輩蠢く路地裏にいきなり放置されるようなものだ。
更に例えるならば高水準の生活をしていた者達が、いきなり低水準の生活に落とされるようなものだ。
生活のレベルを下げると言うのはそれまで贅沢をしていた者達にとっては拷問に近い。
下げようと思って下げれる物ではない。
正に死刑宣告だろう。
『では二つ目です。会場の中では魔法や魔道具を使用はしないでください。良くて魔法が発動しないか魔道具が壊れるか、悪くて全身の魔力が吸い取られて死ぬか魔道具が暴走して死ぬかです。』
悪いほうはどっちにしろ死ぬんかい!
そう言えばさっき魔法を使ってた奴がいたな…でもそいつ等に何も変化は無かったんだが?
ああ、今から入る会場での話しか。
吃驚した。
『三つ目。正礼服を脱がないでください。ご存知とは思いますが、正礼服はジャケットを脱いだり装飾品を外したりするだけでその効力はなくなってしまいます。ですので絶対に脱がないでください。勿論先程お付けした花も外さないでください。正礼服は最強の武器でもあり最高の防具でもあります』
え?ちょっと話が違ってきたんですけど?
何?なんか戦闘でもするんですか?
『コレにて注意事項の説明を終わらせて頂きます。最後に皆様、晴れて成人の儀デビュエタンを向かえることが出来、真におめでとうございます。それでは皆さんこちらの扉へ。会場に向かいます。この線より後ろに居る人達は再度説明を行いますので、前の人達が扉を潜り終えたら前に進んで下さい』
なるほど。
それでさっき聞こえた話に戻るわけか。
前の人達が動き出し、俺達も前へ歩みを進める。
そして止まった先に俺が見たものは、世辞にも立派と言うにはあまりに小さく、人一人が通れるほどの古い古い扉だった。