百七十六話 三聖人
階段を上りきると、先程と同じくまた長い廊下が続いていた。
ただ内装は先程とは異なり床は石造りだが、それ以外の内装は白色と黄色の漆喰と木彫をふんだんに使ったコロニアル風だ。
通路の天井には絵画の変わりに幾何学模様のモザイクと細かいつくりの格子が所々に散りばめられ、漆喰壁の下半分も所々に淡い色の煉瓦が埋め込まれていた。
「大分内装の雰囲気が変わったな」
「エルトウェリオン王国末期前半時代の植民地風のつくりだね。恐らく今のジルエンタール辺境伯領の一部にあった国の内装様式じゃないかな。当事大流行してたらしいし」
「女子が好きそうな感じだな」
「実際好きな子多いと思うよ。女子じゃないけどゴンドリアも食いついてるし」
「あいつは美しかったりかわいかったりする物だったら何でも食いつくからな」
何と言うかイギリス統治下のインドやシンガポールのコロニアル様式と、バリなどの南国風リゾートの内装を合わせた感じだ。
「うちの国の様式に近いものを感じる」
「チャンドランディア藩王国連邦の?」
「正確に言えばマハルトラジャ藩王国のだ」
「ああ、ヤンの実家のほうね」
「チャンドランディア藩王国連邦は聖帝国から比べれば小さいが、それでも11の国が集まる連邦国だからな。国土はそれなりの広さがある。だから王家によって衣装や料理、建築様式など大分違うんだ」
昔のこの世界の地図を見たことがあるが、ヤンの生まれ故郷のチャンドランディア藩王国連邦は聖帝国より大分南東にある国で、前世で言えば中央~東南アジアの辺りだろうか。
確かに聖帝国と比べると小さく感じるが、それでもムガル帝国――地球の17~19世紀に存在したインド亜大陸を支配した大帝国――程の広さはあり、前世の知識から言えば文句無く大国に入る。
そのチャンドランディア藩王国連邦の中でも3番目に国土が大きい国が、ヤンの実家であるマハルトラジャ藩王国で、広さは前世のアフガニスタン程もあり、チャンドランディア藩王国連邦の中で一二を争うほど豊かな国だそうだ。
「だからかな?何かヤンのカリーのお店の内装に少し似てるよね、うん」
「ああ。そういわれてみれば確かに雰囲気が似てるな」
そんな話をしていると廊下の壁にまたタペストリーがかけられているのが見えた。
コレも何かの物語を表してるっぽいな。
「ああ、分った。これはサンティアス三聖人の話だね」
じっくり見ればもしかしたら何の物語かわかるかもしれないが、如何せん歩きながらなのでゆっくりと見ていられず視線を正面に戻そうとした時、シエルが声を上げた。
「三聖人?何か聞いたことある…って、そりゃあるわ。メッチャ有名な話じゃん。サンティアス三聖人ってあれだよな?さっき話にも出てたティオン、ダルゴ、オルブライトのことだよな?」
「そうそう。この旧アゼルシェード領サンク・ティオン・アゼルスの立役者にして創立者達さ。この三人がサンク・カオスケイドに導かれて街を興し、外敵からこの地を守りぬいた話がこのタペストリーに記されてるっぽいね」
「この話って史実なんだよね?うん」
「そうらしいよ。まぁ多少は脚色されてるとは思うけど」
「へぇ~」
「全然興味ないって感じだね」
「うん。本当に全然興味ない」
俺のマジで興味ございませんと言う態度に苦笑するシエルだが、この話聖帝国人だったら誰でも知ってるんじゃないだろうか?。
何故なら子供が小さい時に見る絵本や劇の題材にもなってるほどの有名な話だ。
サンク・カオスケイド改め暁の御子との話も本当に有名だが、ぶっちゃけ俺は聞き飽きました感がマックスで逆に内容を殆ど覚えてないのが俺クオリティだ。
だって同じような内容の話をエンドレスで聞かされる身になってくれ。
三聖人の話と聞いただけで話が左から右の耳をスルーしていくっつーの。
それに出てくる人物の名前が多すぎて途中で誰が誰だか分らなくなって来るし、暁の御子の総称もこの手の話で一番読まれている本の記述でも七つくらい出てくるんだ。
俺に覚えてほしかったら名前の総称を一つに絞ってくれ、唯でさえ他人の名前なんて覚えたくもないのに沢山名前があるって時点で白旗を振ってやるぜ。
「え~?面白いじゃないの。特にクライマックスの前に言うサンク・カオスケイドのセリフなんて最高よ。『皆の者。親しき者に挨拶を、愛する者に口付けは済ませたか。これから我等が相見えるは厭わしき客人ぞ。彼奴等の血肉を捧げ我等の土地に栄光を呼び寄せようではないか。皆の者。死ぬ覚悟は出来ておるか?出来ていないと答える者は敵を蹴散らし生きる準備を始めよ。願わくば一人も欠けることなく朝日を拝もうではないか。活目せよ。我等の眼であの見事な曙を』ってね」
ゴンドリア…お前良くそんな文章スラスラと朗読できるな。
「でもそのセリフって結構本によって違うよね。ゴンドリアが今言ったセリフって確かルエンワース訳の本だよね。かなりお堅く書かれてる本で一番読まれてる奴。確かにそのセリフは格好いいけど、僕が今まで見た本の中で一番酷い訳のセリフがあるんだよね。それが『はぁ?戦なんて本当に面倒臭いんだけど。ここ明け渡すって選択ないの?痛。おい、蹴るな。まだトイレの途中だったんだぞ。お前らが呼ぶから漏れたらどうしてくれるんだ。はいはい。勝てばいいんでしょ、勝てば。じゃあちゃっちゃと終わらせようぜ?あ~?日の出までには終えれるといいなだって?そんなの朝日なんて待ってられねーよ、漏れるだろうが』だったね」
なにそれ。本当に酷いんですけど。
普通もっと格好良く書くだろうが、例えば『時間が惜しい。さっさと勝負を決めるぞ』とかさ…
って言うか後者のセリフって前者のセリフの全く逆の内容じゃねーか!
良いのかそれで!!もっとやれ。
「何よそのセリフ。誰の本よ」
「作者の名前は残ってないけどルエンワースよりも古い時代の本なんだよね、実は」
「じゃあ、それが本当のセリフだって可能性もあるの?」
「かもね。でもまぁもっと古いのも在るんだよね。それも大体が結構酷い事書いてるけどここまでではないね。それに解釈によって大分変わってくるからねぇ」
「…いや。それは最早解釈とかそんな問題じゃないような気がするぞ」
実は隠れた三聖人の話のファンらしいヤンが結構なダメージを食らってるんですけど。
え?俺?俺的には別にどうでもいいです。はい。
本の内容なんて面白ければ勝ちだろ?
どんなに高尚な事を書いてても面白くなかったら本なんて売れないじゃん。
だったら少しでもエンターテイメント的っていうか、もっと崩してでも面白ければそれはそれでアリじゃんって俺は思うぞ。
だからもっとやれ。
「ん?あらら?」
そんな事を話していると前の人達の歩みがどんどんと遅くなり、そして止まった。
やっと会場に着いたのだろうか?
密度が高すぎて前の様子を確認する事ができない。
これが俺達の中でダントツでタッパの高いユーリだったら確認できるとは思うんだが、ユーリは今別行動だ。
ルピシー辺りならぐいぐい前のほうに割り込んでどんな感じになっているのかわかるかもしれないんだが…
あれ?そう言えばルピシーは?奴の姿が見えないんだけど?
「なぁ。ルピシーいなくね?」
「うん?」
「え?あれ?本当だ」
「あいつ何処に行ったのかしら?」
「ルピシーなら階段を登るかなり前ににどんどんと先に行ったぞ」
「ヤン。見てたのなら止めろよ」
「いや、止める前に姿が見えなくなったから止められなかった」
「あいつイラチだからな。こういう列に並ぶって事メッチャ苦手だもんなぁ」
「買い物も付き合ってくれないし、付き合ってもあたし達が品を物色してる時は何処かに行ってるのよね。でもそのくせあいつ飲食店の行列には並ぶのよ?この前の買い物の後なんて女友達と喫茶店でルピシーに対する愚痴りが盛り上がる盛り上がる。最後には色んな人に対する愚痴り大会に発展して大盛況だったわよ」
あれ?あいつ前世のデパートで奥さんや彼女の買い物に付き合わされた男の典型的な例って感じなんだけど?
子供をフードコートや遊技場に放置して自分は煙草吹かしに外に行ってきます。俺十分面倒見てるよね的な。
おい、ルピシー。その先の未来は奥さんからの説教か、彼女の愚痴を聞いた女友達のネットワークからまわりにまわってくる自分の悪評のオンパレードだぜ?
知らず知らずのうちに自分の首を絞めることになるぞ、気をつけろよ。
「そのうち合流できるんじゃない?」
「そうね。あいつもここまで着たら一人で帰るってのは無いだろうし」
「いや、あいつの行動予測不能加減は俺達の右斜め上を行くぞ。もう皆何が起こってもルピシーだからで済まされるのはいかん」
「それはあんたが言える言葉じゃないわよ。あんただって大体はセボリーだからで終わるんだから」
「はぁ!?初耳なんですけどぉ!」
「あんた。学園に入学する前から言われてたわよ」
「え?嘘?マジ?」
「マジよ」
え?冗談だよね?だって俺普通に生きてるだけだもん。
こんな一般市民が服来て歩いてます的な俺にそんな話が出るはずないよ。うん、絶対そうだ。
間違っているのはお前に方だゴンドリア!!…ってあれ?まだ歩くの?
俺が反論しようと口をあけたその時、また列が動き出した。