第百六十九話 招待状
城の入口門を潜ると新成人の波が出来ていた。
城の中はやはり思っていた通り荘厳で、床にはモザイクタイルが敷き詰められ、壁には様々なタペストリーが、天井には見事な絵画が所狭しと描かれている。
ユーリが大喜びしそうだと思い、ユーリを見てみればやはり興奮している。
「すごい。あの絵は中期聖帝国アルゲニアン朝の画家ウィスウィズの初期の作品。あ、あそこには末期エルトウェリオン王国時代の宮廷画家ペルシオールの作品が…あのタッチ何処かで見た事がある…ああ、わかった…短命の天才画家フィンギの…」
俺は今言われた人達が誰だか全く分らないが、ユーリの口ぶりからかなりの大家なのだろう。
興奮しているのだが心ここに在らずのようで、感動に打ち震えながら思いが口から零れ出るような呟き方だ。
俺は改めて天井の絵画を見上げ溜息をついた。迫力が凄いのだ。
人物や動植物が描かれた絵は立体感があり、実際に絵の具で盛っているのだろうが、まるで3Dアートのように今にも動き出しそう。
雰囲気としては大学2年の時に友達と行ったバチカン市国のシスティーナ礼拝堂に描かれているミケランジェロの絵のようだが、それよりももっと心に訴えかけてくるような気がする。
「やっぱりアゼルシェード家の紋章が所々に描かれてるね。壁のタペストリーにも紋章が織られてる」
「このタペストリーは初代アゼルシェード家当主の戴冠式の様子が織られてるね、うん。初代アゼルシェード当主に冠を被せているのはエルトウェリオン王国の第6代目王ウィレムゲイトかな、うん」
「何で分るんだよ…」
「有名だよこの話、うん」
「古代史の講義にも出てくるしな」
「あ~~。あったような無かったような」
ぶっちゃけ歴史の講義なんて貫徹で頭に入れて、テストを受けたらそのままポイだから忘れるんだよなぁ。
流石にウィレムゲイトの名前は覚えてるけど、徳川歴代将軍の名前を覚えてるかと聞かれた後名前を出された瞬間に思い出して『あ~そう言えばいたよね』みたいな感じのレベルの記憶だわ。
覚えていても何の役にも立たないから忘れてるっつーの。
「おーい、ユーリ。凄いのはわかるけど前見て歩けぇ。まだ入り口に入ったばっかりだぞ」
「す、すいません。でもとても素晴らしくて」
「ここって庭園は開放されてるけど、建物の中は余り開放されないからね。珍しさはあるよね、うん」
「でも確かに凄いな」
「腹減った…」
「ルピシー。さっき昼飯食っただろうが」
「飯が出ると思ったから軽めにしたのが裏目に出やがった…」
「駄目だこれ」
コイツさっきからこんなのばっか!もう他人の振りしたいんだけど。
お、あそこに受付会場みたいなのがあるな。招待状を出すんだろうな?
「なぁ。あそこで招待状を出すのか?」
「そうみたいだね」
俺は昨日ゴンドリアから返してもらった招待状を懐から出した。
正礼服だと無限収納鞄を腰に付けられないから面倒臭い。
まだロイズさんのように、何も無い空間に時限の入り口を作り出すようなことが出来ないので今は我慢だが、いつかあの魔法マスターしてやる。
「ルピシーも招待状ちゃんと持ってきたんだろうな?」
「おう!持ってきたぜ!!」
ルピシーは返事を返すとズボンのポケットからグシャグシャになった紙屑を取り出した。
「…もしかしてそれが招待状か?」
「おう!」
「…お前後で説教な」
「なんでだよ!!?」
なんでもかんでもねーよ。
何あれ?パッと見使い終わった紙ナプキンかと思ったわ!!
普通考えれば招待状をグシャグシャニして裸でポケットに突っ込むとかありえないだろう!!
あるぇ?そういえば確か皆でマナーのレッスン受けたことあったよな?
あれって必修のうちのひとつだよね?
それで皆で試験合格して単位貰ったはずだよね?
コレで良くマナーのテスト受かったな
わざとか?わざとなのか!?
いや、わざとにしてもアウ…いや、ワザとだからアウトだろ…まぁわざとじゃなくてもアウトだけど…
入場口に立つ黒服を着た人達に招待状を差し出すと、招待状のかわりに胸ポケットに大振りの薔薇の花に良く似た蕾を挿してもらった。
薔薇のような花の蕾は造花ではなく生花で、当然まだ開花してはいないが咲き誇ればきっとそれは素晴らしい花を見せてくれるのであろう。
「これはムーンローズだね」
「シエルは知ってるのか?」
「夜にしか咲かない特別な薔薇だよ。色は白が一般的だけど、突然変異で違う色の花を咲かす時もあるらしいよ。原産地は確かオルフェデルタだったかな?」
「オルフェデルタ…」
オルフェデルタ山脈に抱かれたこの国の聖地のひとつ。
そしてあの方にとって大切な場所でもあるエルファドラ山を有する山脈。
「聖花畑地帯って名前だけあって、あそこは花が有名なんだよ。山が多いから高山植物もたくさんあるしね」
「どんな花が咲くんだろうな」
「花が咲いたらスケッチしたいですね」
「うん、これって薬の原料になるかな?」
「これ食えるのか?」
蕾を人差し指でなぞり触ってみるとサテンのように滑らかな指ざわりで、まだ開花していないのに気品ある薔薇の香りがした。
これで開花したらどんな素晴らしい匂いを嗅がせてくれるのだろうか…
俺達はムーンローズの蕾を挿してもらった後、人の流れに載るように先へと歩き出す。
人が多すぎて周りを見ている余裕は無いが、それでも内装の素晴らしさは素人の俺の目から見ても分った。
今ここにいないゴンドリアが見ればユーリと一緒に大騒ぎしているに違いない。
流れに乗って歩き始めて10分ほどだろうか。
ひときわ大きな扉の枠が見えてくる。
大きさは高さ10メートル程、横に5メートル程だろう。皆感嘆の声を上げつつその扉を潜っていく。
そして扉を潜った先は大広間だった。