第百六十八話 旧アゼルシェード城前
「いよいよだな」
「ああ」
「皆準備は良いか?」
「大丈夫、うん」
「良し」
時刻は午後1時半を回ったところ。
空は青く澄み、この季節としては少し肌寒い昼過ぎ。
今俺達は旧アゼルシェード城の前にいる。
そうデビュエタンの会場だ。
会場の周りには大勢の新成人が列を成しており白、白、白で埋め尽くされていた。
中には白い正礼服を着ていない人もいるが、その人達は新成人ではなく運営や進行役の人達であろう。
午前中は本当に大変だった。
髪のセットに始まり正礼服の着付けがだ。
前にも言ったと思うが正礼服の着付けは物凄く大変であり、着る順番やアクセサリーのつける位置を間違えれば魔法構築式が崩れてしまい正礼服の意味を成さない。
なので着慣れていなければ着るのに1時間以上かかるのだ。
シエルなどは慣れているためか20分もしないうちに全ての準備を終わらせたのだが、俺は着付けに1時間、髪のセットに50分掛かってしまった。
え?なんで髪のセットにそんな時間が掛かるのかって?
俺だっていつものようにひっつめだったら10秒もかからんわい。
だけどそれを許さない奴がいたんだよ!!
俺はいつもの様に髪なんて後ろにひっつめにして纏めれば良いや、と思っていたのだがゴンドリアからクレームがかかったのだ。
その結果前髪は整髪料で固めて後ろに流し、サイドの髪を所々編みこんで、更にその編みこんだ髪で後ろ髪を束ねるように纏める変則的なオールバック、と言う訳の分らない髪型になってしまった。
しかも編みこんだ髪には精霊石で出来たビーズのような物を一緒に編みこんでいて、キラキラ光っている。
最初は嬉々として髪を編みこむゴンドリアにこっちがクレームを言っていたのだが、そのうちクレームを言う気力さえ失い、まるで屍のように耐えていた。
ぶっちゃけ編みこんだ髪が頭皮を引っ張ってメッチャ痛いんですけど。
こんなリフトアップいりません。
ついでに言うと今ここにいるメンバーでオールバックじゃないのはユーリくらいだ。
勿論ユーリは女物の正礼服を身に纏っていて、がたいと身長のでかさで迫力満点である。
「コーセーは連れて来なかったんだね」
「ああ。本当は連れて行こうかと思ったんだが、動物及び使い魔の入場は原則禁止とするって項目があったからな。今は屋台街に放牧してる。あいつ売れ残りの食い物やちょっと焼きすぎた物とか貰ってるらしいから、前日に話し合って朝一番に放した」
公星の奴、俺が授業を受けてたりしてあいつ自身が暇な時に良くあそこに行ってるらしい。
何気にファンもいっぱいいるらしく、順調に餌付けされているっぽい。
あれ?そう言えば公星の他にもう一人メンバーが足りないんだが…
「そういえばゴンドリアの姿が見えないけど、何処にいるか知ってるか?」
「ゴンドリアさんなら色々準備があるから少し遅れてくるって言ってましたよ」
「え?あいつ散々俺の髪型とか衣装にケチつけておきながら自分は遅れてくるのかよ」
「多分他の友達の着付けとか手伝ってるんじゃないの?確かメゾン・ド・リアードで依頼受けてたでしょ?」
「でも今回は自分達のを最優先にしたいから一般客のオーダーは受けないとか言ってなかったっけ?」
「それがどうしてもって子がいたらしいよ。ゴンドリアああ見えても情の押しに弱いし、昔からのよしみで受けちゃったって言ってたよ」
「ふ~~ん」
「なぁ、もう会場に入ろうぜ!飯置いてあるんだろ!?」
ルピシー…本当にお前は公星と同レベルだ。
俺も式典とか大嫌いだけど、飯を目当てにこんな面倒臭い行事に参加するつもりだったのかよ
花より団子とは良くいったモノだ。
「早く行かないと無くなる!飯は待ってくれないぜ!!」
と言うかマジで?何?デビュエタンってご飯出るの?
出ないよね?俺出ないって聞いたよ?
でももしかしたら立食式のパーティみたいな感じなのか?
それをシエルに確認したところ、予想通りの答えが返ってくる。
「え?出ないよ」
だよな。
「嘘!!?」
「シエルが無いって言ってるんだから無いんだろ」
「じゃあ何のためにここまできたんだよ!!!」
「そりゃ成人の式典に出るためだろ?って、おい!!こらルピシー!!帰ろうとするな!!」
「飯が出ないんじゃ来る意味無いだろうが!」
「あからさまな言い様だな」
「いっそここまで言い切れると潔いね、うん」
「デビュエタンが終われば各自打ち上げやるだろうから、兎に角それまで帰ろうとすんな。ぶっちゃけ俺だって今すぐ帰りたいんだよ!!」
「じゃあ帰ろうぜ!!」
「それが出来たらやってるわ!!」
昨日の件といい今朝の朝のどたばたといい、もう本当に帰りたいんですけど…
溜息を吐きつつ改めて会場となる旧アゼルシェード城を見ると、やはり荘厳な石造りの建物で威圧感満載だ。
高さは一番高いところで約50メートル、前世で言えば15階建てくらいの高さで、横と奥行きもそれなりにでかい。
末期エルトウェリオン王国時代から初期聖帝国風のデザインなので、彫刻が所狭しと散りばめられており、50メートルの高さを誇る塔が6つもついている。
建築当初の塔は1本だけだったらしいが改築をしていくうちに増えていき、この形に落ち着いたのは約4000年前らしい。
中には庭園もあり庭園は学園都市に住まう人にとっての憩いの場のようになっている。
満月の深夜0時に庭園の中にある噴水の前で愛を誓い合えば成就するという胡散臭い噂話もあるようで、カップル達が愛の告白スポットにしていたのだが、如何せん一部マナーが宜しくないバカップル達がいたらしく、昔は開放されていた庭園は今では夜の11時で閉ざされるようになったらしい。カップルザマァ!!
「確か開場は2時からだよな?」
「そうだね。2時開場で3時に開始、それで7時にお開きの予定だよ」
「じゃあ本番は7時からだな!!何処の飯屋に行こうか!!」
「それはもう本番終わってるから。7時からが打ち上げだからね」
「おいルピシー。お前今夜はしゃぎすぎるなよ。明日俺達サンティアスの養い子は聖育院に戻って成人してからについての説明を受けなきゃいけないんだからな」
「へいへ~い」
「本当に分ってるんだろうなこいつ…」
そう。俺達サンティアスの養い子が聖育院に籍を置く事ができるのは中等部卒業までとなる。
卒業して成人したと認められるとひとり立ちしなければならない。
基本的にはひとり立ちしても18歳までの数年間はそれなりの保護や手当てがあるのだが、この15歳と言う成人という節目を機に俺達養い子は巣立っていくのだ。
ついでにそれなりの保護や手当てとは、高等部に進学する時の保証人や奨学金、または部屋を借りる場合の保証人などである。
この奨学金は利子は無く、長いスパンで返済していけば良い安心設計だ。
更に優秀な成績で卒業できた場合は返済しなくても良い全額支給形もある。
俺達は既に金を稼いでいるので奨学金は必要とせずに高等部に上がれるが、そうでない養い子でまだ勉強をしたいと意欲のある者はこの制度を使って高等部に通うのが一般的だ。
そう言えばルピシーはこれから何処に住むつもりなんだろうか…
俺とゴンドリアは高等部に進むから寮で寝泊りできるが、あいつどうするつもりなんだ?
もしかしたら商会の事務所に住むとか言い出さないよな?
あそこ俺は研究とかで徹夜する時ソファの上とかで寝てたけど、あいつの個人部屋は物置みたいになってたはずだぞ?
まぁ、それも追々聞きだすとしましょうかね。
お。開場5分前だ。
「良し、そろそろだな。じゃあ皆行くか」