第百六十七話 準備二
俺はそれからもう1日大事を取って入院した後、直ぐに退院してデビュエタンの準備に取り掛かった。
正礼服や装飾品などは、ゴンドリアがばっちり用意してくれていたため混乱は無かったのだが、如何せん1ヶ月も寝ていたため少し体つきが変わり、体の動きも前の感覚が取り戻せていなかった。
身体の動きは鍛えていたおかげかそれなりには動き、ちょっと高かったが市販の魔法薬を使い体に活を入れた。
まるでブラック企業のサラリーマンがエナジードリンク飲んで徹夜で仕事をするような想像をしてしまったが、どちらかと言えばスポーツ選手のドーピングに近い。
ただその違いは禁止されている薬か、そうでない薬かの違いだけであろう。
「ふ~。やっと感覚が戻ってきた」
「ヤンが作ってくれたカフスも良い感じだわ。セボリーの瞳の色に合わせて紫色の精霊石を削りだして正解ね」
「服も問題なく着れるようだしコレで心配要らないな」
今俺の目の前には頭の無いマネキンに着せられた正礼服がメンバー分並んでいた。
勿論ゴンドリアとユーリのは女物の正礼服だ。
ユーリは良いとしてゴンドリア、お前本当にコレで出るのかよ。
デビュエタンのドレスコードは正礼服と決まっており、しかも色は白。
上下の服だけでなくマントや靴さえ白だ。
ただ並んでいる者をよく見てみると同じ白でも少し色合いや質感が違うように感じる。
所々レースや刺繍が入っていたり、エンボスのような箔押し加工がされているみたいだ。
カフスやピンなどのアクセサリーなどはデザインや色が自由なのだが、自由なりにドレスコードがあるらしく、そこは全てゴンドリアに丸投げした。
「当たり前じゃない。あんたが寝ている間に何時起きても良いように微調整してたんだから」
「ちょいまて!!今聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど!?俺の寝ている間に微調整って何だよ!?人が寝ている間に何してくれとんじゃ!!もうお婿にいけない!!」
「誰がそこまでやったって言ったのよ!細かい手直しに決まってるでしょうが。今までの努力が水の泡になるところだったのよ。あのまま寝ているようなら寝ている姿のままデビュエタンの会場に連れて行くつもりだったし」
「お前なんつーこと考えてたんだよ!!」
「だって折角気合入れて作った正礼服が無駄になるじゃない!!でも本当に良かったわ。ダンスのほうも前ほどじゃないけどそれなりには踊れてる。回復が早いのは鍛えていたおかげかもね」
「病み上がりだから踊らないって選択肢は無いのかよ?」
「ある訳ないじゃない」
ひどい。これは酷いぞ。
普通ほんの数日前まで意識なくて寝込んでた奴を踊らせようと思う?
普通は思わないだろう。
でも普通じゃないのがここにいますよ。
「やっぱり上の人に体調不良なんで一応は出ますけど踊れませんって言うわ」
「そんなの許されると思ってるの?」
「普通許すだろ」
「普通が許してもあたしが許さないわよ」
「お前は何様なんだよ」
「あたしはあたしよ」
はい!出ました!俺様ゴンドリック様!!
俺様と言うかお前何処目線なんだよ!!
「大丈夫よ。踊ってれば鈍った体も回復するわよ」
「本番はリハビリじゃねーんだぞ!!!」
「また訳の分らない言葉使って」
「やっぱり踊らない!!」
「踊れっていってんだろうが!!大人しく踊れよ!!!」
「踊ってる時点で大人しくしてないわ!!!」
その後ご光臨されたゴンドリックさんと舌戦を繰り返したが、舌戦から拳の語り合いになりそうだったので俺が折れる形になった。
だって本調子で魔法無しの俺とゴンドリックさん、肉弾戦をしてどっちが強いかって言えばゴンドリックさんのほうが強いんだもん。
すばやさは勝ってるとはいえ筋力は圧倒的にゴンドリックさんだし、魔法を使わなければ絶対に勝てない。
お前は本当に冒険者やれば大成できるよ!
「ハァ……それはそうと今回会場ってどこだ?」
「旧アゼルシェード城よ」
「マジかぁ」
サンティアス学園があるこの土地は元々アゼルシェード辺境伯の領地であった。
しかし聖帝国が出来暫く経った後、当事のアゼルシェード辺境伯は聖下に領地を返上し新たな領地に転封されている。
その理由は色々説はあるのだが、本当の理由は定かではない。
ただ一番有力な説として当事のアゼルシェード辺境伯が諍いを嫌ったのではないかと説だ。
サンティアスはエルトウェリオン王国から存在していたアゼルシェード家の当主が作ったもので、元々は聖帝国が建国される際に起こった戦争で生み出された戦災孤児の受け皿として創設されたものである。
戦争で生み出された戦災孤児は行く宛ても無く、食料も与えられず、教育も受けられないまま野垂れ死ぬのを待つだけの存在であった。
当事のアゼルシェード辺境伯はそれを不憫に思い自らの領地に庇護したのだ。
それは聖帝国の子供だけではなく他国の戦災孤児もである。
アゼルシェード辺境伯はまず自分の離宮に孤児達を住まわせた。
風呂にいれ食事を与え寝る場所を提供し、そして教育も施した。
アゼルシェード辺境伯は教育熱心な人柄だったらしく「人が生きていく中で大切な事はいくつもあれど、知識は裏切らない。知識は時には剣よりも強く魔法よりも柔軟に己を助けてくれる最大の武器だ」と言う言葉を残しているほどだ。
やがて知識と言う最強の武器を手に入れた孤児達は、聖帝国のありとあらゆる場所へ根を伸ばし、更には枝を広げていった。
サンティアスの孤児達は仲間意識が強く、土中に埋まる根っこのように強く複雑に連携し合い、枝から花を咲かせ花粉を飛ばし、果実を実らせ種を広く蒔いていったのだ。
世代を繰り返せば繰り返すほどに優秀な人材が輩出され国をも動かす人材も出てくる。
そうなればそれを排出する土地は余所者からしたら黄金にも等しく、喉から手が出るほど羨ましい場所になるであろう。
彼らはその手を振り解き、害虫や疫病に犯せれぬように協力し合った。
時には正々堂々と、時には裏から手を回し、彼らの家たる土地を守りあっていたのだ。
だがそのうち余所者だけではなくアゼルシェード辺境伯家の者達ですら彼らを利用しようとし始めた。
それに気付いた当時のアゼルシェード辺境伯は聖下にサンティアスの運営と領地を献上し、邪な考え持つ親族を廃し違う領地へと転封していった。
コレが一番有力な説である。
俺は前にサンティアス創設時のアゼルシェード辺境伯の事をロイズさんから聞かされているため、この説を改めて聞いた時少しだけ違和感を感じた。
アゼルシェード辺境伯は熱心なアルゲア教徒であったらしく、孤児の中にいるであろう精霊の愛し子を探すために敵味方関係なく孤児を囲い込んだのだ。
精霊の愛し子の存在は大きく、ひとりいるだけで精霊がたくさん寄ってきてその土地を肥沃な大地へと変えていく。
更には星見や夢見のような有益な能力を持つ者も存在するため、エルトウェリオン王国の時代は手段を選ばず精霊の愛し子を囲い込み、権力を増やしていったのだ。
まぁ、当事のアゼルシェード辺境伯が権力を握りたかったのかどうなのかは分らないが、敬虔なアルゲア教徒だったと言う事は確かであろう。
前述の説はかなり美化されているところが多いが、大体の昔話や偉人の話など良い所だけをクローズアップして悪いところを見えないようにするような話が多いのだ。
なので俺の感じた違和感は、前世の偉人伝などを読んで美談ばかりで少し違和感を感じる程度の感覚である。
さて話を戻すが、サンティアス学園で行われるデビュエタンでは舞台となる会場が数箇所ある。
何せ学園都市の大きさは東京23区よりもでかいのだ。
最初はこんなにでかくは無かったらしいが、人口が増え需要と供給と経済成長の進歩のおかげでコレほどまでに広がった。
そして今も広がり続けている。
昔から学園都市の周りが何も無いだだっ広い平野と、高低差の浅い丘だったと言う事も発展しやすかった要因だろう。
街が大きければ当然人口も多く、デビュエタンに出席する新成人の数も多い。
そのためひとつに入りきらない場合他の大きな施設に振り分けされて行うことが普通だ。
先程名前の出た旧アゼルシェード城とは、先程話に出たアゼルシェード家の離宮の事を指し、この学園都市の中で最も格式高い会場の一つとされている。
場所は俺達が学ぶ学園の近くにありアクセスが良い。
エルトウェリオン王国時代の大昔からこの土地に建ち続け、未だに現役で使われているという伝説的な骨董建築物だ。
古いとはいえ昔からメンテナンスやリフォームを繰り返しているため全くガタは来ておらず、逆に昔は離宮としての他に砦としても使われていたので丈夫で堅牢な箱物と言えた。
元々が城なので大広間があり、ダンスホールも存在する。
「会場は分けないのか?」
「全員入りきるわよ。学園の新成人1万人切るでしょ?あそこ収容人数2万人以上でしょうが」
「収容人数が2万人でも踊るんだぜ?ぎゅうぎゅうパンパンになるだろう?」
「はぁ…呆れた。あんたねぇ旧アゼルシェード城でデビュエタンをするのは学生だけでしょうが。学園都市全体なら新成人はその何倍もいるわよ」
「…ああ。なるほど」
そうか。新成人全員じゃなくて、今回俺達が出席するデビュエタン会場が旧アゼルシェード城ってだけか。
でも学生だけと言いながら流石は学園都市。
成人を迎える歳の学生が1万人近くいるってのが驚きだ。
「じゃあ正礼服着てそのまま会場に行けば良いんだっけ?」
「そうね。ちょっと遠かったら馬車か魔車で行っても良いけど、近いしね。ああ、そうだ。招待状は忘れるんじゃないわよ」
「へ?招待状?そんなものあった?」
「あるわよ」
「すんません。俺持って無いんですけど?それ持ってないと入れないよね。よっしゃ!!!」
「大丈夫よ。安心しなさい。あんたの事だから無限収納鞄に入れっぱなしにして存在自体忘れてそうだったからルピシーのと一緒にあたしが管理してるわ」
「…あのぉ。付かぬ事をお聞きしますが、それって何時から?」
「1ヵ月半くらい前ね。寮のあんたの個人手紙箱の中に入ってたのを見つけたから取っておいたのよ」
「泥棒!泥棒がいます!!お巡りさんこいつです!!」
「あんた今まで個人手紙箱の中にある手紙見て無くてあたしに何度注意されたと思ってるの!?重要なお知らせが入ってることだってあるのよ!!?」
「だって本当に重要なモノはこっちの商会事務所に届くようにしてるし」
「学園関係の重要なお知らせはそのまま寮に届くでしょうが!!あんたルピシーのこととやかく言ってるけど、あんたも十分いい加減なんだからね!!」
「…はい。すんませんでした。じゃあそう言う事でお暇いたしますぅ」
これは状況が不利だと思い俺はその場を退却しようとした。
が、それは許されなかった。
「ちょっと待ちなさい。セボリオン君」
「あのぉゴンドリックさん?肩が痛いんですけどぉ」
逃げようとする俺にガシっと凄い握力で肩に手を掛けるゴンドリア。
「何処に行くのかしら?」
「ちょっとお花を摘みに…」
「あらぁ素敵ね。でもその前にやる事があるでしょ?」
「…なんのことでござんすか?」
「髪のお手入れに決まってるでしょ?あんた1ヶ月も寝てたんだから髪のお手入れが必要でしょ?」
「必要ございません事よ?」
「必要か必要じゃないかはあたしが決めるから。だから上の服脱ぎなさい。髪をトリートメントして毛先をを少し切るから」
「いやーーーー!!変態!!犯されるぅ!!」
「変態は認めるけど男には興味ねーよ!!良いから早く脱げ!!!」
こうしてデビュエタン前日は散々たる物であった。