第百六十五話 合否二
合否判定は自分の学生番号で表記され、合格ならば自分の学生番号があり、落ちていたのならその番号は書かれていない。
学生達は虚空に映し出された文字を必死で睨みつけ、自分の番号があるかどうか確かめた。
番号が若い順から表記されているため、3秒もすれば悲喜こもごもな声が聞こえてくる。
「あった」
ヤンが最初に自分の番号を見つけ。
「あるね、うん」
フェディが続き。
「あったよ」
シエルも見つけた。
「ありました!」
ユーリも見つけたようだ。
続々と卒業が確定していく。
「あったわ」
ゴンドリアもパスか。
「お。俺もあったぞ」
そして俺も自分の番号を見つけることが出来た。
良し。無事に卒業できた。
「残るはルピシーだけだな。あいつの生徒番号なんだっけ?」
「あたしの番号よりも若くて、確かロベルトの1個前の番号だった気がするわ」
そう言われてもそのロベルトの番号が分らないんですけど。
まぁ俺達サンティアスの養い子は、同時に入学手続きをする関係上番号が固まっている事が多いからなんとなくは分るが正確には分からない。
「と言うかあたし達の前後の番号に殆ど虫食いが無いんだから大丈夫なんじゃないの?」
「でもお前の14と7つ前の番号が抜け落ちてるぞ?」
「あら嫌だ。本当に抜けてるわね」
「もしかしてあの虫食いの場所がルピシーじゃねーだろうな」
「早いところ見つけて結果を寮のベッドで寝てるルピシーに伝えなきゃ」
「やった。僕もあったよぉ」
「おお。ジジおめでとさん」
「ありがと」
「あ。あったぁ。オイラの番号あったぁ」
どうやらロベルトも合格のようだ。
「ロベルトの番号って何番?ロベルトの生徒番号のひとつ前がルピシーらしいんだが」
「あ~。確かにオイラの前の番号はルピシーだったねぇ。オイラの番号は」
と、その時。
煩かった周りの声が段々とザワザワとした音に変わり、一気に静かになった。
「え?何?」
そしてまるで出エジプト記に記されている紅海の海の如く人の波が左右に分かれ、モーゼのように杖を付いた男が歩いてくるのがわかった。
「あ、あれは…!?」
俺達の視線の先。
人の波が避けるように左右に分かれたその中心に、ルピシーがゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見えた。
服は乱れ汚れており、まるで追い剥ぎにあったかのように満身創痍な風体。
こげ茶の髪の毛も土埃なのか所々白く染まっている。
杖のように突いていたものモノは鞘にいれ刀身が傷つかないようにしているが、ルピシーの愛用している剣である。
ヨロヨロと老人のように歩き、たまに吹く横風に煽られるのを耐える姿は世紀末を思わせた。
何で服がボロボロなんだよと突っ込んではいけない。そう言うものなのだ。
「あれってもしかして」
「まさか」
「でも」
人の波からヒソヒソとした声は聞こえてくるが皆大きな声で喋ろうとはせず、黙ってルピシーの行進を見守っ…いや、観察していた。
「ルピっ」
俺がルピシーの名前を呼び終える前に、ルピシーはプルプルと震える右手の指で虚空に映る合否判定表に載っているかもしれない自分の番号をなぞる様に探した。
「…30001、30002、30003、30004…」
静かな広場がまるで番町皿屋敷のクライマックスシーンのようだ。
「…嘘?…最初から読み上げながら探してるわ」
「何て非効率な」
何故か俺達もその光景に固唾を呑んでしまった。
ルピシーの番号のひとつ後であるロベルトは既に結果が分っているだろう。
だが空気を読んでなのか、それとも空気に飲み込まれているだけなのか、口を閉ざしていた。
「30123、300124、30125…」
既に4分近く経ったであろうか。
そろそろサンティアスの養い子が多く集まるゾーンに入ってきた。
「30128、30129」
虫食いの数字のひとつ目は30131だ。
場馴れしている筈の先生方ですら緊張している。
「30130………」
ゴクリ
「3013……」
皆自分のことではないのに生きた心地がしない。
息を吸い込む音がそこかしこで聞こえる。
「…2」
そして皆一斉に息を吐き出した。
何なんだこの一体感は?
「30133」
まだだ。まだひとつ虫食いがある。
「30134」
改めて考えると俺達は何を見せられているのだろう。
「30135」
皆怖い物見たさなのだろうか。
「30136」
だが有る意味恐ろしいが、しかしそれは本来有るべき恐ろしさとは酷くかけ離れた恐ろしさだ。
「30137」
また息を吸う音が聞こえる。
次の30138も虫食いだ。
「3013………」
皆の息が止まり、誰も息をしていない。
風も空気を呼んだのか木々の枝を揺らす音も聞こえない。
ただただ静寂な世界が存在した。
「…あ」
(あ?)
皆の心の中は同じであったであろう。
「…ああ……ア…」
ルピシーの瞳から涙が溢れ出た。
「アアぁ…ああァ…アあぁ…」
両手で顔を覆い慟哭している。
杖にしていた剣は地面へと落ち、乾いた音が響いた。
「ああ゛ぁぁあ゛あ゛ぁ゛!!!」
慟哭しながら膝から地面に崩れ落ちる。
「あ゛あぁぁぁあ゛…」
だからどっちなんだよ!!
そろそろ俺の限界がきそうだ。
「ああああ゛あ゛!!!」
ルピシーが顔から手を外し、地面を殴った。
これはまさか…
「あっだぁぁああ゛あ゛!!!30139あ゛っだぁぁあああ!!!」
全員が息を吐き出し、大きな歓声が上がった。
「ぞつ゛ぎょ゛うでぎる゛ぞお゛!!!」
その場にいる全員が拍手を送った。
何ぞ?この感動のシーンは。
でも、良かったなルピシー。
「ごれ゛でべん゛ぎょ゛うじな゛いでずむぅ!!!」
「「そっちかよ」」
バチコーン!!!
俺とゴンドリアの高速サンドウィッチハリセンアタックがルピシーに会心の一撃を与え、ルピシーは地面へと沈むのであった。