第百六十二話 あとひとつ
奇跡の6年生。
その言葉を見た瞬間、少し乾いた笑いが出てしまった。
皆ご存知のようにサンティアス学園の中等部と言うのは前世で言う中学校と同じである。
勉強している内容はぶっちゃけ高校以上の物もあるのだが、3年にわたって勉強すると言う事は変わりが無いし、留年と言うシステムもちゃんと存在している。
そう留年があるのだ。
しかも前世だと留年は高校からのイメージがあるが、この世界では初等部、つまり小学校の時から留年システムが実施されている。
まぁ、初等部の時に留年する奴なんてほとんどいない様なものなんだが、それでも年に片手で数えられる人数が留年しているようで、実際に今気絶している例の馬鹿は毎年毎年留年ギリギリの低空飛行で滑空しており、総合点数が後1点低ければ留年していたと言う事なんてザラであった。
逆になんでアレで普通に進級できていたのかと不思議に思ったことなど進級する年の数ごとに増えていくのだが、それでもあいつは進級できていた。
だけど今回はマジで進級できない可能性のほうが高い。
さて先程も話したように中等部は普通3年かけて卒業する。
だが留年などでダブったりした場合何年も在籍できるわけではない。
6年。そう6年だ。
同じ学年を数回ダブっても良いのだが、計算では各学年1回だけはダブれるシステムで、6年で卒業出来なければ中退どころの話ではなく、退学よりも重い除籍扱いとなる。
除籍とは在籍したことすら無いことにされ、更には入学した記録自体抹消されると言う物凄く不名誉なもので、ルピシーの場合は奇跡で初等部卒業しているため初等部卒の箔は付くが、もしこのまま3年間卒業単位を取らなければ中等部除籍扱いになってしまう。
まぁ本人は余り気にしなさそうだが、除籍されたという記録は残るので一生自分自身について回るのだ。
一応幼馴染の俺としてもそれだけは避けてもらいたい。
「モキュキュ」
「ん?なんだ公星」
「モキュキュキュキュ」
「え?紙に魔力を流せって?」
公星との意思疎通は公星が精霊になってから飛躍的に上がった。
昔から一緒にいるし魂で繋がっているからかはわからないが、仕草でなんとなく理解できていた。
だが現在は公星が言いたいことが頭ですんなり理解できるようになっている。
これも一種の恩恵なのだろう。
俺は公星に言われたとおりにロイズさんからの手紙に魔力を通した。
「え?なんか文字が浮かび上がってきた。なにこれ?めっちゃホラーなんですけど」
「珍しいね、ちょっと見せて。うん」
「あ、ちょっと待ってまだ内容見てない」
見た事もない技術だったのかフェディの食いつきが半端ない。
「え~と何々?手はいくつかあるけど、一番簡単なのは学園長を脅して単位をもらう事。…これのどこが簡単なんだよ!!しかも学園長脅すってなんぞ!!一番簡単じゃなくて一番問題になるじゃねーか!!」
「そうか!その手があった!!うげぇ!!口の中が苦酸っぱ臭い!!」
「「「「「あ、起きた」」」」」
「って!そんな手なんてねーよ!!そんなエゲツナイ手使えるのこの人の他に誰がいるんだよ!!!ロイズさんあってのこの手だ!それにお前学園長を脅すネタなんて持ってるのかよ!!」
「んなもんねーよ!!」
「じゃあ威張んな!!!」
そういえば前に聞いた話だが、ウィルさんを中等部卒業させるためにロイズさんが裏や表で動き回ったって
ウィルさんが言ってたが、あの人当時の学園長を脅した結果があれだったのか?
「セボリー!口直しの飴をくれ!唾液が止まらねーんだ!!しかも唾液の味も苦酸っぱ臭いんだ」
「やらねーよ!!」
「いいじゃん!!どうせ持ってんだろ!!?俺たち友達だろ!!?」
「お前は友達のふりして近づいてくるカツアゲ犯か!!?」
「モッキュー!!」
「なんでお前が出てくるんだよ!飴ちゃんやらないからな!!」
「モキューーー!!」
結局公星には後で飴ちゃんをやるという話で纏まってしまった。
やっぱり甘いな飴だけに。
「あ。続きがあるわ。えーっと?論文を書いて学会に発表し功績が認められる。もしくはそれに比類する実績があれば卒業できる。はいアウト。こいつが論文なんて書けるわけないし、学会に発表するったってフェディじゃないんだから無理無理」
「そうか!フェディ!なんかスゲー大発見のモノを俺にくれ!!」
「え?無理、うん」
「人の努力を盗もうとするな」
「しかも学会に発表して功績が認められるまでどのくらいかかると思ってるの?半月じゃ絶対に無理だよ。それに質問された内容を完璧に答える自信ある?」
「駄目かぁ。なんかもっと簡単な手ねーかな」
「ルピシーさん!もっと真剣に考えてください!!あなたの事なんですよ!!」
今の発言で流石のヤンとシエルも呆れてるわ。
ユーリなんてぶち切れ一歩手前だし。
俺も既に破れてダダ漏れになっている堪忍袋の残骸にイライラを放り込みながら、再び手紙に視線を向けた。
「あとは休学の手続きを取って半年くらい経った後復学して、授業を受け直し単位をもらう。これが一番現実的だよな」
「もうこれで良いんじゃない?」
「まぁ実質留年と変わらないけど」
「嫌だーーー!!みんなと一緒に卒業したい!卒業したい!!」
「うるせーーー!!卒業できるだけありがたいと思えこの野郎!!!」
「ねぇもう良い?その紙見せて、うん」
「いや、まだなんか書かれてるからちょっと待って!!」
ああ、フェディ。君は完全に今回のルピシーの件をお投げになられたんですね。
「え~っと。あとは、ルピセウス君は迷宮探索者資格を持っていて試の迷宮に潜っているので、学生が行くことのできる50階層を踏破したという証明があれば迷宮理論学と救急衛生学、課外学習枠4つの計6つの単位を取得できる。これだ!!ルピシー!この中で単位を取れてないものはどれだ!!」
「え~っと救急衛生学は取った。迷宮理論学は寝てたし取り落としてたな」
「お前迷宮理論学落としてたのかよ!!あれって授業受けて簡単な筆記試験受けたら合格できるだろうが!!」
「授業聞いててもわからない言葉だらけで眠くなったんだよ!!試験なんてマークシートじゃないから運任せじゃどうにもならなかったんだ!!」
「試験を運任せで受けるんじゃねー!!!」
「というか課外学習枠なんてあるんだね。僕初めて知ったよ」
「俺も初めて知った」
後ほど調べてみたところ課外学習の単位は本当に存在しており、迷宮探索者で50階層をクリアしていればすんなり申請が通るということが分かった。
「俺今すぐ試の迷宮に潜ってくる!!!」
「待てぃ!!!」
スパコーーーーン!!!
「イテーーー!!!」
俺は瞬時に無限収納鞄から取り出したハリセンでルピシーの頭を力いっぱい叩いた。
うむ。実に中身の詰まってなさそうな音がしたよ。
「何すんだよ!!!」
「何すんだよじゃねーよ!!!これで5単位は取れたことになる!!だけど後1単位足りねーだろ!!」
「え?なんで?」
「お前今さっき自分で救急衛生学の単位取ったって言ってただろうが!!」
「あ、そっか」
「そっかじゃないわよ!!!」
バシィ!!!
「ヒテェ…」
ゴンドリアも何処から出したのか、ハリセンでルピシーの顔面を打ち据えた。
俺何回かハリセン出したことあるけど、ゴンドリアにあげたことないんだけど。
もしかして俺のを見て自作したのか?
俺の使っているハリセンの紙より厚い材質だからかなり痛そうだ。
音も結構えげつなかったし。
あ、よく見たらあれ紙じゃないわ。あれって皮だよね?じゃあ鞭と変わらないじゃん。
あれは痛い。
めったに傷つかないルピシーの肌が赤くなってるし。
「とりあえず頑張って試の迷宮の50階層を踏破するってのは決まりだが、あと1単位はどうするかだ。それを考えろ」
「良し!みんなで考えてくれ!」
「「お前自身も考えろ!!」」
バコーン!!!
俺のハリセンがルピシーの後頭部に、ゴンドリアの鞭が顔面へと吸い込まれた。
流石にサンドウィッチはきつかったらしく、ルピシーはその場に膝をつき苦しそうにしている。
「ハァ…ん?まだなんか書いてある。何々?尚、この手紙は読み終えると自動的に爆発…しますぅう!!?逃げろーーーー!!!」
俺は紙をルピシーへ放り投げると部屋の隅へと逃げた。
ついでにルピシー以外のメンバーも皆逃げている。
「…………」
10秒以上経ったが何の爆発音も衝撃も無い。
恐る恐る顔を上げると、いつの間にか復活していたルピシーが手紙手に取っていた。
「なんてね。冗談だよ。だとよ」
その内容を聞いて俺は本気でズッコケた。
「…あの人完全にこの光景を読んでたよな。しかもあの人なら本当に時限爆弾みたいなことできそうだから余計に質が悪い」
「うん。紙自体は普通の紙だね、うん。じゃあインクが特別なのかな?セボリーこの手紙貰って良い?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「インヴィジブルインクのようにも思えるけどちょっと違うなぁ、うん。まずはインクの材料を調べないと…」
フェディは独り言を言いながら手紙を持って自分の研究室に消えていった。
「じゃああと1単位の事は皆で考えてくれ!俺じゃ試の迷宮に潜ってくる!!」
「あ!待て!こら!!」
今度こそルピシーは止める間もなく商会事務所を出て行ってしまった。
「完全に逃げたね。どうしようか。僕もうどうでも良くなってきちゃった」
「そうねシエル。あたしもそうだわ」
何とも言えない空気が部屋に流れた。
ぶっちゃけ俺自身もうどうでも良くなってきた。
マジで奇跡の6年生まで突き詰めろと言う言葉が出かかったが、根性で飲み込む。
「…はぁ。しょうがない。話は戻るが後1単位どうするかだけど」
「セボリー」
「ん?ヤンどうした?」
「先程ロイゼルハイドさんの手紙の内容で学会に発表して功績が認められるか、それに比類するだけの実績があれば卒業できると書かれていたよな?」
「ああ」
「ルピシーは本を出しているが、かなりのベストセラーになっていた筈じゃないか」
「「「おお!!」」」
俺とシエル、ゴンドリアの声が重なった。
「そうだ。でもあれって実質ロベルトの功績じゃね?」
「それでだ。今回の事をロベルトに話せ。それでロベルトの情けを頼るんだ。一緒にベストセラーの本を作ったという実績を前面に押し出せばもしかしたら何かの単位に引っ掛かるかもしれない」
「…確かに」
「そうね。文学の単位は無理かもしれないけど、他の文字に関する単位ならとれる可能性があるわ」
「文化研究学あたりの単位ならもらえる可能性はあるよ」
「良し!善は急げだ。ロベルトに会ってくる!!」
「待てセボリー。ロベルトに話すのはいいが、もし単位が取れるとしてもルピシーには直前まで言うな」
「ああ、そうだな。あいつのことだから調子に乗るに決まってる」
「結局面倒を見てしまったわね」
「まぁこれも昔からの誼だ。私が母国に戻る置き土産とでも思ってくれ」
「ヤン」
「寂しくなるわね」
「そうだね」
「シエルもエルドラドに帰るしね」
「まだ卒業は数か月は先の事だがな」
ヤンとは初等部入学から9年間の付き合いだ。
本当に寂しくなる。
ヤンも母国で過ごした年月よりこの国で育った年月のほうが長いので感慨はひとしおだろう。
その後ロベルトに事情を話しロベルトの了承を得て学園の事務方に説明に行くと、見事に申請すればとれる単位があることが分かった。
ルピシーも流石に焦っていたためか、他の講義を真剣に受けながら俺達と一緒に試の迷宮を攻略していった。
そして半月を待たずにして50階層を踏破し5単位をもらうことができたのだが、残りの1単位をどうするのか暗中模索していた。
しかしどうしてもあと1単位がもらえず、締切日当日はお葬式のような状態で、周りの学生もその陰気さが伝わってきたのかルピシーには近づいては来ず遠目から見ているだけである。
流石に反省したとみた俺たちが、ロベルトと一緒に本の出版の実績で1単位をもらえることを伝えると、ルピシーは喜びのあまり立ったまま失神してしまった。
こうしてあとは卒業試験を受けるだけとなるのであった。