第百六十話 お久しぶり
2対の牙を持つ猪が1頭、薄暗い通路の横に倒れていく。
猪の体には無数の傷が付いており、血がどくどくと溢れ出ている。
猪は恨めしいと言いたげな視線をこちらへ向けた後、消え入りそうな小さな鳴き声を発し命の灯火を終わらせた。
「ふぅ。流石に30階層台となるとかなり敵が強くなってきたな」
「セボリーが迷宮に入るの久しぶりだから余計にそう思うのかもね」
「でも魔法の使い方とか威力が物凄く上がってるな」
「まぁ、ロイズさんに扱かれてたから」
俺は今迷宮に潜るメンバーと一緒に試しの迷宮の32階層に来ている。
そう約1年ぶり、お久しぶりの迷宮ですことよ奥さん。
ん?何でそんなに迷宮に潜ってなかったんだって?
それは今までずっとロイズさんに迷宮に潜る事を禁止されていたからだ。
ロイズさんの出した課題をクリアしないと潜るの禁止って言われてたんだよ。
え?そんなの内緒で潜れば良かったんじゃないかって?
ばっきゃろー!!そんなことしたらロイズさんからの制裁がやばい事になるに決まってんだろうが!!
障子に耳あり壁に目あり空気中にロイズさんありって言葉知らねーのか!!
あの人の事だから俺が内緒で迷宮潜ったら直ぐ分るようにしているに決まってる。
なら君子危うきに近寄らずの言葉の如くリスクを犯してまで潜るなんてできないし。
迷宮に潜る事自体が命のやり取りしてるからリスクを犯してるって?
この馬鹿チンがー!!死ぬよりロイズさんの制裁のほうが怖いに決まってんだろうが!!
死ぬより惨たらしい事されるわ!!!
俺はアレから色々学んだんだ!絶対にロイズさんに逆らっちゃいけないって!!
だからこの1年必死になって魔法構築式の基礎と古代精霊アルゲア語の習得を頑張ったんだぞ!!
基礎を固めたおかげで今までより魔力の消費効率威力が格段に上がって、言語魔法に対する理解度がアップして詠唱破棄まで出来るようになったんだからな!!
ぶっちゃけ前世の大学受験なんて目じゃないほど勉強したんだぞ。
マジで俺を褒めろ!
ああ、そうそう。
さらっと流したけどアレからもう1年近く経ってるんだよ。
つまり俺達はもう中等部3年生、今年度で卒業って訳。
俺はそのまま高等部に進むつもりで、ゴンドリアとユーリそれにフェディも高等部に進学するらしい。
でもシエルはどうやら進学はせずに実家のエルドラドに戻るって宣言しているし、ヤンも実家のチャンドランディアに戻ってお父さんの補佐をするようだ。
え?ルピシーはって?
あいつに高等部進学できるほどの頭があると思う?
え?本も出したし剣の腕前も学生ではぴか一だから一芸審査みたいなのは無いのかって?
あるにはあるけど、それは学ぼうって意欲がある人だけが受けるのだろ?
あいつに勉強したいって意欲があると思うか?
それに学園側だって意欲の有る学生のほうを取りたいに決まってる。
あいつを入れる枠があるならそっちにまわせって話になるだろ。
実際ルピシーは卒業したら迷宮冒険者として生きて行くって言ってるしそれで良いんじゃないの?
成人して自分の力でお金稼いでお飯食うって言うのがどれだけ大変か体験してみたら良いと思うよ。
まぁ、一応うちの商会に属しているからそれなりのマージンは入ってくるから食うには困らないと思うけど、それに胡坐かいてるようなら即効で首にさせるけどな。
俺も含めてそうだが、なまじ初等部の時に稼ぐ糧が出来てたから一回世の中の厳しさを知ったほうが良いと思うんだよね。
あ、それとロゼだけどこの前やっと推薦貰って迷宮探索者認定試験に受かったって報告貰ったんだ。
今度一緒に潜るって約束したんだぞ。
そう!女の子と一緒にパーティ組めるんだ!!!
今までの男ばっかのむさ苦しいパーティからおさらばだこの野郎!!
ああそうだそうだ。
公星だけどメッチャ元気だよ。
大きさと目と毛皮の色が変わって額に紫色の石が付いてるけど、全く何も問題ない。
可愛さは前よりも上がってるし、何より精霊になったから出来る事も各段に上がったんだ。
「よし。じゃあモンスターから魔石を取り出そう」
「ああ、公星」
「モッキュー」
公星は俺の声に答えた後水の魔法を使って猪の体に有る魔石を取り出して見せた。
「ありがとな」
「モッキュー」
公星の頭を撫でると公星は嬉しそうに俺に甘えてくる。
「でもコーセーの毛皮もそうだけど、セボリーの髪の毛って本当に綺麗だよね。この髪の色になってからゴンドリアがずっと羨ましがってたしね」
「俺としては禿げなければ髪の毛の色なんてどうでも良いんだけどな」
「でも実際綺麗だぞ。銀髪はそんな珍しくは無いが、日の光や魔光に照らされると薄紫に輝いて見える銀色の髪は珍しい」
「目の色も綺麗な紫だし。知ってる?紫色の瞳って物凄く珍しいんだよ」
「へぇ、そっか。まぁ公星とおそろいだからな」
そう。この1年で変わった事と言えば俺の髪と目の色だ。
これは精霊染めと言う現象の影響らしい。
ロイズさんは昔青銀の髪に鳶色の瞳をしていたらしいが、界座が精霊になったことで精霊染めが起こり今のような黒髪青目になったと聞いた。
俺も公星が精霊になった影響で精霊染めが起こり今の色に変化したのだ。
最初は気のせいかと思ったんだが、公星が精霊になったあの日を境にどんどんと髪の色が抜けて銀髪に、目は元々茶色だった瞳の黒目外枠から青が混じり、ゆっくり侵食されていくように紫に変わって行ったんだ。
ちょっとした知り合いからは病気かと何回も聞かれたし、ゴンドリアとユーリやロゼには綺麗だ綺麗だと姦しく(半数以上女じゃないけど)騒がれて、フェディも研究したいからサンプルをくれと煩く言われたけど、当事者である俺としては特に瞳の色の変化については見ていて気持ちの良い物ではなかった。
と言うかさフェディ、今までの色の髪の毛と変色しかけの髪の毛と完全に銀になった髪の毛のサンプルを毛根から100本づつくれとか、お前は俺を禿げさせるつもりですかこの野郎。
しかも瞳も調べたいからちょっと網膜の細胞取らせてとか、取らせるわけねーだろうが!
失明したらどないしてくれんねん!!
まぁ、そんな訳で別に髪の毛と目の色が変わったからって俺自身は何も変わってはいないし、弊害は全く無い。
…いや、あったわ。
一つだけ弊害が出たことがある。
それはゴンドリアの一言から始まった。
「本当に綺麗ね。そうだわ!!髪と目の色が変わったんだからセボリーの服も作り直さなきゃいけないわ!!!」
「へ?なんで態々作り直すんだよ」
「色が変わってあんたの雰囲気が変わったからよ。今までの服の色も悪くは無いけど、やっぱり今の色に合うデザインと色にしないと!!」
「そんなの別にいいよ。金と労力の無駄」
「無駄じゃないわよ!!」
「無駄無駄!!!どうせ一から採寸とかするんだろ?」
「服を作るんだから採寸するに決まってるでしょ」
「断固拒否する。面倒臭い」
「あんたに拒否権があると思ってるの?」
「思ってるわぃ!当然の権利だろ!!それに服を作るのは百歩譲って良いとして何で今までの服の型紙があるのになんで採寸し直さなくちゃいけないんだよ!!!」
「あんたこの数ヶ月で身長ちょっと伸びたじゃない!!それにフェディとロイゼルハイドさんの訓練で身体の厚みも大分変わってきたわよ!制服は特別な生地と魔法のおかげで着心地に違和感は無いと思うけど、普段の服にかんしてはかなりきつくなってきてるでしょうが!!!」
「むぅ…確かに少し着た感じがきついとは思ったけど」
「ほら!つべこべ言わないで採寸されなさい!!あ!コラ!逃げても無駄よ!!ユーリ!!」
「はぁ~い」
「おい!コラ!離せ!!ユーリ!!いやぁああ!!ガッチリホールドされてるぅぅぅぅううう!!!」
「あ、それとあんたこれから髪の毛切るの暫く禁止ね」
「どうしてだよ!!」
「折角綺麗な髪の色なんだから伸ばしたほうが良いに決まってるじゃない」
「そんな決まりないし!!髪の毛が邪魔でしょうがないだろうが!!」
「綺麗な長髪は女子受け良いわよ」
「え?本当?って騙されないぞ!!俺は知ってるんだ!某アイドルの真似して長髪にしたら9割以上がとある教師の役をやってた歌手のおじさんにしかなら無かったって事を!!!」
「誰よそれ」
こんな感じで俺は強制採寸され、この1年髪を切る事を禁止されている。
なので今俺の髪の毛は肩に着くくらいにまで伸びており、案の定邪魔だ。
洗髪の時も時間が掛かるし、乾かすのにも倍以上の時間が必要なので切りたくてしょうがない。
しかも俺の髪質は結構なストレートなので整髪料で固めるか髪を縛るかしか選択肢が無く、風呂と寝る時以外は後ろにひっつめて纏めていた。
ここまで伸ばすのは前世でも小学校に入る前まで位ぶりだ。
小学校に入る前は母親に着せ替え人形のようにさせられていた関係上、髪の毛は肩甲骨くらいまであった。
まぁ今でも油断するとゴンドリアに無理やり髪の毛を弄くられ、リボンを付けられそうにはなっているがな。
そんな訳でこの1年色々あったけど、俺達は元気でやってます。
どうもお久しぶりです。
そろそろのろのろとですが更新していきたいと思います。