新生衛星国ミッダル(2018.1.12修正)
ロイゼルハイドのかけた呪いは王族の体を確実に蝕んでいった。
茨はまるで蛇が獲物を締め付けるが如くミシミシと体全体を締め付け、茨の棘は肌に食い込み養分を吸い取るように王族の血肉を吸収していく。
王族の脂肪で肥えた身体は見る見るうちに萎んでいき、ほんの数十秒で骨と皮のような状態になるが、それでも呪いは王族の体を蝕み続けた。
王族の目はまだ恐怖と言う感情が宿っていたが、やがてその宿っていた恐怖の光も搾り取られるかのように消えていく。
そして瞳の光が消えた瞬間、茨からは白い大輪の花が幾数も咲き誇り、その花が王族の身体を丸呑みするように覆いかぶさった。
赤黒い茨からは想像できないほど見事で可憐な白い花は王族を飲み込むと、見蕩れるように見事な生命力で咲き誇り、そして一瞬のうちに枯れていき茨自身も朽ち果てるとそこには王族の姿は無く、あったのは不気味なほどに変色した土だけであった。
「嘘だろ…」
ウィルブラインは目の前で起こったことが信じられないでいた。
成人し、探索者もとい冒険者として迷宮に潜っていればそれなりに不思議な事に出くわす。
色々と惨い光景や理不尽な事も体験してきた。
勿論呪術やそれに準じる類のモノも数え切れないほど目撃している。
だがしかし、こんな目の前で小規模かつ悪辣な呪術は見たことが無かった。
ましてや相手の肉体を壊し、更には魂さえも消してしまえるような術など文献にもそうは載ってさえいなかった。
そう。ミッダルの王族の魂が消えてなくなったのだ。
この世界ではある程度以上精霊との親和性がある者になると、精霊の愛し子でなくとも見ることは出来ないが様々な事を肌で感じることが出来る人が多数居る。
精霊の祝福によってある程度の魔力を授けられたサンティアスの子などはその傾向が強く、更に顕著なのは昔よりフェスモデウスの地に住まう人達。
それは1万年以上にわたり高貴な血を繋いで来たアライアス家の出であるウィルブラインや、アゼルシェード家出身のアレイオスも例外ではなく、彼らは普通の人間よりも遥かにこの世の理を理解できる精神と身体の器が備わっていた。
故にわかってしまったのだ。
先程の術によって魂が滅んだ事を…
「魂をも滅ぼすか…正しく禁術、いや禁呪の類だ」
人間の魂は死ぬと一粒の光となり空へと昇り消えてゆく。
それは魂が精霊に取り込まれこの星の一部となり、そして何時の日かその星の力で輪廻転生を繰り返すと古来から考えられてきた。
それが昔からの御伽噺や伝承で伝わってきた話で、現在でもそう教えられてきたことである。
実際は少し違うのだが、しかし魂が星の一部として蘇る事は事実であった。
どんな惨たらしい死に方をしようとも病死だろうが老死だろうが関係なく、善人だろうが悪人だろうが区別無く、老若男女死ねば魂は肉体から解放され昇天し生まれ変わる、それが普通でありこの世の中の常識だ。
中には迷宮に囚われたり呪いで魂を汚されて穢魂霊と呼ばれる悪霊のような存在になる者はいるが、魂を浄化してやりこの世のしがらみとなる鎖を断ち切ってやれば昇天していく。
つまり魂は穢れようとも永遠に存在するというのが理なのだ。
それがどうだ。
花に飲み込まれたミッダルの王族の魂は昇天する事も無く、その存在自体を無にされ二度と復活する事も無く消え去っていった。
コレがどれほど恐ろしい事なのかウィルブライン達は正しく理解していた。
理解する事ができたからこそ思考が追いついていけず固まっていたのだ。
呆然とするウィルブラインの横に眉間に皺を寄せ険しい表情のアレイオス。
彼もまた先程の呪いの解析を試みていたのだが、如何せん魔導陣の漢字を知らないのでその糸口すらも追うことが出来なかった。
だが一つわかったことがあった。
それはこれが禁術・禁呪と言う事だ。
本来禁術とは人が犯してはいけない領域に踏み込ませないようにと知ることすら禁止された術の事を言う。
術者が命を落とす代わりに強力な効力を発揮させる術であったり、精霊さえも滅ぼしてしまうほどの効力のある術であったり、世界の秩序を乱しかねない術であったりと様々で、効力の小さいものから大きなものまで存在する。
だが一つだけ共通することがある。
それはアルゲア教によって禁止されていると言う事。
つまり聖帝が禁ずると決めた術の事であった。
なので先程のロイゼルハイドが作った呪いは正確には禁術ではないのだが、聖帝が知ったら確実に禁術扱いにされても間違いではなかった。
その証拠に後にウィルブラインからの報告を受けロイゼルハイドは直接聖帝に呼出しを食らい説教の後、例の呪いを使用禁止にされている。
「あー!クソ!ロイズの野郎!!ココでコイツに死なれるとまた話がややこしくなるだろうが!!」
「ウィル。おぬしの怒りの矛先はそちらのほうか…」
「あいつが理不尽なのは昔からの付き合いで十分に理解してる!だから今更なんだよ!それよりも今回の後処理の青写真が狂っちまった!!」
「おぬし実はアレの事を思い出していたのか?」
「最初はわからなかったよ!体型も随分違ったからな!でも話しているうちに、何かわからねーけどいきなり記憶が蘇った」
「ああ、それは絶対に記憶を操作されて忘れさせられていたな。多分簡単な忘却術であったのだろうな。強力なものならその程度では思い出せんし、記憶自体壊されて修復すら出来ていないだろう」
「はぁ!?あいつ絶対後で絞める!!」
「逆に絞められても私は知らないぞ」
「どうにでもなりやがれ!!」
ウィルブラインは不満顔を隠さず地面を蹴ると、ふと新しい考えが浮かんだのかアレイオスに問いかける。
「そういえば………おっちゃん。さっきの男…あの最後まで立っていた男って多分この国の中でも上流階級に入るよな?」
「ん?そうであろうな。この国で軍隊の指揮を任されているのだからそれなりの名家に生まれたんだろう」
アレイオスの答えを聞くとウィルブラインはなにやら考えているそぶりを作り、ぶつぶつと独り言を言い始めた。
そして。
「よし!!決めた!!あいつに全部おっ付けよう!で、俺達は帰る!んでロイズを絞めてクレアに慰めてもらう!!それで決定!!」
「私は構わないが、それで良いのか?聖下への報告はどうする」
「正直に話す!今さっき起こったことも含めて!!よーし!決まったら善は急げだ!!」
ウィルブラインは天幕から出ると近くにいた部下に指示を出した。
「おーい!あいつ。あそこで寝ている奴を天幕の中に運んでくれ!そう!そいつだ!丁重に運べよ!次代の王なんだからな!!」
「きちんと説明はしてやれよ」
「へーい」
ウィルブラインのやる気の無い返事にアレイオスはやれやれと肩を上げてウィルブラインの後に続いた。
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それ程広くなく豪奢な飾りつけも無い落ち着いた部屋で、一人の老人が目を覚まそうとしていた。
窓の近くに小鳥がいるのか、鳴き声がしている。
「………ん?…朝か」
小鳥の鳴き声が目覚めの合図となったのか老人はゆっくりと目を開け欠伸をすると、ベッドの直ぐ横の小さなテーブルに置いてある呼び鈴を鳴らした。
ベルの音が消えると直ぐにノックの音が聞こえてくる。
「はいれ」
「失礼いたします。おはようございます。ご気分は?」
「ああ、よく眠れた」
「それはようございました」
使用人の女は笑顔で返すと一旦扉から出て「もう!(もうご起床)」と側に立っていた他の使用人に伝えると、その声を聞いて様々な使用人達が慌しく部屋へと入ってくる。
顔を洗うための洗面器が運ばれ手を水に浸せば眠気が吹き飛んでしまうほど水は冷たい。
それでも毎日の事でササッと顔を洗うと頭が覚醒していくのがわかった。
タオルを渡され寝巻きを脱いで着替えに入る。
最初の頃は手伝おうと使用人が手を貸していたが、子供でもないのに手を貸されるのを嫌って拒否し続けたら脇で見ているだけになった。
それはそれで着替え辛かったが、手伝われるよりかは幾分かマシだと諦めが付いた。
着替えを終え顔を上げると数十年も付き合いのある男が部屋の中へと入ってくる。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「なんですか?人の顔をジロジロと」
「歳をとったなと思ってな」
「お互い様です。朝から変な事を仰らないでください。今日のご予定でございますが」
「ああ、わかっている。国賓としてお出迎えしろ」
「当たり前です。アルゲア教の大司教様をお迎えするにあたって全て完璧でなくてはなりませんので。それとアルゲア教団の使者殿がアライアス公爵も同行なさるとのことです」
「なにぃ!?」
「きっと陛下の驚く顔が見たかったのでしょう」
「おいコルト、冗談は止せ」
陛下と呼ばれた男、彼こそアルタス朝ミッダル王国国王フランソワ一世であり、数十年前にアライアス公爵より王に指名された男である。
そして彼の横に立っている男は、フランソワ1世がまだ軍人の頃からの副官であり、養父から爵位を継いで数十年となるコルト・ド・アルタニアン侯爵だ。
アルタニアン侯爵は養父の伯爵位を受け継ぎ自らの功績で陞爵して侯爵となり、現在はミッダル王国首席宰相を勤めていた。
彼らは歳相応皺を刻んだ顔の眉間に更に皺を寄せた。
「全く。あの方はいつも突然だ」
「今回はまだマシなほうかと。10年ほど前はなんの前触れも無くふらりと現れて、王宮前で陛下の名前をお叫びになられていましたので」
「…アレは酷かった」
フランソワ1世は何かを思い出したのかコメカミを押さえつつ苦々しい声で呟いた。
「結局3日程ご逗留されましたしね」
「やれ子供達が爵位を継ぐ気が無いや、奥方から最近腹が出てきたと注意されたがそれでも愛おしいやら、友人からはひどい扱いを受けているなどノロケや愚痴ばかり聞かされた俺の気持ちを考えろ」
「陛下。先程から口調が昔に戻っておりますよ」
「少しぐらい大目に見ろ。それよりもだ。アライアス公爵のご予定は決まっているのか?」
「さぁ?詳しくは何も。しかしアライアス公爵と今代のアルゲア教大司教様は仲が宜しいようですので、ご同行を許可成されたのでしょうね」
「勘弁してくれ!!!」
あの戦の後の敗戦処理は大変の一言で済ますにはあまりにも酷過ぎた。
家族との再会を喜ぶ暇は無く、新たに王朝を築き俺が王として即位宣言、前王を裁き極刑にし、殆どの王族達の地位と財産を没収した後放逐、それに従わず暴動を起こした王族と貴族達を処刑、王や王族達の取巻き達の爵位と財産剥奪。
一握りの優秀な王族は適当な貴族家に養子に出した後、文官や武官または大臣などの要職に就かせ、腐った大臣や官僚の入れ替えや軍隊の再編などの仕事が続き、議会を整え国民に選挙権を与えるなど他にも色々と問題は山積みであった。
それを一つ一つ解決していき俺が漸く落ち着けたのは、王に即位して10年近く経った頃であった。
そしてその怒涛の10年の原因を作り出した張本人こそアライアス公爵だ。
「はぁ……」
「多分これからもっと会う機会が増えると思いますよ?」
「………何故だ?」
「何故なら此度の即位の式典で陛下は退位なされて王太子殿下が新王になられる。と言う事は陛下にはそれなりの暇なお時間が出来ます。それを狙って恐らくは前触れも無く来るでしょうね。アライアス公爵のご友人が言うには気に入った人間の居るところに入り浸る癖があると仰っていましたし。陛下昔からアライアス公爵に気に入られておられますよね」
「…………」
コルトの言った事を嘘だと言いたい気持ちだったが、絶対にそうなると何故か確信が持てた。
「…進むも地獄、退くも地獄か」
「嫌な事を仰らないでください。このミッダル王国はあなた様が居なければ今ここにありませんよ。なので精々長生きして下さい。次代の王や王族が馬鹿なことをしないように」
「当然お前も一蓮托生だよな?」
「私ももう隠居したいのですがね。仕方が無いので付き合いますよ」
そう言って俺とコルトは一緒に笑い声を出しながら盛大に笑った。