表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
186/251

衛星国ミッダルの王族(2018.1.12修正)

「もう少し説明をした方が良かったのではないか?あれではド・ヴィゴがあまりにも可哀想だが」


天幕から出てきたウィルブラインにアレイオスは天幕内に居るヴィゴに向けて同情的な表情で語りかけた。


「急がせたのはおっちゃんじぇねーか。大丈夫だってあいつ結構見所あるから」

「いや。見所があるなしではなく、あの状況でいきなり王だと言われても理解が追いつかんだろう」

「良いんだよ、これから頑張れって意味も込めて魔法薬ポーションと聖水を飲ませてやったんだから、あいつも理解してるって」

「絶対にわかってないと思うぞ」


ウィルブラインはアレイオスの正論を聞き流すと、さも不満と言う顔を作った。


「に、してもロイズの野郎……余計な事しやがって」


ウィルブラインがロイゼルハイドについて悪態を述べたのには理由があった。

それはヴィゴ達が倒れてから天幕へ向かってすぐにまで時は遡る必要がある。








「おい。起きろ。起きろって」


ウィルブライン達が天幕の中に入ると、そこにはぶくぶくと太った男がベッドの上で盛大に鼾を搔きながら寝ていた。

この男こそ今回の戦で名前だけの大将であり、戦争の原因を作った王族である。

天幕の中にはその王族の男一人しかおらず、他の召使達は既に皆逃げたようだ。


「駄目だ。全然起きねー…」

「しかしこの男、この状況で良く熟睡できるな」


寝ている王族を起こそうにも全く起きる気配は無く、アレイオスは呆れを通り越し最早感心といわんばかりの反応を見せた。


「ウィルどいておれ」

「おう」


ウィルが男の側を離れるとアレイオスは男の側にまで近づきベッドの端を片手で持つと。


「それ」


何の気概も無く、まるで枕でも持ち上げるような動作でベッドを持ち上げ傾けたアレイオス。

そんなアレイオスの行動に全く驚きを見せずウィルブライン達は平然としている。

既にその行動を読んでいたか、予測していなかったとしてもアレイオスなら、と何の不思議にも思わなかったのであろう。


「ふごぉ!!!ッブフゥ!!!」


男はベッドから落とされ見事に顔から着地したと同時にアレイオスに頭を押し踏まれた。

太い胴体から生えた短い手足を必死で動かしもがくが、それを見る周りの人間には滑稽を通り越し不快感を覚えさせた。


「おっちゃん…流石に頭踏むのはどうなのかと思うぜ」

「何を言っている。私はこやつがこの体型ゆえ、転がって怪我をしたら可哀想と思い体を止めただけだ」

「じゃあ仕方ねーな」


真実かはわからないが、王族の男にして見れば迷惑極まりない事は間違いない。


「な!な!無礼な!私を誰だと心得ている!!私はミッダル王国のだい」

「で、コレをどうするのだ」

「あ~。もうどうでも良くなってきたな。とりあえず縛り上げれば良いんじゃね?」

「貴様等!私を無視するとは!!この無礼者達が!!名をな」

「バインド」

「な!なんだこれは!!?んがぁ!!?」


寝起きで状況がつかめず混乱している王族は激怒するが、言葉は無視されアレイオスが唱えた拘束の魔法で縛り上げられる。


「な!?コレを解け!!貴様等本当に一体何者なんだ!!?」


魔法で拘束され身動きが取れない王族の頭の上にはまだアレイオスの足が載っており、彼が見ることが出来るのは床だけだ。


「あ~この魔法俺もつい最近掛けられた事があるけどえげつないんだよなぁ。どんなに暴れてもビクともしねーし。まぁ俺の掛けられたのはあいつの改良版だったからエグかっただけかもしれないが」


ウィルブラインはつい数ヶ月前に親友ロイゼルハイドからこの魔法を掛けられた記憶を思い出す。

唯の拘束魔法のバインドは光の輪で目標物を縛り上げる魔法だが、ロイゼルハイドの改良したバインドは、暴れれば暴れるほど拘束がきつくなるというえげつないものであった。

その時の事を思い出し、遠い目をするウィルブライン。


「ギラン!ペリット!何をしておる!!この無礼者共を始末しろ!!!」

「誰を呼んでいるのかは知らんが、ココには私達しかおらんぞ」


既に逃げた召使や護衛の名前を呼ぶが返事が返ってくることは無く、返ってきたのは自身の頭に足を乗っけている男の声であった。


「貴様等は何者だ!!名を名乗らんか!!」

「衛星国の王族風情が聖帝国准伯爵位の私に向かって随分な言い様だな」

「な!!?」


聖帝国の爵位は他国の爵位や王族よりも位と権威が高い。

他国の王は聖帝国の准男爵から子爵の位を持つ者に対して敬意を持って接しなければならず、むしろ王たる自身と同じ対等な位置の受け答えが必要である。

さらに准伯爵と24家当主に対しては、自身が進んで頭を下げなければならない。

それは騎士爵位も同じで、上は子爵に相当する聖騎士、下は准男爵に相当する第三騎士の称号持ちでも同じ事。

なので事情を知っている者ならばこの王族の受け答えはとても無礼に映る筈で、それがたとえ人の頭を踏みつけるというエキセントリックな事をしている男でも、准伯爵の位を持つアレイオスに対しこの王族は敬意を持ちつつ見苦しくない受け答えをし、頭を下げ膝を突かなければならない。

それほどまでに聖帝国の爵位とは重く、そして高い権威を有していた。


「ヴィゴはどうした!!?あいつ等逃げたのか!!?おのれ臆病者めが!!」

「おい。お前があいつ等の事を悪く言う権利なんて何一つ無いぞ」

「何だと!!?…っ!!?」


王族の男は踏みつけられた頭で必死に目線だけ声のほうへ動かすと、驚愕の顔を作った。


「お!お!お前は!!ウィルブライン!!?」

「あ~ん?何で俺の名前知ってんだ?」


その瞬間、ウィルブラインの頭の中でまるで鎖で繋がれた錠が外れたような感覚が起こった。


「ウィル。今おぬしの名を知らぬ者のほうが少ないだろう。当主を交代したというお触れは既に出しているのだからな」

「…」

「ウィル?」

「…ああ。名前は知ってても顔はわからねーじゃん。それにコイツとは俺初対面なんだけど?」


ウィルブラインは自身に起こった事を一瞬で咀嚼し理解した。


「ぇえい!!貴様!忘れたとは言わせないぞ!!貴様のせいで私は!私は聖帝国を追い出されたのだ!!」

「はぁ?俺のせい?って言うかマジでお前誰だよ」

「良くぞ聞いた!!私はミッダル王国第一王子にして」

「あ~つまりもう直ぐ王族じゃなくなる王族ね」

「………は?」

「え?だってお前この戦に負けたじゃん」

「……負けた?」

「ああ。こちらは死人も出ないし圧勝だったぞ。けが人も軽症だしな」

「そんな筈は無い!!我が国で一番の軍団だぞ!!?」

「確かに何人かは見所のある奴はいたな。だがそれだけだ」

「今の王族は王も含め、命の無事と引き換えに全ての称号と財産、権力を取り上げるって決めたからな。

だからお前はもう唯の一般人だ。まぁ次の政権の奴等にお前を引き渡すつもりだから、このままだと裁判で有罪になって罪人になる可能性のほうが高い。いや、既に決定事項だ」


罪人確定の王族はその顔を赤から青に変え、まるで酸欠の鯉のようにパクパクと口を動かした。


「そんな筈があるか!!この私が!私が!!糞!ウィルブライン!お前さえ!!お前さえいなければ!!」

「そんなこと言われてもなぁ」

「いや!むしろ諸悪の根源はあいつだ!!名前を出すのも忌々しい!!」

「あいつって誰だよ」


王族は錯乱状態なのかウィルブラインの言葉が耳に入っていないようだ。


「あいつさえいなければ!おのれロイゼルハイドめ!!」


王族がロイゼルハイドの名前を口にしたその瞬間、王族が寝そべっている地面から光が発せられた。

アレイオスは慌てて王族の頭から足をどかして飛びのき、ウィルブラインを守るようにして自分の背中の後ろへと下がらせる。


「なんだこれは!!?」


地面から発せられた光は見る見るうちに大きくなり、王族の男の体をすっぽりと覆う大きさの魔法陣へと変じ、白に近い黄色をしていた魔法陣の光はどんどんと色を濃くさせ赤を通り越して黒が強い紅色まで色を変えると、まるで炎が点火されたかのような勢いで赤黒い何かを湧き上がらせながら王族の体を蝕むように這っていった。

アレイオスの放ったバインドの光は既に赤黒い何かに飲み込まれその効力は失われている。

だが王族は身動きが取れないでいた。

何故なら赤黒い何かが茨のように王族の体に巻きついていたからだ。


「何だこの魔法構築式は?」


ウィルブラインは咄嗟に王族に掛けられている魔法を解析してみるが、全く理解できなかった。

何故ならそれは魔法陣ではなく魔導陣と言う日本語で描かれたものだったからだ。

ウィルブラインとロイゼルハイドの弟子のような人物、セボリオンがいたのならばその魔法構築式が何なのか理解できたであろうが、生憎この場所に日本語を理解できる人間はいない。

なので魔導陣の真ん中に描かれている『呪』と言うシンプルな漢字も唯の記号にしか映ってはいなかった。


「ウィル。前に出るな。これは見るからに禁術の類だ。禁術でないにしても規制されなければならないような術だ」



アレイオスたちが得体の知れない魔法に眉を顰めている間にも王族の身体を蝕み続けていた。

赤黒い何かは王族の自由を奪い、身動きするどころか声を出すことさえも奪い去っていたのだ。






その頃、遠く離れたフェスモデウス聖帝国サンク・ティオン・アゼルス学園都市に存在している迷宮の奥深くの階層で、ある男が無数のモンスターの屍が散らばる広い部屋の中、一人で佇んでいた。


「…ああ」


男は何かを納得したようにそう呟くと、誰に向けるでもなく声も立てず不敵に口に弧を描いた。

笑う男の目の前には、自身の4倍の身の丈はあるだろうモンスターが男目掛けて突進していたが、男は表情も変えずモンスターに向けて指を翳す。


「バイバイ」


それは果たして目の前のモンスターに放った言葉なのか、それとも遠く離れたミッダルの地にいる男に向けて放った言葉なのかわからなかったが、男の指から放たれた光はモンスターの眉間へ吸い込まれ、一瞬身体が痙攣すると声も立てずにモンスターは地面へ倒れこみ部屋を揺らした。


「そうだった。20年くらい前だったからすっかり忘れてた。アレに術をかけてたこと」


魔光に照らされて男の漆黒に濡れたような髪の毛は艶かしく光を反射し、世界の青を集めたかのような美しい瞳はブルーサファイアのように輝き、三十路を越しても若々しい顔はまるで王子様のよう。

この男こそウィルブラインの幼馴染で親友そして悪友でもあり、件の王族に呪いをかけた張本人で名をロイゼルハイドと言い、セボリオンと同じく前世の記憶を持ち、24家当主や国の権力者有力者、はたまた裏家業を生業としている者達にさえも恐れられる男である。

そんなロイゼルハイドは現在迷宮探索とは名ばかりの憂さ晴らしの途中であった。

つまりロイゼルハイドは物凄く機嫌が悪かったのだ。

それは何故かと言うと、ある人と戦争に行く行かないで口での言いあいから最終的には殴り合いの喧嘩にまで発展し、結局負けてしまったイライラを発散させるため一方的にモンスターを蹂躙していた。

その顔はまるで能面を貼り付けたかのような無表情で、一緒の空間にいることすら息が詰まるかのような雰囲気を纏っており、弟子のセボリオン曰く「触らぬロイズさんに祟りなし、下手に藪を突いて八岐大蛇が出てきても嫌だからモンスターさん達南無南無。それよりも機嫌が直ったら俺の宿題の量減るよね?ねぇ?減るって言って」らしく、セボリオンは片手で持ったハンカチを振りながらロイゼルハイドを迷宮へと送り出していた。


「あの時はまだまだ未熟だったからどんな呪術になるかわからなかったけど、ふ~ん…成る程。確かあの術が発動するスイッチはウィルがアレの事を完全に思い出して、アレが僕の名前を口にするって条件だったっけかな?ウィルには悪いと思ったけど、あの時はウィルの記憶を少し弄らないとウィルの心が不安定で危なさそうだったからなぁ。まぁ、前アライアス公爵のベルファゴル大公にも許可とって弄ったから何も問題は無かったとは思うけど。さてと、良い感じに憂さ晴らしも出来たし、食材を集めて帰ろうかな」


ロイゼルハイドは憂さ晴らしも終わり迷宮に潜る前のピリピリした印象が無くなって、いつもと同じ温和な王子様風に戻っている。

それは本当にモンスターを狩ってストレス発散できたのか、それとも自分のかけた術でアレを始末出来て溜飲を下げたのかは定かではなかったが、ロイゼルハイドは鼻歌交じりにモンスターの屍を気にする事も無く、闇の奥へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ