衛星国の将軍4(2018.1.11修正)
目を覚ますと絹で織られた布が付いた天蓋が真上に見えた。
そして自分がやわらかいベッドの上で寝ている事に気付く。
はて?ここは確かあの屑が居た場所ではなかったか?
何故俺はココで寝ているのだろうか?
「……っぅ!!」
意識が覚醒し始めると急にハンマーで叩きつけられたかのような衝撃が頭を襲ってきた。
どうやら唯の頭痛のようだがあまりの痛さに顔を顰める事しかできない。
身体も上手く動かせずやっとの事ベッドから上半身を起こし人を呼ぼうとするが喉が非常に痛く、それに比例して声も酷く出辛かった。
「………っ!!!」
さてどうするかと思った瞬間、俺は自分が倒れる前の光景を思い出した。
そうだ。俺はあの戦で何の抵抗も出来ず負けたのだ。
意識を失う前に見たアライアス公爵の笑顔がやけに頭にこびりついて離れず、あの後どうなったのか思案する。
あの場に最後まで一緒に立っていたコルトはどうなったのか?
他の部下たちは無事なのか?国はどうなったのか?
子供は?妻は?家族は?民達はどうなったのか?
色々な考えが頭に浮かび覆いかぶさってくるが、今一番素朴な事に気付いた。
あれから…俺が意識を失ってからどれほどの時間が経っているのであろうか?
この天幕の様子を見るに恐らくはそう時間は経っていないと思われた。
だがもしかしたらこの天幕はあの屑のいた天幕とは違う天幕かもしれない。
ふと周りを見てみると、地面のある一角だけ明らかに色が変わっている。
なんだあれは?何で天幕の中の地面の一部があんな変色しているのだろうか?。
もっと近くで見てみよう。とギシギシと痛む身体に鞭を打ちベッドから起きようとした瞬間、天幕の布が揺れた。
「よう」
咄嗟の事に身構えた俺に返ってきたのはその一言だった。
「っう!!」
身構えた時に体中が悲鳴を上げたが今はそれを気にしている場合ではない。
「もう起きて大丈夫なのか?」
声の主は俺達を見事なまでに蹂躙した聖帝国軍の大将、アライアス公爵その人であった。
最初見た時と変わらない軽鎧装に赤銅色をした髪の毛、凛々しく男らしい顔に美しい緑の眼、薄い唇からはキラリと見せる白い歯で笑う姿はまるで貴公子だが、見ようによっては貴族の道楽息子のようにも見えた。
「っ!!!」
慌てて起き上がり礼をしようとした瞬間、体中に激痛が走り身を縮ませてしまう。
「おいおい。無理するなよ。ボロディンの衝撃音で体中ボロボロなんだからな」
ボロディンとは何なのか?などと頭をよぎるが痛みを必死に抑える。
「ま……に………か」
「おいおい。喉が潰れてて何言ってるかわからねーって。それにそんなボロボロな体で動くんじゃねーよ。ほれコレを飲めや」
「!!…ング!!!」
アライアス公爵は腰に付いたポーチから瓶を取り出すと、俺の口に無理やり押し込んだ。
俺も俺で咄嗟の事に身体がついていかず、思わず瓶の中身を飲み干してしまった。
「!!!」
不味い!最悪な味だ!!
苦味と酸味、辛味と幽かな甘味、そして何よりも強烈な青臭さが口全体を襲った。
これは毒薬なのか!?俺はやはり死ぬのか!?
悶絶する俺を哀れな小動物を見るような目でアライアス公爵はみてくる姿は、余所で見ていれば大変滑稽な光景だったであろう。
だがここは天幕の中なのでその光景を目撃する者はおらず、既にあるのか疑問な俺の名誉は守られた。
「安心しろ。これは毒じゃねー。………多分な」
少しの間が開いた後に言われた『多分』と言う言葉に俺の不安は増幅される。
毒ではないにしろ劇薬には間違いなさそうだ。
もしかして俺は実験体にでもなったのであろうか?
「一応それ俺も飲んだ事があるから。今現在生きている俺が言うんだから大丈夫だ」
その言葉に少しの安心感は出たが、既に飲み干したはずの液体の後味が最悪なため脂汗と共に涙が出てきた。
「あ~わかるぞぉ。俺もそれを飲んだ時は不味さで泣いた。全くあいつは何てもの作りやがるんだか。まぁでもそろそろ効いて来る筈だぜ」
とんでもない後味の悪さと戦っていると身体全体が熱を帯びていくのがわかった。
それはまるで全身を適温の湯の中に浸わせているかのような心地よさ。
まさに天国と地獄を同時に味わっているかのような気持ちだ。
しかし、未だに続く口の中の気持ち悪さのほうが幾分か勝っていた。
「どうだ?もう大丈夫そうか?ほれ。コレ水だ」
俺はアライアス公爵から差し出された水を奪うように受け取り一気に飲み干した。
恐らく先程の液体で味覚が馬鹿になっているのか、それとも嗜好が変わったのかはわからないが、この水は俺の人生の中で一番美味いと豪語できるほど最高の味だった。
「美味い!……声が」
「もう大丈夫なようだな。これは俺の親友が作った魔法薬だ。そいつは性格は最悪だが腕は確かだから安心しておけ」
どうやら俺が先程飲まされた液体は魔法薬だったらしい。
魔法薬と言えば聖帝国以外は殆ど出回ることが無い貴重品だ。
そんな貴重品を敗戦国の者に飲ませるなんて!!
だがそれは後だ。
まずやる事がある。
その場から立ち上がり挨拶をする。
「大変の見苦しい姿をお見せしてしまい、真に申し訳ございません。わたくしミッダル王国のアルタス公爵家当主バンジャンが嫡男ヴィゴ伯爵と申します」
「おう。俺はウィルブラインだ」
アライアス公爵の受け答えに思わず目を見張った。
爵位や称号を付けず己の名前だけ名乗るなど儀礼に乗っ取った名乗りではないからである。
「あ~。吃驚したかもしれんがコレが俺の素だ。一応堅苦しいのも出来るが今は必要ないと思ったからお前に素を見せている。俺は名乗ったんだ。で、お前の名前は?」
「……フランソワでございます。フランソワ・ルイ・ド・アルタス・ド・ヴィゴと…」
「ふ~ん。俺の国じゃ『ド』の称号は騎士爵位の称号なんだが、そっちのは貴族の称号みたいなもんか?」
「左様でございます。わたくしは嫡男のためアルタス公爵家が持つ伯爵位を承っております。ですので『ド』の称号が二つつきます」
「つまりアルタス公爵家の跡継ぎがヴィゴ伯爵の爵位を持ち、その跡継ぎがアルタス公爵を襲名するとヴィゴ伯爵位はアルタス家に戻り、そしてお前に子供が出来るとヴィゴ伯爵位が子供に行くって事か」
「左様でございます。唯わたくしは既に子供が居ますが、父がまだ公爵の位に居るため息子は無爵位でございます」
「へぇ。面白いな。うちの世襲貴族と大公みたいな関係なのか。やっぱり他国の文化を知るのは面白い。じゃあそれで」
「こぉら!ウィル!何時まで関係の無い話をしておるか!」
アライアス公爵が話を続けようとした瞬間、天幕の外から怒鳴り声が聞こえてきた。
「良いじゃねーかおっちゃん」
声の主が天幕の布を捲り中に入ってきた。
「良い訳あるか。早く話を進めろ」
「だって他国の事を知れる機会が少ないんだぜ。面白いじゃん」
「ああ!もう良い!私が話をする!」
怒鳴り声の人物は倒れる前に見た初老で巨漢の男。
巨漢の男はこちらに振り向き話を進めてきた。
「ダルタス公爵家のド・ヴィゴ伯爵。小官はフェスモデウス聖帝国軍最高司令官にして聖騎士と准伯爵の称号を聖下より承っているアレイオス・ルフトガート・ガディス・フォン・ド・パルミランティ・アゼルシェードである」
アゼルシェードだと?
アゼルシェードと言えば24家の一つではないか。
アライアス公爵の他にアゼルシェード家のお方…
しかも聖帝国において軍人の最高称号の聖騎士を持つ人物が参戦とは……
ココまで来ると驚きを通り越して何も感じないな…
「此度の戦は我が聖帝国の勝利である。そちらの大将であった王族は既にこの世にはおらん」
「……はい」
薄々気付いてはいた。
俺がこの天幕の中に居ると言う事は、今現在この戦場に居るミッダル王国軍の中で俺が一番地位が高い人物となるからだ。
「あの、二つほど…宜しいでしょうか?」
「うむ」
「わたくしが倒れてどの位の時が経っているのでしょうか?そしてわたくしの部下達は…」
「およそ1日だ。あと貴君の部下については安心なされよ。あの場で錯乱した者達とその被害者以外は皆生きている。錯乱した者に関しては被害がアレ以上広がらんうちに殺した。被害者のうちの何名かは治療したので命は助かったぞ」
「………そうですか。ありがとうございます」
「貴君が寝ていた間にこの国の他の王族たちを拘束した。これから戦後処理などで貴君は忙しくなると存ぜよ」
「…………はい。かしこまりました」
ああ、終わったな。
果たしてこの国は存続できるのだろうか。
今すぐ国を解体するとは言われてはいないが、何れは亡国になるのだろうな。
何せ宗主国に牙を向いたのだから。
「我々は一度本国に戻る。お達しは又後日することになるが、大まかな事は貴君に任せる。ウィル行くぞ」
「おう!じゃーな」
アライアス公爵はニカッと白い歯を見せながらアレイオス卿に引き摺られるように天幕から出て行った。
まだあの戦いから1日しか経っていなかったか。
まるで嵐のようだ。
この戦も、そしてアライアス公爵も…
「あ、そうだ。言い忘れてた」
一人天幕の中で黄昏ていると、アライアス公爵が用を思い出したかのように戻ってきて天幕の布から顔だけを覗かせた。
「今日からお前がこの国の王だから。頑張れよ。じゃーな」
「………………………へ?」
私が声を発する事が出来た時には既にアライアス公爵の姿はそこに無かった。