聖帝国軍の最高司令官(2018.1.10修正)
「こいつ等手当てしないで放っておいても大丈夫か?」
「敵兵にそこまで慈悲をかけるな。それにこやつ等は只気を失っているだけだ。見た感じ命に別状は無い」
「そっか。じゃあ行きますか」
ウィルブラインはヴィゴとコルトが倒れた姿を見て心配するが、アレイオスに注意され納得した様子で天幕へと馬を進めていく。
馬を進めながらウィルブラインは周りを見渡した。
「しっかし本当に何にも無いな。こうもうちょっと草木が生えてると思ってたが、ごつごつした岩と痩せた土の大地が広がってるだけだし、なんか殺風景だよな」
「我が国が異常なだけでコレが普通だ。ここは精霊がほとんど居ないからな」
「ロイズやセボリーだったら気付くかもしれないが、俺には何も感じないって事はいないんだろうな」
ウィルブラインはある程度精霊の力が高ければ、精霊の有無を感じ取れる事が出来る程の力を持っている。
だがそんなウィルブラインが何も感じないと言う事は、この土地は精霊の加護を受けていないと言う事だ。
精霊とは土地を肥やして豊かにし、生きとし生ける全ての者に活力と恵みを与えてくれる存在である。
その精霊の大半は聖帝国に存在し、聖帝国以外の国に多くの精霊が集まることはほぼ無いと言って良い程珍しい。
もし聖帝国以外の場所に精霊が集まるとすると、先程ウィルブラインの口から出た悪友兼親友のロイズことロイゼルハイドか、昔から弟のように可愛がっているエルトウェリオン公爵家長男アルカンシエルの友人で、ウィルブラインとロイゼルハイドの弟子のような関係にあたるセボリオンと言う者のように、精霊の愛し子と呼ばれ生まれつき精霊に好かれる体質の者がいる場合のみだけ。
実を言うとロイゼルハイドとセボリオンはその精霊の愛し子の中でも更に特別な存在なのだが、ウィルブラインはロイゼルハイドと幼少期を一緒に過ごしていたので、その2人が一般的な精霊の愛し子の例なのだと勘違いしていた。
「うぉ!?」
突然ウィルブラインの持つ盾が光りだし、それに驚きウィルブラインは盾から手を離され大地へと向かって落ちていく。
しかし地面に落ちる前に盾はその姿を見る見るうちに変え、巨大な馬ボロディンの姿へと形を成していった。
「もう終わったのだろう?いい加減元の姿にさせろ」
「お前の元の姿は盾だろうが!」
「あのままだと喋ることができんのだ!心話で伝えることは出来ても味気ないだろうが!」
「もうお前一生盾の姿でいろよ!!なんで喋る必要性があるんだよ!!」
「つまらないからに決まっていようが!!それにどの姿だろうとわしの勝手だろうが!!」
ウィルブラインの乗っている馬が明らかに怯えている。
どうやらボロディンの存在が怖いらしい。
それもその筈で、普通の馬なら体高さ160センチ程でどんなに大きくとも体高2メートル少しであるのに対し、馬の姿のボロディンはどんなに低く見積もっても2メートル50はあるように見える。
フォルムもサラブレッドのようにスリムな体型ではなく、大きい身体に見合うだけの足の長さと太さを持っており、重さ的には2トンを越えていた。
更に精霊道具の中でも高位の格にあたるボロディンが発する圧は凄まじく、いくら訓練された軍馬と言えども元々繊細な気質の馬には恐ろしい存在のようだ。
「全く。最近の馬は肝が小さくて困るわい。昔は」
「あ~はいはい。わかったわかった。お前の武勇伝はそのうち聞いてやるかもしれないから黙っとけ」
「そう言わず聞け」
「だってお前の話長いんだもん。それにその話歴代の先祖にも話してる内容だろ?ぶっちゃけ親父から内容を聞かされて知ってるから話さなくて大丈夫だ。むしろ二度と話すな」
「何!?ジルめ!あやつわしがいない所でこそこそと話しおったのか!?嘆かわしい!嘆かわしいぞ!!初代アライアスの頃はそれはもうわしは奥にも置かれぬ待遇で」
「で、おっちゃん。今回の後始末どうするんだ?」
ウィルブラインはボロディンの話を聞く事を最初から放り投げていた。
何故ならウィルブラインは幼少の頃からボロディンに構われているので捌き方もお手の物で、これ以上話をすると深みに嵌ることが理解できていたからである。
「何故私に聞く。此度の戦の大将はおぬしだぞ。私は付き添いに過ぎん。それにウィル、おぬしの頭の中ではもう青写真は出来ておるのだろう?」
「まぁな」
ウィルブラインはアレイオスの答えに苦笑した。
実はこんなおチャラけて見えるウィルブラインだが実はそれなりに頭は出来は良く、学園時代の座学の成績は常に学年で10本の指に入っており、実技試験を合わせた総合順位でも常に5本の指に入っていた。
それだけ聞けば模範となる優等生だが、素行が宜しくなかったのかほぼ退学に近い強制卒業と言う形で中等部を卒業していたりする。
余談だが、ウィルブラインと同学年で座学と実技試験を合わせた総合順位が初等部から高等部の12年間全てで常に一位だったのがロイゼルハイドである。
実技試験ではのらりくらりと攻撃をかわしながら対戦相手の同級生を投げ飛ばし、試験官である教師や軍人をおちょくりながら千切っては投げ、座学では満点を通り越し加点が付けられる様な回答をし、通常では見たことの無い点数を叩き出して他の追随を許さなかった。
あまりにも優秀だったため本来聖帝国籍の生徒はさせない飛び級を教師陣から奨められていたが、満面の笑顔でいつも断っていたことは当事有名であった。
「だったら私に聞かずにやれ。こやつの話に付き合うほど私も暇ではない」
こやつといわれたボロディンはと言うと、自分がどれだけ素晴らしいのかを力説するため己の世界に入っており、アレイオスの言葉は耳に入っていなかった。
「大方青写真は決まってるんだが…」
「何だ?何か問題があるのか?」
言葉を詰まらせるウィルブラインにアレイオスは片方の眉毛を上げる。
「いや……実は…聖下から直接自由にやれって言われたんだけどさ…これって完全なる丸投げだよな?」
「………」
ウィルブラインの回答にアレイオスは片方の眉毛を上げたまま眉間に皺を寄せた。
「本当に良いのか?これってひとつの国を滅ぼすのも生かすのも俺に任せるって事だよな?目茶苦茶重要な事を家を継いで間もない俺に任せるってどうな訳?」
「………」
「どうしたんだおっちゃん?」
「………はぁ…私はおぬしが羨ましい」
ウィルブラインはアレイオスの反応が珍しかったのか、マジマジとアレイオスの顔を見た。
「私は軍人になってからこの80年以上の間、聖下から直接お言葉を掛けて頂いたことなど無い。ましてやご尊顔に与ったことすら無いのだ。私が聖騎士の称号を承った時でさえ、今の帝佐閣下が聖下の名代として称号を授与して下さっただけ……それに私がどんなに大きな戦に出る時も、大きな功績を残したとしても、私が聖下に直接お声を掛けて頂いた事など唯の一度さえない。正直私はお前に心底嫉妬している。それだけお前は聖下に認めてもらっているのだからな」
「…おっちゃん」
「分っておる。おぬしに罪は無い。むしろそれを悔しいと嫉妬する私のほうが罪深い。私は生まれが生まれだからな。元が卑屈なのだよ」
「へ?でもおっちゃんはアゼルシェード家の出だろ?」
「ああ。正真正銘アゼルシェード辺境伯家の出だ。だが私の母は奴隷だった」
アレイオスの言葉にウィルブラインは目を見張った。
聖帝国では奴隷は普通に存在している。
その殆どは戦争で国を滅ぼされた他国出身の捕虜奴隷か、殺人など重い罪を犯し聖帝国籍を剥奪された犯罪奴隷であった。
だが一般的に想像する奴隷ではなく、むしろその体系は現代日本の使用人に近い存在で給金は出て衣食住が約束され、休日も普通にもらえるし結婚も出来る。
勿論重犯罪を起こし奴隷になった犯罪奴隷の扱いはそれよりも下がるが、奴隷達を守るきちんとした法律があり、それを破ると雇用主に重い罰が待っていた。
但し、奴隷は死ぬまで奴隷でありそれ以上の存在にはなることが出来ず、どんなに頑張っても聖帝国籍をもらえることは無い。
それでも他国の人間は自国の待遇より良い生活が出来るため、進んで奴隷となる者さえいる程であった。
人間としての尊厳が守られる聖帝国の奴隷だが、雇用主と使用人である奴隷に対しての恋愛感情は禁忌ではないが褒められたものではなく、妾と言う形で娶り子供が出来てもサンティアス聖育院に預けることが殆ど。
中には子供を預けることなく仲睦ましい家族もいるにはいるが、それは本当に一握りだけであった。
「私は私の父が妻を亡くし歳を取ってから奴隷である母との間に生まれてきた子供だ。勿論父や異母兄姉、使用人から差別はされる事は無く愛情を注がれて育てられたが、家族や使用人以外の周りの人間からは色々と言われたものだ。おぬしも少なからず覚えがあるだろう?まぁ、おぬしの場合はきちんとベルファゴル大公と婚姻した後妻の子だから言われたことは無いかもしれないが」
「いや。俺も周りから色々言われた。と言うかそんな奴等を黙らせて俺を助けてくれたのがおっちゃんじゃねーか。今でも感謝してるんだぜ」
アレイオスは自分の境遇と近いところのあるウィルブラインに昔から気を掛けていた。
更にアレイオスと同じようにウィルブラインが思春期の時に母を亡くしている為、尚の事多忙の中顔を見せ雑談をし、訓練と称して剣と魔法の訓練をみていたのだ。
実を言えばウィルブラインが最初に試しの迷宮に潜った時の付き添いは、親友のロイゼルハイドではなくアレイオスであった。
「そんな引っ込み思案だったお前が今では公爵だなんて信じられんな」
「俺でさえ今でも信じられねーよ。しかも俺の場合強制と言う名の出来レースだったし」
「良いではないか。それだけ素晴らしい器だったと言う事だ。私は違かったがな」
異母兄である先々代アゼルシェード辺境伯が家を継いだ時アレイオスはまだ乳飲み子で、苗木剪定の儀には選定されず、物心ついた時には既に異母兄が当主であった。
「でもおっちゃんは先代アゼルシェード家の苗木剪定の儀で継ぐ事を辞退したって聞いた事があるんだが?」
「ああ。私よりも年上の甥や姪、さらに優秀な従兄弟やはとこがおったからな。正直私は選ばれないと思っていたし、断った。実際今のパルミランティ大公である姪が先代アゼルシェード辺境伯に選定されたしな。と言うか、最初から苗木選定の儀の苗木候補に私が選ばれるとは思ってはいなかったのが正直な所でな。苗木剪定の儀に召喚されたことすら驚きであったわ」
「いや、苗木剪定の儀に召喚された時点で器は横並びだぜ。苗木剪定の儀で苗木候補が複数人召喚されるって事はどうもそう言う事らしい。一定以上の才覚と人望、そして聖帝国に対して邪念を持っていないかが選定理由らしいからな。飛びぬけた器の持ち主ならそいつだけしか召喚されないらしい。聖下もそう仰っていた」
先程から眉間に皺が寄っていたアレイオスの顔が呆けた表情に変わる。
「だからおっちゃんは出自や才覚で後ろめたい事や暗いところなんて何も無いんだぜ。世界最強の聖帝国軍最高司令官にして国と聖下の守護をする聖騎士の称号を持ってるんだ。相当な人望や才能、そして能力が無いと名前もあがることすら出来ないものだし、コレに関しても最終的に選ぶのは聖下自身なんだぞ?おっちゃんは十分聖下から信用信頼されているし、周りの人達からも慕われているんだからな。それをもっと自覚しろよ」
アレイオスの顔が呆けた表情から驚愕の表情へ染まる。
「それにな。おっちゃんは今も昔も俺の英雄なんだぜ。もっと自分を誇れよ。なんたってアレイオス卿は聖帝国世襲貴族であるアライアス公爵が世界で最も尊敬する男なんだからな!」
「………そうか……がはははは!!そうだな!!!」
アレイオスは顔を皺くちゃにしながら豪快に笑った。
「うわ!何すんだよ!!俺はもう子供じゃないんだから頭撫でるな!!」
「私にとってはおぬしは何時まで経っても可愛いやんちゃ坊主だ!!」
「だから俺はもう30過ぎてるっつーの!!!」
その光景を見ていたアレイオスの部下は鼻を啜りながら笑い、いつも無表情の佐官も珍しく微笑を湛えていた。
「と言うわけだ!!どうだ!凄いだろう!!!」
そこに空気の読めないボロディンが自分の世界から戻ってきたらしい。
誇らしげな顔でウィルにドヤ顔を向けている。
「あーそうだな凄い凄い」
「やっとわしの凄さがわかったか!!これからはわしをもっと褒め称えても良いのだぞウィル坊!」
「さて!じゃあ奴さんの顔でも見に行くか!」
ボロディンを無視してウィルブラインは笑顔で天幕へと向かい騎馬を走らせる。
そんなウィルブラインの対応に苦笑した後アレイオスはウィルブラインの後に続き、ウィルブラインの側近やアレイオスの部下の兵士達も続いて騎馬を駆りたてた。
(そうか。私は生まれてきて良かったのだな。ああ、感謝します)
アレイオスは前を行くウィルブラインの後姿を眩しそうに眺めると、天に向かって自分をこの世に産み落としてくれた父や母、可愛がってくれた歳の離れた異母兄姉、一緒に馬鹿が出来る友人達、自分を慕ってくれている部下達、そして今まで見守ってくれてきた精霊達に対し改めて感謝を送るのであった。