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衛星国の将軍3(2018.1.9修正)

…ああ、体が酷く暑い。

沸き立つ血潮は熱く燃え、血管を駆け巡り心臓の鼓動を早くさせ、体から蒸気を噴出させた。

だが不思議と体は軽くやる気に満ち溢れている。

先程から聞こえる呪歌の影響が嘘のようだ。

剣を持ち馬を駆って敵軍へ目掛け「突撃チャージ!!!」と叫び進軍を開始した。

このまま行けば勝てはしないものの良い勝負が出来るのではないかと思った瞬間、凄まじい轟音が戦場に響き渡った。


「…く!?っぁ…ぅぁ…っあ」


息が出来ない。

周りを見れば先程の衝撃音で大半の者が蹲っていた。

空を飛んでいた鳥は落ち、草木に潜んでいた動物も身を隠す事を忘れたように倒れ、馬も先程の衝撃音で腰砕けになったのか走り逃げることすら出来ず、その場で足をバタつかせながら口から泡を噴いている。

馬に乗っていた者の殆どは、馬から投げ出され悶絶し声も出ず、身動きすらまともに出来ていない。

俺自身も何とか馬からは投げ落とされなかったが、震えと呼吸困難が酷い。

俺の乗っている馬は既に戦意を喪失したのだろう、膝を地面に着け目から光は感じられず他の馬と同じように泡を噴いていた。


「…ぅ…ぅう」


横を見るとコルトも俺と同じような状態だ。

胸を押さえ苦悶の表情をしている。

だがそれでもまだコルトの目には光が宿っていた。


まだ行ける。

ここで蹲っている場合ではない。

立て!立つのだ!!

足よ!大地の上に立て!!


まだ酸素を十分に吸えずふらつくが、なんとか馬から降り自分の両足で大地を踏む。

そんな俺の姿を見てコルトを含め俺の周りの者達数名が俺に続き馬から降り立ち上がった。


「…い…ける…か」


返事が無い代わりに各々手に持つ武器を掲げて戦意を示すと、ゆっくりだが足を前へと進めた。


だが、そんな俺達の勇気を砕くように先程の轟音が再び戦場に鳴り響いた。


「ぐぉおおおおお!!!」

「あぁぁぁあああ!!!」


負けてたまるか!

守るんだ!

妻を!息子を!娘を!親を!そして国民を!!


雄叫びを上げ気力を振り絞る。

そうしていないと立ち上がることすら出来なかった。

だが酸素が足りていなかった身体は、叫ぶ事で更にダメージを負った様だ。

頭痛が起き、視界も歪んでいく。

それでも前を向き目を凝らすと既に敵軍はこちらへ進軍を始めていた。

音楽隊が楽器を鳴らし、兵士達が歌を歌いながらこちらへ向かって来ている。

こちらはと言うと兵士の殆どが戦意を喪失させていた。

まだ戦意を喪失している者は良い。

大半の者達は意識を失っているか、もだえ苦しんでいた。

もっと最悪なのは錯乱して味方の兵士に攻撃を加え始めた者だ。

錯乱している兵士に攻撃されている兵士は反撃も出来ず殺されていく。

そんな暴れている兵士を止めようにも、周りの兵士達は力が入らず次々と殺されていく。

やっとの事で暴れる兵士を仕留めるが、また新たな錯乱者が出て殺戮の繰り返し。

そんな光景がそこらじゅうに広がっていた。


地獄だ。

ココは地獄だ。


既に俺の声に反応して歩いていた者達も座り込んでいる。

俺とコルトは辛うじて立っているが、そよ風が吹けばその場に座り込んでしまう程の力しか残ってはいなかった。


「…かっ……か」


コルトが俺を呼ぶが既に声はしゃがれて力が無い。

俺も声を出そうとしたが先程の雄叫びで喉が潰れたのか声が出ない。

喉からはヒューヒューと言う音しか出ず、荒れ果てた大地と同じように俺の喉も渇ききっていた。


そんな俺達に追い討ちを掛けるようにまた先程の衝撃音が俺達に襲い掛かってきた。

敵軍の先頭はもう目と鼻の先だ。


耳が…音が聞こえ辛い…目も霞んで視界が赤く染まっていく。

まだ手に持っていた剣の腹に映る自分の顔を確認すると、耳から血が流れ目には血の涙が流れている。

それでも霞む目で真っ直ぐ敵軍を見ると、数人の男達が馬に乗りこちらへ向かってくるのが見えた。


「敵軍の勢力は粗方削げました!これから抵抗者並びに錯乱しこちらに被害を及ぼしそうな者の始末に掛かります!!」

「~~~」


緑色の髪をした男が赤銅色の髪をした男に向かい報告をする声が聞こえる。

大声で話された前者の言葉は聞き取れたが、後者の言葉は耳が馬鹿になっているせいで聞こえなかった。

緑色の髪をした男は赤銅色の髪をした男の言葉を聞くと更にその部下らしき人物に指示をし始める。

そして動き出した数名の兵士達が、先程から錯乱し味方を殺していた者達を屠っていった。


ああ、本当にこれは戦争ではないのだな。

一方的に甚振られるだけの狩りと同じだ。

あちらが狩る者でこちらが狩られる者。

最初からそうなる事が決まっていたようだ。


そう思うと再び絶望が湧き上がり倒れそうになるが、それでも一握りの気力で砕けそうになる体を必死で支えた。

既に立っているのは俺とコルトだけの状態なのでこちらに気付いたのだろう、赤銅色の髪をした男が俺達の元に向かって近づいてくるのが見えた。

その男は腰にはポーチと少し大きな片手剣を携え、本当に戦場での装備なのかと思う程の軽鎧、兜は被らず左手には荘厳で見事な装飾の盾を持ち、右手にはハンマーとメイスを足して割ったような武器を握っている。

年齢は恐らく二十代前半から二十代半ばだろうか。

均整の取れた男らしい顔立ちはアルゲア教の教会にある石像を連想させた。


限界をとっくに超えている体に鞭を打ち、見え辛い瞳で赤銅色の髪をした男を睨みつける。

赤銅色の髪の男はそんな俺達を見て一瞬目を見張った後口角を上げ、太陽のような眩い笑顔でこちらに笑いかけてきた。


「おお!すげーな。ボロディンの衝撃音を3回も聞いてるのにまだ立てるのか。お前らすげーよ」


まるで昔ながらの友人にでも会った様な気軽な声に目を見張るが、返事も出来ない。

だがこの男は只者ではない事はわかった。

俺は最後の気力を振り絞って手に持った剣を赤銅色の男に向けて突き出し、コルトも手に持ったレイピアを構え相手軍を威嚇している。

その姿を見て赤銅色の髪の男は再び目を見張った後、今度はまるで山の如き威厳を発しながら口を開く。


「見事なり!そなた等の国を守る者としての矜持確かに見せてもらった!その見事な姿勢に敬意を表して名乗ろう!余はフェスモデウス聖帝国世襲貴族24家が一つ、アライアス公爵家第548代当主ウィルブライン・エリック・ガウェイン・ライオニール・フォン・ド・ベルファゴル・アライアスである!」


その言葉に俺とコルトは目を見張った。


このお方がアライアス公爵…

ああ…やはりあの屑の言っていたことなど全て嘘ではないか…

何が気弱で弱虫だ…

何処がひ弱で軟弱だ…

見事な肉体に健康的に日に焼けた肌と凛々しいかんばせ、太陽の光を反射して煌く赤銅色の御髪おぐし、濃い緑色をした瞳の中にあるのは森の木々が風を受けて揺らめくような緑の波の虹彩。

男を美しいと表現するのは可笑しいかもしれないが、それ程アライアス公爵は完璧な美しさを持っていた。


「そなたに問う!そなたは此度の戦の大将か!!」

「…正…であ…り…否で…もご…ざいま…す」


俺の答えにアライアス公爵の眉間に皺が寄る。

恐らく聞き取りにくかったのであろう。

言葉を発した俺自身聞き取れるかどうなのかも怪しかった。


「恐らく実質的な指揮官がこの公達なのであろう。そして名ばかりの大将は恐らくもう死んでいるか、あちらの天幕で寝ているのだろうよ」


いつの間にかアライアス公爵の横にいた巨体で初老の人物にはきちんと伝わっていたようで、俺は「正」と答えた。


「じゃあそいつを捕らえて今回の戦は終わりで良いんだよな?おっちゃん」

「こらウィル。口調が戻っておるぞ」


先程までの固い口調と威厳ある雰囲気は何処へ消えたのか、今のアライアス公爵はその美しさをそのままにとても気安い雰囲気に変化した。

初老の人物も恐らく昔からの知り合いなのか、アライアス公爵に向かって普通に諌言をしている。

ただこの初老の人物も只者ではないだろう。

身体から発せられるプレッシャーはアライアス公爵に負けず劣らず、もしかしたら彼の方が上なのではないか。


「良いじゃん。あの口調疲れるんだよ」

「疲れる疲れないの問題ではないわ!!」


どうやら素のアライアス公爵はこちららしい。

貴族でその言葉使いはどうなのかと思ったが成る程、こちらのほうがこの方の魅力をより引き出している。


「はいはい」

「これ!ウィル!」

「おいところでお前ら大丈夫か?こっちがやっておいてなんだが満身創痍で酷い状態だぞ?そろそろ休め。何、悪いようにはしない。どうせお前ら上に割を食ってるだけだろう。無駄な犠牲者はこれ以上出さねーよ」


そう言ってアライアス公爵は白い歯を見せながらおおらかに笑ってみせた。


ああ…負けた。

戦にも負けたし、人としても負けた……完敗だ…


後ろでドサッと言う音が聞こえた。

どうやらコルトが倒れたようだ。

コルトの姿を確認する事は無く、そこで俺の意識は闇の中に消えていった。

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