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衛星国の将軍2(2018.1.6修正)

ああ…酷く喉が乾く。

焦燥感からなのかそれとも怒りのせいなのか、恐らく両方だろう。

先程からよくこんな状況でペラペラと話し続ける馬鹿な王族の姿に誰も目を留めない。

この馬鹿の従者でさえ遠い目で、意識がこちら側に無い事がはっきりとわかる程だ。

しかしこの馬鹿自身はそんな状況を理解せず口滑らかに雑音を発していた。


「それなのに!!あの国はこんな優秀な私を退学させ!国外追放させたのだぞ!!こんな恥をかかされて黙ってなどいられるか!!!」


最初馬鹿にするために質問し始めたコルトでさえ、もう話しに付き合うのは御免とばかり適当に相槌を打ちながらなにやらハンドサインで部下達に指示を送っている。

恐らく一縷の望みを掛けて何か打開できそうな情報があるのかと思い話しかけたのだろうが、その見当が全く外れていたのだろう。先程の分り易く取り繕った笑顔は消え完全なる無表情だ。

いや、これは完全に退路を断たれたという顔だ。

何せ敵軍の大将を留学時代に散々苛めていたと言う愚かで最低な自慢話をされているのだ。

俺自身も今すぐこの馬鹿を殴り怒鳴り散らしてやりたいが、今の状況でそんな事をしてしまうと部下へと被害が及ぶ。

もう既にこの馬鹿の仕出かした事で被害が起こっているのだから同じだとは思うが、それでもひたすら我慢してどうにか生き残る道はないかと思案した。


「そうなのですか。ああ、ならば殿下。殿下は戦いが始まるまでどうぞ天幕でお休み下さい。後のことはわたくしたちがやっておきますので」

「おお!そうか!!」


重たい体を揺らせながら天幕へと向かっていく馬鹿の姿を途中まで見た後、俺はコルトに話しようとした瞬間にコルトの顔が一気に憎悪の色に染まった。


「最悪だ。八方塞も良いところですよ。馬鹿だ馬鹿だとは聞いていましたが、あそこまで行くと馬鹿と一緒にするのは馬鹿に失礼でなりません。アレは唯の屑です。今すぐ殺してしまったほうがこれからのために良いような気がしてきました。この国が聖帝国の衛星国になってから約160年。最初に腐敗しきった王族は切り捨てられ、残ったまともな王族も数世代前に既にいなくなり、さらにその変革を知る生き字引たちも全て死んでしまった。今の王族は屑と糞ばかりか!!」


その言葉に流石に無言で頷いてしまった。


「あの屑の話では今代アライアス公爵は甘い人物だと言っていましたが、仮にも上の兄弟や親族を押しのけて24家当主になった人物がそんな甘い人物だとは思えません」


それはそうだ。

甘い人物があの24家の当主になれる訳が無い。

近くでは聖帝国に反旗を翻し今はもう存在しない国の戦争時、先代ベルックスブルク伯爵が冷徹かつ激しく国を落とした話は半世紀以上経った今でも有名な話だ。

また数代前のヴァイルゴート辺境伯の領地と繋がる国境線の国同士の戦争では、近くで暴れられると煩いし迷惑だという理由で2カ国とも国ごと滅ぼされ、王侯貴族や平民の戦争へ参加していた者達は全て殺されたという実話もあるほど苛烈な人物が多いのだ。

何故なら24家当主は聖帝国の守護であり、聖帝の武器と同じなのだから。

その武器たる当主を決めている聖帝自身がどのような人物か、歴代聖帝がどのような人物なのかも全く伝わってはこないが、自分の手足として動く者を情で絆されたりする様な人物に選ぶわけが無い。

そんな甘い人物があの超大国の24家の当主になれる筈が無いのだ。


「本当に八方塞ですよ。先程手の者から報告がありました」

「どうした?」


恐らく先程のハンドサインの事だろう。

コルトは独自の情報網を持っているらしい。


「アルゲア教の関係者が国から消えたそうです」

「………そうか」


この国は聖帝国の衛星国だが国教はアルゲア教ではない。

だが何処の国にも熱心なアルゲア教徒がおり、それぞれコミュニティを形成している。

彼らは決してアルゲア教を布教する事はなく、ただただ精霊に祈り捧げせいに感謝をし、畑で野菜を作り家畜を飼い自給自足の生活をしている者が多い。

しかし布教活動はせず静かに生活をしているが、不思議な事に彼らが住む土地は肥え、普通の平民達よりも豊かな生活を送っている事が多く、彼らの周りの平民達は自然と彼らのコミュニティに吸収されていることが多かった。

勿論我が国にもそのコミュニティがあり、一部の貴族達もアルゲア教に改宗する者さえいるが、それが露見すると殺されてしまう恐れがあった。

実を言うと我が家も隠れアルゲア教徒の家であり、100年ほど前にアルゲア教に改宗した家だ。

勿論国は隠れアルゲア教徒を反乱の危険があるためと常に監視対象にいれている。

そんな彼らが忽然と姿を消したと言う事は、この国を見離したと言う事なのだろう。

私としてはそれでもこの国を愛していたいがな。


「せめて先王陛下が存命していたら…」


先代の王は名君と言われこの国の将来も明るいと国民は思っていたが、即位してから僅か4年で突然死を遂げた王である。

今の王はその先代の王の弟だが、今代の王が即位する時に先代王の妻とその子供達、将又その外戚達は排除され今でも僻地の塔に幽閉されているらしい。

それが自分が当事6歳だった時の事で父上や母上、また親戚達が酷く沈んでいた。

何があったのか父上達に聞いても詳しくは答えてもらえず、悲しそうに涙を堪えながら「心配は要らない」と無理やり笑いながら俺を抱きしめてくれた事は今でもはっきりと覚えている。

この国の大貴族出身の自分でさえコレくらいの情報しか流れてこないのだ、本当の話は闇の中。もしかしたら先代王の親族達はとうの昔に殺されてしまっている可能性すら高いのではないか。

私も昔はこの話の真相を探ってはいたのだが、この話題は我が国で禁忌タブーとされており、これ以上調べる事すらできなかった。


「いない人物をとやかく言っても始まらん。気持ちは良くわかるがな」


頭をゆっくり左右に振りながらそう答えると、コルトも「そうですね」とだけ言いその後黙り込んだ。


それから約30分、俺達の周りでは誰も喋る者はおらず、正に嵐の前の静けさのよう。

だが、その間にも敵側からドーンドーンジャーンジャーンといった音は鳴り続け、次第に近づいている。

こんな状況にもかかわらず丘の上から見下ろした自軍の兵士達は逃げることもせず、抗うだけ無駄な戦争だとわかっているにもかかわらずにただただ戦闘に備えていた。

そんな兵士達を俺はとても誇らしく思えた。

せめて彼らの名誉だけでも残してほしい。

そう精霊達に願いを込めた。


「そろそろですね」


久しぶりに話しかけてきたコルトの顔は既に生気がない。


「ああ…始まるな」


それに答える私の顔も似たり寄ったりだろう。

いや、もっと酷いかもしれない。

既に敵の軍勢が見えていた。


「戦闘予告の時間まで後20分を切りました」

「ああ…」


目に見えて自軍よりも少ない軍勢。

兵士の数は我が軍の20分の一以下だろうか。

それでもこれほど遠くからでも威圧感は凄まじく、敵兵の一人一人が自軍兵士の50倍にも100倍にも感じられた。


よく見れば打楽器や金管楽器などを持った兵士が前方に見えた。

先程から聞こえていた音は音楽隊の兵士が奏でていたものであろう。


「!!!」


こんな少数なのに音楽隊が混じっているのかと関心していた時、前方から荘厳な歌声が聞こえてくる。


「…敵軍の兵士達が……歌っている?」

「……これが噂に聞く進軍歌でしょうね」

「進軍歌?」


私の呟きにコルトが答える。


「はい。皆で歌い自軍の兵士を勇気付け、更に敵軍に恐怖を植えつけるための死への誘い歌です。その歌自体が魔法であり、実際に兵士達の攻撃力や耐久力が大幅に上がる効果のある呪歌ですよ。聖帝国が戦の前に必ず行う儀式です」


コルトの言葉通りこの歌を聴いていると先程よりも重い倦怠感が襲ってきた。

自軍の兵士達も明らかに恐怖している。


倦怠感とは逆に体が震えてくる。

だがそれを必死で隠した。


「畜生…死にたくない…」


コルトの呟きに俺は覚悟を決めた。

体の震えは止まり、顔には血の気が戻る。


「済まん」


その言葉にコルトや部下達は私を見た。


「お前達の命私に…いや、俺に預けてくれ。必ず死ぬだろう。だが俺は貴族でありそして軍人だ。この国の守護なんだ。この国を一秒でも存続させたい。だから……だからお前達の命を俺にくれ!!!」


その言葉にコルトをはじめ俺の周りにいた部下達の目に光が戻った気がした。


「さぁ!!行くぞ!!!あんな屑達のためではない!!俺達の家族のために!!俺達の国のために!!俺達がこの国を守るんだ!!!」


敵軍の歌が止んだのはその瞬間であった。

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