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衛星国の将軍(2018.1.3修正)

ああ…破滅への音が聞こえてくる…


ドーンドーンと重い音がだんだんと近づいてくるにつれて、恐怖感など通り越し焦燥感と共にこの場から逃げ出せなくなる程の倦怠感が襲ってきた。


「ヴィゴ閣下、如何いたしましょう。ご指示を」


横から副官がお伺いを立ててきたが、こいつももうどうにもならない事をとうに悟っているのだろう。

俺と同じように疲れた表情はそう物語っていた。


「どうにもならん」

「閣下…」


それだけの事をしたのだ。

属国の分際で宗主国に牙を向く、それがどれだけ罪深い事なのか、これから思い知らされる事になるだろう。

国ごと俺達も滅ぼされるに決まっている。

国境線はとうに越えられた。

移転陣でこの国の中に入ってきたのだから当たり前だ。

防衛線などと言う言葉は最初から意味など成していないのだ。

なにより攻めてくる日時と兵の大凡の数を通達している事自体驚かされる。

これは最早戦争ではない。

フェスモデウス聖帝国にとってこの戦争は軍事演習か何かのつもりなのだろうが、俺達からしたら死神か悪魔の行進だ。

重なって鳴り響く重低音が近づいてくる度に、抗う事すら許されない事を思い知らされるような感覚が強くなっていく。


「王族達は」

「他国に救援要請を求めてたようですが、全て断られたようです。原因を作ったあいつ等、今は寝室で丸まっている事でしょうよ」

「コルト」


俺の問い掛けに諦め吐き捨てるよう自分達の主達を語る副官の姿を見て共感を抱くが、その心情を必死で隠し窘めた。


「閣下も分っているでしょう。これは最早戦争ではなく蹂躙です。それもこれもあの阿呆達が原因で下の俺達が割を食ってこうして殺されかけているんです。俺はまだ軍に所属しているので何時こうなっても可笑しくないと心の準備はしていました。だが平民達はそうではないでしょう」


コイツは元々平民上がりで、その優秀さから貴族の家へ養子に出され士官学校を出た口だと思い出した。

生粋の貴族育ちの俺よりも下にいる奴等の心の中が分るのだろう。


「すまんな…どうする事もできん」

「……閣下が謝る必要はまったくと言ってないですよ。むしろ謝る必要があるのはあいつでしょう」


副官のコルトが顎で示したほうを見ると、天幕が見えた。

あの天幕の中には、生きているのだか死んでいるのだか分らない程姿を現さない王族が一人寝ている筈だ。

そしてその王族が今回の戦争の原因と言って良い諸悪の根源である。

聖帝国のサンティアス学園を強制退学させられ、自分の手の者を使い学園都市ひいては聖帝国に喧嘩を売った馬鹿な男。

あの馬鹿にとっては悪戯のような一種の意趣返しだったのであろうが、それに巻き込まされた下の者達が哀れでならない。

そしてその馬鹿のせいで今こうして俺達が窮地に立っているのだ。

今すぐあの天幕に乗り込んで殺してやりたいと言う気持ちはあるが、己の貴族としての矜持がそれを許さない。

それに曲りなりとも王族。

己の主の一族なのだ。


「あんな奴のために俺達が死ななきゃいけないなんて…」


唇を噛むコルトの姿を見て自然とこちらも眉間に皺が寄ってしまった。

確かコイツは去年結婚して先月子供が生まれたばかりだ。

嬉しそうに子供の名前を俺に報告してきた姿が新しい。


家族………か。

遺書は書いてきた。

身重の嫁と子供達との別れも済ませてきた。

一番上の息子は今年12歳で士官予備学校へ入学する歳だ。

ああ…息子の晴れ姿を見てみたかった。

俺が死んだら家族はどうなるのか。

一応まとまった金は残してあるが、この戦争で貴族が全員処刑されるようなことになった場合、俺の家族は皆死ぬことになるであろう。


「伝令!!」


束の間に家族の姿を思い浮かべていると、伝令の声に我に返った。

伝令の兵を見るとその顔色は青ざめまるで死人のようだ。

あの軍勢の近くまで行って来たのだ、さもありなん。


「此度の敵軍大将はアライアス公爵との事でございます!!」


アライアス公爵というとあのジルガンテイン様のことか。

確かかなりの御歳だった事を思い出す。

こんな小国落とすのに老いぼれでも十分と言う事なのだろう。

まぁ、誰が大将でも結果は見えている。

こちらが負けるに決まっているのだ。


「態々公爵御身がご出陣とは……随分と御歳なのにまたご苦労な事だ」

「閣下。アライアス公爵家は代替わりしていた筈です」

「何?それは何時の事だ?」

「まだ二月も経ってはおりません。確かアライアス家末子のウィルブライン様が継がれたと言う話がつい最近情報部が掴んでいたはずです」


成る程な。

此度の戦争は新しく24家当主になった若者のお披露目の場でもあるのだろう。

俺達は完全なる踏み台だな。


自嘲気味に鼻で笑っていると天幕のほうがなにやら騒がしい。

ふと天幕を見てみると例の馬鹿で愚かな王族が天幕から姿を現した。


「なんだと?ウィルブラインだと?」


天幕から現れた男は余りある肉を震わせ、短い足を前へ前へと必死に出しこちらへ向かってきた。

元々短い足が分厚い肉襦袢に覆われ更に哀れなことになっている。

着飾った衣装もケバケバしく宝石が散りばめられ実に品が無く、上等な生地に絹糸で刺繍された服もコイツの体型をカバーできず、はち切れんばかりにパンパンだ。

はっきり言って見苦しい。

フーフーと激しい呼吸音がまた更に不快感を増長させていた。

俺達はこんな奴のせいでこれから命を国ごと蹂躙されるのかと思い再び怒りを覚えたが、その感情を能面のような表情で耐え忍ぶ。


「ガハハ!!勝った!勝ったぞ!!この戦の勝利は貰った!!」


この愚かな王族の無駄にでかい声にまたも不快感を覚えたが、更に現実を直視できないでいるその内容が実に耐え難い。

自軍と敵軍の戦力の差がわかっていないのだろうか?

まぁ、聖帝国には数の差と言うものは全く意味の無いものなのかもしれないがな。

何せあちらは魔法を使える者が大多数だからだ。

それに比べ我が軍には私を含め数名の貴族しか魔法を使うことが出来ない。

それも聖帝国軍の兵士から比べれば酷くお粗末な魔法である。

良くて多少の足止め程度の物だ。

それもほんの数回使っただけで魔力切れを起こし使い物にならなくなると言う体たらくな魔法だ。

そんなモノ最初から使わず、武器を持ち抵抗するほうがまだ時間稼ぎくらいにはなる。

なので使わないほうが得策であった。


「殿下。何故我が軍が勝利すると仰ったのかご説明いただけませんか?生憎わたくしには理解が出来ないのです。無能なわたくしにご教授お願いできませんでしょうか?」


コルトが愚かな王族に対し馬鹿にするような言い回しで質問をした。

いや、これは完全に馬鹿にしている。


「ふん!ああ!コレだから平民上がりの汚らわしい者は嫌なのだ!!だが仕方ない!この私が直々に教えてやる!!何故ならあのウィルブラインだぞ!!」


全く理解できない。

こいつの頭の中は一体どうなっているんだ。

コイツと同じ場で空気を吸っている時点で不愉快に思えてきた。

コイツの近くにいたら確実に危ない、と言う事は先程の一言で良く良く理解できた筈だ。

その証拠に俺より地位が下の者達がゆっくりとその愚かな馬鹿者から離れていくのが見える。


「殿下。申し訳ございません。わたくしの頭では理解できなかったようです」


やはりそうか。

どうやら士官学校を首席で卒業したコルトでさえ理解する事ができなかったらしい。

なら俺が理解する事が出来なくとも全く不思議ではない。

いや、もう俺は最初からこいつの事に関して理解する事を放棄しているのだろう。

最初からコイツに対して期待しておらず興味も出ず、唯天幕の中で置物のよう存在していてくれと思っていた存在が、今は即座に目の前から消えてくれと思う程こいつは酷かった。


コルトの馬鹿を見る目が完全に据わっている。

優秀なコルトでも隠しきれないほどの衝撃だったのであろう。


「あの弱虫のウィルブラインだぞ!!羽虫一匹ですら殺せない臆病者が戦争なんて出来る筈無いに決まっているだろうが!!」


空高く響く下品で醜い笑い声は、自軍の兵士達の士気を更に低下させていった。

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