第十七話 初授業
俺は何の授業を最初に受けるか皆で相談し、最初は『一般常識学初級』の授業を受けることになった。
何故ならルピシーは言うまでもなく俺も一般常識は怪しいものがあるし、ヤンも留学生なので聖帝国の常識はまだ分かりかねているらしいからだ。
それにフェディは好きなことは覚えてるけど一般的な事になるとあやふやと言い、シエルは常識は持ち合わせているが一般常識と聞いてもピンと来ていないらしく、首をかしげていた。
俺の想像だがシエルはかなり良い家の出ではないかと思う。所作が洗練されていて身のこなしも優雅だ。
「もぉ、皆何なの?あたしが一番常識的って自分で言うのもなんだけどおかしくなぁい?」
「ああ、おかしいわ。お前の存在が非常識だからおかしい」
「否定は出来ないね」
「趣味とは反比例してるね、うん」
「分かってるんだったら男の格好しようぜ!!」
「ぐうの音もでんな」
畜生悔しい…
こいつは格好と趣味はおかしいが、はっちゃけなければ普段は色々常識的な奴だ。
「これからはあたしの感性が普通と思いなさい」
「「「「「遠慮しておきます」」」」」
「ちょっと、一斉にハモらなくてもいいじゃないの!」
「お前の感性見習ったら世界が終わるわ!!!」
「恥ずかしがらなくても良いのに」
「「「「「「いや、全然恥ずかしがってないから」」」」」
一般常識学初級の授業は朝一の時間にあったので朝食を食べた後、教室に皆で移動する。
教室は半円型の形で大学の講義室のように長机がおかれており、入るとすでに50人近く生徒がそろっていて俺たちは空いている席に座った。
席に座るとすぐに3人の女子達が遠慮がちに俺に話しかけてくる。
「…あのぉ」
「へ?何?」
マジか!俺にもモテ期がきたか!!
「…そのぉ」
「ちょっと早く言いなさいよ」
「良いわ。私が言うわ」
「皆で言おうよ」
何だ!告白か!?いやぁ参ったなと思った瞬間。
「「「ピケットを触らせてください!!」」」
ああ、公星ね…人の夢と書いて儚いか…
「ごめんね、まだ寝てるんだ。起こすのも可哀想だから今は見るだけにして」
俺のポケットの中でまだ寝ている公星を優しくポケットから出して見せると、彼女たちは一斉に俺の手の中にいる公星に視線を移す。
「か、かわいい…」
「何この愛くるしい姿…」
「食べてる姿も可愛いけど寝てる姿もいいわ…」
「…キュー?」
三人の視線に気づいたのか公星が目を覚ました。
「起きたわ!!」
「お目目がくりんくりんよ!!」
「あの短い手足も可愛いわ!!」
「モ、モキュー…」
珍しい。女子たちの勢いに公星が怯えて俺のポケットの中に入ろうとしている。
女の子たちの興奮振りをドン引しつつも宥めようと思った瞬間、教室にまるで目覚まし時計のような音が鳴り響いた。
「皆さん、席についてください。これより一般常識学初級の授業を開始します」
そこに昨日授業の説明を行っていた先生が姿を現し授業を始める合図をした。
先生は生徒達が席に着いたのを確認すると授業の説明をし始める。
「この授業はフェスモデウス聖帝国で生活するために必要最低限の知識を学んでいただく授業です。すでに知っている内容もあると思いますが、騒がずに復習と考えて授業を受けてください。それでは始めます」
授業は淡々と進んでいった。まずは簡単な聖帝国の成り立ちから国の体制などだ。
確かに俺でも知っていることが多かったが、留学生のヤンは知らないことも結構あったらしくメモをとっていた。
でも国の体制は余り知らないな…
「フェスモデウス聖帝国は絶対君主制ですが君主主義的立憲君主制の面も持ち、ちゃんと選挙も行われています。3院制で一代貴族からなる『貴族院』、国民から選挙で選ばれた平民からなる『上院』、直轄地や24家領地から選ばれた地元の代表からなる『下院』の3つで定数は貴族院124、上院288、下院143です。ちなみにどの院にも聖職者はいますが、アルゲア教は基本的に政治介入はしません。地元の声を届けるために参加しているような方が多いので聖職者は下院に多くいます。また24家領地には領議会もあり、その代表が下院を多くしめます」
へぇ、中世フランスの3部会とかアパルトヘイト時代の南アフリカみたいに3つの院なのか。
「基本的には君主主義的立憲君主制ですが聖下が拒否なさったことは否決になります。聖下の声を届けるのは24家当主とアルゲア教大司教猊下、宰相閣下と帝佐閣下の役目でその27名で正式には数えられてはいませんが『枢密院』という第四の院があります。聖下がお認めにならない場合は枢密院が口を出して案件を潰す形ですね」
枢密院か。タイみたいだな。ヤバイ…頭こんがらがってきた。
横を見るとヤンがものすごい勢いでノートに書き写している。俺もメモってはいるが後で見せてもらおう。
「議員が不正などの汚職をすると逮捕され裁判に掛けられます。これは貴族院や枢密院の貴族たちも同じです。裁判では国から選ばれた裁判官がいます。フェスモデウス聖帝国の最高裁判では嘘はつけません。何故なら国宝の一つ秘宝『真実の宝玉』と言う魔道具がありまして、その宝玉が展開されている場所では嘘はすぐにバレてしまうからです。正確に言うならば嘘をつこうとしても本当のことしか口から出ません。それに無理やり抗って嘘をつこうとすれば心臓を掴まれたかのごとく体中に激痛が走ります」
なにその魔道具超こわいんだけど…
っていうかこれ本当に一般常識初級なの?どう聞いてもかなりハイレベルな内容なんだけど。この世界ではこんな内容を6歳から教えるのかよ…
「真実の宝玉は世界に5つだけあり全てフェスモデウス聖帝国内にあり、ひとつは最高裁判所、ひとつは帝国議会議事堂、ひとつはアルゲア教大本山のアルグムン大聖堂の大司教座、あとのふたつは聖下がお持ちだ。とどのつまり、24家や聖下の声からなる枢密院の内閣行政と、国の声からなる貴族院・上院・下院の立法国会、裁判所からなる司法観察の3つで三権分立の形をなしているわけだ。次に…」
それから授業が終わるまでの10分前まで延々と難しい話が続いた。
授業終了10分前になると質問タイムが入り、やる気のある奴が質問しまくっていたのが印象的であった。
俺これついていけるのかな、かなり不安なんだけど。
三権分立なんて中学の公民で習う内容じゃないか、レベル高すぎ…
終了後先程の女の子達がこちらを見ていたが、嫌な予感しかしないので皆と教室を足早に出て行く。
「なぁ、さっきの授業の内容理解できたか…?」
ルピシーが魂がほぼ全て抜け落ちたような体で聞いてくる。
「まぁ、なんとなくな。」
「そうだね、一応理解できたよ」
「我が国とは大分違って理解が追いつかないところもあったが概ねわかったな」
「聞いたことが無い単語もあったけどおぼろげに分かった、うん」
「そうね全部とは言えないけどできたわよ、あんた本当に大丈夫?あたしたちのグループの中で一人だけ留年ですってなったら目も当てられないわよ」
「あ~、見える、見えるぞ!成人してなお初等部の1年生に混じって肩を並べる大人の姿が!!」
「やめてくれーーーー!!」
「大丈夫よ。制服を作ってくれたロディアスさんが言ってたじゃないの。体に合わせて制服の大きさも変化していくって。皆と同じ制服だから浮かないわ」
「そうゆう問題じゃねぇぇぇえええええ!!!」
「流石にそれは無いと思うけどね、出来る限りはサポートするよ」
「だな、小さい子の中に一人大きい姿を想像してしまったら目頭が熱くなってきた」
「それはひどいね。でも流石にルピシーはいじられすぎだと思うよ楽しいけど、うん」
ルピシーはいじられる星の元に生まれてきたんだよ、芸人としては100点だ。
その後他の授業を受け寮に戻り、お互いのノートの見せ合いをしてノートのとり方の違いについて盛り上がったり、ルピシーのノートが白紙だったことが分かり皆大爆笑後にドン引きすることになった。
ルピシー、俺たちは先に行くよ…冗談だけど。
その週の日曜日、一般常識学初級の小テストに挑み全員合格したことを報告する。
ただしルームメイトからの指導を受けたルピシーは自信満々で試験を受け、赤点ギリギリで合格したことについてルームメイトに説教と吊るし上げを食い、次回からの勉強はスパルタ教育になるのだった。