第百五十九話 進化(2018.1.3修正)
俺は渋るロイズさんを引き摺りながらなんとか学生寮の俺の部屋まで連れてくることに成功した。
ロイズさんが繭を見た瞬間「何これ?」とか言い出したのを「だからこれが俺が調べてほしい繭です」と冷静に返した俺の堪忍袋の大きさを褒めてほしい。
繭は相変わらず俺のベッドの前の床に佇んでおり、ロイズさんの所に行く前よりその鼓動の間隔が短くなっているように感じられた。
ロイズさんが10分ほど繭を触ったり何かの陣を展開させ調べ、繭から離れ俺のほうへ戻ってくる。
「どうですか?」
「うん。何かもう直ぐ繭が孵りそうな予感」
「え!!?」
その瞬間繭は中から突き破ろうとするように激しく数回動き出し、やがて罅が入り始めその罅から眩い光が溢れ出て来た。
「う、生まれる!!?」
「眩しいねぇ」
慌てふためく俺を余所にロイズさんは何処から取り出したのか、サングラスを着けながらこの光景を眺めていた。
ロイズさんが身構えていないと言う事はあまり危険ではないという事だろう。
まぁこの人の場合何があっても即対処出来るからこんなにのんびりしていると言う事もあるだろうが。
だが俺はこの繭から光と共に生まれてくるものが果たして公星なのか、それとも別の何かなのかとても不安だった。
罅の数が多くなるにつれて光の量も増えていき、眩しさに目を細めながら様子を伺っていると、罅が綻び小さな穴を作り、やがて徐々に穴は大きさを増していった。
「あ、穴が…っ!!!」
大きくなった穴の中で何かが動く様子がわかった。
まるで繭の中が窮屈で早く出たいと言う様に、もぞもぞと繭の中で動き回っている。
そして次の瞬間、その穴から紫色の瞳がこちらを見つめていた。
公星の瞳の色は濃い茶色だ。じゃあアレは公星ではないのか?
「ああ。やっとわかった。アレは公星君だよ」
「え!?そ、それは本当ですか!!?」
「うん。だって魔力の質が同じだし。それにこの繭の理由もある程度説明できる」
「それは!!」
俺がロイズさんのその理由を問おうとした瞬間、繭から光と共に暴風が吹き荒れた。
風で俺の部屋にある様々なものが部屋に散らばり風と一緒に舞いあがる。
「のぁあぁあああああああ!!!!」
「派手だねぇ」
俺に向かって飛んでくる様々な物を必死で避けていたが、光はどんどんと強くなり俺は障害物を避ける事を諦め丸くなりながら防御体勢にはいり、この暴風をやり過ごす事にした。
そんな中、ロイズさんは自分の周りにだけ結界を張ったのか余裕綽々の様子で立ち続けていた。
おい!俺にも結界を張れや!!!
数秒後、身体に伝わる衝撃や風が収まったのを肌で感じた。
「………おさまった?」
光と風の嵐が去ると俺は恐る恐る頭を上げあたりの様子を伺った。
俺の部屋は酷い有様で、本や文房具、家具などが散乱してとても生活できるような環境ではない。
正に足の踏み場が無い状態だ。
そんな中ロイズさんが立っている一角だけやけに綺麗に物が無く、ロイズさんは顎に手を当てながらある方向を見ていた。
「………………」
その方向とは先程まで繭があった場所だ。
俺も急いで繭を見ると繭は粉々になり原型を留めていなかった。
そして中にいたであろう公星の姿も見当たらない。
が、俺の耳に聞きなれた鳴き声が聞こえてきた。
「モキュー」
「っ!!!」
俺は久しぶりに聞いた鳴き声に振り向くと、そこには大きな物体がお座りの状態で鎮座していた。
その大きさは前世の動物園で見たカピバラよりもひと回りほど大きく、体毛は青灰色に近い銀色だがお腹の体毛は純白。背中からお尻にかけて黒銀色のラインが入っているが、星の模様もきっちり見て取れた。
特徴的なのは瞳の色が紫色で、その瞳と同じ色の宝石のようなものが額部分に埋め込まれているのが確認できた。
「公星……なのか?」
「モキュ!」
「本当に公星なのか!!?」
「モキュー!!!」
俺は公星へと抱きくと嬉しさのあまり言葉が出たのだが、出た言葉がこれだった。
「うぉぉおおおおおお!!!ジャンガリアン様じゃぁあぁああああああ!!!」
「モキュキュ!!?」
そう。公星の体毛はサファイアブルージャンガリアンハムスターのようになっていたのだ。
前世で俺が飼っていたハムスターは数種類いたがその中でも大のお気に入りだったのがジャンガリアンハムスターだった。
「ジャンガリアン!♪ジャンガリアン!!♪」
「モ、モキュ!!?」
嬉しさのあまり俺は公星を抱き上げて一人胴上げわっしょいわっしょい祭り状態だ。
だが、俺の嬉しさは長くは続かなかった。
ゴリュッゴキィ!ガコン!
してはいけない音が部屋に響いた。
鈍い音が部屋に響くとともに俺の体に電流と痛みが走る。
「ギィヤァアァアアァァァァッァアアア!!!」
それと同時に公星を支えきれなくなり、俺は公星の下敷きとなってしまった。
大きくなった公星の体重は軽く見積もっても成人男性約一人分。
対して俺はそれなりに鍛えているとはいえまだまだ体は出来上がってはいない子供。
考えてみてほしい。その子供の細腕で70キロ80キロあるモノを、一人で持ち上げて放った後キャッチするならばどれだけの負荷がかかるだろう。
結果はご覧の通り。見事脱臼ですよ。
いや、脱臼よりも重症だ。腕があり得ない方向に曲がっている。
後に公星の体重を測ったところ、見事三桁の大台を突破していた事が判明したがそれは一回話を置いておく。
「うわぁ。良い音したねぇ」
「……………!!!」
痛さと重さで声が出ない俺にロイズさんの声が届いた。
抗議しようとしても痛みで声が出ないのだからどうしようもない。
しかも公星が俺の上に乗っかっているので身動きもとれない。出るのは油汗と涙だけだ。
その後公星は俺の上から退き、俺は自由の身になったが両手の自由は全く効かなかった。
「……ぅ、う、ぅぅう」
「はいはい。直してあげるからこっち来な」
助けを求める目でロイズさんを見るとロイズさんも仕方がないと言った様子でそう言った。
これでもう少し俺に痛みや他の余裕があれば「怪我人を歩かせんな!!」くらい言えたかもしれないがもはやそんな余裕は一雫ほどもなく、俺は気力で足の力だけで起き上がり、必死でロイズさんの元へと這っていった。
俺がロイズさんの側へ行くと、ロイズさんは俺の後ろへと回り肩と腕を掴んで関節を繋げていった。
繋げる際にも激痛が走ったが、先程よりかましである。
だがあの繋げた時の音はとても心地よいとは言えずとても不快であった。
「っ~~~~!!!」
「あ~~。これは靭帯もやってるね。骨も罅入ってる」
後になんで関節を繋げる前に骨や靭帯を治療しなかったのかと問い詰めたところ、どうやら関節を治す前に回復するとおかしな状態で繋がって固定されてしまい後々酷い事になるらしい。
「それでも良いのならまた関節はずして元の状態にしたままそのままくっつけるけど」と言われて俺は首を左右にヘッドバンキングさせた。
「はぁ~。酷い目にあった」
「モキュ~」
「自業自得って言葉知ってる?」
「知ってますよ!俺が悪うござんした!!」
怪我から回復した俺は座りながら公星の背中を撫で回していた。
ロイズさんの「こいつ馬鹿じゃねーの」と言いたげな視線のオマケ付だ。
「ところでさっき聞きそびれた繭の理由ってなんですか?」
「ああ。段階をすっ飛ばしたからだろうね」
「段階をすっ飛ばした?」
「そう。セボリー、今の公星君を見てどう思う?」
「ん?俺の使い魔で超巨大なジャンガリアンハムスターでしょ?見てくださいこの愛くるしい姿。額部分に変な宝石が付いてるけど俺のハムハム愛にはそんな些細なことは気になりませんぜ、旦那」
「うん。そこん所はどうでも良いや。僕が言いたいのは公星君の種族についてなんだけどね」
「へ?種族?」
俺はまじまじと公星を見つめた。公星も俺に習って俺を見つめてくる。
うん。愛くるしい事この上ない。かわいすぎる!
「気づかない?」
「何がですか?でもなんか額に宝石ってカーバンクルみたいだなぁ」
「公星君。ちょっと一回姿消そうか」
「モキュー」
ロイズさんが公星にそう言うと公星は姿を消した。
「え!!?」
「もう出てきていいよ」
「モキュ~」
そしてまた姿を現した。
「さぁ、これってどういう事でしょう?これと同じような現象見た事ないかな?」
「……………界座」
「そう。じゃあ界座はなんでしょうか?」
「ロイズさんの魂の使い魔で動物から精霊になった………っ!ぇえ!!?」
「せいか~い。公星君は精霊になりました~。パフパフ~」
「待って!?どういうこと!?」
「だからあの繭は変態するためのものだよ」
「変態?変態ってロロッジさんとかのこと?」
「あれは紛れもない変態だけど、僕の言ってる変態とは違うよ」
「というか変態って言葉理科の授業で聞いたことない?」
「聞き覚えがないです」
「うん。君の前世の成績表が悲惨だった事はなんとなくわかった」
「これでも平均以上でした!!」
「へぇ、あっそ」
あ!こいつ全く信じてねぇ!!
「わかりやすく言うとね。芋虫がさなぎの状態になって蝶になるでしょ?その時一回体を細胞レベルまで変えなきゃいけないんだよ。さなぎの中で自分の体をドロドロの液体状にまで戻して体を作り直すんだ」
「……つまりロイズさんの言いたい事はこうでしょうか?公星はまず長命化するための進化をすっ飛ばして精霊になるために繭の中で体を作り変えていた、と」
「うん、そういうこと」
「お前精霊になったのか?」
「モキュ!」
公星は大きく頷くと俺に体を擦り付けてきた。
「すっ飛ばした原因ってなんなんでしょうか?」
「まぁ、あれだけあの果実食べればそうなるよねぇ」
「あの果実?」
「エルファドラ山の果実だよ。あれ食べたら魔力や体調が回復したでしょ?それってあの果実自体魔力の塊だからなんだよねぇ。普通の生物なら1個以上食べるとあまりにも大量の魔力に体がついて行かなくて魔力酔いの状態になるんだけど、公星君の場合本当に規格外だよねぇ。その額の宝石は魔力が極限まで凝縮してできた精霊石だろうね」
「マジっすか」
「マジっすよ。じゃあ、僕は帰るから。そろそろ本当に眠気が限界だよ」
「へ!?ちょ!?もうちょっと詳しい説明を!!」
「じゃあね~。あ、そうだ。公星君が精霊になったからこれからまた色々あると思うけど頑張ってね~」
「ちょ!!?去り際に気になること言うのやめて!!説明プリーーーーーーーズ!!!」
「それとこれ宿題ね。期限は一週間。じゃあそういう事でおやすみなさい」
「まだ昼にもなってねーよ!!」
ロイズさんが去って残ったのは俺と公星。そして見渡してみると、どこから手を付けて良いかさえ分からない程散らかった俺の部屋と、その部屋に大量に積まれた宿題の山。
俺は薄笑いを浮かべつつ現実逃避のために大きくなった公星の頭を撫でまわすのであった。