第百五十八話 怒り(2018.1.3修正)
あの繭が俺の部屋に出現してから数日後の早朝。
俺はロイズさんと会うために、繭がある学生寮にある俺の部屋を出てロイズさんの店の近くの移転陣へと歩き出した。
ここ数日かなり悶々とした時間を過ごしたがやる事はやら無ければならず、ロイズさんから出された山のような宿題を気力を振り絞り終わらせた。
ぶっちゃけ昨日の夜から完徹して終わらせたのだが…
あの日からあの繭は変わらずに俺のベッドの目の前に鎮座している。
ただ変わったことといえば、昨日の夜から繭がほんの少しだが鼓動を打つように動き始めたことだ。
俺が完徹した理由は宿題を終わらせるためでもあるが、この繭を観察する事と言う理由も入っていた。まぁ、マジで完徹しなければ宿題は終わらなかったんだがな。
俺はロイズさんの持ちビルの路地裏にある店に入るための地下へと続く階段の扉がある場所まで来ると、ベルを鳴らして来訪を知らせた。
暫くすると『ガチャ』と言う解錠の音が聞こえ、扉の捻りを開くと地下へと続く薄暗い階段が見えた。
俺は黙ってゆっくりと階段を下り、扉をゆっくりと開いた。
「どうもお久しぶりです。早速ですが相談したいことがあるのですが」
薄暗く必要最低限しか灯されていない魔法の光を見つめながら店内へと入ると、半円卓上のカウンターの中にロイズさんが一人後ろ向いて座っていた。
声をかけても返事は無く、後ろを向いているので表情も伺えない。
ただロイズさんの雰囲気がいつもと違う事が見受けられた。
「ロイズさん?」
「………なんだい?」
いつもののんびりした口調ではなく、ピリピリと少しイラついているような口調が聞こえてくる。
怖い。正直怖い。だがここで怖気づいていたら話が進まない。
「あの………相談に乗ってもらいたいのですが……」
「なんの?」
「実は……」
俺は数日前に俺の部屋で起こった光と、公星がいなくなり大きな繭が出現した件について説明をした。
ロイズさんは相変わらず後ろを向き、相槌の言葉もくれずにただ黙って俺の言葉を聞いていた。
「そう」
「………………え?」
ロイズさんのどうでも良いと言いたげな口調に俺は数秒だけ固まってしまった。
だが負けじと後の言葉を紡いだ。
「おっさんが……オルブライト司教が言うには長命化するための準備ではないかと言っていたんですが、ロイズさんの意見を聞かせて頂けませんか!!?」
「へぇ」
「…………ロイズさん。一体どうしたんですか?何でそんなに不機嫌なんです?」
俺のその言葉にロイズさんが俺のほうへ振り向いた。
久しぶりに見たロイズさんの顔はまるで能面のように無表情であった。
だがその目には怒りの炎が燃えている様な気がした。
「……ああ、ごめん。ちょっと僕にとっては不本意な事が起こってさ。こちらはセボリーにはあまり関係ないんだけどね」
ロイズさんはそう言って溜息をつくと、先程よりも少し目に宿る怒りの色を無理やり押し込んだようだ。
「その理由は聞いても良いでしょうか?」
「………まぁ、良いか。聖下に今度の戦争には参加するなって言われたんだよ」
「…………………へ?戦争?」
「そう、戦争。近いうちにやるから」
何?何処と何処が戦争するの!?コレって国の一大事とかじゃないの?
「……何処と何処が戦争するんですか?」
「うちの国と東南にある属国の中の一つだよ」
「属国?」
うちの国って属国って存在してたっけ?
国の周りに小さな国とかがたくさん存在してるのは知ってるけど。
「そう。衛星国とも言うね」
「衛星国?それは前世のイギリス王を元首とするイギリス連邦みたいなものでしょうか?」
「少し違うね。イギリス連邦に属する国はちゃんとした独立国だ。でもこの世界の衛星国とは植民地に近い。だから属国って言ってるんだよ。その国のトップや行政、中枢の官僚も殆どが聖帝国の紐付きだ。中には植民地までは行かなくて保護国くらいの国もあるけど、その場合も王や指導者は聖帝国が監視している状態だね。ただ前世の植民地支配と違うのは一定の富や資源は聖帝国に取られるけど、それ以外はその国のものだし、権力者に富が集まらないようにもしている」
「元首つきの共産主義みたいなことですか?」
「いや、どちらかと言うと前世のローマ帝国初期の元首制や後期の専制君主制に近いかもしれない。ちょっと違うけどね」
「……………え~~っと」
「つまり『しっかり統治して民衆から慕われないとお前なんていつでも無職に出来るぞ』てこと」
なるほど。そのプリンなんとかやドミナーなんちゃらの事は全然わからないが、属国の権力者達の金玉掴みつつ尻子玉抜かせた状態で首輪と綱つけてレール通りに運行させてるって感じか。
「でも意外です。ロイズさんなら戦争なんて面倒臭いからパスとか言いそうですけど」
ぶっちゃけ早く公星のことについて話したいのだが、まだ少しイラつき感が残っているロイズさんの愚痴を聞いたほうが後々のために宜しいかもしれないので、俺は事情を聞いた。
「いつもならそうなんだけどね。今回はちょっと事情が違うんだよねぇ。僕が昔中途半端にやり残した事を片付けるために参戦しようかと思ったんだけど、聖下に止められた」
「やり残した事?」
「そう。気に入らない奴の抹殺」
「アウトーーーーー!!!」
おい!何だそのロシア革命の指導者みたいな思想は!!!完全にアウトだろ!!!
「あの時僕も若かったからなぁ。もっと徹底的に殺れば良かった。あ、そうか。戦争が始まる前に行って処分すれば良いんだ」
「ちょ!!勝手に自己完結して話し進めんな!!しかもデンジャラスな計画立ててんじゃねーよ!!!」
駄目だ。こいつ本当に何とかしなきゃ。
つーかその前になんで戦争って話になるの?
「と言うか、話聞いてるとその戦争の切っ掛けを作ったのがロイズさんに聞こえるんですが……?」
「あながち間違ってはいないねぇ。でもどっちかと言うとウィルのほうが切っ掛けかな?まぁ、最終的な判断を下したのはこの国の法律だから僕には何の罪も無いよ」
物凄く胡散臭いです。
自分は潔白ですって言ってるけど真っ黒の申し子が何を言っても黒にしか思えない。
「ウィルさんも関わってくるんですか!!?」
「そう。だって昔ウィルやサンティアスの兄弟を集団で苛めてた馬鹿達と、スパイ活動のためにそいつ等利用してた他国の屑達の後始末の話だもん」
「………………へ?でもそれってロイズさんが計画した男だけの薔薇園な町に行ってらっしゃい作戦の被害者じゃ?」
「ああ、そいつ等は首謀者とかではなくて便乗者だね。まぁ、どっちも結局は退学させられたんだけどね。首謀者や実行者は即退学で財産没収されて、ある程度の記憶消された後に国外追放。この前の試しの迷宮の事件の首謀者だよ」
「…………………は?」
今さらりととんでもない事聞いたような気がするんだが?
試しの迷宮で起こった事件の首謀者?え?それって俺結構関わってない?俺結構必死で事件解決に向けて動いてたんですけど?まぁ結果はあんな形で終わったが……
「まぁ。それで今回の戦争で僕とウィルが手を上げたんだけどね。ウィルは認められたのに僕は駄目だって言われたからかなりむかついてた訳」
え?ウィルさん戦争に行くの?マジ?
公爵になったばかりなのに戦争ってやばくない?もしかしたら死ぬ可能性だってあるんだぞ?
「酷いよね。ウィルは良くて僕は駄目なんだってさ。今回の戦争で国外にウィルが新アライアス公爵になったってお披露目の意味もあるのに、僕がいると良い意味でも悪い意味でもウィルの存在が目立たないから駄目だって言うんだ。酷くない?それに聖帝国軍とアライアス領軍だけでも戦力過剰なのに僕が行くと蹂躙にすらならないって言われたし。良いじゃん。パッと終わらせてサッと帰れば」
いや、酷いのはあんただわ。確かにロイズさんがいるとウィルさんが目立たない。
目立たそうとすれば出来ると思うけど、それは本当の意味での目立つではなく悪い意味での目立つになる可能性が大だ。
そう思うと聖下の判断は間違っていない。
それに蹂躙にすらならないってどんだけ戦力過剰なんだよ!!
「それで聖下と口論になって、その後殴り合いに発展して」
「ちょ!ストップストップ!!何処に国家元首と殴り合いの喧嘩する奴がいるんだよ!!!」
「いるじゃん、ここに」
なんで姿が見えない友達の行方を聞いたら「何言ってるのいるじゃん、ここに」くらいの口調なの!!?国家元首だぞ!!?前世で言うとプロボクサーが天皇とガチンコバトルしてるようなものじゃねーか!!!
「それで結局負けて帰ってきたから余計イライラしてたんだよね。ちょっと吐き出したらすっきりした。あ、でもまたあの勝ち誇った顔思い出したらイラついてきた。ちょっと迷宮に潜って暴れてくるから、セボリーはもう帰りな。じゃあね」
「おいーーーーーー!!!待てやぁああああ!!!」
何この人!?何どんどん話し進めて俺の相談の返答も答えずに俺を帰そうとしてるの!?
負けたのが悔しいのはわかるがフリーダム過ぎんだろうが!!!
ロイズさんが負けたという事にも驚くが、相談してる相手を強制的に帰らせようとするんじゃねーよ!!!
「何?セボリーはまだ正式な迷宮には連れて行けないよ?しかも迷宮に潜る事禁止してるじゃないか」
「それは良い!いや!良くないけど!!だからさっきの相談の話ですよ!!」
「相談?何の話だっけ?」
「ツッコミたい所だらけじゃねーか!!!さっきの話から合わせて何処からツッコンでやろうか……じゃねーわ!!!って言うかさっきの俺の話し聞いてなかったの!!?」
「うん。聖下との再戦のために戦略考えてたから全く聞いてなかった。メンゴ」
「ウゼーーーーーーーー!!!だ!か!!ら!!!カクカクシカシカでトラトラウマウマ………」
俺は先程の説明よりもより詳しい内容の話をロイズさんにした。
ロイズさんは今度はちゃんと聞いてくれているようだ。
「ん~~~。見てみない事にはちょっとわからないなぁ。界座が長命化した時はそんな繭なんて出てこなかったし、精霊化した時もそんな事無かったしなぁ」
「じゃあ一緒に俺の部屋に来てください!!実物を見て調べて頂けませんか!!?」
「え~~。面倒臭~~い」
「いいから来いやぁぁぁああああ!!!」
俺は面倒臭がるロイズさんを無理やり引っ張り出し、各々愚痴を言いながら移転陣まで向かった。
ぶっちゃけ俺がどれだけ力づくで引っ張ろうとも、ロイズさんの力と俺の力ではロイズさんのほうが上であり、嫌々でも付いて来てくれたのはありがたかった。
だが態々移転陣まで移動しなくても、ロイズさんの移転の術で移動すれば一瞬だったと気付くのはこの件が全て解決した後で、それに気付いた時の俺は色々文句も言えないほどの状態であった。
「早く歩いてくださいよ!!」
「僕ここ何日か寝てないんだよねぇ。病気の子の治療が思ったより長引いたり、聖下の所でお酒飲んだ後喧嘩したりで。だから体がだるくてだるくて」
「後半は知らんわ!!で、結局病気の子は完治したんですか?」
「ああ、完治したよ。でもまだ体力が戻らないから要注意」
「そうですか。でも良かった。会う期間延ばされたから何か問題でも発生したのかと思ってました。まぁ、おかげでこちらはかなりやきもきとした気持ちと、助かったと思う気持ちが交じり合って何とも言えない気分でしたが」
「あ、そうだ。宿題ちゃんと終わらせてきた?」
俺の言葉にロイズさんは宿題の存在を思い出したらしい。
ぶっちゃけ思い出さないでほしかった。
「終わらせてきましたよ!!!これで終わってなかったら後が怖いじゃないですか!!!」
「まぁ、アレだけ期間あげたもんね。しかも延長付きで。じゃあ次からはもっと量出来るよね」
「…………へ?」
「まずは肩慣らしで1・5倍位の量から始めていこうか」
「え?ちょ?」
「さっきから散々酷い言葉投げつけられてきたからなぁ。ここは心を鬼にして僕も頑張ろう」
「ヒィイイイイイイイイイイイイイ!!」
既に心も腹もアベレージが鬼レベルの人間が何を言っているんだと言いたかったが、それを言うと更に酷い事になりかねないので俺は素直に叫ぶ事しか出来なかった。