第百五十七話 繭(2018.1.2修正)
強烈な光で照らされていた部屋は次第にその光が収まり、明るすぎて何も見えない状態から昼の明るさを経て黄昏時へ、そして夜の月明かりが照らす薄暗い部屋へと戻っていった。
強くなる光に目を開けていられなくなり閉じていた目をゆっくりと開く。
「うう……」
あまりにも強烈な光にかたく強く瞼を閉じていたので視界が白み覚束無い。
様子を伺おうと思っても目がチカチカして殆ど何も見えないし、瞼を開けても直ぐ目を瞑ってしまうので全く状況がわからなかった。
「公星!大丈夫か!?おい!返事をしろ!!」
公星を呼んでも返事が無い。
気合で瞼を開け部屋の中を見るが暗闇に目が慣れていないため部屋の様子がつかめない。
コレでは埒が明かないと壁に手を付き手探りで灯りを点した。
「公星!!!」
俺は状況に慣れない目で先程まで公星がいた籠の場所を急いで覗き込むが、そこに公星の姿は見当たらない。
そして見当たらないどころか公星の寝床である籠が大破していた。
「嘘だろ………?」
あの籠は俺が初等部に入学する時に、聖育院の庭と言う名の雑木林に自生していた籐に似た植物の蔓で編み上げたモノでかなり丈夫だった筈なのに、見るも無残に砕け散っていた。
「どこだ!!!どこに行った!!兎に角探さないと!!っうわ!!?」
もしかしたら外に出たのかもしれないと慌てて部屋の外へ出る扉を出ようとするが、何かに足が当たり縺れてそのままベッドに倒れこんでしまった。
「ッツゥ………!!こんな所で時間をとってる場合じゃない!急がなきゃ!!」
足の指を押さえながら痛みを堪え起き上がり、ベッドから降りようとした瞬間。
先程俺の足に当たったものの正体を見た。
「うぉ!!……え?これは?」
そこにあったモノは繭のような物体。
それもダチョウの卵を2回りほど大きくさせた卵形をした、所々キラキラと銀色に輝く繭のようなモノであった。
「………何これ?……………うん。コレは痛いに決まってるわ」
恐る恐るベッドの上から指で繭をつついてみるが物凄く硬い。
まるで鉱石のような硬さで、今も足にジンジンと残る痛さの理由を理解した。
「……一体何なんだよコレは。公星はいないし部屋に謎の物体が出現するし……そうだ!こういう時こそロイズさんに!!……って駄目だ。理由はわからないけど指定日を変更してきたってことは多分忙しいんだろう……と、なるとウィルさん……も駄目だ。今のウィルさんは気軽に会いに行ける身分じゃないし、何より爵位継承したばっかりだからそれどころじゃない筈………だとすると…………残るのは……………ハァ」
こういったモノの関係で俺が頼れて、かつ詳しい人物はロイズさんとウィルさん、後一人しか思い浮かばない。
本当はもう二人ほど浮かぶのだが、その二人のうち一人は今から行こうとしている場所にいるし、もう一人は多分詳しくは説明できないであろうと思ったから除外する。
アレに頼るのは嫌だが、本当に嫌だが背に腹は代えられなかった。
俺は直ぐに学生寮から直ぐの移転陣へと走り、アレがいるであろう場所へと向かった。
「あの失礼します。俺はサンティアス学園中等部魔科2年のセボリオンと申します。オルブライト司教枢機卿に面会したいのですが、お取次ぎをお願いできますでしょうか?」
「……………何用だ?」
アルティア司教座大聖堂に着いた俺は直ぐに入り口の警備兵におっさんへの取次ぎを願い出た。
だが警備兵はおっさんの名前を口にする俺に、眉間の皺を寄せて聞き返してきた。
まぁ、そりゃそうだよな。あんなのでもアルゲア教団の中で上から数えたほうが早いお偉方なんだから。
まぁ、俺からすればただのうざいおっさんなんだが……
「とても重要な相談があるのです!それも一刻を争うような!!」
「ならんな。オルブライト様はお忙しい身だ。信徒一人一人に構っている暇は無い」
「お願いします!!」
「駄目だ」
ぇえい!!わからんちんが!!クソ!そういえばこの警備兵の顔は初めてみるな。もしかしたら着任したばかりなのかもしれない。早く通せや!
と言うか俺はここに何回か来ていて、殆どフリーパスで入っていたからそのまま入っても良かったのではないかと思ったのだが、流石にそれは不味いかと思い直しこうやって確認を取っているのだ。
仕方が無い。こうなったら嫌だし後で罰則があるかもしれないがこう名乗るしかないか……
「アルゲア教助祭、精霊の愛し子のセボリオン・ラ・サンティアスです。もしオルブライト司教枢機卿に直接お目通り出来ないのであればピエトロ助祭にお取次ぎをお願いします」
「っな!!?」
そう名乗り出た俺に警備兵はあからさまに顔色を変えた。
「小僧!嘘をつくとどうなるかわかっているのか!!」
「爵位や称号の詐称は重罪なのは重々承知です。俺の場合はまだ未成年なので助祭の称号を公の場で使うことは許されていません。ですが既にアルゲア教の聖職者名簿には記されているはずです。どうかお取次ぎを」
「………わかった。確認を取ってくる。しばし待たれよ」
警備兵はそう言い残し聖堂の中へと入っていった。
きっとピエトロ先生に確認を取りに言ったのだろう。
一人残った警備兵が引くほどの貧乏ゆすりをしながら待っていると、確認をとりに言った警備兵がピエトロ先生を連れて戻ってきた。
「セボリー。どうしたのですか?」
「ピエトロ先生。あのおっさんに相談したい件があるんです。それもとてつもなく深刻な!!」
「……わかりました。ついて来なさい」
「はい!!」
「…………ピエトロ助祭。宜しいのですか?」
「ええ。問題ありません。この子の事実上の後見人はオルブライト様ですので。それに助祭の称号も嘘ではありません」
「っえ!!?」
警備兵は俺の顔を見て驚いた顔をした後、放心したような表情をした。
こっち見んな。男に顔をマジマジと見られても何も楽しくないわ!!
通りなれた感のある通路を歩き目的の場所の扉までつくと。
「タノモーーーーーーーーーーー!!!」
「お前はいつもいつも……もう少し静かに入れんのか」
俺は恒例となった司教座への入り方をして早速おっさんに咎められた。
だがそんな事気にしているような時ではない。まぁいつも気にしていないのだが。
「おっさん!!聞いてくれ!!兎に角大変だから一緒に来い!!!」
「聞くのか行ってほしいのかどちらかにしろ」
「じゃあ来てください!!」
「まずは説明しろ。話はそれからだ」
そんな時間無いんだよ!!とりあえず出かける準備しろや!タイムイズマネーだぞ!!
「俺が部屋で寝ていたら公星がいきなり光りだして姿が消えたんです!!それで何かわからない繭のような物体が俺の部屋に出現したのでコレはただ事ではないと思って超特急で突撃かましに来ました!!あの物体は一体何なんだ!!?教えてくれ!!」
「何だそれは?」
「だからそれを俺が聞きたくて来たんだよ!!!」
まず繭のようなものを見てもらわない事には話が始まらないのだが、俺はその繭のようなものを無限収納鞄に入れて来こようとしても入らなかった。
どうやらアレは生きているようで無限収納鞄の中には入れられないらしい。なのでおっさんに来いと言ったのである。
「お前はこの頃ロイゼルハイドにくっついていたのだからロイゼルハイドに相談すれば良かろうが」
「ロイズさんは今忙しいらしくて。それに今何処にいるのかも分かりません。多分店にもいないと思います。ロイズさんが学園都市から離れてる時は店に来るなって言われてますから。だからここに来たんですよ」
「言っておくが私はこういったことにはあまり詳しくないぞ」
側で見ていたピエトロは、セオドアールが少し拗ねている事がわかっていた。
最近セボリオンが自分ではなくロイゼルハイドを頼っている事があまり面白くないらしい。
今回セボリオンがアルティア司教座大聖堂に来たのもロイゼルハイドが不在だったためなのを理解しているので余計に拗ねているようだ。
だがそれでも自分を頼ってきた事に喜びもありつつ複雑な心境な上司の心を思ってか、笑いたい衝動を顔には出さず様子を伺っていた。
「それでも他にこういったことに詳しい人が思い浮かばないんですよ!帝佐さんならわかるかもしれませんが俺は直接の連絡先とか知りませんもん」
「ふむ。そうかそうか。仕方が無い。久しぶりに問題児のお守りでもするとしよう」
「元祖問題児だったあんたが言うなし!!!」
その後少しのやり取りを経て、おっさんは溜息をつきながら司教座から降りて出かける準備をしてくれた。
同行者はピエトロ先生一人でこんな警備が手薄で良いのかと思ったが、おっさん自身強いのだから問題は無いだろう。
だって護衛する人よりも護衛される人のほうが物理的に強いらしいし。
「これです」
学生寮の俺の部屋に来たおっさん達は俺の部屋にある繭を見て暫く考えた後、誰でもわかるような事を呟いた。
「……ふむ。繭だな」
「見ればわかるわい!!だからコレが何なのか聞いてるんだっつーの!!」
「恐らく生物としての格を上げるための途中だろうな。まぁ推測でしかないが」
「へ?何それ?」
「確か長命化する動物が進化する前にコレに似たような現象がが起きると文献に書かれていた筈だ」
「マジっすか!!?じゃあ心配は無いんですね!!?」
「但し。私は実物を見たことも無いし、文献に載っていたものとコレは少し様子が違うがな」
「…………どう違うんですか?」
「まず大きな違いはこの繭だろうな。文献によると進化する生物はその身に内包した魔力を凝縮させ、爆発的な魔力の嵐と光と共に一瞬で進化が終わると書かれていた。なのにこうやって繭のような姿でこのままなのが解せん」
俺がおっさんの言葉に不安を煽られていると、ピエトロ先生も話に加わってくる。
「そうですね。確かグルヴェイラ文書の使い魔の進化の項にそう書かれていた筈ですね」
「グルヴェイラ文書?」
「ええ。約6000年ほど前の聖職者の日記です。彼女は魂の使い魔契約をしていて、その使い魔が長命種に進化した時にその詳しい内容を記したものです。その使い魔は彼女の命が果てた時に、彼女を背に乗せ何処かへ消えていったと教団の記録に残されています。長い教団の歴史記の中で使い魔が長命化した事を記しているものはグルヴェイラ文書とジルグムンド文書、ハイクレアス文書くらいしかありません。後は童話やら伝承で伝わっている眉唾物のものだけですね」
「いや、まだある」
「そうなのですか!?」
おっさんがピエトロ先生にそう言うと、ピエトロ先生は心底驚いたように反応した。
どうやらピエトロ先生は教団の記録に関しては結構な自負を持っていたらしい。
「ああ。だが閲覧禁止文書だ。読む事を許されているのは聖下に許された者だけで、保管場所も聖下のお屋敷にあるらしい。クランベル猊下に教えてもらったのだが、閲覧禁止文書の中でも極僅かな量の本を閲覧する事を許されている者はクランベル猊下と宰相閣下、そして帝佐閣下のお三方だけ。教団の歴史だけではなくこの世界の歴史を有史から記した文書も多数あり、猊下も断片的な物をほんの一部分しか読む事を許されていないので砂漠の砂粒一粒程度の情報しか知らないようだ。現在それ以上の量を読む事を許可されている者は唯一人、ロイゼルハイドだけらしい」
クソ!ここでもロイズさんだ。
多分ロイズさんが見ればこの状況を正確に言ってくれるのであろう。
何せロイズさんには界座という長命化を経て精霊化した使い魔がいるのだから。
「残念だがこれ以上のことは私も知らん。多分この繭がコーセーなのだろうが、本当に長命化する準備なのかも良くわからん。心配なのはわかるがあやつ……ロイゼルハイドに聞くのが一番確実で早い事だと思うぞ。ロイゼルハイドは教団の……いや、この世界の中でも稀な人間だからな。知識量や魔力量、どれをとっても悔しいが私ではあいつの足元にも及ばん」
まぁ、性格的にも能力的にもあんな人がそうポンポン生まれてたら世界はとうの昔に滅んでてもおかしくないもんね。
あんな災害級の人、一人で十分です。
「じゃあロイズさんを待つしか手は無いんですか?」
「現状はそうなるな。帝佐閣下なら何かわかるかもしれないが、閣下はロイゼルハイド以上に多忙だ」
「……………そうですよね。………………おっさん役に立たねぇ。イテェ!!!」
最後の言葉は出来るだけ小さく呟いたのだが、おっさんの地獄耳にはちゃんと届いたらしい。頭を拳骨で殴られた。
その後結局俺が未成年なのに称号を名乗った件や、おっさんへの言葉遣いなどの注意と言う説教を受けたのだが、この謎の繭のことでは進展は全く無かった。
ただ聖育院にいる難病の子の事はおっさん達も知っていたらしく、エルファドラ山に行って精霊水を汲んできた事に対しては頭を撫でられた。
ぶっちゃけこの歳で頭撫でられるのは勘弁してほしかったのだが、何故かホッとした自分がいた。
この繭の事について、俺はロイズさんが指定した日まで悶々と待ち続けるしか無い自分の不甲斐なさを嘆くのであった。