第百五十六話 光(2018.1.2修正)
「う~~~ん」
「何唸ってるのよ」
「いや、薬の件が気になってさ」
現在俺は事務所の椅子に腰掛けながら机に肘を突き物思いにふけっていた。
オルフェデルタ山脈のエルファドラ山から帰還してから早1週間。
あれから一度もロイズさんには会っていない。
何故かと言うとロイズさんが精霊水を使った特効薬を調合していたからだ。
病気の特効薬の調合は物凄い手間が掛かり、いくら精霊水を使ってロイズさんが作ったとしても最低5日ほど掛かるらしい。
しかも特効薬の効力を最大限に引き出すために更に丸1日掛かる様で、実際に渡して投薬する事が出来るのは今日辺りだろう。
ロイズさんのことだから調合に失敗する事はないとは思うが、聖育院の病気の子供の事が気がかりだ。
「確かにそれは気になるけど。それよりもその机の上の紙の山をどうにかしてくれるかしら?邪魔なんだけど」
「俺だってどうにかしたいわ!!そんな事言うなら手伝ってくれよ」
「嫌よ。だってあたし言語学には興味ないもの」
「俺だってねーよ!!」
そう。今俺の前の机の上には紙が山のように重なっている。
全てロイズさんから出された宿題の山だ。
いきなり移転させられロイズさんの店まで戻り、特効薬の出来上がりの予定日数を聞き終えた瞬間、「じゃあコレ宿題。やっておいてね。期限は10日だから。じゃーねー」と言われ店を追い出された俺の気持ちをお分かりいただけるだろうか?
カウンター机に堆く置かれた1メートル程の紙の山。
しかもそれが2山ときている。
うん。絶望したねあれは。いや、今も絶望してるわ。
「こんなもん10日で出来るはずねーじゃねーか!!頭おかしいだろ!!腱鞘炎になったらどうしてくれるんだ!!」
「あんたこの前、手と指の調子がおかしいって言って自分で治してたじゃない」
「っは!!!まさかあれが腱鞘炎だったのか!!?」
「あれを腱鞘炎と言わずになんて言うのよ」
マジか………あれが腱鞘炎だったのか…………前世じゃ言うほど勉強やってなかったから良くわからなかったわ。
つーか農作業やってて指が鍛えられただけかもしれないが………
「もういやぁぁあああああ!」
「早く終わらせてよね。あんたが事務所の自分の部屋でやると誘惑が多すぎるから共有スペースでやるって言ってこの場所占拠してるんだから」
「終わらない!終わらないーー!!こんな基地外染みた量できるかボケェ!!!」
「だから流石に同情したから今はダンスのレッスンお休みにしてあげてるでしょうが」
「フェディもこの宿題の量と期日聞いて珍しく顔が引き攣ってたしな………おかげで朝練も無しにしてくれてるから何とか6割くらいは終わらせたがもう無理だ。終わりが見えない……もう嫌だ…………でも終わらせないと絶対に罰が待ってると思うんだ……」
「まぁ、死なない程度に頑張ってね。あたしはこれからユーリやロゼ達と女子会だから」
「それの何処が女子会なんだよ!!」
「お土産は買って来てあげるから頑張るのよ~。あ、でもあまり根を詰めちゃだめだからね、体が持たないわよ。おやつは棚の中に入ってるから良い時間になったら食べるのよ。じゃあね」
「お前は受験勉強をしている息子を持つ母親か!!?」
笑いながら出かける姿に殺意が湧くわ!!
畜生。俺も遊びに行きたいよ。
ユーリはゴンドリアと出かけたし、フェディは薬草の採取、ヤンはカリー屋に、ルピシーは食べ歩き、シエルは授業受けてる………今事務所にいるの俺だけなんですが。
「モッキュ」
「あ、お前もいたよな」
「モキュ!」
「少し休憩でもするか」
紙の山から一旦視線を外し、公星を抱っこしながら毛並みの感触を味わう。
うん、いつもの様にもふもふだ。
「…………でもあの象牙色の木の杖は一体なんだったんだろうなぁ」
台所から取ってきたお茶を口に含みつつ胸に手を当てると、胸に手の暖かさが伝わり少し気持ち良い。
あれから体の不調やおかしな所はなかった。
ただ山から帰還した翌日から地獄の筋肉痛が待っていただけだ。
フェディの朝練開始当初は良く地獄の筋肉痛に襲われていたな………這い蹲って生活するなんて久しぶりだったぜ。(キリ)
指輪がなくなった影響も全く無い。でっぱりが消えてちょっと便利になっただけだ。
って言うかぶっちゃけ今も身体が痛い。
でもそれなのにこの量の宿題6割がた終わらせた俺って偉くない!?
「さて、そろそろ再開するか」
終わらせないとマジで後が怖いからな。
ロイズさんの事だから出来ませんでしたじゃ許してくれないだろうしな。コレでもし半分近く出来ていないものを提出しようものならどんなペナルティが待っているか……
「ウォン!」
「うおぅ!!?」
深い溜息を吐きながら再び紙の山に視線を移しペンを持った瞬間。何かの鳴き声が俺の背後から聞こえてきた。
「…………え?界座?」
「ウォン!」
恐る恐る後ろを振り向けば、そこにはロイズさんの使い魔の界座がお座りしていた。
「どうしたんだ?もしかして薬が出来たのか?………も、もしかしてちゃんと宿題をやっているか確認に来たとか?」
「ウォン」
監視のために派遣されて来たのかと思い少しへっぴり腰になる俺に、界座が近づき甘えるように頭を擦り付けてきた。
「うぉ!うわぁメッチャもっふもふ。癒されるわぁ。…………ん?これは?」
艶やかいて滑らかな毛皮を堪能していたのだが、界座の首輪を良く見れば紙が挟まっているのに気付いた。
「……………手紙か?」
「ウォン!」
「ま、まさか宿題の追加とかじゃないよな!?ねぇ!?そうだよね!?」
「ウォン!」
「ええぃ!!ままよ!!!…………ん?何々?」
手紙を開いてみるとそこには特効薬が完成し、病気の子供に投薬して無事完治に向かっていると記されていた。
「…………そうかぁ。良かった」
ここ数日の胸のつっかえが外れ安心した。
「……おろ?まだ続きがあるぞ?何々?3日後の予定を延期して5日後に店に来い?マジか!!良し!良し良し!!しかも追加の宿題も無いときている!!ヨッシャーーーー!!!」
本当に良かった。マジで終わらないと思っていたからな。
2日延長を貰えば何とかできるかもしれん。
「界座。態々ありがとな」
「ウォン!」
「はい。これ良かったら食いな」
「ウォン!!」
以前買って仕舞って置いた骨付き肉の塊を渡すと、界座は嬉しそうにかぶりついた。
物凄いエグイ咀嚼音が聞こえるがそこは我慢しよう。だって期日が延長されたんだからな!
「モッキューーーー!!!」
「お前にはねーよ」
「モキュ!!?モッキュキュ!!?」
「お前罰を忘れたのか?」
「モキューーーーー!!!」
「ダーーメ。絶対にやらんからな!」
「モキュキューーー!!!」
そんなやり取りをしていると界座は肉を食べ終わり、ひと鳴きしてから消えるように帰って行った。
「いやぁ。界座には癒されたわ」
「モキュ!?モキュキュ!!」
「だから駄目だっつーの。今回は折れないからな。あれからまだ沙汰は下ってないが俺が怒られる可能性大なんだから。わかったらさっさと外に遊びに行け。そうすればいっぱいおやつ貰えるだろ?」
「………モキューー」
公星は名残惜しそうに俺を見つつ哀愁漂う背中をしながら外へと出かけていった。
流石に自分でも少しやりすぎたと思ったのか、今度ばかりは公星も反省しているようだ。
まぁ流石にあれだけのモノ食い散らかしてるんだ、反省だってするわな。
でもそれよりも俺も偉いわ。心を鬼にして山から帰還してから唯の一度もおやつあげて無いんだもん。
公星におやつをあげたい衝動を抑えるのはかなり堪えるがな。
「さて、お茶を飲んでから始めましょうか………ね?」
喉を潤そうとティーカップを手に取るが、妙に軽いことに気付き不思議に思い中を覗いてみると、先程までティーカップ7分目ほどあったお茶が姿を消していた。
「あいつ俺のお茶飲み干していきやがったなーーーーー!!!」
その日の夜。たっぷり餌付けされ帰ってきた公星に説教を食らわした後眠りについていると、妙な眩しさに目を覚ました。
部屋の中が光に覆われて物凄いことになっている。眩しすぎて何が起こっているのかも良く見えない。
慌てて無限収納鞄からサングラスを取り出し装着する。
「え?何?何が光ってるの!?もう指輪ないよ!!?」
サングラスをしていても眩しすぎる光を浴びつつ、部屋の様子を伺った。
「マジで何だよこの光は!」
光の眩しさに負けそうになりながら頑張って発光元を探す。
どうやら俺のベッドの横から光が発生しているっぽいな。
あれ?でもあそこって公星の寝床だぞ?
え?そう言えば公星は?俺が寝る前に籠の中に入って鼾搔いてたんだが……
「おい!公星!!無事か!?公星!!!」
俺は急いで公星が寝ているであろう籠がある場所に向かった。
「…………え?光ってる?何で?何で公星が光ってんの!!?どうして!?一体どうしたんだよ!!?」
「モキューー」
籠の中を覗いてみると公星が眩い光に包まれていた。
いや、これは公星自身が光っていると言った方が正しいかもしれない。
そして公星は自身がこんな状況なのに切羽詰った感じが全く無い。
いつも通りの鳴き声で俺に反応している。
もしかしてコイツ調子乗って屋台で変なもん食ったのか!?
それか誰かが薬の実験体にして公星に何かを飲ませのかも!!
だから前々から知らない相手についていくなって言ってただろうが!!
いくらコイツがブラックホールみたいな胃袋を持っていようともっと注意するべきだった!!
「お前また変なもんでも食ったのか!!?」
俺がそう問いかけた時。
「モキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュ!!!」
「何!?何!?何ィィイイイイイ!!?一体何が起こってるの!!?」
先程まで暢気だった公星の鳴き声がガラリと変わり、切羽詰ったような声で鳴き始めた。
「光が点滅してる!!?何これ!!?公星!!!どうしたんだよ!!オイ!気をしっかり持て!!!」
光の点滅は次第にその間隔が短くなっていき、先程の光よりも更に強く暴力的に光を放ち、部屋全体を昼間のように変化させた。
「何!?何なのコレ!!?どうやったら止まるの!!?Bボタンは何処だ!!!」
「モッキューーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「公星-----------------!!!」