第百五十五話 在りし物、在りし場所(2018.1.1修正)
「モキュキュ!?」
公星の妙に慌てた鳴き声。
「…………へ?」
続いてロイズさんの呆けた声。
「………え?」
俺はその声にロイズさんも想定していない事なのだと気付いた。
振り向くとロイズさんの顔が強張っていた。
こんなロイズさんの表情は初めてだ。
「…………何これ?」
改めて視線を下に向けるとやっぱり俺の胸は木に貫かれていた。
正確には所々に枝が付いた木の棒だ。
俺自身貫かれているので全長は良くわからないが、俺の胸から出っ張って見える長さは50センチほどだろうか。
まるで水の流れの如き表面の質感をした象牙色の木の枝が、俺の心臓がある場所から生えている。
だが不思議と痛みは全く無く、血も出ておらず、胸を貫かれているのが嘘のように何も感じ無い。
感じるのは困惑、そして少しの既視感だけだった。
「………この色の木の枝。何処かで……っ!!!」
そうだ!この杖に覚えがある!!少し形は変わっているがあの夢の中で出てきた杖だ!!!
夜空の下で一心不乱になって踊っていた少女が持っていたあの杖!
何でその杖が俺の胸に刺さっているんだ!?
いや、待てよ。夢の中でも俺の胸は木の杖に貫かれいたよな。
確か少女が持っていた杖を俺の胸に差し込んできたんだ。
あれは夢じゃなかったのか!!?もしかしてコレがロイズさんが言っていた夢見の効果なの!?
いや、今はそんなことはどうでも良い。
血は出てはいないが胸に貫通しているんだ。普通なら即死モノだぞ?なのになんで俺は普通に立ってられるんだよ!おかしいだろ!!
ここが聖地だからか?それは関係ないに決まっている!
ロイズさんが言ってたじゃないか。この場所で死人が何人も出たって。
ジワジワと襲い掛かる恐怖感に手が震えてくる。
もしかして俺は死ぬのか?
この聖地で何回も死ぬような目にあってきたが今度こそ年貢の納め時かよ!!!
待てよ。落ち着け。
そうだよ、ロイズさんがいるんだ。
この木を勢いよく抜いて即回復魔法をかけて貰えば助かるかもしれないぞ。
ロイズさんに助けを求めようとするが、今度は口も震えだし上手く伝えられない。
俺は目線を一瞬だけロイズさんに合わせ、覚悟を決め胸に生えた象牙色の木に触れた。
「!!?」
俺が木に手を触れた瞬間。
象牙色の木はまるで一気に朽ち果て、残骸も残さず空気に溶け込むように消えていった。
胸に手を当てみても痛みは無く、視線を下げ胸を見ても穴も無い。
服にも血の跡や破れ見当たらなかった。
「………何これ?どういう事?ロイズさんが癒してくれたんですか?」
「………………僕は何もしてないよ」
「じゃあ今のはなんだったんですか?」
「僕にもわからないよ。ちょっと待って」
ロイズさんはそう言うと虚空を見つめた。
暫くするとその視線は俺のほうを見て、また虚空へと視線を移す。
ロイズさんが難しい表情をして俺を見ている。
まるで何か言いづらそうな事を聞いたかのような反応だ。
「………ん~~。なんて説明したら良いか」
「精霊に聞いてくれたんですか?」
「うん。悪いことじゃないらしい。と言うか目出度いみたい。森の精霊達も歓喜してるし」
「それでなんて?」
「面倒くさいから聞いた言葉そのまま言うね。『在りし物、在りし場所、在りし者へと帰った。悠久の時を経て乙女の願いは成就した。力は意志となりて受け継がれる』だってさ」
「………はぁ?すんません。意味が良くわかりません」
「う~~ん。多分言い伝えに出てきた杖がさっきの杖なんじゃないの?さっきさ、セボリーが言ってたじゃん。夢の中で象牙色の杖を胸に差し込まれたって」
「いや、言いましたけど。夢でしょ?それが何で現実に俺の胸に刺さったんですか?」
「そんなの知らないよ。精霊の言葉を真に受けるならば、セボリーが夢の中で渡した杖が時を経てセボリーに帰ってきたってことでしょ?」
「そんな馬鹿な」
普通に考えてありえないだろ。
もし百歩譲って夢の内容が本当にあったことだとして、それは1万年以上前の話だろ?俺まだ生まれてもいないじゃん。
物語の中で少女が泉に杖を落としたから、その泉から杖が出てくるのは百歩譲って認めよう。
でも何で俺に帰ってくるの?それに俺あの子に杖を渡した覚えないよ?
「夢見で見たんでしょ?夢見とはそう言うものだよ」
すっごい釈然としない。全く腑に落ちないんですけど。
「それよりも体に変化はないの?」
「あ!そうだった!!」
そうだよ。まず疑問よりそっちだったわ。まず体の安全が第一だ。
右良~し。左良~し。上良~し。下良~し。後ろ……良く見えないけど良~し。
「…………何とも無いっぽいですね」
「そうなんだ。でも指を見てみな」
「指?」
そう言われ俺は両手の指を確認する。
うん、全部あるな。
なんだ別に変なところなんてないじゃないか。
なんでピンポイントで指って言ったのかようわからんわ。
「何も変化ないですよ?」
「違和感無いの?」
「何がですか?」
流石にイライラしてきた。
一体何なんだよ!何か気付いてるんならはっきり言ってほしいんですけど!
「左手の中指」
「ん?左手の中指?」
ロイズさんの言葉に左手の中指を見た。
うん、別に変わってるところなんてな……い?………あれ?何か違和感を感じる。なんだ?
「…………………………。っ!!?無い!無い!!無い!!!」
そこで俺は初めてある違和感に気付いた。
「指輪が無い!!!」
そう。6歳の時から俺の指から外れなかった指輪が無くなっていたのだ。
どうして外れたんだ!?
足元の辺りを探してみたが、指輪は全く見つからない。
「ロイズさん!!」
「僕が気付いたのは、指輪がセボリーの中に吸収されるように消えていったのが見えたからだよ」
吸収された?外れたのではなく?
おい!あの指輪って聖下の手紙によると意思を持ってるって話じゃなかったか?
確か持ち主の成長と共に育っていくって書いてあったぞ!!?
それにヴァールカッサが言っていたけど聖下が精霊達と作り上げた物だとも聞いたし。
それが何で消えるの!?訳がわからない!!!
「~~~~~~~ないね~~~~~安心~~~」
ロイズさんが精霊達と古代精霊アルゲア語で会話している。所々意味はわかるが全体の内容が良くわからない。
「何を話していたんですか?」
「どうやら悪い事ではないらしい。コレもどうやら元の場所に帰ったってことらしいよ」
「はぁ?じゃあなんですか?あの杖も指輪も元々俺の物だったって言いたいんですか?」
「そこは良くわからない。精霊達も良くわからないらしいよ。今この場所にいる精霊達はその杖や指輪が作られた後に生まれた存在らしいから」
「ぐぬぬ………」
そう言われてはこれ以上聞くことが出来ないではないか。
「聖下にでも聞いてみたら?僕はもうどうでも良くなってきたから。それに僕にはあんまり関係の無い事っぽいし」
「どうでも良くなるなし!!!俺の人生が掛かってるんだっつーーーの!!!それにまだ聖下とお会いするまでまだちょっと時間が掛かるんですが!?それならロイズさんが聞いてきてくださいよ!!!」
「え~~~………面倒臭い。別に良いじゃん。本当に悪い事は起きないらしいから」
「それ精霊が言った事ですよね!?精霊が感じる悪い事と俺の感じる悪い事って絶対に度合いや意味が噛み合わないと思うんですが!!?」
「まぁ、そうかもね。精霊達も色々ズレてる所もあるしねぇ」
「ズレてるのはあんたも一緒だろうが!!!」
「酷いなぁ。酷いから早く精霊水を汲んで一人急いで帰ろう……シクシク」
「うわ!!ウッゼーーーーー!!!それと置いていくなし!!!」
ロイズさんは本当に話を無理やり打ち切り精霊水を汲んで帰る準備を始めた。
手に持った水筒を水面につけ精霊水を汲み上げている。
お願いだからもっと俺の体を心配しろや。
「良し、採取終了。じゃあ飛ぶよ」
「へ?」
「だから移転するよ」
「ちょいと待ってください」
「え?何?」
ちょいと待てし。
俺の頭にある仮説が立てられたんですけど。
「もしかして………本当にもしかしてなんですが…………ロイズさんはこの場所に一瞬で移転できたりします?」
「出来るよ」
はい。仮説が本当になりましたぁ。いやぁ凄いなぁ。流石はロイズさん。
じゃ、ねーよ!!!
「ハハハ、やっぱりぃって!!オイィィィィィィィイイイイイ!!!今までの俺の苦労はなんだっただよ!!!」
「え?だから修行だよ」
「一瞬で来れるんなら一人で行けや!!!」
「だってセボリーが一緒に行くって言ったじゃん」
「手伝うとは言ったけど行くとは言ってねーよ!!!」
「そんなの捉え方次第の問題だと思うよ?」
「ニュアンスの問題の話しをしてるんじゃねーよ!!!何!?嫌がらせ!?嫌がらせなの!!?俺が何か悪い事した!!?…………あ、したか」
「まぁ、一応罰ってのもあったけどねぇ。一番の目的はここに連れてくることだからねぇ。相談も受けてたし大司教から」
「はぁ!?相談!!?何のよ!!?」
「ここって修行の場所なのはもうわかったよね?」
「散々聞きましたよ!!!」
「この聖地である程度試練を乗り越えないと聖職者として上にいけないんだよねぇ」
「…………………………は?」
何?もう一回言ってみ?上にいけない?何の話してるの?
「だから聖地の試練を潜り抜けないと、アルゲア教団の中で昇進できないって言ったの」
「……………………………………」
え?何言ってんの?この人本当に何言ってんの?昇進?聖職者?はぁ?
「え~~~っと。ちょっと待ってくださいね。ちょっと頭を整理しますから……………つまり」
「じゃあ行くよ」
「……へ?ちょ!!?」
俺が次の言葉を紡ぐ前にロイズさんは俺の腕を掴むと移転の魔法を発動させた。
「最後まで言わせろやぁぁぁぁあああああああ!!!」
怒り心頭で叫びながら連れ去られるように聖地を後にする一瞬、精霊水の泉をふと見つめると、そこにあの夢で見た少女が微笑んでいる姿が見た気がした。